第7話浪人衆

 ヴァーゼル率いる第二軍に、先鋒隊苦戦の報が入ったのはカラマン城砦に到達した頃のこと。

 その時、ヴァーゼル等は金獅軍によって焼かれ、打ち捨てられていたこの跡地を城下の山林を伐採して木材とし、元々の土塁などを併せて仮設砦として活用する為の修復作業中であった。

 帥将ドルフ・エーケンダールからの書簡によると、その経緯はこうである。

 先鋒隊第一陣は当初の予定通り、このカラマン城砦に入ったがすでに金獅軍に主だった建物は焼かれており、宿舎などが使えない状態にあった。

 それを不快としたのが、第一陣の大将エドガル・ブラントーム侯である。

 エドガル侯は城下に点在する村落を奪い、そこを野営地にしようとするも、摂政家打倒の名目がある以上、無用な略奪行為は軍規で禁じられていると諸侯等がその暴挙を止めた。

 するとエドガル侯は、ならば早々にゴナーク・バルボの立て篭もるバルボ城砦を攻め、そこを拠点とすると言いだしたのである。

 功を焦っているのもあったが、普段から貴族風の生活を送っているエドガル侯にとってはそれ以上に、地べたでの野営生活に耐えられなかったのである。

 そして、後陣の到着も待たずに反対する諸侯を置いて、エドガル侯は自身の部隊を率いてバルボ城砦に向かってしまったのだ。

 翌日、その報告を聞いた帥将ドルフは、烈火のごとく怒りを露わにするも。ろくな戦場経験などないエドガル侯に、バルボ城砦の攻略を任せることは出来ず、やむなく第一陣の諸侯等を支援に向かわせるしかなかった。

 戦力としては敵の三倍近くもあり、力攻めするにも十分な戦力である。

 本来なら、バルボ城砦は六千ほどの兵で包囲して置き、帥将ドルフの隊がブリアス城市の金獅軍に睨みを利かせている間に、他の諸侯達が別働隊として周辺の砦を落としていく作戦であった。

 そうやって孤立させてしまえば、放っておいてもあちらから降伏してくる。

 しかし、先にバルボ城砦を攻略するとなると、話がまるで変わってしまう。

 先鋒隊の戦力を二つに分ける必要があり、更にブリアス城市からバルボ城砦への増援を防ぐ為にも、よりブリアス城市に近いデニス砦を帥将ドルフ自身が攻撃して、金獅軍の目を引かねばならなくなった。

