第33話 旗戦術

 両軍が顔を合わせてから、二度目の夜が明けた。決闘騒ぎが不完全に終わった両軍は、月しか灯りのない深夜になって俄かに動き、そして終わった。


 身軽な格好をした連合軍戦士たちが手斧だけをもって壁を降り、野営地に忍び込もうとした。その日も密に配置されていた見張り番の王国軍戦士はそれを発見し、急きょ出撃した。


 真っ暗な原野を音と匂いだけを頼りに這い回り、くぐもった呻き、鈍い打撃音が散発的に聞こえる夜だった。


 朝日が昇った時、両軍は下の陣営に帰ったが、残されたのは幾人かの死体だけだった。


「百人に満たない集団が二つ、月明かりを頼りに殴り合ったわけだが……戦果は?」

「死者五人、重軽傷者三十五人と言ったところですなぁ」


 まだ少し冷たい朝風を頬に感じながら、昨日激戦を潜った武人二人は見張り台で語らった。


「夜襲は見つかった時点で負け、この野営地は四方を見張るに絶好の形ゆえ、密に目を光らせれば確実に接近を知ることが出来るのが良い所」


 熱く沸かした黒豆の薬湯を杯から呷りながらハイゼは言う。これはモグイ族からの献上品の一つで、朝などに飲むと目が覚めるほど苦みがある。


 これにたっぷりと牛の乳を混ぜて飲むのがハイゼ流だ。


「……それにしてもハイゼ殿は頑丈ですね。傷の具合は私よりひどかったと思いますが」

「呪い娘がたっぷりと薬を擦り込んでくれましたからのう! まったく、沁みて沁みて眠れませんでしたわい」


「ははは、それはそれは……」

「それよりも、スピネイル殿は……」


 気にしていながら、具体的に口にするのをハイゼは憚った。戦士にとって敗北の苦みに言及するのは余りに無思慮であるが、将である以上、それは避けられない。


 スピネイルは乳の入っていない真黒な薬湯をちびちび飲んでいた。


「私のことは、お気になさらずとも結構。……いやはや、少しばかり慢心していたようです」

「とんでもない! スピネイル殿は某が知る一番の戦士、しかれども勝負は時の運、かようなこともありましょう……それに、最後は勝てばよいのです」


「……強いうえに、お優しいですね。ハイゼ殿は」


 きらりと光った眼差しが、微笑みを湛えた美貌が、この大武辺者のオークに向けられた。


 それらを自分一人が独占するのは勿体ないことだな、とハイゼ・フェオンは思った。この美しさは彼女を慕ってこのような地までついてきた小さき者の兵士らに相応しい。


「それに、確かにその通り。最後に勝てばよいのです。ヨアレシュと話していて良い案を思いつきました」


「ほほう。楽しみですな」

「ええ、まったく……ふぅ、済みません。どうも眠りが足りなかったようで」

「薬が効かない体質だそうですな。このような時には不便でありますなぁ」朴訥なハイゼはヨアレシュから聞いた話を真に受けて、スピネイルの受けた治療法をそう解釈していた。


「もう少し薬湯を貰ってきます。話は追って陛下の下でしましょう……」

「ご無理を成されるなよ」


 ハイゼの声を背に受けて、スピネイルは見張り台から降りる。


(畜生、ユアンめ……)この場にいない、それどころかもはやどこにもいないはずの男に向かって毒を吐く。


 昨晩、眠っていたスピネイルの枕元に、またユアン・ホーの亡霊が立ったのだ。一晩じゅう、幽鬼はスピネイルの敗北を嘲り、罵った。見下し、笑い続けた声が残響となって耳に残っている。


 おかげで今朝は貧血ぎみで、傷の痛みと合わさって酷い具合だ。


 だが、スピネイルは将官であり、王国軍の参謀格として王に策を具申することを期待されている。立ち止まってはいられなかった。


 朝餉が全軍に回って暫しして、ウファーゴ王の天幕に主だった将校が集結した。首座には当然ウファーゴ・ツァオ・シー、その隣に従士団筆頭ハイゼが座る。以下、部隊を率いる親族方のオーク戦士が並ぶ。少し座席を離した位置にスピネイル、ヨアレシュ、トゥラクが座る。


