第13話唯一の味方
「まったく、少しは休ませろよな。ずっと移動し続けて疲れているっていうのに――」
水月はいずみの顔を見た途端、目を細めなが小首を傾げた。
「――大丈夫か、いずみ? そんな辛そうな顔して……まあ、こんな所じゃあ気分が悪くなっても仕方ねぇってもんだよな」
言われて初めて、いずみは自分が表情を曇らせていたことに気づく。
ふう、と小さく息をついてから、首を横に振った。
「……ううん、そうじゃないの。これから水月にも薬を飲んでもらうのが、申し訳なくて……」
体そのものを変えてしまうのだ、決して楽なことではない。
試したことは一度もない。口伝のみで聞いた話の通りだと、飲めば副作用で全身が痛み、しばらく高熱が続いてしまう薬だった。
このことは既に水月へ伝えてある。彼もそれを分かった上で、薬を飲むことを選んでくれた。
けれど、それでも水月に苦しい思いをさせてしまうことが嫌で仕方がない。
水月は苦笑を浮かべると、いずみの頭をガシガシと雑に撫でた。
「お前だけが苦しんでいるのを見ている方が、オレには耐えられねぇ。どうせ苦しむなら、いずみと一緒に苦しんだ方が良い」
殺されかけたあの時と別人だと思ってしまうような、穏やかで落ち着いた声。
はっきり口にしなくても、逃げない覚悟が伝わってくる気がした。
いずみは水月の目を覗き込み、ぎこちなく微笑んだ。
「ごめんなさい、水月に頼りっきりで。……貴方が少しでも楽になれるように、私の出来る限りのことをするから」
無言で水月が頷いてから、しばらく互いに見つめ続ける。
この地で本音を見せることができる、唯一の相手。
彼を生かすために、生きようと決めた。
彼が命を落とす時が、自分の命が終わる時だ。
見えない糸が何本も二人の間に渡され、魂が繋がっていくように錯覚してしまう。
命を共有していくことが、怖くもあり、心強くもあった。
気が済むまで感謝と謝罪を言いたかったが、あまり言い過ぎても水月の重荷になってしまう。
もう一度、口端を上げて微笑んでから、いずみは近くの荷物に視線を移した。
「まずは薬を作る道具を見つけなくちゃ。どこにあるのかしら?」
いずみが部屋の中をじっくり見渡していると、水月が「あっ」と声を上げ、部屋の奥を指差した。
「あそこに薬研と乳鉢があるぞ。ったく雑に置きやがって――」
文句を言いながら、水月は荷物につまずかないように足を運び、見つけた道具の元まで行く。
適当に床へ置かれて横倒しになっていた乳鉢を手にすると、水月はいずみに呼びかけた。
「ここにあるヤツで間に合うか? もっと特殊な道具が必要ならオレが探しておくぜ」
「その二つがあれば大丈夫よ。あとは材料だけれど……」
改めて部屋の中を見渡して、いずみは小さく息をつく。
今から荷物を一つずつ開けて、必要な材料を探していくことを考えるだけで気が遠のいてしまう。
水月がため息を吐き出し、うんざりとした表情で頭を掻いた。
「じゃあオレが材料の入った荷物を探して出していずみの近くに置いていくから、中を確かめてくれ。……悪いな、オレも薬草に詳しけりゃあ、一緒に手分けして探せるのに」
「ううん、ありがとう。積まれた荷物を下に置いてくれるだけでも助かるわ」
きっと自分だけなら荷物を持ち上げ切れず、ひっくり返して中身を床へ撒き散らすという惨事になっていただろう。
いずみが己の非力さを痛感していると、水月がククッと喉で笑った。
「そういえば、昔から薬作りのこと以外は不器用だったな。何もない所で転んだりもしていたし」
咄嗟に「そんなことないわ」と言おうとして、いずみは開きかけた口を閉ざす。
今まで何度も転んでいるところを、水月に目撃されていたことを思い出し、頬が熱くなってきた。
(水月の足を引っ張らないように、これからは今まで以上に気をつけなくちゃ)
いずみが気を引き締めていると、ポン、と水月に軽く肩を叩かれた。
「足らない所はオレが何とかするから、いずみは薬作りに専念してくれよ。頼りにしてるからな」
ニッと力強く水月は笑うと、辺りを見渡してから、一番近くに積まれてあった荷物を降ろしていく。親の手伝いをしていたおかげか、荷物の扱いが手馴れている。
自分ばかり甘えていてはいけない。
いずみは袖をまくって意気込むと、水月が「こっちは材料だぜ」と指差した荷箱を開けた。
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