不吉なこと言うなっ
不覚にも、入院するほどの怪我をしてしまった。青井さん達に迷惑をかけてしまったことを申し訳なく思いつつ、早く動けるようにならないかと、病室の天井を見上げてため息をついた。
不意に部屋のドアが開く。
「ノックぐらいしろよ」
ドアを見ずに言う。ノックもせずに入ってくる相手など限られているから相手が誰かは見なくても判る。
「あ、ごめんお兄ちゃん」
予想通りの声に、初めてドアの方を見ると、婚約者の光が立っている。幼馴染の期間が長かったことから、婚約した今でも俺をお兄ちゃんと呼ぶ。
「人前でぽろっと呼ばないように、二人の時も、名前で呼んでくれよ」
「そうね。……章彦さん」
えへへと笑う光は可愛らしいと思うが、……なんだ、その手にしているものは。
「これ?」
俺の視線に気付いたようで、光が手にしているソレを掲げた。
「お兄ちゃん、尿瓶も知らないの?」
またお兄ちゃん、いや、今はそれどころじゃないな。
「……知ってる。何でおまえが持ってるのかって」
「何で、って決まってるじゃない。お小水のお世話のためよ。そろそろじゃない?」
にこやかに応えるな。
「トイレくらい自力で行ける」
「まだ無理しちゃ駄目よ」
確かに、部屋の中なら歩いていいと許可は出たけどまだ動くのはちょっとつらい。けど。
「看護師にしてもらうから、いいよ」
「忙しい看護師さんにわざわざ頼まなくてもいいじゃない」
「おまえ、介護の資格なんて持ってないだろ」
「身内の介護に資格なんて要らないわ」
「まだ身内じゃない」
「今から練習しておかないと、どうせお兄ちゃん、また入院するような怪我しそうだし」
「不吉なこと言うなっ」
ナースコールに手を伸ばしたが、掴む前に光がひょいと取り上げてしまった。
「おい。返せ」
「や~よ」
スイッチを手の届かないところにおいて、光は遠慮の欠片もなくシーツを剥いだ。
「ちょ、やめっ」
「恥ずかしがらなくてもいいじゃない」
くすくすと笑う光。からかってるだろ、おい。
光はパジャマのズボンに手をかけて、そこで止まる。
「それとも、今呼ぶ? 変な誤解されちゃうね~」
……鬼、悪魔っ。それでも良家のお嬢様か。
あぁ、早く動けるようになりたい。
(了)
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