 エドガル侯の勝手な行動が、作戦の全てを台無しにしてしまったのである。

「……その結果、本来相手するはずのなかった金獅軍と、帥将ドルフ殿の第二陣がぶつかり、苦戦しているという訳か」

 使者はそれを肯定する様に、首を垂れた。

 帥将ヴァーゼルと参謀アイゼルは、それを聞いて腕を組む。

「……して、バルボ城砦の方はどうなっておる?」

「それが思いのほか城兵の抵抗が激しく、膠着状態にある様です」

「やれやれ、これではドルフ殿が先鋒隊を任された意味がないではないか」

 アイゼルは世代の近い老将ドルフの苦労を思うと、同情を禁じ得なかった。

「分かり申した。ドルフ殿には、すぐに駆けつけると伝えてくれ」

 ヴァーゼルは使者に口頭でそれを伝えると、直ちに将官達を招集した。

 その軍議が終わる頃、突然、浪人衆を率いるガーヴァス・クロンヘイムが別働隊を進言してきたのである。

「何、別働隊だと?」

「ああ、金獅軍とぶつかるんじゃ、どうせ浪人衆は足手まといだろう。そんだったらいっそのこと、オレ等をバルボ城砦への援軍に廻してもらえんかね」

 ヴァーゼルはアイゼルと暫し検討すると、ガーヴァスの提案を許可した。

「さっすが、ヴァーゼル殿はオレ等のことを良く分かってらっしゃる」

「但し、浪人衆と言えども軍規は厳守して貰う。良いな?」

「あちゃ、オレはいいんだけどさぁ。まあ、何とか上手いことやってみるさ」

 釘を刺されたガーヴァスは、少しだけバツ悪そうな顔をした。

「そうそう、ついでと言っちゃなんだが、カゼル殿も借りてっていいかな?」

「ほう? カゼルをか」

「出来れば一人、部隊を任せられる奴が欲しい。カゼル殿ならば、手が空いてると思ってね」

「ふむ……では、目付として連れていくが良い」

 ヴァーゼルは、後ろに控えていたカゼルに、あとはガーヴァスの指示に従えとだけ伝えると、直ちに全軍に出陣の命を発した。

「よっしゃ。ヴァーゼル殿の許可も貰ったし、オレ達も行くとするか!」

 ガーヴァス率いる浪人衆は、勇躍してバルボ城砦へと向かった。


 別働隊となったガーヴァスの浪人衆は、それから二日たった昼過ぎ、バルボ城砦を眺望できる位置まで辿り着いた。

 連合軍の先鋒隊の諸侯等は、一応、城下を包囲はしているが、連携が取れている配置には見えなかった。

 それもそのはず、大将格であるはずのエドガル侯を始めとする諸侯等が、城下に点在する集落を好き勝手に占拠していたのであったからである。

 敵城下の村や集落を占拠すること自体は確かに軍規違反ではない。

 しかし、全ての部隊がそうした場合、お互いが軍規を犯していないかという監視体制は完全に崩れてしまう。

 それは全軍が徴発ないし、略奪を行っているのと同じことである。

 カゼルは、平然とそれが行われている現状に愕然としていた。

「見たかい? これが本物の薄汚ねえ戦場ってヤツさ。皆、こういうことをやるのは浪人衆の仕業だと思っているが、大抵の軍の実態なんてこんなものよ」

「住人は……どうなっているのでしょう?」

 ガーヴァスは黙ったまま、血の気の引いた様なカゼルの顔を横目で見ていた。

「やめさせねば……これでは賊徒と何も変わらぬではありませんか! 連合軍結成の儀で誓われた正義とは、民を苦しめることではないはず!!」

 今にも駆け出しそうなカゼルの馬の手綱を奪うと、ガーヴァスは、カゼルを馬から引き摺り下ろした。

「無駄だ。いくら目付のあんたがそれを言ったところで誰も聞く耳は貸さんさ。それどころか、密告を恐れた連中に始末されるのがオチだ」

「では、これを見逃せと言うのですか! そんなこと……」

 次の瞬間、ガーヴァスは、カゼルの首根っこを掴んで吊し上げていた。

「何で、ワザワザあんたを連れてきたと思う? 戦場の真実ってヤツを教えてやる為さ。あんなのはまだマシな方だ。もっと酷い連中はいくらでもいるんだぜ?」

 ガーヴァスはそう言って、カゼルを地面に投げ捨てた。

「……こんなことが、戦場の真実であって良いはずがない。我々武人は、民を戦から守る為に……」

「正しいなんて誰も思っちゃいない。けど皆やってるんだ。なんで自分だけそれを守らなくちゃいけない?」

 カゼルは黙ったまま、ただガーヴァスを睨みつけていた。その顔には、行き場のない怒りがありありと現れている。

「ガーヴァス殿も、本気でそう思っているんですか?」

「そうだと言ったら、オレを斬るのかい?」

 自然と、カゼルの手が刀の柄にかかっていた。

 周囲の浪人達が止めようとするが、ガーヴァスはそれを左手で制する。

「やめとけ。そんなに肩の力が入っていたら、このオレは斬れんよ」

「答えてください! 貴方もこれから、あの連中と同じことをしようと言うのですか!?」

 二人の間に、暫しの静寂が流れる。

「……カゼルさん。うちらの隊長は、そんなことはせんよ」

 つい、堪え切れずに一人の浪人が割って入ってきた。

「でもよ、オレ達はあんたみたいに立派な人間じゃないんだよ。皆、アレを知らないなんて言えねえんだ……」

「好きでやったんじゃねえ! でも、やり始めちまうと、自分が自分でなくなっちまう。皆、そうなんだ。あれをやってる時は、獣と同じになっちまうんだよ!」

「反対なんかした日にゃ、味方に殺されちまうかも知れないんだ!」

「オレ達だって、これだけはやっちゃいけねえって、アンタみたいに恰好つけてた時もあったんだ……」

 浪人達は、皆がっくりと肩を落とす。中には、過去の自分を悔やんで涙ぐんでいるものもいた。

「こういうのはな、一度始まったら誰にも止められねぇんだ。そしたらどうする? あそこにいる連中を、正義を叫びながら全員斬り捨てるのかい?」

 無茶苦茶な論理である。しかし、ガーヴァスや浪人衆の言葉には、カゼルが知らなかった乱世の真実があった。

「では、どうすればいい。一体、誰がアレを止められるんです!?」

「……知らねえよ。出来るもんなら、オレが止めてやるさ。オレが知ってるのは、あれを如何に早く終わらせるかってことだけだ。それが知りたきゃ黙って着いてこい」

 ガーヴァスは、それだけ言うと浪人衆に進軍を命じた。

 カゼルは、行き場の無いその怒りを剣風に乗せて天に放つと、馬に跨りガーヴァスを追った。


 ガーヴァスは、城下に広がる山林の中を野営地とする。そして、じっと城下を包囲する諸侯の部隊が動き出すのを待っていた。

 その間、カゼルは言葉を交わすどころか、誰とも目も合わそうとはしなかった。

 カゼルにとって、長い一日が過ぎていく……。

 次の日、城下に陣取る諸侯等の隊が、朝餉を終えた部隊からまばらに動きだすのが見えた。どうやら、バルボ城砦への総攻撃が始まるらしい。

「始まったな。オレのやり方を見せてやるから、よーく見ておきな!」

 ガーヴァスは、それだけカゼルに向かって言うと浪人衆に出陣の命を下した。

 カゼルは何も答えず、ただ黙ってそれに続いた。

 ガーヴァスの率いる浪人衆は、城砦の斜面にとりついたエドガル隊の一隊に狙いを定めると、その背後目掛けて近付いていく。

 斜面の上からは、激しく矢弾が降り注ぎ、次々とエドガル隊の兵士が斜面を転げ落ちていくのが見えた。

「野郎共、びびんじゃねーぞ! ちゃんと頂くモノを忘れるなっ!」

 おうっと威勢の良い雄叫びを上げると、浪人衆はまるでエドガル隊を盾にする様にして斜面を駆け登っていく。

 何人かの者は、ちゃっかりエドガル隊が残した矢盾を手にしていた。

 装備の不十分な浪人衆にとっては、使えるものはなんでも頂くのが常識なのだ。

「な、何事だ? 誰だ、後ろから押し上げてくるのは!?」

 エドガル隊の将校の一人が、後方から押し寄せるガーヴァス率いる浪人衆に気付くが、あっという間にその勢いに押され、追い立てられる様な形で、上へ上へと押し上げられていく。

 当然、敵の矢弾は容赦なく前のエドガル隊に集中し、次々に兵が倒れてゆく。

「押すなっ! これ以上は無理だっ!!」

 そう叫んだエドガル隊の将校だが、下がることを許さんとばかりに、ガーヴァスはその背に手を当てると、矢盾の代わりにして敵の面前に迫った。

「ひいいっ! やめ……やめてくれっ!!」

 その将校は、降り注いだ矢弾でたちまちハリネズミの様にされてしまった。

 次の瞬間、盾とした将校を打ち捨てたガーヴァスが、柵の隙間越しに弓兵を次々に槍で突き刺していく!

 それに続く様に、ガーヴァスのすぐ後ろに着けていたカゼルが水平に剣風を飛ばすと、たちまち柵が断ち切られて崩れ落ちた。

「うおりゃっーーー!!」

 ガーヴァスは雄叫びと共に、カゼルの切り崩した柵を飛び越えると、瞬く間に三人の兵を討ち取る!

 次いで、槍衾を揃えようと構えた兵士達の槍を、鮮やかな一閃で断ち切った。

 獅子奮迅に暴れ廻るその姿に恐れをなした敵兵達が怯んだ隙に、浪人衆が次々と柵を乗り越え、城砦内に飛び込んでいく。

 浪人衆の勢いは留まるところを知らず、諸侯達がそれに気付いた頃には、すでにバルボ城砦はあらかた制圧が終わっていた。

 当主であるゴナーク・バルボは家臣達に守られ、辛うじて脱出をしていたが、城内の女子供の多くは逃げ遅れていた。

「ガーヴァス殿! 彼らに手を出してはなりませんぞ!!」

「……ばかやろう。そんなつまんねーこと、するワケねーだろ」

 カゼルの心配を他所に、ガーヴァス達浪人衆は、意外なほど軍規に忠実であった。

 諸侯等の隊が城内に入ってこれぬ様に城門を固く閉じると、逃げ遅れた女子供を離れに集め、その周囲を浪人衆で守らせたのである。

「どうだ、これで満足か?」

 ガーヴァスの、文字通り味方を盾にする様な戦い方は、けっして褒められたものではない。

 しかし、カゼルはそれについては何の非難も言わなかった。

「……結局のところ、何でもいいからその戦を早く終わらすしか方法はないのさ。もし、連中が戦の終わった後にも同じことをやる様ならば、そんときは賊徒として成敗すればいい。つべこべ文句を言われる前に、大将の首を飛ばしちまうのさ」

「それは、あまりに乱暴ではありませんか?」

「仕方ないだろ? どうせ何を言ったって聞きやしない連中なんだ。軍令を守らせたいならそうするしかない。あんたの親父さんなら、迷いもなくやってのけるだろうぜ。それがフォントーラ家の武人ってヤツなんだろ?」

