The Evil Castle 13

「完成したキメラの卵を保存しておけば、いくらでも量産出来る――適当なところに女を何人か攫ってきて、そいつらの子宮にキメラの卵を植えつければいい。着床して胎盤を形成した卵が女の体からカロリーと栄養を根こそぎ奪い取りながら急速な細胞分裂を繰り返して、あっという間にキメラの群れの出来上がりだ」

「あっという間って――」

「文字どおりの意味だ――といっても、さすがに瞬きひとつというわけでもないが」

 そう言ってから、アルカードはしばらく考え込んだ。

「調製の都合上、哺乳類の高等生物をベースにしたキメラはすべてオスに造られてる――第一世代のキメラは必ず調製槽で造る必要があるんだが、調製の失敗や意図的にそうすることで生殖能力を持たなかった個体以外は、第二世代は自分で繁殖する」

 アルカードはそこでいったん言葉を切って、

「高等生物は遺伝的多様性を確保するためにオスとメスの遺伝子を混合することで次世代の子を作るが、キメラの場合はメスの胎内に体内で作り出した卵を挿入する。この卵は人間で言えば受精済みの卵子に近いもので、この卵が胎内に入り込むと、メスの子宮の内部で胎盤を形成する――このためにキメラの繁殖は基本的にすべて自己コピーで、卵の成長に女の体を利用してるにすぎない。まあキメラに抱かれたい女なんぞいないだろうから、基本的にはキメラが女を襲うんだが――卵を女の腹に植えつけて、その卵が女の体から栄養とカロリーを根こそぎ搾り取って、あとは女の生命と引き換えに元気な赤ん坊が生まれてくる」

 その様子を想像したのか、エルウッドが嫌そうなうめき声を漏らすのが聞こえた。アルカードは先に立って部屋から出ると、弟子のほうを振り返り、

「そういうわけだ。気をつけろよ――卵の成長は極めて早い。俺が見た実例だと、キメラに女が犯されてから十分も経たないうちに臨月を迎えていた」

「それはつまり――」 アルカードの言っている意味を理解して、エルウッドが嫌そうな声を出す。

「ああ――下手をすると宿泊客と交歓会を開いて、今頃キメラの赤ん坊が大繁殖だ。ここのキメラが母体から何匹生まれてくるかはわからないが、胎児同士で栄養を奪い合って共倒れになる可能性があるから、出生率を高めるために一匹ずつのことが多い。ひとりにつき一体生まれてくる様なら――仮にこのホテル内の客のうち四百人が妊娠可能な女だと仮定すると――四百匹の可愛い赤ちゃんが生まれてる可能性もあるわけだな」

 その背筋の寒くなる様な仮定に、エルウッドが息を飲む。

 今現在の最大の問題は、数だった――エルウッドに言ったキメラの繁殖のことではなく、今現在『親』となっている個体が何体いるのかが問題だった。

 実際のところ、実際にキメラと交配した女性が妊娠し、出産まで至る可能性はそれほど低くない――この五百年の間にキメラ研究者は数人斃したが、その研究者のうちのひとりの記録によると、そのキメラ研究者の繁殖実験の犠牲となってキメラの子を受胎させられた女性たちの中で、実際に出産に至ったのは三十人中ふたりだけだった。残りは当時の食生活からくる栄養不足が原因で胎児は誕生にまで至らずに体内で死に、母親となった女性もカロリーと栄養分を吸い尽くされて出産前に死んでしまったのだ。

 その一方で南仏で工房を破壊したキメラ研究者の工房ではキメラの凌辱の犠牲となった女性数人が全員出産に至っており、生物としてきちんと機能しているかどうかも問題になるのかもしれない――アルカードはキメラ学については門外漢なので、通り一遍の知識しか持っていないのでよくわからなかったが。

