The Evil Castle 25

 塵灰滅の剣Asher Dustを振り抜いて動きを止めたのを隙と見たか、二体の鎧が殺到してくる。

 たいが崩れた今の状態では、次の刺突は捌けない――そう判断して、アルカードは弾かれた様に前に出た。塵灰滅の剣Asher Dustを再び手放し、右手で腰回りのケースに納めていた例の円盤を一枚取り出す。小さなボタンを押し込むと、外周に起き上がった六本の突起の内部から鋭利なブレードが飛び出した。

 ブレード・ディスクと呼んでいる円盤を、そのまま向かって右の鎧の顔めがけて腕を振り上げる様にして投げつける――おそらく鎧はその攻撃を躱すだろう。

 ディスクは空中で弧を描いて手元に戻すことが出来るが、反転するには空間が足りない。当然、戻ってきたブレード・ディスクを背中から喰らって斃れる鎧もいない。

 だから、最初からこれで仕留めることは期待していない――だが、動きは鈍る。

 右の鎧の攻撃のタイミングが遅れれば、それで十分だ。

 踏み出しながら繰り出した掌打と、突き出された突撃槍ランスの穂先が衝突する――同時に発動した『矛』の衝撃で、鎧が保持した突撃槍ランス全体が粉々に砕け散った。

 予想外の事態に対応出来ないのか、鎧の動きが止まる――無論『驚く』などという挙動があるわけではないのだろうが、おそらく脳に焼き込まれたプログラムの中に手持ちの武器が破壊されるという想定状況が無いのだろう。

 続いて先ほど投げ棄てた塵灰滅の剣Asher Dustを、再び右の手元で再構築――掌打を繰り出した左手を引き戻しながら上体をひねり込み、その動きで逆手に握った塵灰滅の剣Asher Dustを振るって逆袈裟の軌道で鎧の胴を薙ぐ。

 斬撃は鎧の左腕を切断しながら脇の下から胴甲冑を割って入り、そのまま右肩口へと抜けた――完全に分断された鎧の上体がぐるぐると回転しながら宙を舞い、耳障りな音とともに床の上に落下する。続いてしたたり落ちた自分自身の血で濡れた絨毯の上に、鎧の下半身が崩れ落ちた。

 右手の鎧が躱したブレード・ディスクの鋭利な刃が、ギインという轟音とともに奥の壁に突き刺さる――どうも右の鎧が躱したディスクを躱し損ねて巻き添えを喰ったらしく、奥にいた別の鎧が頭部を半ばまで引き裂かれて崩れ落ちるのが見えた。

 右手の鎧はすでに体勢を立て直し、槍を構えて突進してきている。こいつが最後の一体だ。

 振りかぶった槍を長柄武器ポールアームの様に振るって、鎧が斬撃を繰り出してくる――うなりをあげて振り下ろされた槍の尖端を躱し、アルカードはそのまま内懐に踏み込んだ。

 放り棄てた塵灰滅の剣Asher Dustが、床の上でからんという音を立てる――同時に、鎧が電撃に撃たれた様にびくりと大きく痙攣した。

 悪魔の外殻を削り出して作った鈎爪状の刃物トライエッジが隕鉄の重装甲冑を易々と突き破り、肺と心臓を貫いて脊柱を損傷させたのだ――もはや反撃もままならぬまま、鎧が口元のスリットから血を吐き散らしながら全身を細かく痙攣させている。面頬の輪郭に沿って胸甲冑に伝い落ちた血が、そのままこちらの手元にしたたり落ちている――それを気にも留めずに、アルカードは胸郭をぶち抜いた三爪刀トライエッジを鎧の胸元から引き抜いた。

 支えになっていた三爪刀トライエッジを引き抜かれ、最後の鎧がそのまま足元に崩れ落ちる――ギザギザの形状をした三爪刀トライエッジは迂闊に布で拭き取ると自分が怪我をするので、そのまま鞘に納める。あとから水で洗い流すしかない。

 視線を向ける手間も惜しんで、アルカードは視線をめぐらせた。

 六-九-七と『矛』で胴甲冑をひしゃげさせてやった鎧は、呼吸が出来なくなって酸欠で死んだのかすでに動きを止めている――それで興味を失って、アルカードは再び視線を転じた。

 床の上に投げ棄てた塵灰滅の剣Asher Dustが魔力供給を打ち切られ、形骸をほつれさせて消滅してゆく――それを見届けることもせずに、アルカードは歩き始めた。

 床の上に倒れた鎧の脇の下に突き刺さったままになっていた心臓破りハートペネトレイターを引き抜いて、壁に掛けられた飾り布タペストリで血を拭い取ってから鞘に収め、壁に突き刺さったブレード・ディスクのところまで歩いていく。

