2 夢からさめてもピンチ!(泣)

「あ、あうう~。頭がなんだか痛いよぉ~」


 目を覚ました直後に目覚まし時計が鳴り、わたしは頭痛でまゆをしかめながら時計を止めた。


 おかしな夢を見たせいかな~。頭がズキズキと痛いよぉ。


 入院していたころのわたしなら、体調が悪かったら毛布をかぶって二度寝しちゃうんだけれど、今日からはそういうわけにはいかない。


 だって、今日はわたしが中学校に行く、初登校日なんだから。


 わたしが大きな手術を受けて退院するまでのあいだに、入学式もゴールデンウィークもすぎさり、いまは5月のなかば。


 かな~り中途半端ちゅうとはんぱな時期から通いはじめることになっちゃうけれど……が、がんばって友達をつくらなきゃ!


「頭が痛いとか言ってめそめそしている場合じゃない! よし、がんばるぞ!」


 わたしは自分に気合を入れながら、ベッドからおり、髪の毛をセットするために小さな鏡台きょうだいすわった。


 わたしが読書と妄想以外で好きなことといったら、お尻までのびた長い髪をいろんな髪形にして遊ぶこと。


 ポニーテール、ツインテール、サイドアップ、ハーフアップなどなど。


 長髪だと髪でいろいろと遊べるから、退屈な入院生活ではよく髪をいじくっていたのよね。


 でも、今日はふつうのロングヘア―でいこうかな。登校初日からあまり目立つ髪形にすると、


「なに、あの子。あんな髪形にしちゃって、なまいき~。ちょっとイジメてあげようか~」


 みたいなことにならない?


 え? 考えすぎ?


 で、でも、わたし、ずっと入院していて、同い年の子たちと話す機会も少なかったから、クラスメイトのみんなとうまくやっていけるか不安なんだも~ん!


 友達はほしいけれど、逆にイジメられたら……とか考えると、胸のあたりがギュッと痛くなっちゃう。


「がんばらなきゃ……だけど、やっぱり不安だなぁ……」


 わたしは深々とため息をつきながら顔をあげて、鏡を見た。


 すると、鏡には、どんよりと表情のくもったわたしの顔と、わたしの頭にガジガジとみついている赤髪の男の子がいたのだ。


「え? え? えええええええ⁉ 夢の中で出てきた男の子が、なんでここにいるの⁉」


 ていうか、さっきから頭が痛かったのは、この子のせいか‼


「ばく、ばく、ばく~! ちから、かえせばくぅ~!」


「やだ、やだ! わたしの頭食べないで~!」


 なぜかめちゃくちゃ怒っている男の子は、わたしの頭にしがみついてガジガジと噛みつづけ、わたしがいくらあばれてもはなれてくれない。


 どてーーーん‼


 わたしは「きゃーっ!」と悲鳴をあげながら、ずっこけてしまった。


「どうしたの、ユメちゃん! だいじょうぶ⁉」


「どこか苦しいのか? 病院に行くか⁉」


 わたしの悲鳴と、ドスンとたおれる音を聞きつけたお母さんとお父さんが、血相を変えて、わたしの部屋にやって来た。


 お母さんとお父さんは、わたしが小さいときから体が弱かったから、いつもわたしの心配をしている。


 大きな手術をおえて退院したばかりの娘が部屋で悲鳴をあげたら、そりゃビックリしちゃうよね。


 病気もなおったんだし、もう両親にはなるべく心配をかけないようにしようと思っていたのに、さっそくやっちゃった……。


「お父さん、お母さん。あの、これは……」


 わたしは、どこからあらわれたのかわからない男の子のことをどう説明しようかと悩みながら、しどろもどろになった。


 朝起きたらわたしの頭をガジガジ噛んでいました、なんて言っても信じてもらえないよねぇ……。う~ん、どうしよう……。


 なんて、わたしは困っていたのだけれど、


「熱は……ないようね」


「脈もしっかりしているな」


 お母さんとお父さんは、わたしのおでこをさわったり、脈をはかったりして、わたしの体の心配ばかりしている。わたしの頭にしがみついている男の子なんて、まるで目に入っていないみたいだ。


「あの……。わ、わたしの頭に……」


「なに⁉ 頭が痛いのか⁉ 母さん、ユメに薬を……」


「だ、だいじょうぶ! だいじょうぶだから! へーき、へーき! どこも体調悪くないから心配しないで! お父さん、お母さん!」


 本当は頭痛いけれど、噛まれているせいだから!