 だが現代の先進国民であれば、栄養状態は当時よりもずっといい――特に一個体が保持しているカロリーと栄養素の量が、当時と現代人では比べ物にならない。当時のキメラの繁殖が失敗する主な理由は遺伝子レベルの生体設計ミスを除けば主な原因は母体のカロリーと栄養の不足で、繁殖実験前に十分な食事を与えることで出産の成功率が挙がったという研究報告も見たことがある――繁殖機能が設計通りに正しく機能しているキメラであるなら、当時のキメラよりもはるかに出生率は高いはずだ。

 胸中でつぶやいて、アルカードは息を吐いた――問題は、親のキメラが何体いるかだ。

 仮にキメラが無事に生まれたとして、自ら戦闘を行える程度まで成長するには数時間から十数時間かかる。

 それまでは彼らの戦力は親のキメラだけだ。子供のキメラはしぶといだけで手強くはないから、手早く親を始末して――

 がしゃん。

 右前方の客室のひとつの中からなにかが落下して砕ける様なもの音が聞こえてきて、アルカードは思考を中断した。

 エルウッドも足を止めている。視線を交わして、彼らはドアの両脇に張りついた。

 エルウッドが手にした千人長ロンギヌスの槍を握り直す――槍術の技量だけなら師をも凌ぐこの男は、全長三メートルの槍を室内戦で扱うことを苦にもしない。

 『黙らせた』ままの塵灰滅の剣Asher Dustの柄を握り直し、アルカードは慎重に気配を探った。

「さて――」 先ほどの接敵コンタクトの際に見せたあれの運動能力と反射速度は、別にアルカードにとって脅威になるほどではない――ただ、あれは気を抜いていたとはいえ、アルカードやエルウッドに気づかせないままアルカードの間合いの内側にまで入り込んだのだ。気配を殺したまま室内で息をひそめ、こちらが入ってくるのを待っている可能性もある。

 エルウッドの視線を捉え、一瞬首肯を交わして――アルカードは一撃で扉の蝶番を斬り飛ばした。

 扉を蹴破り、室内に踏み込む――乱れたベッドがふたつ、丸テーブルに肘掛椅子が二脚。広さは三十平方メートルというところか――ドアの間隔からさほど部屋が広くないことは想像がついたが、案の定スイートルームというわけではないらしい。

 真っ白な壁紙には、大量の血糊が飛び散っている――ベッドの上で仰向けに倒れている人影に気づいて、エルウッドが小さくうめくのが聞こえた。

「ライル、バスルームを確認しろ」 そう告げて、アルカードは素早く周囲に視線を走らせた――人間が周囲を警戒するときに陥りがちなのは、自分の目線の高さか、それより下しか見ないということだ。

 周囲を警戒している人間は、自分の頭上を確認することはほとんど無い――ゆえに頭上にひそんでいると気づかない。天井になにも張りついていないことを確認して、アルカードはベッドの下を警戒しながら覗き込んだ。

 なにもいない。それを確認して、あらためてベッドの上に倒れているものを確認する。

 ベッドの上に倒れているのは、十歳にも満たない幼い少女ふたりの遺体だった。腹部が切り裂かれて内臓が引きずり出されている――喰ったのだろう、おそらく。

 腸があらかた喰い尽くされていたために、それ以外の臓器の様子も窺えた――性器に異常は無い。この幼子たちは出産の苗床としては使われていない――キメラの卵は体内に入り込んで胎盤を形成し、そこからホルモンのバランスを狂わせて肉体を強制的に妊娠可能な状態にするが、第二次性徴が終わった状態にならないと苗床として使えないからだろう。

 生きたまま喰われたのだろう、断末魔の恐怖を顔面に張りつかせたままの子供たちに一瞬だけ黙祷を捧げたとき、窓を覆ったカーテンが微風とともにふわりと揺れた。

 窓に視線を投げて――開いているのかと訝ったとき、

「ブラック・スリーだ! シルヴァー、警戒しろ! 今、なにかが窓からホテルの部屋の中に――」 焦燥を滲ませた狙撃チームの声がイヤホンから聞こえたのと同時に、

「――アルカード、上だッ!」

 バスルームから出てきたエルウッドが警告の声をあげた。

 ――なんだと!?

