第98話パレードの始まり

    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 パレードの先頭では、清楚な女官に扮した者たちが彩りを添え、カゴから白い花を手に取り、歩きながら脇に並ぶ人々へ振りまいていく。

 

 華やかな列の後、今度はハスク王の兵士を演じる男たちが続いていく。

 ある者は儀礼用の剣を持ち、また別の者はヴェリシア王家の紋章が描かれた旗を高々と掲げる。


 さらに彼らの後へ続くのは、銀の鎧に身を包んだ騎士たち。

 模様が刻まれた鞍を載せた白馬にまたがり、胸を張って、堂々と前進していく。


 そして騎士の馬たちが引っ張るのは、多くの花々で飾られた女神の山車。

 二階建ての家屋ほどの高さまであるその山車の上に、みなもは立っていた。


「うわー、きれい! 本物の女神さまだ」


 湧き上がる歓声に混じり、左のほうから甲高い子供の声が耳に届く。

 声につられてそちらを向くと、人ごみに紛れ、小さな体を懸命に伸ばしながら手を振る女の子の姿があった。


 みなもは手すりに施された花飾りから、桃色の花を一輪手に取ると、女の子に向かって投げ渡す。

 花を受け取った瞬間、女の子の大きな目が丸くなり、満面の笑みを浮かべる。


 そんな彼女に微笑み返すと、みなもは胸元で手を振りながら、ゆっくりと辺りを見渡した。


(レオニードは……見当たらないな)


 一週間ほど前からゾーヤに請われて、レオニードは建国祭の準備を手伝っている。

 今日もその手伝いに追われているらしく、朝から慌ただしそうだった。


(必ず見に行くとは言ってくれたけれど……この様子だと、見つけるのは難しそうだな。この姿を見て、どんな顔をするのか見てみたかったのに)


 諦め半分に小さく息をついてみても、瞳はレオニードを探すことを止めようとしない。

 歓喜する人々の顔を眺めていると嬉しく感じるのに、ほんの少しだけ寂しさが滲む。


 みなもは小さく首を振り、気を取り直す。


(せっかくの祭りだから、もっと楽しまないとね。こんな機会、もう二度とないだろうから)


 俯きそうになった顔を起こし、華やかに彩られた城下街を眺める。

 建物からパレードを見ようと窓から身を乗り出す人々と目が合い、みなもは微笑を浮かべて手を振った。


 その時、宿屋と思しき建物の窓から、見覚えのある顔を見つける。

 無精髭を生やした、熊おじさん――浪司だった。


 浪司に気づいたことを察したのか、彼は口端を大きく引き上げる。

 遠目からでも分かる。明らかに人を見て面白がっていた。


(祭り好きの浪司のことだから、きっと来ると思ってたよ)


 みなもは小さくため息をつき、わずかに肩をすくめる。


(終わってから、からかう気満々だ。まったく……困った遠縁のおじさんだな)


 心でぼやきながらも、一ヶ月ぶりの浪司の顔に嬉しさがこみ上げてくる。


 浪司は不老不死を得た守り葉。

 仲間を失い、唯一生き残っていた姉の記憶を奪ってしまった今、一族の人間は自分と浪司だけ。

 それだけに浪司の存在は心強かった。


 無事に建国祭を終えたら、真っ先に酒と珍味を買いに行こう。

 また後で、と目で伝えてから、みなもは他の建物に視線を移した。


 パレードは大通りを過ぎ、門を潜って城内の広場へと進んでいく。

 いつもは静かで厳かな場所だが、今日だけは市民の入城も許されており、賑やかなものだった。


 特設された舞台まで伸びた赤い絨毯の道を、パレードはゆっくりと進み、舞台で待つ司祭やマクシム王へと近づいていく。


 舞台が間近になった所で、パレードはぴたりと止まる。

 そしてパレードに参加していた人々が、前から順番に跪き、頭を垂れていった。


 みなもは飾り布で隠されていた山車の内部へ入ると、階段を下り、絨毯の上へ姿を現す。

 刹那、濃くなった熱気と大きな歓声に包まれた。


(すごい……上から見ていた時と全然違う)


 今まで味わったことのない空気に、一瞬気後れしてしまう。

 しかし背筋を伸ばし、萎縮しそうな心を奮い立たせた。


 転ばぬよう、一歩、一歩と確実に踏みしめながら、みなもは舞台へと歩いて行く。

 階段を上がって舞台の上へ立った瞬間、騒がしかった声がスウッと消えた。


 舞台の袖から従者に扮した少年が金色の杖を持って現れ、みなもへ跪き、恭しく差し出す。

 杖の先端には美しく研磨された、大きく透明な水色の石――おそらレオニードから貰った首飾りと同じ石――が付けられていた。


 みなもは両手で杖を受け取ると、マクシムの元へ歩み寄っていく。

 真正面から臨む王の顔は、いつになく清々しく、口端を満足そうに上げていた。


「これより祝福の儀を行います。陛下、どうかあちらの祭壇へ」


 背後に立っていた白い髭を蓄えた老司祭に促され、マクシムは緩やかな動きで踵を返し、舞台の中央に置かれた祭壇へと移動する。

 そして祭壇の正面へ立つと、目を閉じ、その場へ跪いた。

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