 ガーヴァスの言い様は乱暴ではあるが、確かに筋は通っている。

 カゼルは、そこまでの覚悟がなかった自分を恥じた。

 そして、それを気付かせてくれたガーヴァスに、何と応えていいか分からず、気が付くと跪いて首を垂れていた。

「おいおい、それは何のつもりだよ。別に謝ってもらうことなんか何もないぜ?」

「いえ、自分はその……ガーヴァス殿のことを誤解しておりました。何とお詫びしたらよいか……」

「よしなって。オレはただ、やれ侯爵だ、伯爵だって偉そうにしてる諸侯の連中も、オレ等浪人衆と何ら変わりはしないってことを言いたかっただけだ」

 ガーヴァスは、少し照れくさそうに顔についた返り血を手で拭っていく。

「戦が人を獣にしちまう。だから、あんたみたいに志を持った奴が、どうすれば全ての戦を終わらせられるのか、それを考えろって言いたいだけさ」

「どうすれば、全ての戦を終わらせられるのか……」

「まあ、それはともかく……外の連中も怒り狂っているだろうから、そろそろ相手をしてやらんとな」

 ガーヴァスは、城外で騒いでいる諸侯らに応対する為、自ら城門に出向いていく。

 カゼルは、そんなガーヴァスの後ろ姿を、ただ茫然と見送っていた。


 それから間もなくして、バルボ城砦の中は大挙して乗り込んできた連合軍の兵士で溢れかえっていた。

 先鋒隊の諸侯等が問題であると声高に訴えているのは、勿論、何の知らせもなしに勝手に城に乗り込み、奪い取った浪人衆の行為である。

 特に、彼らの大将格でもあるエドガル侯は烈火のごとく怒り、従兄である北領公ゆずりの甲高い声でわめき散らしていた。

「き、貴様ら浪人衆風情が、一体、誰の許しを得てこの城を占拠しておるのだ! しかも、余の部下を矢盾扱いにしたそうではないかぁ!!」

 カゼルがそれに反論しようとすると、ガーヴァスはすっと遮る様にして、エドガル侯の前に立つ。

「うるせえぞっ! おっさんの癖に白粉なんか塗りやがって、気色悪いんだよ! あんたらがどんくさいから、代わりにオレ達がチャッチャと片付けてやったんだ。礼を言って欲しいくらいだね!」

「な、なんじゃこの無礼な輩は!? 浪人の癖に、こ、こここの高貴な余の顔を、き、気色悪いなどと言いおってからに! 誰ぞ、この無礼者を……」

「じゃっかましいわ!!!」

 まるで、虎が吠えたかの様な大音声でガーヴァスが怒鳴りつけると、エドガル侯は腰を抜かして尻もちをついてしまった。ガクガクと震え、パクパクと泡食っているその姿に、浪人衆からどっと笑い声が上がる。

「オレ達は、帥将ヴァーゼル・フォントーラの命で、わざわざ加勢に来てやった別働隊だ。浪人衆だからって、この熊殺しのガーヴァス様を舐めてると、股の下の大事なお宝を踏み潰すぞ!!」

 そう言ってガーヴァスは、どんっとエドガル侯の股下目掛けて足を踏み下ろす!

 すると、エドガル侯は哀れな悲鳴をあげ、失禁してしまった。

「もしや……熊を素手で絞め殺したという……」

 遠巻きにしていた兵からそんな囁きが漏れると、周囲がざわつき始める。

「ばかやろう! 熊なんか絞め殺せる人間がいるか。眉間をこの槍で突き、熊鍋にして食ってやっただけだ」

 それでも、熊殺しは熊殺しである。真偽のほどはともかく、ガーヴァスにはそれを信じさせるだけの剛腕と威風が備わっていた。

 すると、固唾を飲んで見守っていた諸侯等が蒼白な顔で二人の間に割って入ってくる。

「ま、待て。ヴァーゼル殿の部下であられたのか。これは失礼をいたした」

「しかし、援軍であれば何故、事前にそれを知らせず、勝手に城攻めに参加したのだ。これは軍規に違反することだぞ!」

 諸侯の一人、アーベル・ファーナー卿がエドガル侯に代わって、先ほどの非礼を詫びるも、もう一人の諸侯カール・グリント卿が、浪人衆の非を訴える。

「ほっ、軍規と来たね。これはお笑い種だ!」

「何が可笑しいっ! 理由なき軍規違反は、処罰の対象であるぞ!!」

「よく言うぜ。あんたらこそ最も重要な『軍令』に違反してんじゃねーか。先鋒隊総大将のドルフ閣下は、この勝手な城攻めには大層お怒りなんだぜ?」

 帥将ドルフの名が上がると、そこに居並ぶ四人の諸侯の顔から血の気が引いて青くなる。

「ぐ、軍令を無視した訳ではない。戦いはその、勢いというものがあって……」

「城下の集落に居座って、ちんたらやってたあんたらの、どこら辺に勢いがあるってんだよ?」

 別の方向から、しどろもどろに言い訳するノンベルト・ブランケ伯を、ガーヴァスは一蹴した。

「ま、まて! 軍令に違反したのはエドガル侯だけだ。我等四人は、ちゃんと帥将ドルフ殿からの指図を受けて、ここに来ているのだぞ」

 もっともらしい言い訳で、四人目の諸侯フリッツ・アイスナー卿が割り込む。

「だからなんだ? こんだけの数で力押ししてんのに時間かかりすぎだろ。オレ達別働隊はあんたらの指図を受ける言われはねえ。先に城を獲ったもんが、その城の後始末をするのは当然のことだ」

 ガーヴァスの言は、至極正論である。

 四人の諸侯は気まずそうに顔を見合わせた。

「まあまあ、そうは言っても、我等の兵が城攻めしていなければ、貴殿らもこの城を獲れはしなかったであろう? ここは平等に、皆の手柄とするのが順当ではないのか」

 アーベル卿が、冷や汗を拭いながら食い下がってくる。

「そうだっ! 我等とてこの城攻めで少なからず犠牲を出している。お主等に手柄だけ持っていかれるのは、到底承服出来んぞ!」

「ここで補給が出来ねば、我等の今後の作戦行動に支障が出てしまう。その責任は誰が取るのだ!」

 次々と、諸侯等はそれぞれの勝手な言い分でガーヴァスに詰め寄ってくる。

 いい加減、面倒になったのか、ガーヴァスはカゼルを手招きしてこう告げた。

「ごちゃごちゃとうるせえ連中だな。あとは目付であるヴァーゼル殿の御子息と話せ。あんたらの相手はもう飽き飽きだ!」

 ガーヴァスに代わって諸侯等の前に進み出たカゼルは、彼らに見せつける様にして目付の腕章を左腕に付けた。

「では、別働隊の将ガーヴァス殿に代わり、目付であるこのカゼル・フォントーラがお話を伺います」

 目付とは、戦の見分だけでなく、各部隊に軍令、軍規違反がないか監視する役割であり、違反者にはその場で裁決を下せる権限を持たされている。

 流石に帥将ドルフと同格であるヴァーゼルのよこした目付と聞いて、四人の諸侯は一様に口を閉ざした。

「先ほど、皆様方が申されました件ですが、このバルボ城砦が落ちた以上、先鋒隊である皆様方の部隊は、速やかに先鋒隊に戻られることが急務であるはず。それも含め、この城砦の後始末を我等別働隊が担うのは、至極当然のことです」

