(2)漫画家の場合

第9話

「飛び降りがあったみたいですよ、先生」


 ずっと会議室にこもって、サイン会で渡すための色紙を書いていた俺は顔をあげる。

 原画展のスタッフが声をかけてきた。


「二人とも女子高生だそうです。まだ若いのに自殺なんて。とばっちりで死んだ子も可哀想に」


 窓から外を見ると、ビルの下に人だかりができていた。その中心には死体が二つ。真っ赤な血と内臓が飛び散っているのが見える。いつか自殺死体を描く時に参考にしよう。俺はそう思いながらじっと見つめて、カメラのシャッターを切るように心の中に記憶する。


「最近うちに入ったアシスタントも女子高生なんだけど、彼女は毎日楽しそうですよ。同じ年頃でもずいぶん違うもんだな」


 野次馬の中には死体を撮影している人がたくさんいる。目の前で人が死んでいるのに平然とした顔で撮影したり録画をしたりしている。中にはネットに投稿している者もいるのだろう。スマートフォンを出してネットをチェックすると、もうすでにまとめサイトのようなところに記事が掲載され、拡散され始めているようだ。


 ネットにあふれている画像や映像のうち、いったいどれぐらいがショッキングな素材を扱ったものなのだろう。現実世界で発生する実際の死亡事故や事件よりは、確実に割合は多いはずだ。そのぐらいネットには死があふれているのかもしれない。


 そういう時代なのだとわかっているが、言い知れぬ恐怖を感じる。

 俺のような漫画家も含めて、現代に生きる表現者は、これだけフラットな感情を持っている人たちを相手にしなければならないのだ。彼らは、よほどのことでなければ驚かない。ちょっとした悲劇はまたかと思われ、よくあることとラベルを貼られて相手にされない。かといってありえないほどの事件や事故を描くと、嘘くさいと文句を言う。嫌な時代だ。


 二十年以上プロとして仕事をしてきたが、キツいなと思うことが増えてきた。スマートフォンが普及し始めたころからだろうか。今が一番、嫌な雰囲気が蔓延しているように感じる。


「先生、もうすぐサイン会が始まりますので」


 スタッフに声をかけられて残っていた数枚のサインを仕上げると、俺は会議室を出て、原画展が行われている会場へと向かった。




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