無職無能俺、大阪で就活帰りに巨大たこ焼きに襲われたのち女子小中高生達にリアルRPGの勇者をお願いされた!?

明石竜 

第一話 既卒無職無能俺、就活帰りにその日受けた企業から速攻お祈りメールが届いて落胆してたら、女子中高生達からリアルRPGの勇者を任された!?

就職活動とは、内定通知という伝説の宝物を求めて冒険の旅に出る、スーツと鞄のファンタジーである。剣と魔法、ドラゴン、精霊、勇者と姫、魔王、魔導士、亜人獣人、仙人などというファンタジー世界においてありきたり過ぎる物は一切出てこない斬新な設定。

冒険者の長距離移動手段は飛空艇やチョ〇ボ、ではなく電車とバス。たまにタクシーを利用する。冒険者が山間部や島嶼部といった僻地に住んでいる場合は航空機や自家用車、船舶が利用されることもある。

日本国内を舞台とした場合、冒険者の身分は大学三・四年生、大学院生、短大・専門学校生が中心となる。他に既卒者、近年は少なくなったが中高生も含まれる。当然のように日本人が大半を占めるが近年は中国・韓国・台湾などからやって来た外国人留学生も増加傾向らしい。 

徐々に仲間の数を増やしていく普遍的なRPGとは異なり、冒険者は基本的に最後まで単独で行動する。だが、友人同士でパーティを組んで行動する者の姿もちらほら見受けられる。冒険者は自宅や学校等で業界研究をしたり、先輩・親・就職課の職員などから話を聞いて冒険のヒントを得たり、就職ガイダンスに参加したり、リクナビやマイナビなどの就職情報サイトに登録したり、資格を取得したり、自己PRや志望動機などが問われるエントリーシートを試行錯誤しながら書いたり、一般常識や論理的思考力が試される筆記試験の対策をしたり、面接の練習をしたりしながら経験値を積む。こうしてレベルを上げてから志願する戦地へ赴き、会社その他施設のダンジョンを通り抜け、試験会場に巣食う面接官という名のモンスターを倒して『内定通知』の取得を目指すのである。モンスターが平社員の場合、基本的にザコキャラだ。ラスボスは社長や重役であろう。

時代設定は現代。戦地があるのは東京、名古屋、大阪、福岡など都市部が中心だ。 

冒険期間は数ヶ月。あくまでもこれは目安で、家業を継ぐや親のコネなどの裏技で冒険せずとも一瞬で終える者もいれば、何年かかってもゴールへ辿り着けない者もいる。 

冒険者の初期HP、そしてレベルの上がり方は冒険者の地力によって大きく異なる。基本的に書類選考や筆記試験をパスし内定通知取得へのステップが進むとレベルが上がる(連動してHP最大値も)。面接官から威圧されたり、不採用通知を受け取ったりするとダメージを受けてHPが減る。普遍的RPGのように、宿屋(ビジネスホテル、カプセルホテル等)に泊まったり、食事を取ったりしても必ずしも回復するとは限らない、むしろ減ることさえある。就活世界(シュウカツワールド)においては、それは冒険者自身の精神状態に委ねられる。

HPが0となったらゲームオーバー。こうなると就労意欲が完全に無くなり、たちまちニートと呼ばれる人達となってしまう。冒険途中で鬱病などを患い(普遍的RPGでいう毒に侵された的な状態)、ゲームオーバーとなってしまう冒険者も少なからずいるようだ。

 普遍的RPGと異なる点は、他にもいくつかある。冒険者はモンスターに武器を用いて物理的なダメージを与えたり、民家などに無断で侵入して引き出しを漁ったり、落とし物を勝手に自分の所有物にしたりしてはならない。そんなことをしようものなら警察官と呼ばれる職業名を持つ人々に逮捕され、後の冒険が著しく困難になりかねない。

就活世界では、モンスターは冒険者の巧みな話術による呪文詠唱や、笑顔・挨拶などの心理的攻撃によって冒険者側に好感を持ってもらうことで、倒されるシステムとなっている。

就職活動とは、言い換えれば“限りなく現実世界に近いファンタジー冒険奇譚”なのだ。


なんてくだらない設定を無職の青年、瓦谷慶一(25歳)が就活帰りに公園のベンチに腰掛けて考えていたら、

突如、予期せぬ出来事が――。

「うぉわぁっ、なんだこいつ!?」

 目の前の空間上に、奇妙な物体が三体現れたのだ。慶一はたじろぐ。

 目と口がついている以外は、たこ焼きそっくりな形をしていた。

 直径四〇センチ以上はあるだろうか? リアルなたこ焼きよりも巨大だった。

「わわっ!」

 襲い掛かって来たので、彼はとっさに手に持っていたくたびれたビジネスバッグをぎこちなく振り回して三体続けてぶっ叩いた。

 すると、跡形もなく消滅した。


どうしてこんなことになってしまったのか?