 カゼルは目付らしく、諸侯等にとって後ろめたい軍令を盾に説得を試みた。

 どうせ、何を言っても納得などするはずはないのだ。ならば、納得させずとも、彼ら自身がこの城に関われる立場でないことを明確にするだけ。

「待たれよ! 目付殿の申されることは、最もなれど、それでは我等はただ働きになってしまう!」

「そうだ! ここまで戦ってきた兵士達に、何もなしではこちらの顔が立たぬ」

 今度は、なりふり構わず情に訴えてきた。

「何もなしとは言いません。この城砦にある兵糧は、各部隊に不平がない様、公平に分配いたします」

 それを聞いて、諸侯等は胸を撫で下ろすが、カゼルは、そんな彼らの更なる弱みに踏み込んでいく。

「……その前に、皆様方が城下の集落から奪った物を、全てお返しになられてからの話です」

 氷の様なカゼルのその口調に、諸侯等は大いに慌てた。

「そ、それは誤解だ! 我等はただ、宿借りをしただけで……」

「そうだ! 断じて略奪などは行っておらぬぞ!」

 後ろで腰かけているガーヴァスが、わざとらしく大あくびをしてみせる。

「ふわぁあ~……よっくもまあ、ぬけぬけと言ってくれるぜ」

 諸侯等が一斉にガーヴァスを睨みつけるが、相手にするのも面倒とガーヴァスは打ち捨てられた荷車に腰掛けた。

「……でも、徴発はされたのでしょう? 調べればすぐ分かることです」

 ちなみに『略奪』とは、村落や市街に武力で襲い、問答無用で金銭に兵糧、家財にまで至る全てを奪うという残虐な行為である。

 当然、逆らった者は殺され、若い女は犯され、子供は奴隷として連れ去られたりもする。敵地では公然と行われることも多く、略奪後に焼き討ちすることも珍しくはない。

 自分らの信ずる神の教えを布教する為、戦を扇動する聖職者に言わせるならば、その光景はこの世の地獄絵図であり、その恩讐は千年過ぎても忘れられぬ悪行となるらしい……

 対する『徴発』は、村落や市街に対して必要な兵糧や鉄、木材、家畜などの物資の目録を突き付け、武力でもって従わせるという、こちらも弱者を守るという武人の生業に反する行為である。

 当然、これを拒否すれば先に説明した略奪へと移行するだけであり、これが原因で大規模な一揆や反乱に発展する場合もある。

 それでも、兵糧の枯渇などを理由にやむなく現地調達と称して、この徴発は行われることも少なくない。

 しかし、今回のエドガル侯をはじめ、先鋒隊の諸侯等は明らかに無用な徴発を行ったとカゼルは見ていた。

「冗談ではない! 浪人衆などに我等、諸侯の部隊を調べさせるというのか!?」

 するとカゼルは、人差し指大の小さな金属の笛を取りだし、それを吹いて見せる。

 人には聞こえぬその音色は、たちどころに一頭の獣を呼び寄せた。

「お、狼っ!?」

「いや、狼にしては随分大きいぞ……まさか、これがフォントーラの『豺狼』か?」

 カゼルが呼び出したのは、伝令用に連れて来たやまいぬであり、ガルムのような極秘とされる真の豺狼ではない。

 それでも並みの犬や狼と比べて遥かに大きく、羊に匹敵するほど。

 よしよしと、カゼルがその首筋や頭を撫でてやると、大人しい飼い犬のごとく足元に伏せてみせる。

 おぉ……とどよめく諸侯等に、カゼルは口元に笑みを湛えたまま話を続けた。

「これなるは、我がフォントーラ家で用いている『やまいぬ』です。『豺狼』などという獣は知りませぬが、この豺をこうして伝令役として使っているのは本当のことです」

 先ほどまで憤っていた諸侯等は、それを見た途端、首を潜めて一様に押し黙る。

「浪人衆がそんなにお嫌であれば、我がフォントーラ家が誇る密偵に命じます。彼らならば皆様方に御迷惑をかけずに、洗いざらい調べ上げてくれます故……」

 無論、はったりではあったが、『やまいぬ』のその異様な姿には諸侯等に絶大な効果があったらしい。

 フォントーラ家の密偵の恐ろしさは、諸侯等が一番良く知っている。

 彼等はついに観念すると、徴発した全てを返却することを約束し、それぞれ城下の部隊を別の場所へと陣を移していった。

「やれやれ、あれで諸侯の当主達だってんだから、まいっちまうよなぁ」

 ガーヴァスの言いようにもっともだと、カゼルも真顔で頷いた。


 その後、カゼルは諸侯等の部隊に必要最低分の兵糧を分配すると、城内に蓄えられた金銭、兵糧の半分を、城下に点在する村落への見舞い品として送り届けることに決めた。

 また、捕虜としたバルボ家の女子供や家人達には衣服や兵糧などを与え、城外へと退去させた。

 彼等をこの城内に拘留しておくことは反乱の危険もあり、また捕虜は今後の作戦行動にも足手まといになるからである。

 残った金銭などは、それぞれの手柄に応じて、浪人衆への分配を約束し、それをガーヴァスに一任する。

 ガーヴァスは意外そうな顔をするも、快くそれを引き受けてくれた。

「……ガーヴァス殿。此度は貴方のお蔭で、戦場の真実を垣間見た気がいたします」

「まあ、本当に酷い戦は、こんなもんじゃ済まねーけどな」

 ガーヴァスは、自分の取り分とした上等な酒樽の蓋を叩き割ると、適当な茶碗で酒をすくってカゼルに手渡し、自身も茶碗で旨そうに飲み始めた。

「かーーー! 勝利の後の酒は、また格別だぜっ!」

 カゼルも受け取った茶碗を掲げると、静かに酒を口に含む。

「ヴァーゼル殿は、本当の戦の惨さを知っているからこそ、冷徹な采配を下せる。だけど、あんたはまだその目で見ていない。親父さんの様に武人の志を貫き通したいのなら、早いうちに真実を見ておくに限るってな」

