7 はちゃめちゃバトル‼

「え~、こほん! やい、夢幻鬼むげんきスイレン! あたしは『かくり世』全世界を管理するオオクニヌシさまの最愛の恋人……おっと、それはまだちがった、一の子分である因幡いなば白兎しろうさぎ・ハクトよ! 悪夢で人間たちを苦しめるなんて趣味の悪いことはやめなさい!」


 わたしのかっこいいポーズでなぜか場の空気が凍りついたあと(本当に、なんで?)、気を取り直したハクトちゃんがせきばらいをしてそう言った。


「あくむなら、バクがたべてやるばく!」


 バクくんも、ガルル~とうなりながらスイレンを威嚇いかくする(でも、可愛い)。


「ん? もしかして、このちっこいの、あの夢幻鬼バクなの? ぶはははは‼ めちゃくちゃ弱そうになったじゃない! これまでは、さんざんあんたに邪魔じゃまされてきたけれど、そんなお子ちゃまの姿でなにができるっていうのよ?」


 スイレンはつばを飛ばしながら大爆笑。


 ほ、本当にアホっぽい……。クールビューティーな見た目が台なしだ。


「な、なめるなばくぅ~!」


 プンスカ怒り、ピョンピョンと飛びはねるバクくん(可愛い)。


「ユメミちゃん。いったい、なにがどうなっているの? 秀平くんはどこに行ってしまったの?」


 愛花ちゃんが不安そうにわたしに問いかける。


 あっ、もしかして、愛花ちゃんはこれが夢だとは気づいてないのかな?


 夢を見ているときは、これが夢の中のできごとだとは気づかないことが多いもんね。


「ユメミ。愛花にこれが夢だということを教えたら、ダメよ。人間のたましいは、夢の中の登場人物に『これは夢だよ』とか『早く目覚めて』とはっきり言われると、夢から離脱りだつして目を覚ましてしまう可能性が高いの。愛花が目覚めたら、この夢は消えてしまう。そうしたら、スイレンをたおせなくなるわ」


 ハクトちゃんが小声でわたしにそう忠告する。


 わたしは、ハクトちゃんにコクンとうなずいた後、愛花ちゃんに「心配しないで」と言った。


「愛花ちゃんは、わたしが守るから。わたしの人生初のお友達だもの」


「人生初……。え? ユメミちゃん、いままで友達がいたことが」


「さあ来い、夢幻鬼スイレン! 夢守少女ユメミがやっつけちゃうぞ‼」


 わたしは愛花ちゃんの言葉を途中でさえぎり、スイレンに啖呵たんかを切った。


 これが夢だって教えたらダメだと言われたけれど、「夢守少女」「夢幻鬼」とか夢の世界の専門用語(?)は別に使ってもいいよね? だって、事情を知らない人にはなんのことかさっぱりわからないだろうし。


 それに、そういう専門用語(?)を使えないと、ストーリーがスムーズに進まないしね!(メタ発言ごめんなさい)


「あたいをやっつけるだって? こしゃくなことを言ってくれるじゃないか。返り討ちにしてやるよ!」


 スイレンはゲラゲラと笑うと、指をパチンと鳴らした。すると、


 ズゴゴゴゴゴゴォーーーっ‼


 砂漠の大地がふるえ、アリ地獄から巨大な化け物が浮上ふじょうしてきた!


「きゃーーーっ‼」


 その化け物の姿を見た愛花ちゃんが恐怖で震え上がり、ドスンと尻もちをつく!


 こ、これは……。


 これは…………!


「カボチャのオバケ⁉」


 ハロウィーンのカボチャみたいに目や口がられた、そのどでかいカボチャは、


「えいようまんてーーーん‼」


 と、えながら、ズドーンとわたしたちの前に立ちはだかった!


 …………え~と、愛花ちゃん。そんなに恐くないよ?


 顔、わりとひょうきんな感じだし。


「恐い、恐い、恐い……。カボチャいやぁ~! わたし、カボチャが大嫌いなの!」


 大人びた雰囲気ふんいきの愛花ちゃんが、まるで小さな子供みたいに泣きじゃくり、ぶるぶると震えている。


 カボチャにおびえている美少女も、ギャップがあってこれはこれで可愛い……。


 じゃない‼


 友達が恐がっているのに不謹慎ふきんしんすぎるぞ、浮橋うきはし夢美ゆめみ‼ 自重じちょうしろ‼


「この夢のあるじは愛花だから、愛花が一番苦手なモノがオバケとしてあらわれたようね」


「すききらいはよくないばくぅ~」


 冷静に説明とツッコミを入れるハクトちゃんとバクくん。


「フハハハ! どうだ、恐いだろ? びびっちゃうだろ? 泣け、わめけ、おしっこちびれ!」


 スイレンは、得意げに高笑いして、ふんぞりかえっている。


 ……いや、おびえているのは愛花ちゃんだけだから。


「こんなの、料理して食べちゃえばいいんだよ。いでよ、ニンジン‼」


 わたしは両腕いっぱいに抱えるほどの巨大ニンジンを出現させると、「そりゃっ!」とカボチャのオバケにほうり投げた。そして、


「ニンジン入りカボチャサラダになれ!」


 と、さけんだ。その直後、


 ぼふん!