「少ないな……」一同を見回して王は言った。グシャンを始め、開戦前に顔を出していた親族衆の多くが戦死している。


「いい加減、我もこの戦には始末をつけたいと思っている。その暁には、見罷った者らに預けていた所領を、この場の者らに任すこともあるだろう」


 景気の良い話だが、座を占めるオークたちの表情はさほど明るくはならない。勝つためにはどうしてもあの壁が邪魔で、それをどうにかする手が手元にないのだから。


 だが、それもすでに手は打っている。


「ドルメンが率いている輜重隊はもうすぐそこまで迫っている。あやつが持ってくることになっている砲撃槍で事を決するつもりだ……スピネイル殿、詳細を説明してもらおう」


 たらふく黒豆の薬湯を飲んで、少しぼうっとしていたスピネイルだったが、その声を受けて席を立った。


「敵軍を率いるリシンは頭のいい男です。恐らく我々が時間を稼ぐために決闘を言い出したことに勘づいているでしょう。……ただし、彼らになくて我々にあるものがあります」


「モグイ族の協力ですな」


「それと魔術人がいます」スピネイルが言を繋ぐ。


「彼らはモグイ族が秘密の道と独自の速さで、街と街を往来することを知らないし、尋常の力を我々に授けてくれる魔術人がいることも知らない。特に、あの壁を作ったような特異な力を持っていることで、その方面の目が曇っている」


 この辺りは昨日から感じ取ったことだ。リシンは決闘の作法を逐一、侍ってきた半島のオークらしき男に尋ねていたし、インファ曰くブレッドヴァルまでモグイ族は交易に行くことは殆ど無いらしい。


 ここから先はちょいとした賭けだ。もちろん、勝算はある。


「恐らく、向こうはこちらが待っている援軍がオーク戦士の大軍だと仮定して、まだあと数日稼ぐつもりだろうと思っているはず。この思い込みを突きます」


「突くと言ってもどうやって? 壁を攻める手段がないではないか」


「そうです、手段がない。それを待っているのだから。……だから、攻めないのです」


 家庭に戻れば家長としてそれなりに丁重な扱いを受けるだろう、場を占める老壮年のオークたちは、尊敬を覚えてはいるこの小さき者の女戦士の言葉に、呆けた顔で答えるしかなかった。



 何事もうまくは行かないものだな、とリシンは部下が作った土作りの仮宮で部下が作った朝餉を食みながら思った。


 彼の予定では、決闘で勝ち、ツァオの軍勢をより壁に近い場所に移動させ、大勢で夜襲を間断なく仕掛けることで、仮に援軍がやってきても、首魁であるウファーゴの救助が間に合わないほどその態勢を崩してやるつもりだった。


 恭しく部下が作った焼き粥……もったりと濃く練った粥を石の上で焼き固めたものをかじっていたリシンの下に、マサが現れた。


「カガン、ツァオの軍に動きがありました」

「何があった?」


 マサが正対して座った。控えていたダオ・オークが小さな台を置き、その上に石の器と焼き粥を出した。


 マサは一礼して焼き粥を一口千切り取って食べてから、話をつづけた。

「野営地から出撃して壁に迫っていますが、非常にゆっくりした動きです。象の姿は見えません。全員が徒歩のようです」


「奇妙だな。何か他に変化はないか?」

「そういえば……指物を多数掲げているのが目に付きます。威嚇のためではないかと」


 それを聞いてリシンは考える。昨晩は夜襲を願い出た一党に許可を出したものの、捗々しい戦果は上がらなかったのだ。いい加減他の者も戦意の行き場が無くて苛ついていることだろう。