 ガーヴァスはそう言い終えると、手酌で茶碗にとくとくと酒を継ぎ足した。

「……つくづく、自分の考えが幼稚であると知りました。これからも良き御指導、御鞭撻、よろしくお願いいたします」

「やめてくれ。おれは学院の講師じゃないんだ。それ以上は勘弁してくれ。オレ達は一緒に戦い、そしてこうして酒を酌み交わした。それでいいんじゃねーか」

 深々と頭を下げるカゼルに、ガーヴァスは酒をぐいっと一飲みすると、浪人衆等の方へ、酒を振るまいに向かう。

 カゼルは、改めて武人の志の重さを知り得た。同時に、この乱世には様々な立場の人間がいるのだということを、その胸に刻み込むのであった。


        *         *         *


 ガーヴァスの別働隊がバルボ城砦を落としてから、半月が過ぎた。

 主力の大半を失い、本拠地までも奪われたゴナーク・バルボは、最早ここまでと帥将ドルフの元に人質と降伏の使者を送った。

 これでアダンニ家に次いで、バルボ家の領地も南領公の支配下に戻り、失われていた領土も以前の三分の一近く、取り戻したことになる。

 カゼル達は危惧していた敵の反撃もなく、交代を命じられてやってきたレイアン家の部隊に無事、城砦の守備を引き継がせることが出来た。

 レイアン家の当主ガストーネ伯は、カゼルの母コーラルの父であり、こうやって言葉を交わしたのはもう十年振りのこと。

「おお、カゼル殿。此度は目付として、見事な働きぶりであったそうだな」

「とんでもありません。今だ、戦の真実も知らず、日々研鑽に励む毎日であります」

 愛娘の子とあってか、常日頃カゼルのことを気にかけており、毎年の様に贈り物を送ってきてくれていた。

 当時、無役同然であったフォントーラ家が、カゼルを学院に入学させられたのもガストーネ伯が、わざわざその費用を申し出てくれたからに他ならない。

「アイゼル殿から『三道三志の試し』の件も聞いたぞ。流石はヴァーゼル殿と我が愛娘の子じゃ。コーラルもさぞ喜んだことであろう」

 ガストーネ伯は満面の笑みを浮かべてカゼルを称えると、此度の祝いの品として、見事な装飾を施した太刀を手渡した。

「お主が良く太刀を用いると聞いてな、急いで国元でこれを作らせたのだ。良き鋼を、鍛えに鍛え抜いた業物じゃ。神気を操るお主にぴったりだと思ってな」

 その太刀は鞘走りも良く、重さも今までのものより軽く、すぐにカゼルの手に馴染んでいく。

 試しに、神気を刀身に乗せてみた。今までの刀とは、明らかに神気の伝わり方が違って感じられる……。

「(なるほど……これは凄い業物だ)」

 気合いと共にそれを一閃すると、目の前にあった柵用の杭が、鮮やかな切り口で両断された。

「おおおっ! 見事に斬ったぞ!!」

 カゼルの剣風を初めて見たガストーネ伯は、手を打って喜びの声を上げた。

「見事なのはこの刀です。これほどの業物は初めて手にしました。なんと御礼申し上げたらよいか……」

「良い良い。ワシの贈ったこの刀がお主と共に戦場にあるだけで、気分が高揚してくるわい」

 ガストーネ伯は、誇らし気に頷いた。


 翌日、名残惜しそうなガストーネ伯に別れを告げると、カゼルは別働隊と共に、本隊のいる戦線へと帰還した。

「カゼルっ! おかえりなさい!!」

 そう言って出迎えてくれたのは、姉のリーゼル。

 リーゼルもまた、父ヴァーゼルから直衛の兵二百を預かると次の戦に備えて調練を行っていた。

「聞いたわよ! 北領公家の諸侯に一泡吹かせたんだって?」

「大袈裟な。ただ、父上の言い付け通り、目付としての責務を果たしたまでだよ」

 後ろの浪人衆からリーゼルに向かって、ヒュウと口笛が鳴らされると、彼女の部下達が鬼の形相で睨み据える。

「こら、お前達。こちらは帥将殿のお姫さんだ。少しはお行儀良くしとけ」

 ガーヴァスが、浪人衆を軽く窘める。

「……この人達と一緒にいて、柄の悪いのが移ったりしてないか、心配だわ」

「大丈夫だよ。それに皆、思ったよりもちゃんとしているんだ」

「そうそう。偏見はいけないぜ、お姫さんよ」

 ガーヴァスは豪快に笑い飛ばすが、リーゼルは暫し半信半疑の顔のまま、カゼルの横顔をちらちらと窺っていた。

 そんな浪人衆一向を、ヴァーゼルが諸手を挙げて出迎える。

「ガーヴァス殿、余計な気苦労をさせてしまったな。エドガル侯等には、きちんと話をつけておいてあるから、そちらの心配は無用だ」

 ガーヴァスは気遣いは無用と言いつつ、そんなヴァーゼルの計らいに頭を下げた。

「浪人衆はどうであった?」

「はっ、ガーヴァス殿に、今までにない大切なことをいくつも学ばせて頂きました」

「そうか。ならばもう少し、彼らと共に経験を積んでおくが良かろう」

 ガーヴァスは、そんなカゼルの言葉に意外そうな顔をするも快くそれを了承してくれた。


 その後、カゼルはヴァーゼルの陣屋の中で、目付としての報告を行った。

「……そうか。やはり、エドガル侯は徴発を行っていたか」

 ある程度、話は聞いていたのだが、改めてカゼルからその報告を聞かされると、ヴァーゼルは苦々しい顔のまま腕を組む。

 問題のエドガル侯はというと、帰還するなり体の不調を訴え、副官に軍を任せて自身はさっさと自分の城に帰ってしまったのだ。

 これにより、ただでさえ士気の低いエドガル隊三千は使い物にならず、金獅軍に焼き捨てられたカラマン城砦跡の守備に当たらせる他なかった。

「殿、それで別働隊はこれから何を?」

「オレは、バルデス将軍に直接睨まれないとこなら、どこでもいいぜ」

 ガーヴァスは、ブリアス城市を守る金獅軍大将のバルデスと面識があり、中原最強と怖れられる金獅軍のその強さを良く知っているのだ。

 自分の率いる浪人衆とは、装備も練度もかけ離れており、まともに勝負が出来るなどとは思ってない。

 カゼルとしては、名高い金獅軍の強さを、自分の目で確かめておきたい気持ちもあったが、それは互角に戦えるであろう父ヴァーゼルの直衛隊の中でしか、望めぬことだと思い直す。

「その前に、まずは現在の戦況を説明しておこう」

 参謀を務めるアイゼルが、近辺地図を広げて説明を始めた。

 中央にブリアス城市、その北東に陣を張るのが帥将ドルフの率いる先鋒隊。

 ブリアス城市から真東に位置するのがデニス砦であり、こちらはつい先日、ヴァーゼル隊の援護もあって、ようやく落とすことが出来た。現在は、北領公麾下のラドミール・バラーシュ卿がその守将を務めている。

