In the Flames of the Purgatory 51

 おそらく時間的には数秒だったのだろうが、魔力による防御障壁を全力で連続展開し続けていたアルカードにはその雷撃が収まるまでの時間が永遠にも等しく思えた。

 眼を開けているのになにも見えない――眼は確かに開いているのに、視界は真っ白でなにも見えていない。

 グリーンウッドの魔術が発生した瞬間に生じた閃光を直視していたために、視界を焼かれたのだろう――太陽を直視したときの残像と似た様なものだ。おそらく目そのものは破壊されていない――じきに視界が回復するだろう。

 危なかった――

 『矛』と同様魔力を凝集して構築した防御障壁を形成してなんとか凌いだが、本来は相手の攻撃を防御しつつ攻撃の軌道を変えることで直撃を避けて受け流すためのもので、こんなふうに攻撃魔術を受け流すためのものではない。

 魔力のバランスが崩れ、体力的にも消耗して視界が揺れている。魔力というのは水に似ており、甕の中から水を汲み出せば水面に漣が走る様に使うことで動揺が走る。そして魔力は動揺していればしているほど、その扱いが難しくなる――魔力というのは使ったからといって減少するものではないのだが、荒れれば荒れるほど扱いにくくなり効果も薄くなるのだ。

 アルカードの魔力は今、ちょうど島の周りの嵐の荒波のごとくに動揺しており、破綻寸前の状態だった――武器による攻撃を受け流すぶんには『楯』の構築は一瞬でいいのだが、なにしろ今の魔術は数秒以上も持続していた。おそらく習熟すればもっと長時間維持していられるのだろうが、今のアルカードにとってはこれが限界だった。おそらくあと一秒グリーンウッドの雷撃魔術が続いていれば、彼の霊体は致命的な損耗を受けていただろう。

 荒い息をついて、アルカードは周囲を見回した。だが、なにも見えない――アルカードの肩を鎧う装甲は視界に入ってきたので、視覚が回復していないわけでも眼球が機能を失ったわけでもない。

 周囲に立ち込めた濃密な霧――手を伸ばせば指先さえ見えなくなるほどの濃密な霧が、視界を奪っているのだ。

 霧の魔術――否、そんなものでロイヤルクラシックの感覚を奪えるとは思っていまい。この吹きつける強風の中でも絶えることなく立ち込める濃霧は、妙にじっとりと生温かい――まるでたっぷりのお湯をに立てた鍋を上から覗き込み、蓋を取ったときの様に、生温かい霧が顔に触れている。

 つまりこれは霧ではない――湯気だ。大量の濃密な湯気が、周囲の冷たい空気に晒されて結露した結果生じた霧なのだ。

 その湯気の出所も、先ほどから全身を濡らす雨水を思えば容易に想像がついた。

 先ほどまで、この建物はピラミッド状の四角錐型だった――だが今は、アルカードがいるこの場所がおそらく頂上てっぺんだ。

 ようやくひどい耳鳴りが収まって聴覚がまともな状態に戻ってくると、周囲からジュージューという音が絶え間無く聞こえているのがわかった。ちょうど熱した鍋に少量の水を垂らしたときの様な、細かな爆発を起こしながら沸騰している音だ。

 つまり、頭上から降り注ぐ雨水が周囲の足場に触れて片端から蒸発しているのだ――当初雨水が降ってこなかったのは発生した熱量があまりにも大きく、雨水がアルカードの体に触れるよりも早く熱で蒸発していたからだろう。

 頭上から降り注ぐ如雨露で撒いた様な大粒の雨滴が暴風に乗って横殴りに吹きつけ、ばたばたと音を立てて砕けてゆく――まだ風雨に晒されてから数分と経ってはいないというのに、先ほどまでの戦闘で獣脂を擦り込んで防水性を持たせた外套を失ったこの身はすでに濡れ鼠。金属で作られた重装甲冑の装甲板の表面を雨滴が伝い落ち、その下に着込んだ鎧下もぐっしょりと水が染みている。