事の発端は、一時間ほど前まで遡る。

       ☆

「それではまず、瓦谷さんの自己PRからお願いします」

「俺、わたくしは……その、けっこう、几帳面な、性格でして……地道な努力家で、継続力があり、挑戦意欲が高く、慈悲深く…………あの……えっと…………」

「では次の質問に移りますね。大学をご卒業されてからこれまで、どのように過ごされて来たのでしょうか?」

「えー、その、IT企業や食品メーカーや、電機メーカーや、農協、学習塾、老人ホームなど、いろいろな企業を受けつつ、資格試験や、公務員試験にも、チャレンジを……」

「僕の方からも二、三質問させていただきます。うちの会社を志望した動機は?」

「えー、その、御社で開発されておられる、ソフトウェアの一つである、地理情報システムというものに、わたくし、特に興味を惹かれまして……その、他社にはあまり無い、独自性というか、社員数五〇名足らずの、中小IT企業なのに、業務が、多岐に、渡っているというか……加えて、わたくしが、大学時代に学んで来た、知識も、大いに、活かせるのではないかと…………えーまあ、そういうことです」

「何かスポーツ経験は?」

「……特には……ないです」

 六月上旬のある日の夕方、四時半頃。大阪市内のオフィス街に佇む、とあるソフトウェア開発会社中途採用試験個人面接での一幕だ。

会場は会議室。室内中央付近にぽつんと置かれた折り畳み式パイプ椅子に座る瓦谷慶一と、長机備えの木製椅子に座る二人の面接官とが向かい合う座席配置。

三〇代後半くらいの女性と、五〇歳くらいのがっちりとした薄毛の男性から次々と質問され、瓦谷慶一はいつもと変わらずたどたどしく答えてしまったのだった。


あぁ、今回も絶対不採用だろうな。試験案内には〝面接は一時間程度を予定しております〟と書かれてあったけど、五分くらいで終わったし――今までにも何度もあったことだけど。今回に限っては最後に何かご質問はありますか? とも訊かれなかったな。

先ほど受けた会社が入居する古びたオフィスビルから外へ出た慶一は、沈んだ気分で地下鉄北浜駅へと向かって歩き進む。その姿は傍から見ると、紺色のリクルートスーツがマッチ棒みたいな形をして路上を舞っているかのようだった。

慶一の身長は一六五センチ。体重は、五〇キロにも満たない。標準的な成人男性と比較すれば、かなりみすぼらしい体格といえよう。おまけにどんよりとした目つきで大抵いつも暗い表情、鈍重な立ち居振る舞い、声が小さく話すペースも遅い。いかにも頼りなさそうな風貌なのだ。

集団面接、集団討論(グループディスカッション)の場において慶一は毎回、同じグループになった他のメンバーと比べて最も発言量が少なかった。しかもその発言内容も周りから浮いてしまうような、あまりに突飛で的外れなものであることが多かった。他のメンバーや面接官を苛立たせたり、唖然とさせたりして来たことは枚挙に暇が無い。

入室してから着席するまでと退出する際の動作も、他のメンバーと見比べて悪い意味で一番よく目立ってしまうことが常であった。今回受けたような個人面接の場においても、訊かれた質問に対して返答するまでにかなり時間がかかってしまうことがこれまでにも度々あった。そして答える時は大抵しどろもどろになってしまう。

ようするに慶一は、コミュニケーション能力が著しく低いのだ。

面接結果は言わずもがな、いつも不採用となっている。

既卒三年目になってしまった慶一が大卒新卒就活解禁日より就活をし始めてから、これまでで不採用となった企業の数は書類選考落ち、応募後音沙汰無しも含むとはいえ聞いて驚く無かれ、なんと延べ四百社以上にまで達している。正社員はもちろんのこと契約・派遣社員、アルバイトですらも断られ続ける日々。