 また、ブリアス城市に北面する様に陣を張るのが、ヴァーゼル率いる第二軍。

 いずれもブリアス城市から一刻から四半刻の距離にあり、連合軍側は高台にあるデニス砦を抑えたことによって、この近隣一帯を一望出来る状態にある。

「この後、先鋒隊と我が隊の陣には、それぞれ、南北両公が率いる本隊が入ることになっている。本隊がブリアス城市を牽制する間、我等はこの二ヶ所を落とす」

 ヴァーゼルが指揮棒で指した地点にあるのは、ブリアス城市の南東、そして南西にある二つの砦。

 四方からブリアス城市を包囲すると同時に、それは更に二つの戦略的意味が存在する。

 まずは、南東の砦を押さえることで、未だ去就を決めかねている東南諸侯等に睨みを利かせると同時に、連合軍への参加を促すこと。

 ブリアス城市より東南方面は、広大な平野といくつもの大河が流れる肥沃な土地が広がり、大帝直下の諸侯等らの領地を結ぶ大きな街道があり、交通の要所でもあった。

 これらの内、有力諸侯が二つ、三つ参戦することで、連合軍は摂政家の総兵力に倍する兵力を持つことになる。

 更にここから南西の砦を抑えることで、摂政家に味方する諸侯等の増援を断ち切ることが可能となるのだ。

 今のところ摂政家は、後背の大藩王家や北西の西藩王家を牽制している為、本国の部隊を動かすことが出来ずにいる。

 しかし、両家との和解が成立すれば、すぐにでもブリアス城市救援の援軍が差し向けられるのは明白であり、少なくともその前にはブリアス城市周辺の砦は、全て落としておきたい。

 そうなれば、この戦を傍観している大帝もその現状を無視することは出来ず、摂政家への討伐許可をこの帝国中に示す『勅許』を出さざるを得なくなるに違いない。

 賊軍とされれば摂政家は孤立し、やがては内部からも造反する者が現れよう。

 ブリアス城市の包囲作戦は、こうした百戦錬磨な二人の帥将によって合議され、両陣営は着々とその侵攻準備にあったのである。

「さて、話を戻そう。お主等別働隊には、南東のサムス砦の外円にある諸侯家との連絡路の封鎖を任せたい。カゼル、お前にはアレを付けてやる。どうだ、やれそうか?」

「なんだい、そのアレってのは?」

 ガーヴァスが口を挿むが、ヴァーゼルはそれには応えず、カゼルの返答を待った。

「一つ問題が。別働隊の兵数で複数の連絡路を封鎖するとなると、各個撃破される恐れがあります」

「まあ、そりゃそうだ。封鎖と言っても、限度ってもんがあるぜ」

 カゼルやガーヴァスの指摘はもっともである。しかし、ヴァーゼルは今、カゼルに与えた条件で、それが可能となるべき策があると考えている。

 それを伝えるのは簡単だが、カゼル自身でそれに気付けるかどうかを試しているのだ。

 暫しの熟考の後、カゼルは顔を上げた。

「周辺の街道封鎖を行うには、小隊の指揮官が足りません。殿の近習から二人ほど御貸し願えれば、やれるかと……」

「二人か……。ならば、カスパーとロマスの二人を付けてやる。ガーヴァス殿、あとは二人で相談し、我等がサムス砦を落とすまで持たせてくれ」

「まあ、カゼル殿がやれると言うんなら、やってみますけどね」

 すでにバルボ城砦で十分な英気を養っていた別働隊は、物資の補給を受けると、ブリアス城市の兵に見つからぬ様に、夜半の内に迂回路を通ってサムス砦の後背の山林に潜んだ。

「……んで、隊を分けて街道を抑えるのは分かるが、あの砦の東側全部を抑えるのは無理だせ?」

「はい、ですから、敵の使う連絡路を絞ろうと思います」

 カゼルは、隊長格の人間を集めると、作戦の説明を始めた。

「まずは、サムス砦と城下の平地を挟んだ場所にある高台に陣を張ります。後ろの山林に半分の兵を隠しておけば、陣が出来る前に襲ってくるかも知れません」

「しかし、サムス砦には少なくとも我等の倍の兵はいるかと。こちらが五百の兵を見せれば、一千の兵を出してくるのではないでしょうか?」

 カゼルの郎党であるラインが、不安そうに発言する。

「兵を少なく見せて敵を釣るのはいい。だけど、オレ等にはこのまま気付かれない方が、やりやすいんじゃないのか?」

 ガーヴァスは、この別働隊に与えられた本来の目的を案じている。

「この誘いはその為の布石です。そもそも、密使を務められる者と言うのは城主にとって、信頼のおける郎党以上の者でなくてはなりません。まずはその数を減らすのが狙いです」

 ガーヴァスを始め、集められた一同はカゼルの作戦の全貌を聞くと半信半疑ながら了承した。

 万が一、思惑通りに行かなくても、高台に陣を築くことでサムス砦から出る使者の連絡路は大きく南北に迂回させられる。それで、当初の狙いである連絡網の封鎖は十分可能であると思われた。