 やがて周囲の熱が水の蒸発によって奪われてきたからだろう、薄らいできた霧は暴風によってあっという間に吹き散らされた。

 濃霧が吹き払われると、周囲の様相は一変していた――ほぼ四角錘状だった構造物はその上半分が完全に吹き飛び、それまで屋内だった空間は今や雨曝しになっている。彼らがいたフロアより上の階の構造物は完全に消滅しており、足元のそれまで床だった場所の大部分は熔け崩れて陥没していた――熔けた石材が雨によって冷却され再び固まった表面には、砕けた卵の殻の様な薄い砕片が堆積している。

 先ほどの電撃魔術で壁が爆発を起こし、石材が水のごとく溶けてしたたり落ちていたのと同じだ――あれと同じ現象、ただしとんでもなく大規模なものが、先ほどの雷撃によって発生したのだ。

 周囲が陥没しているのは周囲の構造物を構成する石材のうち蒸発を免れたものがそれでも発生した超高熱によって融かされ、熔岩状になって下の階の空間へと流れ落ちたからだ。

 すでに足場も失われている――背中から広がった蝙蝠のそれに似た皮膜状の『翼』で浮遊することが出来ていなければ、今頃アルカードは下の階に転落して熱湯風呂ならぬ熔岩風呂だ。

 煮え滾る熔岩と化した石材に触れ、あるいは触れる前に放射する熱だけで瞬時に蒸発させられた大量の雨滴こそが、先ほどまで周囲を濃霧のごとく包み込んでいた水蒸気の正体であったのだ。 

 ずいぶんと風通し良くなったものだ――完全に雨曝しになった構造物の上で、アルカードは皮肉をこめて舌打ちした。湿度は申しぶん無いが、風が強すぎて靄霧態は使えなくなった――先ほどこの島へ到達したときよりも、かなり風が強くなってきている。これほどの強風のもとでは、靄霧態をとったが最後吹き散らされてしまうだろう――霧が拡散するとどうなるのかは試したことが無いのでわからないが、まあろくなことにはならないだろう。少なくとも今この場で試す気には到底なれない。

 島を襲う大嵐は、今なお過ぎ去る兆しも見えない。それどころか空を覆う緞帳のごとき黒雲に突き刺さった雷撃魔術の影響であろうか、嵐はますます激しくなる一方であった。

 少し離れたところで、魔術で作り出した鬼火が揺れている――指輪に偽装した仮想制御装置エミュレーティングデバイスで作り出したものだ。

 この三十年ほどの間に可視光線以外の光を光源にしたり、温度でものを見る能力――高度視覚の扱いにも慣れてきたが、やはり可視光線視覚で戦うのが一番楽でいい。高度視覚の中には熱源増幅視界サーマルイメージ・ビュアー高感度視界スターライト・ビュアーの様に、急激な温度上昇や強い光に極めて脆弱なものもあるからだ。

 極端に白すぎる鬼火の光は雨滴による乱反射でさほど遠くまで届かず、その結果この大雨の中ではさほど視程を確保出来ていない。もっと黄色みがかった光にすれば視界を確保しやすいのだが、一度作った鬼火の設定項目を変更する手段は無い――おそらくリアルタイムでの術式構築に長けた本職の魔術師なら出来るのだろうが、彼が魔術師に作らせた仮想制御装置エミュレーティングデバイスにはその設定を行う機能が無いのだ。鬼火の光の色味を変えようとするなら、新たに魔術を作り直さねばならない――彼の仮想制御装置エミュレーティングデバイスは複数の魔術を同時に発生させることが出来ないので、鬼火を作り直そうとしたら今の鬼火は消さねばならない。

 そして鬼火を消した瞬間、視界は完全に失われる。ロイヤルクラシックの暗調応が完全に機能するまでには数秒かかるので――隙を作るまいとするなら高度視覚に変化させることは予想出来ているだろうから、眼前の魔術師は膠着状態を打開するためにを潰せる様な攻撃を仕掛けてくるだろう。

 たいしたものだ――胸中でだけ感嘆の言葉をつぶやいておく。

 電撃を操る魔術師は、別に珍しくない――電撃は一撃で神経を麻痺させ、あるいは心臓を止めて相手を殺害することが出来る強力な攻撃手段だ。先だって述べたとおり、魔術師にとっては戦闘中の二次被害が少ないという利点もある。