公務員試験も筆記は高確率で通過出来るのだが、やはり面接で撃沈。

就職活動をしていく上で、ごく普通の人ならば十社も受ければ少なくとも一、二社は採用に至るものだ。慶一がいかに社会から必要とされていないのかがよくお分かりだろう。

俺は簡単に入れる地方国立大卒。東大でなくとも旧帝大のどこかか早慶に入れていれば、状況がかなり違っていたのかもしれないな。俺の母校の先輩でもノーベル物理学賞貰ってる人いるにはいるけど。 

 ふと予備校の看板が目に留まった慶一は、己の学歴の低さに改めて失望感を抱く。慶一は学業面においても落ちこぼれだったのだ。


駅へ近づくにつれ、人通りもかなり増えて来た。慶一のように一人で歩いている者よりは、複数で行動している者の方がずっと多かった。

 そんな中、

「配属先の経理課長のデブ禿げの不細工なおっさん、マジうざいわ~」

「あいつキモ過ぎ。うちなんかもう百回以上はセクハラされたで。はよ辞めるか地方飛ばされて欲しいわ~。つーか死ねっ!」

「不祥事起してクビになってくれたらマジうけるし」

とある曲がり角から、スーツ姿の男三人女二人の集団が現れた。

「そういやオレと同じ大学でゼミも同じやって、内定出んまま卒業した奴おるねんけど、そいつやっぱまだ就職決まらんみたいやで。契約とか派遣も受けてるみたいやねんけど。昨日までで百二十社以上落とされたらしいわ~」

「マージで!? ちょっと引くわそれ。そんだけ受けて決まらんとかあり得んやろ。そいつやば過ぎ。どんだけ無能なんよ。おれなんか一社目で即効決まったし」

「やるなあ。オレは一社目最終面接落ちで、二社目で初めて内々定もらった。オレの一個下の武庫女の彼女も今年就活やねんけどもう四社から内々定もろとるで。第一志望の地銀行くらしいわ~」

「彼女おったんかぁいっ!」

会話内容から察するに、おそらく大卒新入社員の方々なのだろう。彼らは慶一の前方を遮るように横に並んで歩き進みやがる。生き生きとした明るい表情で、じつに楽しそうに。男の方は皆、背丈が一八〇センチ近くあった。

百二十社程度で無能扱いなのかよ? 陰口言い回ってモラル低そうな連中だな。

 慶一が不快に感じたその直後、彼らの一人がとんでもない行動をとった。飲み終えた缶コーヒーを道路脇に平然とポイ捨てしたのだ。

「あっ、彼女からメール来てるわ。仕事終わったらハルカスの時計の広場来いって。うぜえっ」

罪悪感に全く駆られてないのだろう、彼はスマホを取り出していじり始めた。

採用担当者共はあんなろくでもないやつらに内定与えてるのかよ。ああいうのは社内とかでは礼儀正しくマナー良く振る舞ってるんだろうけど、外へ出ればあんな態度だ。皮肉なことに、ああいうタイプの人間って他人に媚びへつらうのも上手いんだよな。

彼らの発した言葉や行動に、慶一は強い憤りを感じた。思わず路肩に落ちていた小石をぶつけてやろうかと思ったほどだ。

俺の方が、あいつらなんかよりもずっとずっとモラルの高い人間だってことを教えてあげよう。これは、スチールだな。

 慶一は誰からも褒められるわけでもないのにU字磁石のような形に腰を曲げ、彼の投げ捨てた缶コーヒーを拾い上げ、そこから三〇メートルほど先にあった自販機横の空き缶入れにきちんと分別して捨ててあげた。

 引き続き、慶一は俯き加減で歩き進む。

学生の身分の内に易々と仕事にありつけてしまうやつらって、仕事をさせてもらえるということが、いかにありがたいことであるのかが一切理解出来ない人間になっていくんだろうな。仕事は貰えて当然、適当に仕事してても給料いっぱい貰えるんだって舐めた考えになるんだよ、絶対。特に一流企業勤めや公務員の方々はその傾向が顕著だろう。何でも自分の思い通りになるという、我侭で横柄な人格も形成されていくに違いないぞ。実際、仕事に就いてるやつらって、短気で傲慢でモラルに欠けたのばかりだからな。さっき銀行員っぽい四人組が平気な顔で信号無視して横断歩道渡ってるのを見たし。道いっぱいに広がって、のろのろ歩いてるサラリーマン・OL連中はけっこう見かけるなぁ。他の歩行者の邪魔になってるってことを何とも思わない自己中なやつらなんだよ、きっと。だいたい悪徳業者の存在。パワハラや給料未払い、不当解雇といった職場いじめっていうのは、冷酷で悪辣でモラルに欠けたやつらばかりが仕事にありつけてしまっているからこそ、社会問題化しているんだろ。

