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かみかわ
第1話 暗雲
この軍事基地に十五歳のときにやってきたが、それから三年経った今も、陽を一度たりとも目にしていない。
黒く濁った雲が空を覆い、今にも雨が降り出しそうな雰囲気をいつも醸し出すだけで、雨は一度も降ったことはなく、暗雲の空をキープし続けている。
吐き出しようのない想いを溜め込み、耐え、目標のない日々がループする。
第一線で活躍している者たちは、皮肉を込めてこの基地を『アルカトラズ』と呼んでいる。
なぜなら、自軍にとって罪人、役立たずの烙印を押された者たちが集められているからだ。
「レオ、今はスクランブル中だよ?」
囁きと同時に、空を遮るようにして、ぬるっとルルルの顔が視界に入ってきた。肩まである髪が俺の頬に触れる前に、彼女は髪を耳にかける。
丸々とした目が俺をとらえていた。その瞳には、覇気のない、だらしがない顔をした男が映っていた。
「爆撃されたら一瞬であの世行きだよ?」
ルルルは言葉とは裏腹に、笑いながら言う。
「それもいいかもね」
ここ、アルカトラズは、たとえ敵に襲撃されて壊滅しようとも、戦況にまったく響くことはない。ほとんどの者は、死にたくないがために、たまにやってくる敵と交戦して、わざわざ命を繋いでいる。軍人としての存在意義がないのにもかかわらず、だ。
「ルルルはどうなんだ?」
「死にたくないなあ。どんな状況であっても生き残りたい」
ルルルの視線は俺に向いていたが、俺を見ているわけではないように思えた。
「レオはどんな死に方が希望なの?」
ルルルは、おむろに俺の首に手をかけた。虫を無邪気に殺すような笑みを浮かべる。
俺はお前に殺されるのなら本望だ、と臭い台詞ではあるが、口にしようと思った。
見ず知らずの敵に殺されるよりも、心を開いた者に殺されたい。その方が個人的には、すっとする気がした。
けれど、俺はルルルの表情を見て、気が変わった。
無邪気な表情ではあるものの、目が笑っていなかった。微かに切なさを感じる。
それは、死にゆく者の頼みを慈愛で受け止める女神のような、そんな目だった。
だから俺は、真面目に答えることにした。
「俺は、青空を眺めながら死にたい」
すると、ルルルの目が笑った。馬鹿にしたように。揚げ句の果てには、大声で笑い出した。目に涙まで浮かべている。
「無理だよそれは。よりにもよって青空って」
俺もバカげたことを言っているのはわかっている。
それでも、こんなどんよりした空を見て死ぬよりは、清々しい気持ちで逝けるような気がした。
スクランブルの解除を知らせる警報が鳴った。
俺の腹も鳴った。
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