 アルカード自身も、その攻撃を扱う魔術師を見たことがある。だが――

 半径数百歩を熔岩の海に変え、爆発の衝撃波だけで彼らのいる遺跡の構造物を丸ごと吹き飛ばして野晒しにするほどの威力を誇る電撃を操る魔術師は、はじめて見た――先ほどの魔術は電撃というより、本物の雷を二、三秒連続して発生させた様な、そんな感じだった。

 視線の先で、それが防御魔術なのか自分自身の周囲に電光を纏わりつかせたグリーンウッドがこちらの様子を窺っている――アルカードが『翼』でそうしている様に、『浮遊レビテーション』の魔術で少し高い位置に浮いている。魔術の制御に問題が出ている様には見えなかったがこちらも今の一撃で相当消耗しているのだろう、荒い息を吐いていた。

 とはいえ――どちらがより激しく消耗しているかと言われれば、アルカードのほうだ。

 もう少し時間が必要だ――魔力の動揺が収まるまでの間、もう少し時間を稼がなければならない。

 とりあえず、話でもするか――

「――やるな」

 彼の口にした賞賛の言葉に、彼と同じ様に濡れ鼠になった魔術師が唇をゆがめる。もっともこちらはぞろりとした長衣ローブを着込んでいるおかげで、彼ほどの被害は無さそうな感じではあった。

 あらためて観察すると背丈は彼より指一本ぶんほど高いくらい、黒髪黒瞳に痩身長躯の整った顔立ちの若者だ。見た目には二十代の半ばほどに見える――つまり、外見上は彼よりもいくらか年上に見えた。無論魔道氏族ファイヤースパウンの長を名乗るのだから、見た目通りの年齢ではないのだろうが。

「貴様こそ――神威雷鎚サンダー・ブラストにまで耐えるとはな」

 グリーンウッドの返答に、アルカードはすっと目を細めた――顔に正面から雨風が吹きつけてきているために、その拍子に目に入った水で視界がぼやける。

「否、どうだかな。今の雷があと二、三秒持続してたら防ぎきれなかっただろうよ」

 そう答えて、アルカードは再び口元をゆがめて笑った。ぎゃあぎゃあと頭の中に直接響く絶叫をあげる塵灰滅の剣Asher Dustを肩に担ぎ直し、

「驚いたぜ――敵と戦うときは常に相手のほうが倍は強いと思え、そう親父が言ってたが……生身の人間じゃないとはいえ、まさかここまでやるとはね。殺すにゃ惜しい奴だぜ、気に入った」

「ほざけ――いかなロイヤルクラシックが相手とはいえ、斬り合いしか芸の無い輩にはそうそう引けは取らんつもりだ。それにそう言う貴様こそ、この俺の魔術や魔獣までも捌くとは――何者だ?」

「……あ?」 かすかに眉をひそめ――それから状況を理解して、アルカードはクックッと笑った。

「なんだよ――知らないで戦ってたのか? っとに面白おもしれぇ野郎だよ」

 男がその言葉に、わずかに眉をひそめる――彼はもう一度声をあげて笑うと、手にした漆黒の曲刀を足元の床に突き立てた。

 戦意を失ったことを示すために柄から手を離し、

「まあいいや――そう言えば人間やめてから、名乗りを上げるのはじめてだな。俺はヴィルトール――名前くらい聞いたことあるだろ? 行く先々で吸血鬼どもを殺して回ってる、同族殺しの吸血鬼アルカードだ」

 

   †

 