そんな持論を心の中で呟いてしまっていたちょうどその時、

「ん?」

 慶一のスマホがブーッと震えた。

メールか。

 慶一はスマホをズボンポケットから取り出す。

採否結果のご案内かよ。

慶一は件名を見ると、期待を全くせずにメールの中身を開いてみた。

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瓦谷 慶一様

                   ソフトパーククリエイティブ株式会社

総務部人事課 採用担当 三木 一哲 

 

     採否結果のご案内


初夏の候、ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。 この度は、弊社求人へご応募いただき、誠にありがとうございました。

さて、今般の選考に当たりまして慎重に検討いたしました結果、今回は貴意に添えないとの結論に至りました。何卒ご了諾戴けますようお願い申し上げます。

末筆ながら、貴殿の今後ますますのご健勝をお祈り申し上げます。  

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 予想通りの不採用通知。

またかよ。日常的にもらい慣れているとはいえ、やはりきつい、精神的に。ていうかさっき受けたばかりの会社じゃないか。来るのが早過ぎだろ、採否結果は一週間程度で連絡致しますって言ってたけど、一週間どころか一時間も経ってないぞ。それに、書面ではなくメールって失礼だろ。いつも思うけど何が〝慎重に〟だよ。どうせ即、不採用と決めたんだろ。まあ、通知が来るだけでも良心的だな。応募してもそれ以降全く音沙汰ない場合も多々あるから。俺に、いつまで就活させる気だよ? どこまで俺を追い込むのか――。

俺はもう一生、就職は無理なのか?

 慶一の社会に対する恨みは日に日に増すばかりだ。長期の就活経験で失った履歴書代、証明写真代、交通費、封筒代、郵便料金。それらの額は莫大なものになっていた。

経歴にも、救いようのないくらい致命的欠陥を抱えてしまった。学生の身分の内に就職先を決め、最終学歴後すぐに勤務し始めるのが一般的な日本社会。慶一のようにそのレールから外れた者は、就職がますます困難な状況に追い込まれてしまうのだ。

事実、慶一も大学を卒業して無職となって以降は書類選考の段階で撥ねられ、面接にすら辿り着けないケースが顕著に増えていた。

内定通知って、本当に実在するのかよ? 伝説上の幻のアイテムなんじゃないのか? ここまで不採用が続くと、その存在すら疑わしいぞ。

慶一にとって内定通知なんてものは、もはや空飛ぶ絨毯やランプの魔人、人魚、河童、ミノタウロス、ペガサスといった空想上の存在物と化しているのである。

なんか、就職活動をすればするほど、ますます内定からは遠ざかっているような錯覚さえしてくる。俺の履歴情報がいろんな企業や役所に行き渡って、採用しないように仕向けられてるんじゃないのか? これだけたくさん受けまくっていればな。 

 慶一は不採用通知を受け取ったショックからか、根も葉もないことも頭に浮かべてしまう。

面接、予定より随分早く終わっちゃったし、本屋にでも、寄るか。

 ふと思い立った慶一は、なんとも鬱屈した気分で時間潰しのためふと目についた本屋へ立ち寄る。

面接対策の本は山のように出てるけど、本番じゃ全然役に立たないないよなぁ。そろそろ家帰るか。

 慶一は新書やラノベ&コミック新刊、就活対策本コーナーなどを三〇分ほど立ち読みしつつ、うろうろしながら過ごして外へ出た。

 学生の身分のうちに漫画家とかラノベ作家デビューして、そのまま成功して若いうちに一生遊べる金稼げて、企業への就活とは無縁の人生を歩めた奴はいいよなぁ。そういう人は面接試験も受けたこと無いだろうし。極々少数だけど、子役タレントとか、アイドルとか、藤井〇太くんみたいな早熟のプロ棋士なんかみたいに学齢期以前から収入を得て、輝かしい実績を残して生涯安泰を確定させている連中はもっと羨ましい。

 俯き加減でこんな羨望の思いを心の中で呟きながら、本屋から外へ出た。

 まだ帰るにはちょっと早いかな?

