第32話
「SSR姉貴が……勝った!?」
「勝てたのかお前! 勝つことが出来ない体質だと思ってた!」
「酷い! これでもグングニール使うと結構強いのよ!?」
「じゃあ使えよ玉藻前とのいざこざの辺りから! 何で使わねーんだよ!」
「燃費悪いからあんま使えないの! EN200・気力は130必要な兵器だと思いなさい!」
「何だその喩え、分かんねえ……まあ、助かったぜ。ありがとな。それより……」
織田信長は脇に寄せ、村長を椅子に案内する。外ではまだ織田信長が暴れているらしいがドアを破りはしないらしく、ドンドンドンドン延々と叩き続けるのみである。
「外の織田信長は何なんだありゃ? 一体何が起こったんだ」
「ここにはいないはずの男もゴロゴロ混ざってるし……明らかに異常ですよ、村長。何か知ってるんですか?」
村長は出された水を一息に飲み干すと、青ざめた顔で話し始める。
「……あれは、超萌え萌え戦記のキャラクターではないのじゃ。ウンエイ神殿は、とんでもない不良をやらかしおった」
「ウンエイ神殿が?」
「ウンエイ神殿は、いくつものソーシャルゲームをウンエイしているのは知っておるな?」
「おう」
この超萌え萌え戦記の運営会社・クリエートは、一応はソーシャルゲームの大手企業である。そのゲームは軽く数百を超える粗製乱造であり、ヒット作といえばこの超萌え萌え戦記とその他数タイトルだけである。
「そこのメインサーバーが、どうにも事故を起こしたらしい。そして……恐ろしいことが、このボックス村に起きてしまった」
「メインサーバー……!?」
「え、もしかして」
「そう」
織田信長軍団に征圧されつつあるボックス村を横目に、村長は言う。
「『織田信長』の名を持つ者をガチャから引いてしまった時――他のゲームの織田信長のデータまで全てダウンロードされてしまうという、恐ろしいバグが発生するようになったのじゃ」
織田信長。日本中の誰もが知る英傑であり、近年では擬人化フリー素材になりつつある歴史上の人物である。
日本の歴史が絡むゲームならまず登場するのが、織田信長。日本の歴史上の人物を出そう。誰がいい? とりあえず織田信長。ヒロインは誰にします? 織田信長。
織田信長。織田信長。織田信長。織田信長。
時には魔王。時には英雄。時にはヒロイン。目の色は赤が多い。何より先に、是非も無し。秀吉はとりあえずサルと呼ぶ。
織田信長。織田信長。織田信長。織田信長。
織田信長。織田信長。織田信長。織田信長。
親の名より見た名前。それは織田信長。
明智光秀は殺すべし。ホトトギスは殺すべし。本願寺蓮如は殺すべし。
その英雄の名は。
織 田 信 長。
「……じゃあ、このウンエイ限定なのにこんな出現してんの織田信長!? どんだけいじられてんだよアイツ!」
「まあ、織田信長じゃからのう……。ド〇ゴンボールでいうと、もう悟空みたいなもんじゃろ? ドラ〇ンボールコラボしまーすって言って、悟空が入ってなかったらそれもうコラボと言えんじゃろ。戦国時代をほんの少しだけ取り上げて、毛利元就が入っていなくても気にならんが織田信長入ってなかったら「え?」ってなるじゃろ?」
「しかもあの第六天魔王とかいうかっこよすぎる称号に、うつけと呼ばれるほどのエキセントリックさ。そして本能寺の変で死んでしまうヒロイックさ。よくよく考えて、チートじみた人気要素の煮凝りみたいなお人だものね」
「そういうことじゃ。……そして、ウンエイ神殿からは、この超萌え萌え戦記の織田信長を探し出してくれとお達しが来ておる。そうすれば、それだけを除外してデータをいじって戻すことが出来るそうじゃ」
「探し出す!? あの織田信長の中で!?」
「とんでもねえ無茶だな!」