「俺はヴィルトール――名前くらい聞いたことあるだろ? 行く先々で吸血鬼どもを殺して回ってる、同族殺しの吸血鬼アルカードだ」

 その言葉に、グリーンウッドは爆発の影響を避けるために展開していた電磁場による防御魔術――無敵の楯インヴィンシブル・シールドを解除しながら眉をひそめた。

 アルカードの名前は知っている――世界広しといえども、同族を『狩る』吸血鬼は彼しかいない。

「吸血鬼アルカード? ワラキアの真祖――ドラキュラ公爵の『剣』か?」

「正解――」 そう答えて、アルカードは周囲を見回した。

 アルカードとグリーンウッド、それぞれの足元だけがまるで絶海の孤島の様にそこだけ原形をとどめた床は、降り注ぐ雨水に熱を奪われて急速に冷えて固まっていた。

 熱放射で真っ赤に染まっていた視界も、通常の青と赤で構成される視界に戻っている――グリーンウッドはそれで熱分布でものを見ることをやめ、普通の人間と同じ可視光線を使った視覚に戻した。蒸気が吹き散らされて視界が確保出来た以上、そもそも可視光線外の視界に頼る意味も無い。

 グリーンウッドは一時的に視覚を鬼神や魔神のそれに置き換えることで、人間のそれではなく彼らの視覚でものを見ることが出来る――弱い光源を増幅したり可視光線以外の光線を光源にしたり、熱の分布を増幅したりといった様なことだ。

 可視光線で構成された通常の視覚に戻すと、沸騰したまま固まって波打った床が視界に入ってきた――吸血鬼は若干ふらついてはいるものの、神威雷鎚・昇雷サンダー・ブラスト・ライジングに耐えてその場にたたずんでいる。

 たいしたものだ――感嘆の言葉を胸中でだけつぶやいて、グリーンウッドは一度足元に視線を下ろした。

 グリーンウッドの最秘奥神威雷鎚サンダー・ブラスト――本物の落雷と同等の雷撃を数秒間持続させることで、電気抵抗による発熱で攻撃対象を昇華させる魔術だ。電気抵抗のある物質に通電すると、電流量と通電時間、電気抵抗によって算出される熱が発生する。

 本物の落雷は、直撃しても人間が黒焦げになる様なことは無い――落雷は電流量こそ非常に大きいものの、通電時間が極端に短い。このため、発熱が起こるよりも早く通電が終わってしまうのだ。だから、落雷による死因は神経電流の撹乱による心臓麻痺などが主因になる。

 しかし――神威雷鎚サンダー・ブラストの場合は通常の落雷と同等の雷撃が最大で三十秒間持続する。通電時間が長いために、攻撃対象は電気抵抗による膨大な発熱によって瞬時に昇華される。超伝導現象の起こらない常温環境下で、物理的な方法でこれを防御する手段は存在しない。

「たいしたものだ――魔力を用いた防御手段とはいえ、これを完全に凌いだのはおまえがはじめてだ。まあ、使おうと思った相手もおまえがはじめてだがな」 賛辞を口にすると、アルカード・ドラゴスは唇をゆがめて笑った。

「そいつはどうも――まったく、このぶんじゃ入口の所に置いてきた食糧と予備の装備も一緒に吹き飛んで無くなってるな」

 今は無き入口のあるほうを見上げて――眼に直接雨粒が直撃したからだろう、すぐにこちらに視線を戻してから、アルカードが盛大に溜め息をついた。

「ああ、跡形も無く吹き飛んでいるだろうな」

 グリーンウッドは即座に首肯してから、すっかり忘れていたことを唐突に思い出してあたりを見回した。

「どうした?」

「連れをひとり連れてきていたんだが」

「俺の荷物と一緒に吹き飛んだんじゃねえの」

 投げ遣りなアルカードの言葉に、グリーンウッドはかぶりを振った。

「否、ちょうどおまえの後ろにあった部屋からさらに下層に降りていたんだが」

「おまえ、そんな状況下で建物たてもんが火山の火口みたいになる魔術を使ったわけ? ひでえな――今頃下の階層で蒸し焼きになってるか、でなけりゃ熔け崩れた天井に飲み込まれて焼け死んでるんじゃないのか」 心底あきれたという口調でアルカードがそんなことを口にしたとき、轟音とともに足元の解けた石材が下からぶち抜かれた。

 うお、と声をあげて、破片から逃れるためだろう、アルカードが数歩後退する。だがそうするまでも無く、破片は大質量の衝撃波に擂り潰されて粉々に粉砕されてしまったらしい。