 彼は手を伸ばして、壁に深々と壁に喰い込んだディスクの刃を何度か揺すって引き抜いた。儀式用短剣セレモニアルダガー三爪刀トライエッジ同様悪魔の屍を材料にして作られたブレード・ディスクは、石造りの壁に喰い込んでも疵ひとつついていない。

 その場で小さく息を吐いて――頭上を振り仰ぎながら、視界を上下に分断する様にして手にしたブレード・ディスクを薙ぎ払う。ちょうど壁にへばりつく様にして頭上から接近してきていた例の腕がわんさか生えた悪趣味な物体が数本の腕を切断され、さらにその腕が生えている中心部分も半ばまで引き裂かれて、電撃に撃たれた様に動きを止める。

 ぼとぼとという厭な音とともに切断された腕が床の上に落下し、びちゃびちゃと音を立てて赤い血と内臓がその上に落ちてきた――まるで爆ぜた栗のいがのごとくに割れた裂け目から異臭の漂う内臓がこぼれ落ち、その切れ端が胴体の裂け目からリボンの様にぶら下がっている。

 棘の代わりに腕が生えた海栗の様なグロテスクな外観の怪物はその一撃で絶命したらしく、それまでへばりついていた壁から離れて床の上に落下し、血だまりの上で山になった内臓の上に力無く崩れ落ちた。

「……これあの部屋に飾ってあった置物か?」

 どうやら、例のは置物ではなかったらしい――となると、ほかの部屋にわんさか置いてあった脚が生えた壺も、中身はなにか妙なキメラなのだろうか。

 ますます都から遠ざかるな――

 そんなことを考えながら、アルカードは足元で細かな痙攣を繰り返しているおぞましい生物を見下ろした――裂け目から人間の脳に似たものが覗いているのがわかった。きっとどこかにこの生物が周囲の状況を把握するための感覚器――目やら耳やら鼻やらがあるのだろうが、そんなものをいちいち探す気にもなれない。

 きちんと調べればなにかしらわかるのだろうが、爆ぜた栗の殻の様に裂け目から中身を覗かせたその生命体をわざわざ解体する気にもなれず、アルカードは手にしたディスクを見下ろした。

 赤黒く錆の臭いのする液体がべっとりとこびりついたブレードを目にして顔を顰め、手近な壁に掛けられた飾り布タペストリで六枚の刃にこびりついた血糊を拭い取ってから手首のスナップを利かせてディスクを二度振る。

 一度目で外周のベースから飛び出した湾曲したブレードが内部に格納され、続く二度目で外周に起き上がっていたベース部分が内側に引き込まれる。腰のケースにブレード・ディスクを収納してから、アルカードは踵を返して歩き出した。

 

   *

 

「気をつけろ――まだほかにもいるぞ!」 立ち上がりながら、アルカードが警告の声をあげる。

 当然それは理解出来ていた――視線の先に二体のキメラがいる。一体は壁に、もう一体は天井に、ヤモリかなにかみたいにへばりついている。

 ぎええええ、と鳴き声をあげ、天井に張りついていたキメラが片腕を振るう。

 それに気づいて、エルウッドは反射的に後方へ跳躍した――ぴぅという軽い風斬り音を立てて鞭状のものが眼前を横切り、彼がそれまで立っていた床を轟音とともに撫で斬りにする。この型式タイプはアルカードが接着剤グルー――アロンアルファとセメダインと澱粉糊とグルーの四種類の候補が挙がり、最終的にグルーに決定したのだが――と名づけた種か。となるともう一体はフリーザ様か、それともなにか別の新型種か?

 いずれにせよどうでもいい――宴会場フロアだけあって廊下も広いので、長大な千人長ロンギヌスの槍を振り回すにも支障は無い。

 グルーが空振りした鞭を引き戻す動作に合わせて、床を蹴る――長さと重量にものを言わせて壁を粉砕しながら、エルウッドは大身槍を横薙ぎに振り抜いた。手入れの行き届いた壁紙が引き裂かれ、粉砕された壁の構造材が絨毯の上にぶちまけられて細かい埃を巻き上げる。

 背後からぎええええ、と叫び声が聞こえてくる――おそらくアルカードが戦っているキメラだろう。

 おかしなことにキメラの叫び声がどんどん甲高くなり、一瞬ではあったものの耳を劈く様な高音に変わってから、やがてソニックブームの様な轟音を響かせてからまったく聞こえなくなった。

 エルウッドの聴覚は人間の数倍の可聴範囲を持つ吸血鬼のそれよりもはるかに可聴範囲が広いが、そのエルウッドの可聴範囲すらも上回ったらしい――ぱきりというなにかの割れる様な音がなんなのかは知る由も無いが、叫び声そのものはいまだ続いている。