たった一人の織田信長にも、この始末だったのだ。一人一人拘留することすら困難な状況である。それが数百など、外に出ることすら危険だ。
「一応、村のハズレに、何かの間違いで来てしまった者をサーバーに送り返すための『サークル』はあるのじゃが、そこに全員を押し込むのは生半可ではないのう」
「頭数を減らすことは出来るだろうな……しかし探し出すとなると何か策を練らなきゃだな……。SR姉貴は何かねえか?」
「うーん……織田信長だろ? その性格は苛烈だったと聞く。実際、こいつらを見てると、その通りだ。100人単位のトラブルメーカーの中からなど……」
「ふあああああ……」
話し合いが始まった時。2階から、素っ頓狂な欠伸が聞こえた。R子である。
R子は一張羅の水着姿のままで眠そうに目をこすりながら階段を降りてきた。
「なんか外がうるさくて起きちゃった。今何時?」
「R子、おせーよ!」
「ずっと寝てたのか!?」
「うん。今日の夜明けまで部屋でゲームしてたし」
「自由だなマジで!」
「で。何があったの?」
言いつつ、R子は無造作に、進行に邪魔だった織田信長の服を掴んで外に放りだした。躊躇いをまるで見せない冷徹な排除行動に、背筋は寒くなる一方である。
「実はな。織田信長が降って来た」
「織田信長?」
ぴく、とR子の耳が動く。
「そうだ。それも数百単位で。何とかしなきゃ」
R子は話を無視し、下駄箱に足を進めた。
そして下駄箱を開くと、チェーンソーを2つほど取り出す。
「え」
「ちょ、R子? 何やってんの? っていうか下駄箱にそんなの入れてたの?」
「ん?」
くるりと振り向いたR子の目。
深淵の闇より更に深く、地獄の業火より遥かに熱い怨嗟の焔が渦巻いたその目に、誰もが気圧された。
「全部殺してくる。織田信長」
「ちょっとーーー!? 何言ってんのお前!?」
近づこうとしたが、R子はチェーンソーのスターターを引いた。ギュウウウウウウウウワアアン! チェーンソーが唸る。
「だってさあ。織田信長ってあれでしょ。戦国時代の奴」
「い、いや、そうだけど!」
「政宗様と同じ時代に、天下人と呼ばれた男の一角」
「そうだけど! でも確かそん時政宗は子供じゃなかった!?」
「政宗様こそ天下人だったのに。アイツが先に天下を取っちゃったから。アイツがいなければ。アイツが調子こいたから。政宗様を邪魔した男。政宗様を邪魔した男。政宗様を。政宗様を。政宗様を。政宗様を」
ギュウウウウウウウウワアアン! もう片方のチェーンソーが唸る。
重量級の兵器2つを手にしたR子だが、それより遥かに威圧感を放つ本人。例え徒手でも相手を抹殺せんとばかりの空気は、全員の背筋を凍らせた。
「皆殺しにしてくれるわアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「R子―――!」
壁を切り裂き、R子は外に躍り出た。
「なんてこと! R子が外に!」
「R子が……いや! 織田信長があぶねーぞ! 抹殺する気だぞマジでアイツ!」
「め、愛姫……あんなキャラじゃったの?」
「アイツ他には興味ないけど、伊達政宗への愛情だけは本物なんですよ! しかもかなり病んでる感じで!」
「時は一刻を争うわ! 織田信長もR子も危ない!」
SSR子は真っ先に切り裂かれた壁から外へと飛び出す。追従するのは、N子、SR子。
「お前はそこに隠れてろ、光秀! 動くなよーー!」
「は、はい!」
「おおい、ワシは!? 置いていくのかー!」
「光秀と気絶してる織田信長をお願いします!」
こうして、織田信長に支配されたボックス村へと彼女らは出たのだった。
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