MAP機能で世渡りを
@1992asdes
プロローグ どこかの戦場
赤い月が今日も世界を照らす。遠くで野生動物の声が響く以外、草のざわめく音が聞こえるくらいの静けさが降りている。今は国をまたいでの大戦になっているというのにそれを全く感じさせない、恐ろしく穏やかで静かな夜であった。
「なあ、知っているか?今回の相手はあの『地図師』だとよ」
「『地図師』?」
退屈になったのか、それとも眠気覚ましのためなのか。ともに夜の見張りをしている同僚が話しかけてくる。しかし、話を振られたワードに心当たりはなかった。途端に同僚は驚いたような、呆れたような顔でこちらを睨んでくる。
「マジか。おま、知らないのかよ…マジかよ」
ひたすらマジかを繰り返す同僚。とはいえ、知らないものは知らない。
「いや、世間に疎くてすまない。でもそんなにヤバい相手なのか?言葉的に強そうな相手に聞こえないのだが」
「噂の限りだと強い、なんてもんじゃねえよ」
「なんだ、お前も噂程度しか知らないんじゃないか…で、噂ってどんなもんだ?高級の魔法を使いこなすとか、うちらの将軍と渡り合えるとか、そんな感じのやつか?」
当てずっぽうで答えてみるが、同僚は首を横に降るばかりだった。
「まるで規模が違う。そいつは一瞬にして町を更地に変えて見せたり、はたまた天候を操って見せたりするそうだ。おまけに神出鬼没で、いつ近くに来るかもわからんという。今回相手になるっていうのも、出没情報がこちらに動いているように見えるからという半ば予想らしい」
真剣な顔でそんなことを言う同僚を俺は可哀想に思った。予測や噂と不鮮明な情報しかないではないか。大方上官の誰かに担がれたのだろう。
「バカバカしい。今の話を聞く限りだとそいつ1人で国を相手に立ち回れるような話じゃないか」
そんなの、噂に尾ひれがついて誇大表現されているだけだろう。全てを信じるならばそいつは人間をやめているようにしか思えなかった。
「ほんと、バカバカしいよね。まったく、その噂を流し始めたのはどこの誰なんだか…」
その言葉を聞いてたまらず苦笑する。
「なんだ、結局お前もそう思っているんじゃないか」
だが、その声に対して同僚は青い顔をしながら俺じゃないと呟いた。何を言っているんだ?今は俺と、同僚の2人しかこの場所にはいなかったはずだぞ?
「噂のおかげで動きにくくてね…窮屈で窮屈で。見つかったら多かれ少なかれ騒がれるし、大変だよ」
違う、今度は明らかに同僚の声ではなかった。同僚とアイコンタクトを取り、声の主がどこにいるのかと意識を巡らす。
「違う違う、こっちだよこっち」
気がつけば俺たちの後ろに青い髪をした若い男がこちらに背を向けて立っていた。何やら使い古したような巻物を広げているようだ。
「何者だ!答えれば手荒な真似はせぬぞ?」
ここは国境界の砦、つまりは軍の施設だ。人里からはだいぶ離れているしそもそも一般人が来るような場所ではない。明らかに怪しい存在だった。同僚とともに手に持った槍を迷わず向ける。
だが、その男は肩をすくめるだけで手元の巻物から視線をそらさず、振り返ろうともしない。よくみると巻物に何かを書き込んでいるようだった。
「おい!」
こらえきれず、同僚が掴みかかろうとする。だが、いつの間にかその男は目の前からまた俺たちの後ろに移動していた。それも、相変わらず背中を向けたままである。
「今書き込んでるんで、後でいいかな」
その発言は挑発のようにも取れた。忠告はした。それに従わなければ命をとってもいいのだ。勢いをつけ、その男めがけて槍を突き立てる。
またも槍を虚空をついた。そして、姿こそ見えないが男の声が聞こえてくる。
「せっかちだねぇ。これじゃ落ち着けやしない。…攻撃してくるってことは死ぬ覚悟はできたってことでいいかい?」
視界がブレる。いや違う、大地が揺れているのだ。この騒ぎに砦の兵士達が起き出してくるが、ほぼ全員が生まれてこのかた大地が揺れるという体験したことのない恐怖に何もできなくなってしまう。
さらには先ほどまで月がはっきりと見えていたにもかかわらず、ひどい大雨に見舞われる。雨は雷をも呼び込み、激しく打つ雨と稲光とで大荒れとなった。しばらくすると拳大の雹まで降る始末。
まさか、先ほどのが『地図師』…?
未だ揺れも収まらず、天候もこんな状況だ。まるで大地にも天にも見放されてしまったようなこんな状況を作り出してしまうとは、流れていた噂は本当だったということか。
大地の揺れに耐えきれなくなり、崩壊していく砦。瓦礫が降り注ぎ仲間が次々と死んでいく中最期に見たのはこの大荒れの中何事もないかのように巻物を広げているあの男の姿だった。
◇
「ここもおしまいっと。次はーー」
先程まで荒れていた天候は嘘のように晴れ、赤い月が穏やかな大地を照らす。ここには先程まで砦が立っていたはずだったが、その名残はどこにも見当たらなく、ただむき出しの地面が広がるばかりだ。次を目指す声だけを残し、キルヴィはまた、虚空に消えていったのであった。
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