そう思った慶一は地下鉄北浜駅の出入口は通り過ぎて、両サイドに獅子像があることから『ライオン橋』とも称される難波橋を渡り、中之島公園へ立ち寄る。

 就活って、よく考えたらRPGだよな。

 ベンチに腰掛けくつろいでいると、慶一はいろいろ設定を思いついてしまった。


 こんな出来事を経て、慶一はあの奇妙な物体に遭遇したのである。


 さっきの、絶対、幻覚、だよな? 俺、疲れてるのか? 長年の不採用続きで精神的に。それか、就活をRPGに例えた設定をA4用紙一枚ではまとまりそうにないくらいまで考え過ぎたせいか?

 あの物体を倒した直後、そう考えていると、

「お兄様、見事な鞄捌きでしたね」

 背後から、聞きなれぬ女の子の声が――。

「だっ、誰でしょうか?」

 慶一は思わず後ろを振り向く。

 そこにいたのは、桜柄浪華本染めゆかた姿で濡れ羽色髪三つ編みの和風な女の子だった。

「こんばんはー、はじめまして。うち、このゲームの大阪のご当地ヒロインキャラ、赤阪佐桜里と申します。ゲーム内大阪市で明治時代から続いとる甘味処【赤阪庵】の看板娘で十四歳、中学二年生や」

佐桜里はほんわかした表情、おっとりした口調で嬉しそうに自己紹介し、ゲームの箱を手渡して来た。

タイトルは『日本ご当地敵モンスター退治旅』。行書体黒筆文字で書かれていた。

 パッケージには鳥瞰図風の立体的な日本地図がプリントされていて、羆、鳴子こけし、高崎だるま、さるぼぼ、舞妓さん、坊っちゃん団子、有田焼茶碗、シーサーなどのデフォルメイラストがご当地に該当する地図上に描かれている。

 テレビゲーム用で、CEROは十二歳以上対象のBらしい。

「えっと、その……」

 慶一はどう反応したらいいのか分からず、困惑してしまう。日本地理の学習用ソフトみたいだなっとも思った。

「あの、お兄様、この土日はお暇ですか?」

「えっ、あっ、はい。暇、ですけど」

 この質問には、面接時についやってしまうようなたどたどしい口調で答えた。

「そりゃちょうどよかったわ~♪ ほな藪から棒ですが、明日から一泊二日で、このゲームに登場するモンスター退治の勇者として参加してくれませんか?」

「へっ!?」

 あまりに突然のお願いに、慶一は目を丸めてしまう。

「じつは昨晩、この子達がこのゲーム内の大阪のご当地モンスターを、ボス含めてリアル大阪府内に飛び出させてしもうたんよ。ちなみにさっきのモンスターの名前は『たこ焼きの助』やで。このゲームの最弱キャラやねん」

佐桜里がそう伝えると、女の子が他に四人、慶一のもとに近寄って来た。小学生と中学生が一人ずつ、高校生が二人いるように思われた。

「あたしがテレビ画面に麦茶こぼしちゃったせいでそうなっちゃったの。でも佐桜里お姉ちゃんは現実世界に出られて喜んでたよ。この冒険には、頼りがいのある大人の男の人が必要なの」