 とっさに横に身を投げ出しながら、左手で引き抜いた自動拳銃を据銃する。一体どこに隠れひそんでいたのか、先ほどロビーで遭遇したのと同じ姿の怪物が天井に張りついていた――皮膚が無く筋肉が剥き出しになった身体、顔には瞼も鼻も耳も唇も無く、血走った眼球と鮫を思わせる牙が剥き出しになっている。

 けけけけけ、と耳障りな声をあげながら、天井に張りついたままの化け物が左手をこちらに向かって伸ばす。ふーん、という小さな音を聞き取って、アルカードは背筋が粟立つのを自覚した。なにかわからないが――あれはやばい。

 照準はあきらめて、そのまま腕を振り回して回転を加速しながら床を転がる――体勢を立て直すより早く歯医者のドリルの様な掘削音とともに視界の端をかすめて半透明のなにかが床に垂直に突き立ったかと思うと、あっという間に引き戻されて化け物の指先へと戻っていった。

 それでようやく、化け物の指先からなにかが飛び出したのだと理解出来た――化け物に照準を合わせて、トリガーを二度絞る。

 正確極まりない精密照準連射コントロールペアの銃弾を、しかし化け物は一メートル以上もありそうな長い舌で弾き飛ばした。

 化け物が追撃を仕掛けるより早く、エルウッドが投擲した擲剣聖典が天井をえぐる――反応が一瞬でも遅ければ天井に昆虫標本よろしく磔にされていただろうが、残念ながら化け物の反応速度のほうが速かった。

 天井から離れて空中で半回転し、そのまま床に着地する。キメラはぐるぐるとうなり声をあげながら、こちらに飛びかかろうとはせずに上体を反らして両腕を広げる様な姿勢ポーズを取った。

 なにを企んでいるのかは、知らないが――

「この――」

 毒づいて間合いを詰めようとしたとき、突然周囲の空気が白濁した――否、そうではない。周囲の気温が急激に下がったのだ――空調の加湿機能によって周囲の空気に与えられた水分がたちまちのうちに結露し、テーブルの上に置いてあった氷が解けて水だけになったグラスが急激な冷却に耐えられずに砕け散る。

 信じられないことに、室内はあっという間に業務用冷凍庫の内部よりも低温の空間と化していた――否、室温はどんどん低下を続け、すでに窓硝子は分厚い霜に覆われている。

 極低温冷凍能力――魔術ではない。この極低温は、明らかにあの化け物を中心に発生している。あれがなんらかの形でこの冷気を発生させているのは間違い無い。体内になんらかの冷媒による極低温冷凍器でも持っているのか、それとも――

 否――あの化け物の周囲に発生している水蒸気が結露した白い霧、それがどんどん褐色の気体に変わっていくのを見て取って、アルカードは戦慄した。

「ライル、耳をふさげ!」 声をあげて――アルカードは塵灰滅の剣Asher Dustを振り翳した。魔力を這わされた刀身の周りにバチバチと音を立てて蒼白い火花が纏わりつき、魔力で織られた霊体武装が悲鳴をあげる。

 アルカードはそのまま、手にした霊体武装を水平に振り抜いた――解き放たれた世界斬・散World End-Diffuseの衝撃波がホテルの壁をぶち抜き、褐色のガスを押し流す。窓が衝撃波で割れたのだろう、ばりいんという音が聞こえた様な気がした。

 絞り込まずに撃った世界斬World Endによって壁が外側に向かって吹き飛ばされ、巨大な横長の風穴から風雨が吹き込んできている。

 けけけけけという声をあげて、キメラが穴の外から顔を出した――爆風で吹き飛ばされたものの死にはせず、壁に張りついて難を逃れたらしい。周囲の建物に被害を出すのを避けるために出力を抑えていたのも、仕留め損ねた一因だろう――アルカードの銃撃が届くよりも早く頭を引っ込め、キメラはさっさと撤退した。

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