第11話 優子のクッキー、すれ違う二人
「古戸君、デザートにこんなのどうかな? 良かったらみんなもどうぞ」
優子はクッキーを焼いて来た様だ。望美がハーデスの弁当を作っているのに対抗する為に考えた優子の策なのだろう。
「あ、ありがとう。せっかくだからいただくよ」
ハーデスがひとつをつまみ、口に放り込む。サクサクした食感と口いっぱいに広がる甘い香り。
「美味しいね。コレ、川上さんが作ったの?」
「ええ、もちろん! と言っても材料を混ぜてオーブンで焼いただけなんだけどね」
ハーデスの質問に胸を張って答えてから、しっかりオチも付けてにこっと笑う優子。
「どれ、それじゃ俺も一つ」
山本も手を伸ばす。すると、制止の声こそ飛ばなかったが、その手を見つめる冷たい視線。その主は、「みなさんもどうぞっていうのは社交辞令なのに、なんで本当に食べてるのよ!」とご立腹の優子? 否、「自分の弁当を食べた後に母親の弁当を食べたら味が消えてしまう」とか」言って喜ばせておきながら、優子のクッキーにあっさり手を出す山本に対して悲しみと怒りが入り混じった美紀の視線だった。
もちろん山本はそれに気付かず優子のクッキーを口に放り込む。
「おっ、なかなか美味いな」
美紀の気持ちも知らず、山本は呑気に感想を述べる。あまつさえ、ひとつ摘んで「お前もどうだ?」とばかりに美紀に差し出す始末。
「……ちょっとアンタねぇ……」
声を震わせて美紀が何か言おうとした時、さすがの山本も彼女の顔を見て察したのだろう。反省した様な顔で詫びを入れた。
「あっ…… すまねぇ、コレは古戸に持ってきたんだよな。ゴメンな、優子」
――謝るポイントはソコじゃ無い! コイツ、女心ってモノを解って無い!――
美紀は怒ると言うより呆れてしまった。よく『異性にモテるには同性にもモテなければならない』と言うが、やはり女の子にモテるにはそれだけでは足りないのだろう。美紀の場合、男っぽい性格の元気っ子の彼女は元来山本に好感(好意では無い)を持っていた。それが海での出来事で好意に変わったのだが、山本に好意を持った美紀に女の子らしさが増してくるにつれ、どうしても心境の変化が現れてくる。やはり女の子である以上、彼氏には特別扱いして欲しいのだろう。
「大丈夫、たくさん作ってきたからどんどん食べてね」
優子は問題無いとばかりに言うと、クッキーを一つ摘んでハーデスの口元に持っていくというチャレンジに出た。
「はい古戸君、あーん」
ハーデスの目の前に細い指に摘まれたクッキー、そして優子の笑顔。大胆な攻めに出る優子にたじろぐハーデス。ここは食べるべきか、食べないべきか。今までに読んだライトノベルを思い浮かべるが、そんなシーンは出て来なかった。赤い顔になり、動けないハーデス。
「おいおい優子、勘弁してやれよ。古戸のヤツ、固まっちまってるじゃないかよ」
天の助け、山本の声によって優子の手は引っ込められた。
「ちぇっ、まあしょうがないか……」
彼女は残念そうに言うと、そのクッキーを口に入れた。
美紀以上に内心穏やかで無いのは望美である。今までは昼休みは望美のターン。弁当を作っているという強力な武器によって昼休みにハーデスと過ごす時間を独占できていた(もっとも山本と美紀、おまけに伊藤も同席はしていたのだが)のが、クッキーを焼いてくるという奇策によってその牙城が崩されてしまったのだから。しかも、あんな奇襲までかけて来るとは。しかし彼女はそれを顔に出す事はせず、冷静を装い優子のクッキーに手を伸ばす。
「あら本当、美味しいわ。優子ちゃん、お菓子作り上手なのね」
本音なのだろうか? それともお菓子作りは譲るが料理なら負けないという自信の現れなのだろうか?
実は望美が気がかりなのは玲子の方だった。と言うのも優子が前からハーデスに好意を持っている事は気付いていた。だからこそ、こうやって冷静な対処が出来る。
それに対し玲子はと言えばアクションを起こす気配が全く無い。望美と優子がハーデスにアプローチをかけているというのにだ。転校初日にいきなり抱き着くという積極的だった玲子が何故今は静観を決め込んでいるのだろうか?
もしかしたら既に自分の知らないところで二人の関係は進んでいるのではないかという不安さえも彼女の胸に湧く事もあったりするのだった。
「今日はありがとな。お礼と言っちゃ何だが、今度何か奢るぜ」
「じゃあ、次の日曜日、ランチに連れてってよ!」
「ランチ?」
「うん! ファミレスでも何でも良いから」
これはもう、デートのおねだりでしか無いのだが、山本の頭ではそれを読み取れなかった。
「わかったよ。じゃあ日曜日にな。どうだ、古戸も一緒に行くか?」
単に昼ごはんを一緒に食べに行くぐらいの軽いノリで彼はハーデスに声をかけるが、もの凄い目で美紀が睨んでいるのに気付いたハーデス。
「い……いや、僕は次の日曜はちょっと……」
やんわりと断るハーデスに美紀は笑顔に戻った。もっとも、美紀がそんな顔をして睨まなくともハーデスなら空気を読んで断っていただろうが。
そして日曜日。美紀と山本が初めて二人きりでお出かけ、つまりデートの約束の日だった。待ち合わせ場所のショッピングモール前に少し早く着いた美紀は電話で望美と話をしていた。
「望美も古戸君にはっきり告白したら?」
「そんな……恥ずかしいよ」
「恥ずかしいって、そんな事言ってる状況じゃ無いでしょ」
「そんな事言ったって……」
どうやら美紀は望美に早くハーデスに告白しろと言いたい様だ。自分が山本にした様に。そして山本が待ち合わせ場所に到着、美紀の後ろ姿を確認し、近付いて行った。その時、電話の向こうでぐずぐず言う望美に発破をかける様に美紀が声のトーンを上げた。
「何言ってるのよ! だいたい何の為に私が山本君に告白したと思ってるのよ?」
美紀の言葉に山本の頭が真っ白になり、言葉が勝手に口から零れ出た。
「お前が俺と一緒に居れば望美も古戸と一緒に居れるから……ってか?」
「山本君!?」
背後から当然聞こえた山本の声に驚いて振り返った美紀に、彼は手を叩いて褒め称える様に言った。
「自己犠牲の精神か、たいした友情だな。素晴らしい! 感動した!」
「違うの! 誤解しないで!」
美紀が山本に告白したのは、もちろん彼女自身が彼の事を好きだからだが、敢えて自分から動いたのは、望美に自分の積極性を見せる為でもあった。顔面蒼白で訴える美紀に山本は冷たい言葉をかける。
「五階も六階も無ぇよ。んじゃな」
「……『んじゃな』って……」
「知られちまったからには、これ以上俺を利用出来るとは思って無いよな?」
「だから……違うの……」
「心配するな。古戸には何も言わねぇよ」
「違う、そうじゃ無いって……」
「じゃあな」
「……やだ……山本君……」
美紀は必死になって誤解を解こうとするが、山本は聞く耳を持たず、泣きじゃくる彼女を残して消えてしまった。
残された美紀は一人泣き崩れて少しすると、ふらふらと立ち上がり、肩を落として歩きだした。もちろん行く当てなどあるわけも無いが、その場に居るのがいたたまれなくなったのだろうか、重い足取りでショッピングモールに背を向けた。
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