 メロンのチャーム付きヘアゴムでお団子結びにした髪が可愛らしい、青いサロペット姿な小学生っぽい女の子が言う。

「そんなわけで放課後に、協力してくれそうな人を探しに来たのです。ちょうどこの辺りはオフィス街でもありますし」

女子高生っぽい四角い眼鏡をかけ、濡れ羽色な髪を水玉シュシュで二つ結びにしてお淑やかさを感じさせていた子がにこやかな表情で伝えた。

「でも、私は筋肉ムキムキで厳つい感じの人はすごく苦手だから、真面目そうで大人しそうで優しそうな感じの人がいいなって思って」

 もう一人の女子高生っぽい、ほんのり栗色セミロングふんわりウェーブヘアな子は苦笑いを浮かべてそう呟く。

「この人なら良さそうやね。まさに草食系って感じやし。性的なイタズラもして来なさそう」

 丸顔丸眼鏡ボサッとしたウルフカットがまあまあ似合っていた中学生っぽい女の子は、彼に好感が持てたようだ。

「えっ、えっと……その……」

 慶一は上手く状況が呑み込めず、ぽかんとしてしまう。

「お兄様のお名前は、何とおっしゃるのでしょうか?」

「瓦谷、慶一、だけど」

佐桜里からの質問に、慶一は緊張気味に答えた。

「慶一様かぁ。ええお名前やね。慶一様、うちらの冒険に、どうかお付き合い下さい!」

「いや、しかし、ですね」 

「このゲームのモンスターは、一般人には無害で姿すら現さず、勇者に対して襲い掛かるようになっとるねんけど、慶一様に襲い掛かったってことは慶一様には勇者としての素質があるってことなんっすよ。周りに慶一様と同じようなスーツ姿の人はようさんおったけど、慶一様だけに襲い掛かったってことは特別なオーラがあるってことなんっすよ。それに、慶一様はこのゲームの主人公に感じがよう似てて親近感がわくねん。お願いしますっ!」

「わっ、分かった」

 佐桜里に目を見つめられ強くお願いされ、慶一はついつい承諾してしまう。

「あの、慶一様は、どこに住んはるの?」

次の質問に慶一がこう答えると、

「近所やん。ますます都合ええね」

 ウルフカットの子は嬉しそうに呟く。

「ほな、うちがゲーム内から装備品や回復アイテムを調達してくるからこちらの時間で明日の朝七時に、ここの公園に集合ってことで」

 佐桜里はスマホの地図をかざしてくる。

「えっ、あっ、はい。分かり、ました」

こんな感じであれよあれよという間に参加させられることになってしまったわけだ。

「うち、今夜は慶一様宅でお世話になりますよ。ゲームのシステム、詳しく説明したいし。うちはゲーム内キャラやから、食事とお風呂はゲーム内のうちんちに戻って済ませますのでご心配なく」

「あっ、はい」

このあとも、慶一はこの子達といっしょに行動することに。

北浜駅へ向かっていくさい、

 なんか、非常に気まずい。

 こんな心境の慶一に対し、

「ワタシ、桃絵っ言うねん。中二や」

「あたしは妹の羽音だよ。小四なの」

「慶一お兄さん、このゲームめっちゃおもろいからやってみぃ。ワタシ達のセーブデータに上書きしてもええから。そのデータやないと佐桜里ちゃん出入り出来んし」

「わっ、分かった」

小中学生の二人は気さくに話しかけてくれる。ウルフカットの子が桃絵、おかっぱの子が羽音というらしい。

「私、この二人の姉の舞衣です」

「舞衣さんの幼友達の利川千景です」

女子高生の二人も、信頼が持てたのかやや緊張気味ながらも自己紹介してくれた。セミロングふんわりウェーブヘアな子が舞衣、水玉二つ結びの子が千景みたいだ。

地下鉄にも一緒に乗り、梅田で阪急に乗り換え豊中駅前で解散することとなった。

「ばいばーい慶一お兄ちゃん、佐桜里お姉ちゃん。あたし今日は早めに寝るよ」

「ほな明日めっちゃ楽しみにしとるから」

「願わくば明日までに自然に解決されてて欲しいなぁ」

「舞衣さん、せっかく超奇跡的体験が出来るんだから楽しまなきゃ損よ。では慶一さん佐桜里さん、また明日」

 女の子達は、舞衣はしょんぼり気分で、他の三名はわくわく気分で自宅へ帰っていった。

 

           ☆


慶一は帰宅後、説明書をザッと流し読みしたのち、ネット上のレビューもスマホで一応確認してから対応ゲーム機であのソフトを起動させた。

「雅楽の音楽とは、BGMも和風だな」

 スタート画面が表示されるとコントローラを操作し、続きからを選ぶ。

「舞台もろに大阪だな。大阪が出るRPGなんて初めて見たよ。就活でも訪れたことがある天王寺駅前が忠実に再現されてるし。グー○ルマップのストリートビューみたい。ファンタジーっぽさを全然感じないよ。ここまで日本の町並みがリアルに再現されてるRPGって、他にないよな?」

