聖者パンデミックで世界は平和になりましたとさ~とある異世界の移住先に誘致成功~

桜草 野和

プロローグ

「ドラゴンだ、ドラゴンが来たぞ! 逃げろー!!」


 またか……。いつもいいところで読書の邪魔をされる。何事もなければ1日で読める本をもう1ヶ月近く読み続けている。激務が続き、内容が飛んでしまうので、最初から3度も読み直している。


「お、お助け下さい、フクマ様」

「い、家を、お守りください」


 俺にそう言いながら、自分たちは一目散に逃げている。

 まだ子供の竜が、やみくもに火を吹いて、浮遊都市『イタダキ』を襲っていた。

 子供とはいえ、バスくらいの大きさはある。


 どうやら迷い竜のようだ。親とはぐれ、パニックになり、辺り構わず暴れている。こいつはちとやっかいだ。迷い竜は決して退治してはならない。迷い竜の命を間違ってでも奪ってしまうと、父親と母親が恨み竜となって、命が燃え尽きるまでこの世界に住まう者たちを襲い続けるからだ。


 なるべく傷つけないように生け捕りにして、両親のもとへ連れて行ってやらなければならない。面倒な仕事だ。今日は誕生日だというのに……。この“引きの良さ”は遺伝なのだろうな。まったくろくでもない遺伝だ。


「あら、フクマ。誕生日おめでとうございます」


 忍者のエーマがやって来て、クラッカーを鳴らす。妹だ。


「おめでとうって他人事みたいに、お前も誕生日だろうが」


 俺がそう言うと、


「今年はミーマがケーキをつくる番だからね」


「わかっているってサーマ。しつこい女は嫌われるぞ」


とのんきに喋りながら武闘家のミーマと、盗賊のサーマが姿を見せる。この二人も妹だ。


「お誕生日おめでとう、ミーマ、サーマ」


 エーマはそう言うとまたクラッカーを鳴らす。


「ありがとうエーマ。そのドレス似合っているな」

「ミーマもその髪飾り素敵よ」

「そ、そうかな……」


 おいおい、照れている場合ではないだろう。迷い竜が火を吹いて、ケーキのろうそくではなくて、街が燃えているんだぞ。


「サーマは、また一段と露出が増えましたね。素敵ですわ」

「でしょう。ミーマは肌出し過ぎってうるさいのよ。エーマならわかってくれると思ったわ」


 サーマはもはやニップレスなのか、服なのか判別できない格好をしていた。


「お前ら、もうちょっと危機感をもてよな。遊びじゃないんだぞ。いいか、俺が魔法で動きを封じるから、今度こそ鎖で縛って捕まえてこいよ」


 俺がそう指示するが、


「もう遅いみたい」


とエーマが笑みを浮かべる。

 ミーマとサーマも『ウン、ウン』と頷いている。



「迷子になったくらいで、パニクってんじゃねえ! どりゃあ!」


 剣士のニーマが火を吹いて暴れている迷い竜に飛びかかり、真っ二つに斬ってしまう。

 まただ……、またニーマの奴やりやがった。残念ながらこいつも妹だ。


 ドダダダーンッ! 真っ二つに斬られた迷い竜が落下して、家が2軒倒壊する。

 俺はとりあえず、瞬間的に街に雨を降らせて、火を鎮火する。そして、街がすぐに乾くように太陽の日差しを強くする。


 スタッと、ニーマはクールに着地する。


「おい、ニーマ! 何度言えばわかるんだ! 迷い竜は斬っちゃダメだと言っているだろ。こいつの血の匂いを嗅いで、また親の竜がやって来て恨み竜になるだろうが!」

「問題ない。メインディッシュにすればいい。お前、好きだろ。ドラゴンの耳たぶ」


 ニーマはそう言いながら、刀を鞘におさめると、スタスタと去って行く。


 確かにトロトロとした食感の中にシャキシャキ感もあるドラゴンの耳たぶは俺の好物だ。


「こら、待て! これから恨み竜がやって来るんだ! 自分で後始末して行けよ!」


 俺がそう呼びとめるが、


「ママとランチの約束がある」


とだけ言うと、ニーマはそのまま去って行った。


「それでは、フクマ、後はお願いね。私もママとランチなの」


とエーマが言い出すと、


「私もそろそろ時間だから行って来る」

「私はちょっと約束の時間には早いけど、エーマ、ミーマ、途中まで一緒に行きましょう」


とミーマとサーマも続く。


 俺たち5人兄妹は、20年前の今日、同じ日に生をうけた。父親は同じだが、母親は皆違う異母兄弟である。

 そして、4人の妹たちは、誕生日には決まってそれぞれの母親とランチを食べに行っていた。


 ニーマがぶった斬った迷い竜を一人で運んでいると、逃げていた住人が戻って来た。


「ああ、なんてことだ家がこんなに……。家を守って下さいって頼んだじゃないですか!」


 住人が俺を責める。だから、人間は嫌いだ。


「すみません。今度は気をつけます」

「今度は気をつけますって、もうこれで何度目ですか? しっかり仕事をしてくださいよ!」

「わ、わかりました」


 ちくしょう。何で俺がニーマのかわりに説教をされないといけないのだ。


 すると、辺り一面が暗闇に包まれる。


「ドラゴンだ、ドラゴンが来たぞ! 逃げろー!!」


 そう言って説教していた住人が慌てふためいて逃げて行く。

 逃げるって、どこに逃げる気なんだ?


 上空には、日差しを遮るほど、ドラゴンの群れが集まっていた。どうやらこの迷い竜は、ドラゴン族の王族クラスの血筋だったようだ。


 恨み竜となった両親が、親族や子分を引き連れてやって来たようだ。こんな数のドラゴンに囲まれたら、逃げ場などないだろう。


「ゴォーーーーー!」


 山のように一際大きなドラゴンが、物凄い勢いで炎を吹き散らかす。


 やれやれ。これ以上、街に被害が出てクレームを聞かされるのはたまったものではない。


「スクマンダラダ、タラリマンダラダ」


 俺は魔法の力で、ドラゴンが吐き出した炎を凍らせる。


「親なら子供が迷子にならないように、しっかり手をつないでいろっつーの! リベラドノラ、キベラバメラ!」

「ウゴゴゴッ……」

「ウギャギャギャギャー!」


 空間を操るとっておきの魔法で、ドラゴンどもを小石くらいの大きさに圧縮する。

 逃げようとするドラゴンも容赦なく、握り潰すように圧縮して、退治する。


 俺たち5人兄妹は必死に修行を続けた。それは、異世界から移住してきたモンスターを倒すためでもあるが、もう一つ目的があった。


『20歳の誕生日に会いに来る』


 あいつは俺たちの母親それぞれにそう言っていたらしい。だから、俺たちは今日この日、あいつをボコボコにしてやるために鍛錬を重ねてきたのだ。


 本当のメインディッシュは、ボコボコにしてやったあいつの顔だと決めている。


 さあ、帰って『異世界から移住して人間を食べるのを我慢しています』の続きでも読むとしよう。

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