「総員を壁上に配置する。各員にありったけの手斧と爆石を装備させよ。ツァオの軍勢が投射攻撃の範囲に入り次第、有無を言わさず攻撃する……!」


「了解仕りました。では……」


 考えを纏めている間、出された焼き粥を食べ終えたマサが退室すると、仮宮の中は俄かに慌ただしくなった。


「陛下、我々も陣に参ります」

「うむ。半島のオークたちをうまく使ってやれよ」

「……ぅ……陛下……ぁ……」


 騒がしく出入りする男たちに交じって危なっかしい足取りの男が奥から出て、頭を下げた。


 先日の決闘でリシンの介添えを務め、ハイゼに敗れた男、炎魔のウーだ。


「ど、どうか……どうか俺に、出撃、の、機会を……」

「そのような姿でか? もういい。そなたは休め」


 聞き取りにくい声でリシンに懇願する様ははた目に診ても哀れなものだ。全身を強打され、肩口には肉をえぐった大きな傷が残り、顔面が倍の大きさに腫れ上がっていた。


「どうか……どうか……」


 戦場では風を焼き切るほどの力を持ったウーは、一瞬の隙を相手に曝したためにこっぴどい敗北に塗れたことで、忠誠を誓ったリシン・ダオの不快を買ったことを恐れていた。


 リシンはそんなこの男を大事に思っていた。……もっともそれは、例えば子供の頃から飼っていた家猫に向けられた飼い主のそれによく似ていることだろう!


「ふっ……良かろう。そなたに再起の機会を今、与えてやろう」


 リシンは立ち上がり、布で腕を吊ったまま懸命に平伏しているウーの前に進み出た。そして手をかざし、念じる。


 突如、ウーの体が痙攣を起こした。震えが肩から足に伝わり、背中の筋肉が盛り上がっていく。


 リシンが手を降ろすと、ウーは立ち上がる。先ほどまで杖がなければまっすぐ歩けなかった程なのに、今は両足ですっくと立ち、背中もまっすぐ伸びている。


 ウーはリシンの前で傷に当てられていた布や包帯、湿布をはぎ取って捨てる。


 その下には傷一つないウーの顔があった。毒々しい紫の髪が戦意の興奮で逆立っている。


「余が直々に『癒し』を授けた以上、先日のような負け方は許されぬ。分かっているな?」

「この身のすべてを炎と化すまで、戦場で燃えに燃えて見せましょう……!」


 朗々と答えるウーの目には、狂気にも似た陶酔が宿っていた。


 リシンは、自身の使う『癒し』の術には厄介な副作用があることを良く知っていた。


 だからウーには、精々役立ってもらうつもりだった。


 ブレッドヴァルの魔術王リシン・ダオは、同族の失敗にこそ厳しい男である……。



 本当にこんなもので連合軍の投射攻撃の嵐を防ぐことが出来るのかと、誰もかれもが疑問に思った。


 とはいえ、知勇においてオーク諸族に比肩する者少なき、小さき者の女戦士スピネイル・ハジャールの考えた策だ。きっと効果があるに違いない。


 そう思い、戦士たちは所定の位置、陣形を維持して行進した。


 陣形と言っても、指物を持って一列に並んだ従士隊の後ろに整列して進むだけだ。指物を持つ従士隊に至っては手斧以外の武装さえ持っていない。


 果たしてこんな陣形で、筆頭と女戦士は何をするつもりなのかと誰もが思っている。


「やってみなくちゃわからないが、恐らく手斧と爆石は何とかできるはずさ」


 先頭を行く一隊にいるスピネイルは、並んで進むハイゼ、ヨアレシュにそう言って聞かせる。


 トゥラク隊長とインファには、本陣に残ってウファーゴ王の護衛、それにドルメンの輜重隊が到着次第別件の行動を指示している。


「頼むぞ呪い娘、お主の見立てが全てだからな」

「変な重圧掛けないでよ~でも大丈夫さ、多分、多分ね」

「不安になるようなことを申すな。このハイゼ、昨日のような攻め掛かりを何度も受ければ、流石の某も運気尽きて果ててしまうわ」


「いや、おっちゃんは大丈夫だよ。うん。死にゃしないよ。うん」

「なんだその適当な返事は!?」


 これだよ、とスピネイルは頭痛がする思いだった。どうやら昨日、ヨアレシュは自分の天幕まで戻らず、ハイゼの天幕で一晩明かしたらしい。仲がいいんだか悪いんだか。


「はいはい、お二人さん。お仕事しようじゃあないか」


 そんな駄話をしながらも、一同は連合軍の籠る城壁まで近づいて行った。オーク戦士の平均的運動能力なら、二千歩を割り込めば投射攻撃の範囲内だが、確実を喫するなら、一千五百まで接近するのが上策だ。