 翌日の正午過ぎ、サムス砦の物見が、東の高台に数百の兵を発見した。知らせを受けた砦将ボルヘスは、物見櫓の上で拍子抜けした様に呟く。

「なんだ、たったあれだけか……」

 南領公の旗を上げてはいるが、数は多くて四~五百。

 しかも、よく見れば諸侯の紋章旗を立てておらず、鎧甲の反射もまばらであった。

「おそらく、寄せ集めの浪人衆かと……」

「くそっ。浪人衆が先鋒とは随分と舐められたものだ。しかし、あの高台をあんな数で取られるのは面白くない」

 高台の左右は見通しの良い平地であり、伏兵の隠せる場所はない。

 たとえ、高台の後ろに兵を隠していたとしても、こちらの横腹を付こうとすればかなり迂回しなければならず、その上すぐに見つかってしまう。

 サムス砦には、幸い二千の兵が詰めていた。内、五百は民兵だが、防衛ならある程度は任せられる。

 砦将ボルヘスは意を決し、自ら一千二百の兵を率いてカゼル達別働隊のいる高台に押し寄せた。陣を構築する前に、一気に勝負を付けてしまおうというのだ。

「お、敵さん来なすった。ちょっと大将の目算より多いようで」

 ラウグは、配下に十人の射手と共に、急造された物見櫓の上で待ち構えている。

「来たか。では、各々方、手筈通りに」

 カゼルの合図と共に、陣太鼓が打ち鳴らされる。

 敵の歓声が高台の下まで押し寄せると、まずは物見櫓のラウグの出番だ。

「まずは、あの先駆けだ。オレが先頭のをやるから、それに続け!」

 ラウグが引き絞った強弓を放つと、先駆けの持つ矢盾が撃ち割られた。

 間を置かずしてその周囲に十本の矢が降り注ぐと、次々に先駆けの屈強な兵士達が倒れていく。

「いいぞ、次はあの騎馬だ! 構えっ!!」

 槍を振って兵を鼓舞していた騎馬武者が馬から撃ち落とされると、周囲の従士達に矢が集中する。

「くそっ! あの櫓を狙い撃て!!」

 砦将ボルヘスが周囲に指図するが、高台の上から降り注ぐ矢弾に遮られて、櫓を撃てる位置まで進めないでいた。

「ならば、三方に分かれて進め!」

 ボルヘスは被害を覚悟で力押しを命じるも、いつの間にか高台の上の兵は当初の倍になっていた。

「撃て、ありったけの矢を放てっ!」

 弓隊を任されたラウグは、この一戦分しかない矢弾を全て使い切る勢いで、敵大将がいるであろう中軍に矢の雨を降らせていく。

「くっ……浪人衆の癖に、何故こんな弓の数が……一体、どうなっているのだっ!?」

 通常、浪人衆は正規の兵士に比べて装備が劣る。特に、消耗の激しい矢弾は最初に渡された二十本を撃ち尽くしたら、あとは石でも拾って投げるしかない。

 当然ながら、ガーヴァス率いるこの浪人衆もそれは同じこと。

 ただ、一点違うのは、戦の前にカゼルから出し惜しみすることのないよう、いい含められていたこと。

「おらおら、手ぇ休めんじゃねえぞ! 矢が切れたら、石を投げつけるんだっ!」

 ラウグ自身も、あらかじめ集めておいた拳大の石を握って、思いっきり敵兵の顔目掛けて投げつける!

「ぐえっ!?」

「ぎゃあっ!!」

 たかが石ころと言っても、拳大の石を櫓の上から叩きつけられたら、鎧兜の上からでも無傷では済まない。

 それこそ、無防備な顔面にでも当たれば、下手すれば即死する。

「くそっ、盾だ! 矢盾を前に集めろっ!」

 ボルヘスの中軍の動きが止まったのを見て、カゼル、ガーヴァス、カスパー、ロマス率いる四隊が、一斉に打って出る!

「いまだ、かかれっ!」

 高台に上がってくる左右の部隊を狙って逆落としを仕掛けると、敵兵が面白い様に転げ落ちていく。

 ボルヘスは、何の策もないまま敵前で三方に兵を分散させたことを悔やむも、時すでに遅し。

 左右の兵は各個撃破される形となり、自分のいる中軍は正面の敵陣から降り注ぐ矢や、投石の雨で身動きが取れない。

「大将っ! このままでは、被害が大きくなりまする!」

 砦将ボルヘスは歯噛みしながらも、サムス砦へ撤退するしかなかった。

「……おっと、もう終わりか。おい、いくつやったか?」

 ラウグが記録係の兵士に確認すると、狙撃した十の内、一つを除いて全て鎧武者をしとめていた。

 十人の弓隊も、それぞれ半数以上はしとめており、少なくとも郎党は九人、その他五~六十の兵士をこの短時間で仕留めたことになる。

 また、カゼル達の逆落としによって、敵兵は百人以上討ち取っており、対する浪人衆の死傷者は三十人程度に収まっていた。

「なんで、追撃させなかったんだよ。あれなら、もう百人はいけたはずだぜ」

 戻ってきたガーヴァスは、不満そうにカゼルに訴えた。

「打撃を与え過ぎてはブリアス城市から増援が来ます。本気で来られたら、ここは守り切れません。あとは睨み合いだけで、我等の役目は十分果たせます」

 カゼルは、ラインに今回の戦果をまとめさせると兵に早めの夕餉を取らせることにした。これから夜通しで、陣の構築や撃ち尽くしてしまった矢弾の回収を急がねばならないからだ。

「まあ、仕方ねえ。今回はこれで勘弁してやるか」

 ガーヴァスは、共に逆落としを行ったカスパーやロマスを誘うと、一緒に煮炊きを始めるのだった。


 一方、思わぬ反撃を受けてサムス砦に戻った砦将ボルヘスは、腹立たし気に脱いだ兜を投げ捨てた。

「このままでは、敵の主力が来てしまう。しかし、バルデス将軍はここの兵だけで死守しろと言って援軍をよこさん」

「金獅軍だけ無傷で温存し、我等だけに血を流させられたのでは、割りに合わぬ」

 副将コルダが、不満そうにボルヘスに話を合わせる。

「それにしても、奴等は本当に浪人衆だったのか? 随分、手際良く見えたが」

「わからん。しかし、逆落としをかけてきた兵は不揃いの鎧武者ばかりであった。何人か、豪の者がいる様ではあったが、ニ千もあれば蹴散らせぬことはない!」

 砦将ボルヘスも歴戦の勇士である。このまま、正規軍ではない浪人衆にやられたままなど、己の矜持がそれを許さなかった。

「こういうのはどうだ? ブリアス城市から援軍が貰えないのであれば、大帝麾下の諸侯に援軍を求めるというのは。連中も我等摂政軍の正式な要請とあらば、静観している訳にもいくまい」