 カボチャのオバケは、カボチャとニンジンの栄養満点サラダに早変わりした。


「カボチャとニンジン……。わ、わたし、ニンジンも苦手……」


 愛花ちゃんは、わたしの背中に隠れてがくがくぶるぶる震えている。……意外と食べ物の好き嫌いが多い子だなぁ~。大人っぽい見た目なのに。


 わたしは、カボチャもニンジンも平気。


 だって、病院食でしょっちゅう食べていたもん。


 カボチャ料理なんて、毎週火曜日の晩ご飯に必ず出てきたものだ。もう食べなれちゃって、「カボチャを知りつくした女」という異名いみょうを名乗っていいぐらい。……いや、名乗らないけどね。


「ぐ、ぐぬぬ~。あたいが生み出した悪夢をこんなにも簡単に別のモノに変えてしまうなんて! こいつ、人間のくせにとんでもない夢想力むそうりょくの持ち主だわ!」


 スイレンは歯ぎしりしてくやしがる。


 そして、わたしとバクくん、ハクトちゃんがスプーン(スコップぐらいの大きさ)を出して、ニンジン入りカボチャサラダを食べようとしていたところに、


「ええい、これでもくらえーーーっ‼ 火炎球‼」


 そうさけびながら、手のひらからバレーボールぐらいの大きさの青い炎の玉を出して、わたしたちにほうり投げてきた。


 うひゃっ! 危ない!


 わたしたちはぎりぎりでかわし、火炎球はニンジン入りカボチャサラダに命中した。


 サラダは、炎に焼き尽くされると、黒いけむりとなって消滅してしまった。


「おい、てめえ‼ 頭すっからかん夢幻鬼‼ あたしの食事の邪魔をするな‼」


 正体はウサギ(の神様)だからニンジンが大好きなのだろう。ニンジン入りカボチャサラダを食べそこねたハクトちゃんが、足で地面をばふばふ踏みながら激怒する。


 10歳児の外見でヤンキーみたいな口調……なかなか慣れないです。


「戦っている最中に食事をはじめるオマエたちも、頭すっからかんだろ!」


 スイレンは次々と火炎球を手のひらから出し、わたしたちに投げてくる。


「う、うわわ! よけるので精いっぱいだよ!」


 「めっちゃアホ」とか「頭すっからかん」とか、さんざん馬鹿にされたことに怒っているらしく、容赦ようしゃない連続攻撃だ!


 わたしは、愛花ちゃんを再びお姫様抱っこして(わたしもイケメンの彼氏にされたい……)、ちょうの羽で飛びながら攻撃をかわす。


 バクくんとハクトちゃんは、わたしの左右の足にしがみついている。ち、ちょっとバランスが取りにくい……。


「ねえ、ハクトちゃん。夢幻鬼の攻撃に当たったら、どうなっちゃうの?」


 夢の中のわたしは、うつし世(現実世界)では信じられないほどの身体能力で動ける。だから、いまのところ火炎球をぜんぶかわせているけれど、攻撃をくらったときにどうなるか不安だった。


「魂に大きなダメージを受けるわ。魂が弱ったら、人間はネガティブなことしか考えられなくなったり、病気にかかったりする」


 そういえば、夢幻鬼の悪夢に苦しみつづけると病気になるかもって言ってたね。


 そ、それは困るよ! わたし、病気が治ったばかりなのに! また入院するのは嫌!


「病気になるだけならまだしも、あのスイレンみたいに強力な夢想力を持っている夢幻鬼の攻撃をまともに食らうと、魂が消滅してしまう危険性があるわ。神であるあたしも、夢の世界の住人であるバクも、ただではすまないでしょうね」


 え? 魂が消滅って……。


 つ、つまり、死……。


「やだやだやだ‼ 夢幻鬼と戦ったら命の危険があるなんて、聞いてないよーーーっ‼ 夢幻鬼をたおすのなんて朝飯前あさめしまえとか言ってたじゃーーーん‼ オオクニヌシさまのうそつきーーー‼」


「う、うわ! ちょっと! あばれないでよ!」


 恐怖にかられたわたしは、空中で駄々だだをこねた。そのせいで、


「ば、ばくぅ~!」


 わたしの右足にしがみついていたバクくんが、手をはなしてしまい、落下してしまった!