 いずれにせよ、アルカードはキメラに攻撃をさせるつもりは無い様だった。

「――死ねよ!」 咆哮とともに、銃声が響き渡る。

 拳銃やサブマシンガンの銃声ではない――アルカードの装備ロードアウトのひとつ、二連装になったオートマティック式のショットガンのものだ。

 その銃撃で被弾したのか、キメラの叫び声は悲鳴になって途切れ――先ほど戦ったバイオブラスターと同型種のキメラがいるのか、うなじを強烈な遠赤外線が焼いた。

 再び銃声が轟き、げげげげ、というキメラの声がそれに続く。

 だがいつまでもそちらに注意を向けてもいられない――ぎええええという叫び声とともに、眼前のグルーが右腕を突き出すのが見えた。

 グルーの下膊は上膊に比べて、かなり太くなっている――全体が筋肉で出来ていて、それが収縮して急激に内容積を縮めることで内部に溜め込んだシアノアクリレートを押し出す構造になっているらしい。一眼レフのカメラを掃除するときに使うブロアの様なものだ。

 ふくらはぎにも同様の構造の器官があり、一階ホールで交戦したグルーがそうした様に脚からもシアノアクリレートを噴射することが出来る――構造上下膊や脛と並行の方向にしか噴射出来ないので、使い勝手がいいのはやはり腕のほうになるのだろうが。

 とはいえ――

 グルーの腕の瘤状の器官が収縮して、ホースの先端の様な管状の噴射口から水の様に粘性の低い透明の液体を噴射する。

 エルウッドは壁にかかっていた富士山の絵画をはずし、楯代わりに使ってその液体を受け止めた――高級ホテルの調度なのでもしかするととんでもなく高価な名画なのかもしれないが、まあ別に問題無い。戦闘中の器物損壊に関しては、エルウッドやアルカードが責任を持つ部分ではない。

 額縁を水平に寝かせて手裏剣みたいに投げ放ち、エルウッドはそれを追う様にして床を蹴った。

 グルーが鞭を使って額縁を叩き落とす――グルーの足元で、ばきっという音を立てて額縁が割れた。

 だれで出来た隙を突いて千人長ロンギヌスの槍を突き込む――よりも早く、化繊の衣服が静電気を帯びたときの様なパチリという音とともにかすかなオゾン臭が鼻を突く。

 おそらくアルカードなら気づかなかっただろう――エルウッドは小さくうめいて、後方に跳躍した。

 戦慄とともに視線を投げたとき、壁にへばりついていたキメラがこちらを嘲笑う様に声をあげた。よく見ると、頭部に明らかに金属質の頭角が突き出している――次の瞬間絶縁破壊の際に生じた轟音とともに、その頭角から放たれた青白い電光がまるで木の小枝の様に細かく枝分かれしながら視界を横切り、壁に掛けてあったフロアの案内板に突き刺さった。

 ――電撃!? 

 次の瞬間案内板と壁紙が瞬時に燃え上がり、続いて小爆発とともに熔融した溶岩状の飛沫とところどころ熔けかけたコンクリートの破片が床の上に撒き散らされた――コンクリートが熔解しているということは、千度前後まで加熱されているということだ。

 自然の雷や静電気と違い、通電時間がそれなりに長いからだろう――通常の落雷をそのまま受けた場合の死因はたいがいが電気ショックによる心不全などで、火傷が原因になることはさほど無い。それは通電時間がごく短い一瞬で、通電時間と仕事率によって決定されるジュール熱の発熱量が極めて小さいからだ。

 逆に電気工事などの事故の被災者が火傷を負って重傷化しやすいのは、電気設備は連続して電気が流れているためで、この場合は大量のジュール熱が発生する――被災者は自身の肉体の電気抵抗によって、全身を焼き尽くされることになるのだ。

 おそらくスタンガンの様なごく短い通電ではなく、数秒程度の長時間電流を流すことで、電気抵抗による発熱で攻撃対象を破壊するのだ――確か昔読んだ本によると、一気圧の環境下で一センチ離した電極の間に電撃を発生させるためには約三万ボルトの電圧が必要だという。

 廊下の端から端までは五メートル近くあるから、最低でも一千五百万ボルト以上の電圧を発生させる能力があるということだ。

 かすかではあるがひゅおおおお、という吸気音みたいな音が聞こえてくる――ストローをそのまま口に咥えて息を吸い込んだときに似た音だ。呼吸音ではない――キメラの脇腹に鮫の鰓に似たスリットがあり、おそらくそこから空気を取り込んでいる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る