 薬が大嫌い(みんなも嫌いだよね?)なわたしは、両手を胸の前でぶんぶん動かしながらそう言い、なんとか薬を飲むことを回避かいひした。


 ……それにしても、どうやら二人にはこの男の子の姿が見えていないみたい。


 これはいったいどういうこと? わたしがまだ寝ぼけているの? いや、この痛みは本物だから、幻覚とかそういうのじゃなさそうだし……。


「気分が悪いのなら、父さんが車で学校まで送っていってあげるぞ。それとも、今日は学校休むか?」


「ほ、本当にだいじょうぶだから。どこも悪くないし、ちゃんと一人で登校できるから」


 こんなにも親が過保護かほごなのは、わたしがずっと病弱だったせいだ。お父さんやお母さんに心配ばかりかけてしまって、わたしの胸はチクチクと痛んでしまう。


「そうね。ユメちゃんだって、一日も早く学校に行って、友達を作りたいでしょうし……」


「小学生のあいだは入院生活が長くてろくに友達もつくれず、さびしかっただろうが、これからは楽しい学校生活を送るんだよ、ユメ」


 ようやく納得してくれたお母さん、お父さんは、まだちょっと心配そうだったけれど、そう言ってほほ笑んでくれた。


「うん! お母さん、お父さん。わたし、がんばるね!」


 わたしは精いっぱい元気よく言い、ニコッと笑った。


 いまだにガジガジとかまれている頭の痛みにたえながら。


「ばく、ばく、ばく! ちから、かえせばくぅ~!」


 この子、いったい何者なんだろう。ああ、頭がズキズキと痛い……。






「いってきま~す!」


 わたしは朝ご飯を食べると、真新しい制服に身をつつみ、家を出た。


 なぞの赤髪の男の子は、わたしが「ちょっと着がえるから、離れてくれないかな……?」とおそるおそるお願いすると、ちゃんと言葉は通じるらしく、頭から離れてくれた。


 そして、着がえおわると、すぐにわたしの頭に飛びつき、またガジガジ噛みはじめたのだ。


 ……この子、なにがしたくてわたしにしがみついてるのかしら?


 まあ、痛みはちょっとずつなれてきたけれど……。(というか、痛覚がマヒしてきたのかも?)


「お父さんとお母さんに心配をかけないように、元気よく家を飛び出してきたけれど、幼児を頭の上にのせて歩くのはつらいなぁ……。う、うう……重たい。わたし、ただでさえ体力ないのにぃ~」


 わたしは頭の重みにたえかねて、腰のまがったお年寄りみたいな態勢で、のろのろと学校めざして歩く。つえが……杖がほしいです……。


「くっ……も、もうダメ……。パトラッシュ、わたし、つかれちゃったよ……」


 家を出てから10分たらずで、わたしの体力は限界をむかえた。


 な、なさけないとか言わないでよ? だれだって、5歳児を頭の上にのせて歩いたらすぐにつかれるでしょ?


 え? やったことないから、知らない? ですよねー。


「はぁ、はぁ、ふぅ……。と、とりあえず、あそこの公園で休憩しよう」


 わたしは、フラフラの足どりで、家の近所の公園に入り、ブランコに座った。


「ばく! ばく! ばく! ちから、かえせばくぅ~!」


 この子、さっきからそれしか言わない。


 「力を返せ」って、何のことだろう?


 お父さんとお母さんも、道ですれちがった人たちも、この子が見えないみたい。


 ふつう、中学生の頭をガジガジ噛んでいる幼児がいたら、ビックリしてこっちを見るはずだもの。


 でも、だーれもおどろく様子もなく、わたしとすれちがったのだから、この子のことが見えていないのだろう。


「ねえ、君はいったいだれなの?」


「ばく! ばく! ばく!」


「どこから来たの?」


「ばく! ばく! ばく!」


「あなたの親は、どこにいるの?」


「ばく! ばく! ばく!」


「せっかく天使みたいに可愛い顔をしているんだから、頭からおりてきて、わたしにそのキュートな顔をよく見せてよ。わたしね、昔から弟か妹がほしくて……」


「ばく! ばく! ばく!」


 ダメだ……。「ばく」しか言わねえ……。


 あー、登校初日からやっかいなことになったなぁ……。わたし、これからずっと、5歳児に頭を食べられたまま生活するのかしら?


「はぁ~うつになりそう……。ちょっと妄想でもして、現実逃避しようかな」


 入院生活中、一人でさびしいとき、わたしは空想の中で、本で読んだ物語の主人公になりきって冒険したり、可愛い弟や妹といっしょに遊んだり、カッコイイ彼氏とデートしたりして、自分の心をなぐさめていた。


 現実逃避はよくないとか言う人もいるけれど、がんばりすぎて心がつらいときにほんのちょっと想像の世界に逃げてもいいとわたしは思うんだよね。そうすることで心がリラックスして、またがんばれるようになるのなら。


 ……え? 家を出てまだ10分もたっていない? ぜんぜんがんばれてないじゃんって?


 ち、ちゃんとがんばるよ、これから! 5分ぐらい妄想にひたったら、学校に行くもん!


