第15話
「――――!?」
ゼウスは机に叩きつけられた。
顔面を殴られるという屈辱――その現実を呑み込む前に、N子の声がゼウスの耳朶を打つ。
「っへ、どうかしてたみたいだぜ、アタシは……。何かに怯えちまって縮みあがってるなんて、らしくもねえことしちまった」
「何だ貴様は。自殺志願の者か?」
「自殺? 願ってもねえな! このまま自分を自分で殺すのも、テメーに殺されるのも、大して変わりゃあしねえぜ!」
N子の言葉は愚かだった。しかしそれだけに、ゼウスの力に屈した者達の心に深々と突き刺さる。
自分の信念に殉じた、この村で数少ない「男」の姿。そしてこの村で唯一の最弱者・N子。普段は半ば馬鹿にしていた者達だけが、この絶対強者に立ち向かっている。
それに比べて自分達は――何をしているのだろう?
「N子―――――! 無茶はやめるのよ、相手はカイザー中のカイザーよ! ゼウス様、どうかやめて下さい、足舐めますし三回回ってワンと鳴きますから! SR子が! 主にSR子が! メインSR子で!」
そしてSSR子は離れた場所から土下座をかましていた。尊厳も何もかもかなぐり捨てて、SR子の頭を掴んで土下座に巻き込もうとしている。
「何やってんだSSR子オオオオオ! 何でアンタが弱気になってるんだよ! N子をちょっと見習えよ!」
「だって怖いもの! 女の子だもん! きゃん!」
「生理的にムカつくわこのヘタレSSRがああああああ! パトリオットミサイル発射アアアアアアアアア! 焼け焦げろーーーーーー!」
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
後ろの馬鹿は轟音と共に消え去った。そんな馬鹿をN子は一瞥もしない。
「……愚者も愚者。まさか我にこうもあからさまに歯向かう愚者がいたとはな。いいだろう、我が直々にその精神ごと砕いてくれる」
ゼウスは両腕を挙げる。
「ああ! N子、来るぞ!」
「N子にあの技なんて、効果てきめんもてきめんのはずよ! 逃げて! 明日っからウダウダウジウジされるのなんて面倒だからいやよ!」
「アイ・アム」
手で形作る、「L」の文字。
尊厳をへし折る最終兵器の発動に、その場に居た全員が伏せる。
「N子――――!」
だが、N子は不敵に笑った。傲岸に、不遜に、嗤った。
そして――
「レジェンドレア!」
Lの文字が完成した。眩いばかりの伝説のレアリティを示す一文字に、天すらも己を恥じるように雷鳴が轟く。
これを直視すれば、尊厳をへし折られて向こう三日はテンションが下がるという恐るべきゼウスの奥義。雷が轟き、N子の真横に落ちる。
もうもうと立ち上がる粉塵の中、N子は膝を屈して己を恥じていることだろう。これは推測でなく確信だ。ゼウスは身を翻そうとするが、
「ん?」
立っている。
N子の人影はその両の脚で立っている。
それも、手元でなんらかの形を作っている。片方をピンと伸ばし、片方は手首を90度に折り曲げ、指先同士を垂直に合わせる。
「アイ・アム」
かなり無理がある。しかし――それは紛れもなく。
「ノーーーーーーーーマル!」
Nの文字。
最弱者の証であった。
「何? 何故心がへし折られていない。何故膝を屈しないのだ、貴様のような雑魚が」
言いつつ、内心では冷や汗を垂らしていた。
さっきの宝玉ならまだしも、何故こいつは無事なんだ? 何をしたと言うんだ?
その答えを導くのは、他ならぬ本人だ。
「っへ……兄ちゃんを見て、思い出したのさ。自分が何者なのか」
「何者? ただのクズだろう」
「ああ、そうだよ! アタシはN! 最低レアリティだし、まず間違いなく売却されたりしょうもない経験値のために強化素材にされる運命だ! それがどういう意味か分かるか!?」
「分からん! 分かる必要も無い! ダンジョンドロップのワーウルフ如きが何を――」
「つまりなあ! アタシはいくらお前が強かろうと、何の関係もねえんだよ! 何故ならアタシの順位は常に……!」
「ドベ中のドベ! どんなに強いやつが出てきても変わらない最底辺だからよーーーー!」
代わりにSSR子が突撃し、ドロップキックをかました。
「ぐ!」
これには少しは堪えたらしく、ゼウスはやや後退する。
「SSR姉貴! 何でいきなり出てきたんだよ!?」
「なんか勝てそうな雰囲気になってきたからよ! ナイスN子、後は私に任せなさい! ヒエッヒエッヒエ、このまま私はこの村の英雄になって覇権を握ってやるわーーー!」
「妖怪じみた笑い方すんじゃねーーー! あとアタシの邪魔すんなーーー!」
「アーーーー! チョ、チョークスリーパーはやめて! うぐ、ぐえ、ゴブ! エボオオ!」
「オルアアアアアア! さっさと落とされろや、有名絵師の上げる「落書きです(汗)」みてーな顔しやがって! この判子絵ヤロー―!」
「い、今の子は、大体判子よ! 髪型と目の色を統一したらあら不思議のクローン集団誕生よ! ヨカッタワネー、底辺絵師の「落書きです(笑)」みたいな顔の子! せいぜいパースが甘いとか目がデカすぎるとかキモイとかなにこれ幼稚園で作ったの? とか評論家様達に叩かれまくるといいんだわ!」
「まァだ無駄口を叩く余裕があったかーー!」
「ほぐう!」
一気に力を入れられ、SSR子はN子に締め落とされた。
そして、その瞬間――バチバチ、と帯電の音が響く。
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