 そして、落下していくバクくんめがけて、火炎球が……!


 し、しまった! バクくんが消滅しちゃう⁉


 どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう‼


 助けなきゃ!


 でも、スイレンと戦って負けたら死んじゃう!


 死ぬのは嫌!


 でも…………。


「わたしの可愛いバクくんが死んじゃうのは、もっといやぁーーーっ‼」


 わたし、ずっとバクくんみたいな可愛い弟がほしいと思っていたんだもん!


 バクくんはわたしのことを嫌っているかも知れないけれど、わたしにとっては大切な弟なんだもん!


 あんな炎に、バクくんをうばわれてたまるかっ!


「いでよ、万里ばんり長城ちょうじょう‼」


 バクくんを火炎球から守るためになにか壁を作らなきゃと思ったわたしは、無我夢中むがむちゅうでそうさけんでいた。すると……。


 ズ……ズゴゴ……ズゴゴゴゴゴゴォ‼


 砂漠の大地が、巨人の手でさぶられているのかと思うほど激震げきしんし、地平線のはるかかなたまでつづく城壁じょうへきが地面から隆起りゅうきした。


 火炎球は、ことごとくがんじょうな城壁によってはじきかえされる。


「ど、どえーーーっ⁉ バレーボールぐらいの大きさの火炎球を防ぐために、万里の長城を呼び出すとか、やりすぎだろ~!」


 おったまげたスイレンが、悲鳴に近い声を上げながら、どす~んとマンガみたいにひっくり返る。


 やっ、だって、とっさに思いついた「がんじょうな壁」が万里の長城だったから……。


「バクくん! だいじょうぶ⁉」


 城壁の内側に着地したわたしは、砂漠にたおれていたバクくんを抱き寄せ、半泣きになりながら「ごめんね、ごめんね……」とあやまった。


「ユメミはバクをたすけてくれたばく。あやまることなんてないバク」


「でも、わたしがバクくんをふりおとしたから、バクくんが危険な目にあったんだもん。わたし、バクくんのお姉ちゃん失格だよ……。こんな頼りないお姉ちゃん、嫌いだよね。ごめんね……。ぐすん、ぐすん」


「さっきもいったけれど、バクはユメミのおとうとにはならない……」


「ぐすっ、ぐすっ、ひっく……。ごめんねぇ~」


「…………はぁ~~~」


 わたしが泣いていると、バクくんは盛大せいだいにため息をつき、「ホント、ヒトのはなしをきかないヤツばく」とつぶやいた。


「おとうとでもなんでもなってやるし、きらいじゃないから、おちつけばく。さっさと、なきやめばく」


「え? ほ、本当……?」


 コクコク、とうなずくバクくん。


 や……ヤッターーーッ‼


 可愛い弟ゲットだぜ‼


「わーい! 弟だ、弟だ! わたしの弟だぁ~!」


 わたしはおおはしゃぎし、バクくんにほおずりした。バクくんは苦しそうに顔をゆがめ、


「なんだかあぶなっかしくて、ほっとけないヤツばく……」


 と、ブツブツつぶやいていた。


「ユメミ! なにをのんきなことやってるのよ! 早く、スイレンを撃退げきたいする方法を考えなさい! あいつは、すぐにこっちにやって来るわ!」


 わたしがバクくんとイチャイチャしていると(バクくんは気のせいか迷惑そうだけど)、苛立いらだった様子のハクトちゃんがわたしの耳元で怒鳴った。


 み……耳元でさけばないでよぉ~。


 あれだけがんじょうな城壁があるんだから、そんな簡単にはやって来られな……。


「ね……ねえ、見て。城壁にヒビが入ってきてるよ?」


 愛花ちゃんが指をプルプルさせながら、万里の長城を指差す。


 え? そんな、まさか……。


 ドッカーーーーーーン‼


 そのまさかだった!


 万里の長城の高さ(平均7・8メートル)と同じくらいの巨人と化したスイレンが、城壁をドカンドカンとって、壁を破壊しはじめた!


「はぁ……はぁ……ぜえぜえ。ど、どうだ! あたいが本気になったら、こんなものさ!」


 ……たしかにすごいけれど、巨大化できるのなら、いっそのこと、万里の長城をまたいで越えられるぐらい大きくなればよかったのでは?