 ちょうど今、壁までの距離にして二千歩を割り込んだ。


 戦士たちに一抹の緊張が走る。腕がいい戦士なら、三千歩先にいる猪を手斧の投擲で仕留めることさえ出来るのだ。


「そろそろ、いいか。ハイゼ殿、例のものを広げるよう指示してください」

「あい分かった。皆の者! 指物を掲げ、布を広げるのだ!」


 ハイゼの号令に従士たちが応える。彼らは一斉に指物を掲げる。


 それは通常の指物とは少し違っていた。通常の指物飾りや旗印の代わりに、高さ三間弱、幅十間弱に渡る麻織布が結ばれていた。天幕の補修その他の雑用に消費されるものを転用したもので、生成りの布地にはよく見ると赤い斑が薄っすらと確認できる。


 折よく、天候は良好、微風の中張り出された大布がはためく。そのような指物が合わせて八枚、互いに重ならないように僅かな間隔をあけて広げられた。


「よーし! このまま前進せい!」


 王国の戦士たちはそのまま進む。既に城壁の上に集まって臨戦態勢で構えている連合軍戦士の姿が見えた。


 その動きをスピネイル達三人は固唾をのんで観察する。初動が大事だ。


 そして、指物を掲げる従士隊の最前線が壁までの距離一千五百歩まで進んだ瞬間、壁の上から一斉に手斧と爆石が放たれた。


「来たぞー! 備えろー!」


 従士たちの後ろで控える戦士たちは身を低く抑えた。


 指物に翻る大布が、丁度そんな彼らの頭上を覆うように影を差す。


 スピネイル達も指物の下で身を低くして着弾の瞬間を待った。


 その一瞬は実に長く感じたが、実際にはほんの数秒のことだった。


 まず、黒い粒のように見えた爆石が降ってきた。それらは風を受けて孕んだ大布に当たると、柔らかに受け止められ、傾いた布の面を転がって地面に落ちた。


 次に、風を切って回転しながら飛来する手斧が見えた。幾振りかは爆石と同じ道を辿ったが、うち一発が布を切り裂いて貫いた。しかし、それによって威力を減じられた手斧は軌道を落とし、身を低くしていた戦士たちの間に落ちた。


 おお、と不安を抱いていた戦士達が感動する。自分たちが守られている。こんなちっぽけな布に!


「安心するな! 火の玉が来るぞ!」


 ハイゼが一喝した。空気を焼く音を残し、両拳を合わせたよりも大きな火球が飛んでくる。


 スピネイルはそれを凝視する。ヨアレシュの見立て、そして自分の推測が正しければ。


 この火球は広げられた布の真ん中に着弾した。尋常ならあっという間に火の塊は砕け散り、布は焼かれてボロボロになる、はずだった。


 だが、どういうことだろう。砕けた火の欠片が布肌を舐めたが、布地には煤の一片さえ残さず消えた。


 残ったのは耳に空気を焦がす音の記憶だけだ。唖然として口を開いたまま硬直する戦士達をしり目に、スピネイルとヨアレシュは喜んだ。


「やった! うまくいったよ!」

「ああ、これでもう、無駄な戦死はでるまい! さあ、ハイゼ殿。皆を勇気づけてやってくれ」

「お、おう」他の戦士と同じく、我が目を疑っていたハイゼだったが、直ぐに己の職務を思い出す。


「皆の者! 見ての通りだ。スピネイル殿とヨアレシュ殿の発案せしこの大布は、あの壁から物を投げつけるだけの卑怯な輩の攻撃を跳ねのける! これを押し立てて進めば怖いものなし、一挙に攻め寄せて城壁を占拠してやろうではないか!」