 などと自分に言いわけをしつつ、わたしは昨夜の夢にあらわれたオレさま系イケメンのことを思い出し、彼とデートをする妄想をはじめた。


「ははは! オレさまをつかまえてごら~ん!」


「いや~ん! 待って~! 『オレさま』さ~ん!」


「あははは!」


「うふふふ!」


 わたしは、夕暮れの浜辺はまべで『オレさま』さんと追いかけっこをする妄想をして、「うへへ~」と顔をにやつかせる。『オレさま』さんの顔がよくわからないから、その顔にはモザイクがかかっているけれど、まあそこはご愛敬あいきょうということで。


 はぁ~、顔をはっきりと見ることができなかったのが、つくづく惜しまれるよぉ~。


 前半は大きな注射器に追いかけられてひどい悪夢だったけれど、後半はオレさま系イケメンとイチャイチャできて楽しかったなぁ~。(作者より:ユメミの記憶は一部本人によって改変されています)


 想像力豊かなわたしは、小さいころから変てこな夢をたくさん見ていたけれど、あんなにもストーリー性のある夢はけっこう珍しいかも。


「また、あんな夢を見て、イケメンに会いたいなぁ~。うへへ~」


「なーに、朝っぱらからヨダレたらしながらえつってるのよ。このへたれ妄想女子め!」


「……へ?」


 トートツに罵声ばせいをあびせられてギョッとおどろいたわたしは、我に返った。


 目の前には、10歳くらいの女の子がいて、なぜかわたしをにらんでいる。


 くちゃくちゃとガムを噛んでいるその女の子は、だぼだぼの白いウサ耳パーカー、フリフリスカートという、けっこう目立つファッション。


 目立つのは服装だけじゃない。「どこかの国のお姫様?」と思ってしまうぐらいにとても整った容姿で、わたしはビックリしてしまった。


 でも、ひとつなんを言ったら、目つきがかなり悪い。「なにじろじろ見てんだ、おらぁ‼」と言い出しそうな……1人、2人は殺ってそうな、そんな迫力はくりょくが……。


「なにじろじろ見てんだ、おらぁ‼」


「ひ、ひぃぃ‼ ごごごごごごめんなさい‼ ごめんなさい‼ わたし、いまあんまりお金持ってないんです‼ ご、500円で勘弁してください‼」


 ウサ耳パーカーの少女にドスのきいた声で怒鳴られて、すっかりおびえてしまったわたしは、あわてて財布から500円玉を取り出し、その少女(職業はたぶん殺し屋小学生)に土下座どげざしながら差し出した。


 「小学校中学年くらいの少女になにを弱気な」と思ったそこのあなた!


 わたしの戦闘能力を甘く見てはいけない!


 小さいころから病気ばかりして、ろくに運動をしてこなかったわたしは、そこらへんの小学生よりも腕力わんりょくがないのです!


 もちろん、この物語を読んでいるあなたも、たぶん1分もあったらわたしをこてんぱんに……いや、やめてね? イジメないでね? 仲良くしてね?


 と、とにかく、強いものには巻かれろなのです!(作者より:正しくは「長いものには巻かれろ」です) わたしの場合、世界のおおかたの人間がわたしよりも強いけれど!


「ばく! ばく! ばく! ちから、かえせばくぅ~!」


 わたしが殺し屋小学生に500円玉を差し出しているあいだも、わたしの頭を噛みつづける赤髪のおチビさん。何なんだろう、この不思議な状況じょうきょう……。


「……ふぅ~ん、こいつが夢幻鬼むげんきバクか。すっかり弱体化しちゃってるわね」


 殺し屋小学生は、わたしのことなんか無視してそうつぶやくと、ガムをぷくぅ~とふくらませながらスカートのポケットからなにかを取り出した。


 女の子の手のひらにあるのは、八角形のお堂の小さな模型もけい


 わたしのお父さんがお城やお寺の模型を組み立てて部屋にかざるのが趣味だから、わたしはよく知っている。

 あの模型は、法隆寺ほうりゅうじにある夢殿ゆめどのという建物にそっくりだ。そうそう、聖徳太子しょうとくたいしさんゆかりの有名なお寺ね。


 あの~……なんで、トートツに模型なんて出してるんですか? 500円いらないんですか? それじゃあ、財布にしまってもいいですか?


「おい、そこのへたれ妄想女子。いまから、ちょっとのあいだ、夢の世界についてきてもらうわよ。むこうで、オオクニヌシさまが待っているから」


 オオクニヌシ?

 それって、日本神話に出てくる神様の名前だよね? ワニに毛皮をはぎとられて泣いていた因幡いなばしろうさぎを助けたとかいう……。


 その神様と、平凡へいぼんな病弱美少女のわたしに何の関係が?


 わたしがキョトンとしていると、女の子は夢殿の模型を天高くかかげ、こうさけんだ。


「夢殿よ、われを夢の国へといざなえ!」


「え? え? なになに⁉」


 夢殿(の模型)からまばゆい光の線がいくすじはなたれ、わたしは思わず目をつぶった。


 そして、次に目を開いたときには、わたしはたくさんの花々が咲き乱れる不思議な場所にいたのだ。


 ほえ? わたし、さっきまで公園にいたよね⁉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る