 いや、それよりも、よく考えたら、わたしみたいに背中に羽を生やして飛べば楽々と……まあいいか。敵にアドバイスなんかしなくても。


 ドッカーーーーーーン‼ ドッカーーーーーーン‼ ドッカーーーーーーン‼


 ついに、万里の長城に大きな穴があき、城壁はもろくもくずれ、わたしが作り出した幻は消滅してしまった。


「おまえらなんて、踏みつぶしてぺちゃんこにしてやる!」


 スイレンは右足をぐおーっと上げ、(スイレンから見たら)豆粒まめつぶみたいに小さなわたしたちをニヤリと笑いながら見下ろす。


 う、うわわ! 踏みつぶされちゃう‼


「ユメミ! さっさとなにかすごいモノを出して、あいつをやっつけなさいよ! ふだんから妄想ばかりしているあんたなら、このピンチを切りぬけられる武器を夢想力で作れるはずよ!」


 ハクトちゃんもかなりあせっているのだろう。わたしの長い髪を乱暴にひっぱり、ヒステリックにさけんだ。


「い、痛い! 痛い! わかったから、髪をひっぱるのやめて!」


 わたしは涙目になってそう言い、


(なにかすごいモノ、なにかすごいモノ、なにかすごいモノ……)


 と、大急ぎで考えた。でも、わたしもあわてているから、なかなかいいアイデアが思い浮かばない。


「フハハハ! 死ぬがいい、夢守少女!」


「あ、あわわわわわ! ええーい、もうこうなったら……」


 ゆっくりと考えていたらぺちゃんこにされる!


 わたしは、無我夢中でこうさけんだ!


「いでよ…………スパゲティカルボナーラぁぁぁぁぁぁ‼」


 カルボナーラぁぁぁ……カルボナーラぁぁぁ……カルボナーラぁぁぁ……。


 わたしの声が、むなしく砂漠の大地にこだまする。


 スイレンは、「は……?」とあきれながら固まる。


 数秒後、ハクトちゃんがわなわなとふるえながら、怒鳴った。


「…………なんでここでスパゲティ料理の名前が出てくるねーーーんっ‼」


「ご、ごめん。わたし、病院食ばかり食べていて、スパゲティ料理はミートスパゲティや季節の野菜入りスパゲティぐらいしか食べたことないの。だから、小説の中でヒロインとその彼氏がおいしそうに食べていたスパゲティカルボナーラを一度でいいから食べてみたいなぁと思っていて……」


 半ばパニックだったせいか、ずっと食べたいと願っていた料理の名前を言っちゃった。て、てへぺろ~……。


「あはははは! まぬけなヤツめ。なにも起きないじゃないの。さあ、今度こそぺちゃんこにしてやる!」


 高笑いしたスイレンが、再び右足をぐおーっと上げて……。


 ズゴゴ……。


 わたしたちをぺちゃんこに……。


 ズゴゴゴゴ……。


 しようと……。


 ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴ‼


「なんだ、このけたたましい音は!」


 スイレンがおどろき、周囲をキョロキョロと見回す。


 わたしたちも何事だろうと思い、音が聞こえてくる方角を見た。


「……なにかが、こっちにおしよせてくるばく。あれは、もしかして……」


「もしかしなくても、スパゲティカルボナーラみたいね。砂漠をうめつくすほどの、スパゲティカルボナーラだわ」


 ハクトちゃんの言うとおりだった。地平線のはしからはしまで、スパゲティカルボナーラしか見えない。


 濃厚なクリームとスパゲティのめんが、しおのごとく砂漠をのみこみ、愛花ちゃんの夢の世界はスパゲティカルボナーラに染まろうとしていた


「たぶん、あのスパゲティカルボナーラがここまで押し寄せたら、あたしたちはとってもクリーミーなカルボナーラソースにのみこまれるでしょうよ。……よかったわねぇ、ユメミ。ずっと食べたかったんでしょ? あれ、責任とって全部食べなさいよ⁉」


「む、無理無理無理っ! あんなの、食べきれないよ!」


「いいあらそっているばあいじゃないばく! そらにとんで、にげるばく!」


「あっ、そうか! みんな、わたしにつかまって……」


 わたしはそう言い、蝶の羽をパタパタさせようとしたけれど、時すでに遅しだった。


 どばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼


 予想よりも早くにスパゲティカルボナーラが押し寄せ、わたしたちをのみこんだのだ‼


「ぎ…………ぎやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」


 わたし、バクくん、ハクトちゃん、愛花ちゃんは、絶叫しながら、濃厚でクリーミーなカルボナーラソースに流されていく。


「ぎょええええええええええええ‼」


 巨大化していたスイレンも、足にからみついたスパゲティの麺によって転んでしまい、流されてしまったようだ。


 こうして、敵も味方も、スパゲティカルボナーラ地獄じごくに沈み、夢の世界はスパゲティカルボナーラにおおわれた世界へと変わるのでした。





 夢守少女ユメミ、完!

 名月明先生の次回作にご期待ください!





「……って、勝手に終わるなぁぁぁぁぁぁ‼」

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