 堂々たる文句に戦士たちの顔色があっという間に良くなっていく。それまで打つ手もなく、どうしてよいのか分からなかったことが一挙に解決したのだ。


 これさえあれば、後は自分たち本来の動きが出来る。そう思えばこその喜色が浮かぶ。


「よし。良い顔付きだ。総員、進めー!」

「おおー!」


 不安と恐怖を克服した堂々たる足取りで、王国軍戦士たちは進軍した。


 それに置いてかれないよう、ヨアレシュを引っ張りながら、スピネイルは自分の策がひとまずうまくいっていることを彼女なりに喜んでいた。


 鍵は『魔術人の呪いは同じところに二つ掛けることは出来ない』、『ブレッドヴァルのオークの使う呪いは瞬間的に作用して、消える』、この二つである。


 すなわち、指物を渡している大布には予めヨアレシュによって強度を高める呪いが掛けられている。一度や二度、穴が開こうとそこから断裂しないようにである。


 これによって不測の貫通を予防しつつ、手斧や爆石を布の弾力で優しく受け止める。そして火球などの呪いは、この布を貫くことは出来ないのである。


 懸念があるとすれば、リシンが用いた念動力の呪いだが、あれはそれほど遠くまでは作用させることが出来ないと、スピネイルは見た。


(昨日の決闘で、あと少し遠ければ、と言っていたからな。恐らく投射攻撃の射程よりもずっと短い距離でしか使えないのだろう)


 そうみている間にも、ハイゼ達はどんどんと城壁に近づいた。壁の上から雨あられと降り注ぐ爆石、手斧、火球に雷光だったが、運悪く手斧が時折布を切り裂いて、後ろにいる戦士の頭上に落ちてくることはあったものの、兜をへこませることさえ出来ていなかった。


 ついに先々日、ハイゼたち従士隊が登攀を試みた箇所まで接近することに成功する。絶え間なく攻撃は続いていたが、戦士たちは互いの背中や、壁に手斧や槍を突き刺して足場とし、登攀へ移った。



 絶対無敵と思われた、ダオの壁からの攻撃が通らないことに、連合軍戦士とダオ・オークたちは焦った。


 殊に汚名返上の機会を与えられた炎魔のウーは遮二無二火球を作り出して発射していたために、一層焦燥感にかられることとなった。


「おい! いったいどうなってるんだ!」

「知るか! 畜生、俺の火が、陛下に付け直してもらった火が! こうなったら……!」


 ウーは二丁棍棒を取り出す。一念してそれは白熱する火柱棍棒へと変じたが、次にそれを、何を思ったか自身の両肩に突き刺した。


「あんた、何を!?」

「黙れ!」


 気を使って声を掛けた戦士が、ウーのひと睨みで炎上する。


「魔術の邪魔だ。失せろ! 俺のすべてを使って、過去最大の火球を作ってやる!」


 胸の前で両手を合わせ、目をつぶって念を練り上げるウーから、遠くからも分かるほどの陽炎が立つ。耳や鼻からは細い煙の筋が立ち上った。


 やがて頭上に、オーク戦士数十人分はあろうかという火球が産み出された。さながら地上の太陽のごとき熱量である。


「行くぞ! 俺の全力火球だ!」


 両手を天に掲げたウーは、それを壁に張り付いているツァオの戦士たちに向けて振り下ろす。


 だが、彼の作った極大の火球は、落ちなかった。いや、ある意味では落ちたのかもしれない。


 彼の作った火球は、『爆石を投げ放ったような』衝撃音と共に、粉々に砕け散った。


 一つ一つが頭蓋骨より巨大な欠片が城壁の上に集まっていた戦士達に降り注ぐ。


 精も根も投げ打って火球を作っていたウーは、欠片の降り注ぐ真下にいたし、逃げようと思うほどの理性さえ失っていた。


 見上げた彼の視界を埋め尽くす、炎の雨。


 それが炎魔のウーと呼ばれた、ダオ・オーク族戦士の見た最期の光景だった。

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