第3話 目標
埃かぶった革の椅子に座り、俺は机の上に広げた地図とにらめっこをしていた。
パトは、小競り合いを終わらせるつもりはないのか、と言っていたが、勢力図が変わらず、評価もされない戦場に出ることは、無駄な労力であることに変わりはなく、掃討作戦を考えたとしても、賛同するやつなんていない。
俺は椅子に深く寄り掛かり、天井に視線を泳がせた。
戦うための意味を見出そうとしているが、何も見つからない。
参謀室の空気が淀んでいるのか、息苦しい。加えて『無意味なんかじゃない。絶対に意味がある』というパトの言葉が、頭の中で反響する。
ため息をついたとき、「パトって子、面白いね」と声がした。
声がした方に顔を向けると、ルルルが立っていた。
「聞いていたのか」
「レオはこれからどうするの?」
「攻めるための理由が見つからないのだから、目標を設定することもできない」
「それじゃあ、いつも通りの日々に戻るんだ」
「そういうことだ。俺にとって目標なんてものは、幻だったんだよ」
俺は席を立ち、廊下に出た。
行く当てもなくぶらぶらしていると、スクランブルの警報が鳴った。
部屋からパイロットであろう人たちが飛び出し、廊下を駆けていく。その姿を見て、パトが『寝れるときに寝ていた方がいい』と言っていたことを思い出す。
言われてみれば、三年前と比べるとスクランブルの回数が多くなっているような気がする。
ふと、背筋がぞくっとした。
何かを予感させる信号が、俺の中で突き抜けた。
踵を返して急いで参謀室に戻り、地図を開いた。
単に開くだけは、さっきと変わらない。そこに新たな情報を加えるために、パソコンを起動させる。型が古いせいか、それとも全然使っていなかったからか、読み込みに時間がかかる。
イライラしながら待っていると、ログインが完了した。
すぐさま、機体が出撃した数、敵との交戦回数のデータを抜き出す。
どうして、気づかなかった?
固まる俺に、ルルルがどうしたの、と問いかけてきた。
「俺たちは思い込んでしまっていたんだ。敵は時間をかけて勢力図の逆転を狙っている」
ルルルは首をかしげる。
「勢力図が変わらない、と判断したのは自軍サイドから見た結果だ。それを信じるのは当然だけど、見落としがある。その情報は他の場所から見たもので、アルカトラズから確認した情報じゃない。なにせ、ここは見捨てられている場所だからな」
「だけど、敵はここを狙ってなんの得があるの?」
「それは後で話すよ。それよりも今は、危機的現状であることをどうやって伝えるかを考えないと」
これまで何もしてこなかった俺に人望は皆無。代理を立てて伝えてもらう術はない。パトから発信してもらうのもいいが、経歴がパイロットである以上、印象が薄まってしまうような気がした。
まずは、俺を認知してもらうところから始めるしかない。時間は迫っているが、急がば回れ、ということわざがあるぐらいだ、急けば失敗するだろう。
とりあえず、俺はチラシに、自身のプロフィールを書き、さらに予言なるものを付け加えた。これを周りが絶対に目にする場所に貼ればいい。
思い当たったのが、食堂だった。
それも、トレーに貼っておけば、並んでいる間に読むやつは読む。そして、それが話題になるだろうと予想した。
作業を終えたときには、スクランブル解除の警報が鳴っていた。
この場でパイロットと鉢合わせるのは気まずい。
俺は急いで屋上に向かい、いつも通りベンチに寝転がった。
ルルルは、ベンチの裏に回り、腰かけのところにもたれかかる。
「うまくいくといいね」
「作戦を立てたのは、ユーファ以来だからね。なにかと心配だよ」
「大丈夫、きっとレオなら、うまくできるよ」
「ありがとう」
「何をぶつぶつ言ってるの?」
聞き覚えのある声がした。視線が合うとパトは軽く手を上げた。もう片方の手には、俺が食堂のトレーに貼ったチラシを持っていた。
「プロフィールにユーファのことは、書かなかったんだ」
「多くの人生を変えてしまったんだ、それがきっかけでここに来た人は大勢いるだろうからな。書けば得られる支持も得られなくなる」
そうかもね、とパトは俺の頭上に立ち、ベンチの背に手を置いた。
「でもこの予言は大胆すぎると思う。敵が現れる方角とおおよその機体数ってのは、簡単にわかることじゃないんじゃない?」
「それでいいんだ。それが合致すればするほど、参謀として使えるやつだとみんなに認識してもらえるからな」
「かなりやる気を出してるようね」
「俺は、もう一度戦おうと思っている。俺のために、みんなのために」
「そう、目標ができたんだ。小競り合いをどうやって終わらせるつもり?」
「これまでの小競り合いは、単なる小競り合いじゃなかったんだ。この先、敵の大群が押し寄せてくる」
パトの表情が険しくなった。
「敵機は、三年前と比べて増え続けている。それだけじゃない。敵との交戦ラインが、アルカトラズに近づいてきている」
それは抜き出したデータと地図を重ね合わせたことでわかったことだった。
「元参謀長の補佐役が言っているのだから、その予測にケチをつける気はないけど、どうして敵はここをターゲットにしたの? その根拠を教えて」
「ここが監視されていない場所であり、物資だけは常に供給される場所だと知っているからだよ」
「そんなこと、敵がわかるはずがないわ」
「わかるんだ。それに、このことを教えてくれたのはパトなんだよ」
「え?」
「俺のことを新人だと思ったときに、パトはこう言ったんだ、今は負けると機体ごと連れ去れたりもするって」
パトは、はっとした顔をする。
「そう、察しの通りだ。機体ごとってことはパイロットも含まれてる。拷問か何かされて、こちらの情報を吐いている可能性は十分にある」
パトは置かれている状況に愕然としているようだった。
「ねえ、もしもアルカトラズが壊滅したら、どうなるの?」
「壊滅させられるんじゃない。乗っ取られるんだ。その瞬間から、自軍は自らの手で首を絞めながら勢力図の変動を手助けすることになる」
それは当然のことだった。軍の上層部はここを監視していない、それはつまり、乗っ取られたとしても気づかないということだ。
そこへ自軍はアルカトラズに物資を送り続ける。敵は潤っていく。
そして、ここを足掛かりに他の基地に奇襲をかける。
それも、ここにある機体を使って。味方の裏切りを演出するだろう。
そうなれば、同じ手口で煽るだけ煽って味方同士の疑心を誘発させる。
あとは攻め続けていればいい。植え付けられた疑心が信頼に勝った瞬間、統率は消えてなくなる。そのころには、戦況はイーブン、最悪の場合は逆転するだろう。
「だとしたら、味方の支持を悠長に待っている暇なんてないんじゃないの?」
「そうでもないさ」
でも、と反論するパトに、俺は今の気持ちを伝えた。
「パト、俺はこの戦争でアルカトラズにいる者たちに単なる勝利じゃなくて、大一番での勝利を経験させてあげたいんだ。ここにいるのは、使えないと烙印を押された者たちだから、そういう経験していない」
自分もそうだが。
「ここで勝てば人生が変わる。自分に自信が持てるはずなんだ。それが参謀としての役目だと思っている」
自分自身に言っているようにも思えた。
しかし、本心である以上、これ以外の言葉は見当たらない。
大一番で勝つ。
必ず、導いてみせる。
俺は静かに拳を握りしめた。
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