第12話

 目が覚めた時、俺は椅子に座らされていた。手足がきつく縛られているのか身動きができない。


「起きちゃったんですか。しょうがないですね」

 声をかけてきたのは妹の旦那だった。


「何する気だ、あんた」

「だいたい想像つきませんか。想像力で飯食ってる人なんだから」


 男の顔はニヤけている。


「端的に言えば、あなたが死ねば喜ぶ人間がいるってことです」

「妹に頼まれたのか」


 男は鼻で笑った。


「違いますよ。あなたは金をせびられる生活に疲れ果て、これから自分の罪を告白してから自殺をするんです」

「なんでそんなこと」

「聞いてますよ。あなたがやったこと」


 あのやろう。秘密にする条件で金をせびっていたくせに。夫にはペラペラと喋ったということか。


「あなたが死んで、ちょうど相続が終わった頃に、妹は良心の呵責に耐え切れず後追い自殺をするという筋書きになってます。そうすれば僕にも莫大な遺産が転がり込みますから」


 俺の両親はもう他界している。恋人も家族もいない俺が死ねば、遺産を相続するのは妹だ。さらにその妹が死ねば夫であるこの男と子供に遺産がいくということか。


 こんなやつのために俺は必死に働いてきたのか。あまりの馬鹿馬鹿しさに笑いたくなった。だがその気持ちとは裏腹に、俺の頬には涙がこぼれ落ちる。何もかもが虚しかった。


 やはり自分がこの仕事についたこと自体が間違いだったということなのだろうか。本来手に入れるべきではなかったものを強引に手に入れた報いだというのか。


「本当はあんな女、とっとと殺そうと思ってたんですけどね、ただ殺しても意味がない。せっかくなら、あなたの遺産をもらってから殺そうと思いまして」


 男はペーパーカッターを運んできた。学校によくある円弧ブレードと台座がセットになっているやつだ。古いタイプなのか安全カバーが外れている。


 男は後ろの机にペーパーカッターを設置したようだ。台座に俺の手が乗るように調整しているらしい。必死に逃れようとするが体は動かない。せめて指だけでも守ろうと握りしめるも、強い力で指を引っ張られ、台座に押し付けられる。


「……やめろ」

「彼女、僕のことお兄ちゃんって呼ぶんです。一人っ子だから昔から兄弟に憧れてたんだそうですよ。兄に金をたかっているあなたの妹とは大違いですね」


 アシスタントの彼女がお兄ちゃんと言っていたのは、この男のことだったのか。


「知ってますか。彼女、マッサージが得意なんですよ。とっても上手で。才能がある子はいいですよね。何を教えても器用にこなしますから。自尊心が低い子って、少し優しくしたらなんでもやってくれるんです。あんなことや、こんなことも。ほんと可愛いですよ」


 妹の旦那の不倫相手がまさか彼女だったとは。笑うに笑えない。

 背後で円弧ブレードをあげる音がする。


「これは保険です。一応、彼女のことは信じてはいるんですけど。いざという時のために証拠を持っておかないとね」


 手応えを試すかのように、円弧ブレードを何度も上げ下げしているような、金属の擦れる音が聞こえて来る。俺の顔や首筋には、尋常ではない量の冷や汗が流れ落ちた。


「あなた、アシスタントをしていた時代に、心筋梗塞で倒れた師匠を見殺しにしたそうですね。救急車を呼べば助かっていたかもしれないのに。あなたはわざと死ぬまで待った。そのおかげで連載枠が空いてデビューできたとか」


 男の息遣いが荒くなる。タイミングを計っている気配を感じていた。


「やめてくれ」

「今度は彼女のために、あなたが犠牲になる番ですよ、大先生。あなたがいなくなったあとの連載枠は、きっと彼女が埋めてくれから、心配いりません」


 男が力を込めて円弧ブレードを振り下ろした。俺はあまりの激痛に悲鳴をあげた。




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