慶一は楽しそうにゲーム画面を覗き込む。

「従来のRPGとはかなりちゃうよ。リアル近似な世界観になってて現代日本が舞台で、敵モンスターもご当地に関連したものが登場してて全国で数万種類もおるねん。手に入る回復アイテムも大阪なら551の豚まんとか大阪プチバナナとか、たこ焼きプリッツとか堂島ロールとか、ご当地ならではの実在するものやねん。長距離移動するための乗り物も現実世界と同様、鉄道、バス、飛行機、船、タクシー。従来のみたいな飛空艇とか架空の乗り物は一切出ぇへんで」 

「斬新だな」

「主人公が大阪に住むアニメやマンガやゲームが好きな男子高校生で、勉強しぃやと普段から口うるさく言うおかんから解放されるために、夏休みを利用して日本一周の旅に出ることになったって設定なんよ」

「なんか、共感持てるな」

「あと主人公以外の勇者仲間がみんな女の子やで」

「そっ、そうなんだ。あっ、敵が出た。あのたこ焼きか」

 画面上に【たこ焼きの助】が計三体表示されていた。

 一体が主人公にいきなり突進攻撃を食らわしてくる。主人公に1のダメージ。

「1だけか。こいつが最弱雑魚っぽいな。おう、こんな攻撃もして来たか」

 慶一は感心気味に呟く。

別の一体が主人公の顔面目掛けて青のりまじりのソースをぶっかけて来たのだ。主人公に3のダメージ、さらに視力一時低下。打撃攻撃のミス率アップである。

 この敵をちょっと苦戦はしたもののハリセン攻撃で全滅させ、主人公をまた歩かせ初めてすぐに新たな敵との戦闘画面になった。

「今度は豚まん型か。大阪だけに551のだろうな」

 慶一は主人公にハリセンで攻撃させ、この敵に4のダメージを与えさせる。

「うわっ、攻撃力高っ。9も食らったぞ。こいつはレベル1で戦わない方がいい敵だな」

 突進攻撃を食らうと、慶一は焦り気味に逃げるを選択させた。

「やばっ」

失敗し二度目の突進攻撃を食らってしまい8のダメージ。

 逃げる選択二度目は成功した。

「危うくゲームオーバーになりかけた。回復アイテム、あそこの甘味処で買うか」

「そこがうちんちやで。このゲームでは魔法は存在せんから、体力回復にはアイテムを使うか宿に泊まるか温泉に浸かるかくらいしかないで」

「そこもリアルだな」

「このゲーム、めっちゃおもろいやろ?」

「うっ、うん。そういえば、ゲーム内の敵、現実世界に飛び出てる分、ゲーム内での遭遇率は下がるんじゃないのか?」

「まあそうなるやろね」

 慶一は引き続きこのゲームをプレーすることに。

「このゲーム、ひょっとして主人公がアイテム探しのために見ず知らずの家に勝手に上がり込むってことも出来ないのかな?」

「当たり前やん。そんなことしたら住居侵入罪と窃盗罪になるがな。このゲームでは宝箱も出て来ぉへんし、本物の剣や銃、その他殺傷能力のある武器を持つことも銃刀法違反になるから出来へん現実世界にかなり近いファンタジーRPGなんよ。このゲームのファンタジー要素といえば、敵モンスターの存在と、それを倒したらお金やアイテムが貰えることと、食べ物や薬で病気や怪我が瞬時に治っちゃうことくらいやで」

 佐桜里はにこにこ笑いながら伝えてくる。

「本当、就活みたいにリアル感溢れるRPGだな。あべのハルカスもリアルにかなり忠実に再現されてるし」

「慶一様、がっかりすること言っちゃうかもしれんけど、リアルな日本の町並みが忠実に再現されてるいうても、町の中心地や観光名所、地形くらいで、住宅地とかは製作者の想像でモデリングされとるで。あとやばい施設もゲーム内ではカットされとるよ」

「俺はそれでもじゅうぶん過ぎる再現度だと思う。むしろ住宅地まで忠実に再現したらプライバシー的にダメだろ。佐桜里ちゃんこのゲームのこと詳しいね」

「そりゃぁうち、ゲーム内キャラやから。このゲームのシステムは大方把握しとるで。うちは攻略本代わりにもなるで。大阪府をスタートして、旅をしながら仲間を増やして各都道府県に少なくとも一体はおるボスを全て倒せばゲームクリアや。特定のラスボスはおらんくて、どこから攻略していってもオーケイや。つまり大阪をラストに攻めるんもありやで。せやけど敵の強さは全然ちゃうよ。敵最弱大阪府のボスより、中の下の県の雑魚の方が遥かに強いで。大阪府の次どこ行ったら倒しやすいかは、ヒミツ」

