2017年7月7日「許されざる者」

「では私に正義はないとおっしゃるのですか!?」

 彼はすがりつかんばかりに見つめてきた。だが私にはこれ以上どうしようもなかったのだ。

 もともと飛びこみの客だ。それにここを弁護士事務所と間違えている。いや弁護士に相手にされなかったからうちへ来たんだろう。ことわろうとすると恨みがましい目で見つめてきた。


 事務を手伝ってくれる甥っ子が持ってきたお茶が、テーブルの上ではねた。

 話を聞いた限りでは、そんなに自分を追い詰めるのは異常に感じるのだが……。


「いいですか。すんなり別れた奥さんを身辺調査して、なんになるんです。やり直したいならともかく、慰謝料なんて……今更じゃないですか? うちはよろず受け付けてますがスジの通らないことはできかねます」


 この時の私は、自分がまっとうなことを言ってるつもりでいた。だがよくよく順を追って聞いてみると、そういう話でもなかったらしい。


「私は妻が別れたいと言い出す前から彼女の浮気には気づいてたんですよ。そして今も……妻は私の買った家で、家具でぬくぬくと男と暮らしている」


 こういうとき、女性側に非があって別れる場合、慰謝料が払われるべきだ、という主張なんだが……知ってて別れに応じたんなら無効だろう。


「失礼ですが、奥さんに恋人がいたのは確かだとしても、離婚の理由は性格の不一致だったのでは?」


「名目上はそうですよ。けど、そんなの上っ面で、新しい男と暮らしたかったに違いないんだ!」


 あーあ、頭が痛い。


「お子さんの親権は、奥さんにあるんですよね?」

「ハイ」

「そしてあなたは養育費を払いこんでいると」

「そうです」


「結局なにがおっしゃりたいんです?」

「復讐……いいえ、正義による鉄拳制裁ですよ」

「さっきからアナタ、正義、正義って」


 彼の正義は浮気して去っていった妻に復讐せよと言っている。

 が……私は娘が成人するまで養育費を払うのが、この人の正義、いや、人の道ってもんじゃないかと思うのだ。私は少し声を落として、


「ごしゅうしょうさまです」


 それしか言えなかった。



               END

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