 水気を吸って泥状になった石材の粉末が、頭上からばらばらと降り注いでくる。

「――もう、なんですかこれ! いきなり上で魔術戦が始まったと思ったら、戻ってみたら階層丸ごと固まった熔岩で埋まってるし」 黄色い声で愚痴りながら、ぶち抜かれた風穴から小柄な少女が顔を出す。

 グリーンウッドが身につけているものと同じ長衣ローブを羽織った、癖のある明るい色合いの金髪の少女だ。

 年齢相応の子供っぽい顔立ちに比して大人びて見える落ち着いた視線は、実はただ背伸びしているだけの子供のものだ。

 あっという間にずぶ濡れになっていく少女の頭を背後から見下ろして、いかにも拍子抜けした様に吸血鬼が軽く小首を傾げた――少女はそちらには気づいていないのか、完全に上部の構造物が消滅して雨曝しになった周囲をきょろきょろと見回して、

「師匠! いったいなにがあったんですか! いったいなにを相手に、あんな大規模な魔術を――」

「そこにいる吸血鬼だ」 グリーンウッドの返答に、少女はようやく背後を振り返った。

 そこでようやくアルカードの存在に気づいたらしい――彼の背中で徐々に小さくなりつつある『翼』をまじまじと凝視したのち、彼女はさっとこちらに向き直り、

「ちょっと待ってください、族長――どうして真祖ロイヤルクラシックがこんなところにいるんですか!」 どうやら彼の背中の『翼』を目にして、少女もすぐに彼の正体に思い至ったらしい。『翼』は周囲から集めた大量の大気魔力を散逸させずに自分の制御下にとどめるためのもので、ロイヤルクラシックだけが持つ能力だ――また周囲の大気魔力と反応させることで本人に飛行能力を附与する役目もあり、これを展開している間はロイヤルクラシックは飛行能力を得る。羽ばたきによって飛行能力を得ているわけではないので、今やった様に一定位置に滞空することも出来る――知識のある彼女なら、すぐにその結論に至るだろう。

「別にどこにいたっていいじゃねえか」 少女の大声に溜め息をついて、アルカードが愚痴をこぼす。

「で、魔術師よ――なんなんだ、このちんちくりんは?」

「ち――!」 童顔と幼児体型を気にしている少女が、金魚みたいに口をパクパクさせる――まだ十四歳なのだから童顔も幼児体型も気にする様なことではないと思うのだが、本人にとっては大問題らしい。とりあえずちんちくりんという部分に関しては否定しようにも否定しようが無いので、グリーンウッドはそこに関しては黙殺して、

「セアラ・グリーンウッド――俺の一族の精霊魔術師見習いで、俺の親戚だ。従妹の孫の姪の曾孫の甥のさらに姪の曾孫のことを、一言でなんと言うのかは知らんが」

「そうか。俺も知らん」 そう言ってから、アルカードはちんちくりん――もといセアラを見下ろした。

「で、ちんちくりんのお嬢ちゃんは、地下でなにやってたんだ?」

「師匠! なんですか、この失礼な人は!」

 顔を真っ赤にしてわめくちんち――もといセアラに対してアルカードが溜め息をついたのに気づいたのは、つまりアルカードと同じタイミングで自分も溜め息をついたからだった。なんとはなしにこの吸血鬼に共感を覚えつつ、

「吸血鬼だと言っただろう。で、下階層でなにか見つかったか?」

 そう答えると、それまでお子様丸出しでわめいていた少女は真剣な表情に戻り、

「見つかりました。わたしの知識だとよくわからないので、師匠に見てほしいんですけど」

「わかった。いつまでもこんなところでずぶ濡れになっているのも楽しくないし、下階層に行こう」 グリーンウッドはそう言ってセアラの開けた穴に歩み寄り――ふと思いついて、吸血鬼を振り返った。

「おまえも来るか?」

「一族の秘儀じゃなかったのか」 混ぜっ返してくる吸血鬼に、グリーンウッドは肩をすくめた。

「気が変わった。確かにこれほどの相手と潰し合うのは惜しい――それにこれから俺たちふたりが向かう場所で、おまえは役に立ちそうだ」

 グリーンウッドがそう返事をして足元の穴を視線で示すと、アルカードは唇をゆがめてこちらに歩いてきた。

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