「その方が楽しめる。旅始めたばっかりの主人公が、いきなり最強クラスの敵が巣食うとこに行くことも出来るってわけだな」

 慶一はこのゲームに対する期待感がますます高まった。

「間違いなくその地域の最弱雑魚にも瞬殺されちゃうけどね。交通費さえあれば、日本中どこでも自由に移動出来るで。それにしても慶一様のお部屋って、男の子のお部屋のわりにきれいに片付いとるよね」

「俺がいない時に母さんが掃除してくれるからな」

「慶一様、勇者やからって自分の部屋の掃除をお母様に任せっきりはあかんで」

「俺、勇者じゃないし」

「このゲームのプレーヤーはみんな勇者なんよ。慶一様のお部屋はどんなアイテムが隠されとるんかな?」

 佐桜里は立ち上がるや、勝手に机の引出やベッド下を調べてくる。

「あの、俺の部屋、従来のRPGのアイテム探しみたいに物色するのはやめて欲しいな」

「数学や工学の難しそうな専門書もけっこう持ってるし、教養高そうや。賢者としても活躍出来そう」

「俺、学業面では落ちこぼれだったんだけど……」

「慶一様謙遜しちゃって。大学の成績表、優けっこう多いやん。微分方程式とか解析学とか幾何学とか。めっちゃ難しそう」

「それ、就活用の成績証明書。あの、佐桜里ちゃん、プライバシーの侵害だから」

「すみません、慶一様の属性が知りたくて」

 慶一と佐桜里、こんなやり取りをしていると、

「慶ちゃん、晩ご飯出来たよ」

 一階から、まもなく還暦を迎える母からの叫び声。

「じゃあ、俺、晩御飯食べてくる」

「ほなうち、ゲーム内に戻っとくわ~」

 佐桜里はそう伝え、ゲーム画面に飛び込んだ。

「これ以上モンスターが飛び出さないように、電源切っといた方がいいよな?」

 慶一はリモコンに手を触れようとしたら、

「うちがしっかり監視しとくから今回はええで」

 佐桜里が半身で飛び出て来てこう伝えてくれ、また画面上に戻った。

「そっか。じゃあまたあとで」

慶一は見届けて部屋から出た。

「今日の面接は、どうやった?」

「いつも通り」

「……とにかくはよ働いてもらわんと困るんよ。来年定年なんやから。この間受けた東京の会社は、もう結果出た?」

 高校理科教師を務める六四歳の父との気まずい会話。よくあることだ。

「そこ、一次は通ってた。次、二次面接が明後日に。東京であるけど、交通費と宿泊費は向こうが全額支給してくれるから」

「そうか。そりゃよかったやん」

「慶ちゃん、そこは日帰り?」

「朝九時半からあるから、泊りで、明日出る」

 慶一はこんな嘘を吐いて、この土日に違和感なく外泊出来るように伝えることに成功。ちなみにその企業は本当は本日午後二時頃、スマホメールにて不採用通知を受け取っていた。


       ☆


慶一は夕食と風呂も済ませてまた自室に戻ったあとも、あのゲームをしばし楽しんで午後十一時頃には就寝準備を整えた。その頃にローカルニュース番組が始まったが、あの件に関することは全く報道されず。

「人的被害はまだ出てないみたいだな」  

 慶一はひとまず安心し、ゲーム画面に切り替える。

「夜遅くから明け方までは敵モンスターもお休みするからね。うちももう寝るわ~。おやすみ慶一様。明日起きたらゲームの電源入れて、うちを出してな」

 佐桜里はそう伝えて、ゲーム画面に飛び込んだ。

佐桜里ちゃんは三次元化しても、無邪気ですごくかわいかったな。

 慶一は佐桜里のいる赤阪庵で旅日記を付けセーブ確認後、ゲームの電源を切り布団に潜り込む。

リアル世界で非リア充な俺が勇者となってリアルなRPGが楽しめるって、怖くもあるけど、すごく楽しみだな。

 興奮からか、なかなか眠り付けなかった。

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