 それだと、膝を打ってボルヘスは立ち上がった。

 早速、サムス砦から最も近い諸侯家であるアラマンサ家に密使を送ってみるが、送りだした二人共、その日の内に戻ってきてしまった。

「何っ! 街道が敵兵に封鎖されているだと!?」

 副将コルダが周辺に物見を出してみると、敵陣のある高台を迂回した南北の街道には、関所があり百人ほどの兵に封鎖されているというのだ。

 ならばと、お抱えの密偵を送りだすも、三日経っても何の音沙汰もない。

 何故ならば、サムス砦の周辺は、闇士ハーレンの率いる豺狼軍が睨みを利かせており、密偵が闇夜に紛れて砦を出ても、すぐに始末されてしまっていたのだ。

 ただでさえ、先の戦いで多くの郎党を失っているボルヘスは、一度に多くの使者を出すわけにもいかず、小出しにしたお蔭で余計にその被害を大きくしていた。

 そうこうする内に、サムス砦の前にヴァーゼル率いる第二軍が到着する。

 レアンドル公等との協議に時間がかかり、二日も到着が遅れていたが、カゼル達は何事もなかったかの様に、ヴァーゼル隊を出迎えた。

「すまぬ、随分待たせてしまったな。此度も皆、見事な働きであった」

 カゼルとガーヴァスは、ヴァーゼルから直々に銀一袋を恩賞を授かり、浪人衆にもそれぞれ特別報酬と酒が振る舞われ、別働隊全体には休息が与えられる。

 高台の陣地と関所には、共に出陣してきたアルトナー家の兵が代わりに入り、残りの第二軍は一斉にサムス砦に襲い掛かった。

 結局、どこからの救援も来なかったサムス砦は、ヴァーゼル隊の激しい攻撃に耐え切れず、僅か半日で陥落してしまったのである。

 砦将ボルヘスは砦内に突入してきたリアルグ隊を相手に奮戦するも、多勢に無勢、あえなく討ち取られた。

 それを見た副将コルダは、僅かな兵と共にブリアス城市へ逃走。

 ヴァーゼルは、奪ったこのサムス砦を本陣とし、ブリアス城市の南東方面を完全封鎖せんと各部隊に関所を作らせ、その包囲網を着実に狭めていくのだった。


        *         *         *


「また、ヴァーゼルから勝利の報告か。それに引き換え、余の本隊は出て来もせぬ敵兵と睨み合いをするばかりで、何の戦功も挙げられぬではないかっ!」

 ブリアス城市の北にある本陣では、レアンドル公がそんな不満を宰相ロズナー伯にぶつけていた。

「何度も申しました様に、閣下がここで睨みを利かせているから、ヴァーゼル卿は順調に包囲を進めているのです。彼の者が挙げる戦功は、全て閣下のものでもあるのですぞ」

 何度、この様な言葉を繰り返したのだろうか。

 宰相ロズナー伯は溜息を押し殺しながら、懇々と若き主君を諌め続ける。

 レアンドルは、何もせぬのに周囲から褒められ、称えられることに嫌気が差していた。

 散々、おべんちゃらを言う癖、その素晴らしい才能を試す機会を与えようとしない大人達が理解出来ない。そんな自分とは裏腹に、思うがままに戦に赴き、戦功を挙げ続ける男がいる。

 家中はおろか、この中原帝国中からその男は名将と呼ばれているのだ……。

「(本来ならば、このレアンドルこそがそう呼ばれるべきであるのに)」

 あの男は常に自分に何もさせず、一人で全てをやらんとしている。許せることではない。

 ヴァーゼルがいる限り、自分はこの素晴らしい才能をこの中原世界に見せつけることも出来ず、ただ玉座に腰かけたまま年老いていくのかと思うと、全てが空しくなっていく。

「(余は、南領家ブリアス公であるのだぞっ!)」

 そんな風に、何度も叫びそうになるも、宰相ロズナー伯に睨まれると、何も言えなくなってしまう。

「(つまらん……何が帥将だ。何がフォントーラ家だっ!)」

 日々、そんな鬱屈とした生活の中で、セヴァリーヌという娘だけが、それを忘れさせてくれる。

 レアンドルは、日に日に出自も分からぬ白拍子の娘に、没頭していくこととなっていた……。


 その夜も、レアンドル公は陣屋の中に建てた仮御殿でセヴァリーヌの舞を見ながら、葡萄酒を楽しんでいた。

「……女と酒だけが、哀れな自分を忘れさせてくれる……」

 ふと、口からそんな言葉が気付かぬ内に漏れていた。

 気が付くと、いつの間にかセヴァリーヌがレアンドルのことを、まるで母親の様にその胸に優しく抱いていた。

「何か深いお悩みがありますのね。一体、どうしたら、御殿様を苦しめるその悩みから、御救いすることが出来るのでしょうか」

「お前だけだ。余のことを分かってくれるのは……あの男さえいなければ、余は自由に翼を広げて、この中原の空に羽ばたくことが出来るというのに」

「……もし、よろしければ私めの叔父に、お悩みをお話されてみては如何でしょうか? 叔父はきっと、御殿様のお望みを叶えてくれると思いますわ」

「其方がそう申すのなら、今一度、話を聞いてみようか……」

 レアンドルはセヴァリーヌに抱かれたまま、体の向きをかえると、その甘い唇に吸い付いた。

 セヴァリーヌは不思議な女だ。

 舞う姿は天女の様であり、母親の様に優しく、それでいて一度抱けば少女の様に身体を震わせながら、娼婦の様に喘ぎ乱れる。

 熟す直前の果実の様に、甘い香りをその身にまとい、しゃぶりつけば頭の中まで、その香りに包まれる様な気がするのだ。

 こんな女、いくら捜してもそうそう見つけられるとは思えない……。

 セヴァリーヌの願うことなら、どんなことでもかなえてやりたい。それが、今のレアンドルのささやかな喜びにもなりつつあった……。


 レアンドルが、その叔父ことリゴーラを呼んだのは翌日の夕餉の後のこと。

 傍らにはセヴァリーヌが甲斐甲斐しく、レアンドルの足をもみほぐしながら香油を塗っている。

 レアンドルは、昨夜から片時も彼女を離そうとはせず、今日も朝の内から二人は睦み合っていた。

「我が姪をお気に召された様で、なによりにございます」

 リゴーラは、礼儀正しく、深々と首を垂れてレアンドルの前に跪いていた。

「お主は分かるか? この余の悩みが、一体何であるか」

「御無礼を承知で申し上げます。私めも閣下と似た様な悩みに日々、苦しめられております故……」

 リゴーラは、ふと寂し気な笑みを浮かべてみせる。

 この男は、どこか自分の家臣達とは違っていた……。

 それが一体何かは分からぬが、あの口うるさい宰相ロズナー伯やフォントーラ親子などよりも、レアンドル自身にとっては身近な存在に感じられたのだ。

「ほう……面白いことを言う。ならば、余のこの悩みを晴らすには、何とすればよい?」

「閣下の望まれたことを、ただ、為すのみです。まず閣下は、御自身の持つお力を知らねばなりませぬ」

「余が、自分の力を知らぬと言うのか?」

 リゴーラは、レアンドルが何を求めているのか、その貪欲なまでの権勢欲を的確に嗅ぎ取っていた。

 そう、確かにこの男は、自分に似ている。

 違うのはただ一つ。

 何の才覚もないクセに、さも全能であるかの様に本気で思いこんでいること。

 しかし、それを気付かせぬ様、リゴーラは巧みに言葉を操っていく。

「閣下は、御自身が思っているよりも更なる優れた力を秘めていることに気付いておられません。それは鳳翼であるのに、雉で満足しているのと同じこと……」

「……余が、雉であることに満足してると本気で思うておるのか?」

 レアンドルは、いつもならば癇に障るであろうその言葉に、何故か惹かれた。

 この男は、確かに自分の悩みを理解している。

 そう感じたレアンドルは、ついにその抑え込んでいた胸の内を露わにした。

「余は、この戦いに自らの力でもって勝利したいのだ。それを諸侯等に知らしめることによって、余はこの中原に覇を唱え、そして後世にまで語り継がれる偉大なる存在であることを証明したいのだ!」

「それならば、私めに良い考えがあります……」

 レアンドルの胸に抑え込まれていた虚無の闇は、リゴーラによって大きな広がりを見せようとしていた。

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