第53話 温かさ。そして異変



ギルド支部を後にした俺達は、その後ノースラント村を適当にブラつきつつ、ノースラント村に来たもう1つの目的...... 今後必要になるだろうマリア達の着替えや下着等の生活必需品を買う為に歩みを進めたていた。


此処、ノースラント村は人口2、3000の人を超える大きな村だ。

俺がこの村の皆と会ってからまだ日は浅いが、この村の人達は皆良い人達だ。


そりゃ、俺が此処に来た当初は色眼鏡で見られて少し嫌な思いもしたが、今では色んな人達ともすっかり顔馴染みになり、俺を珍獣の様な目で見る人は居なくなっている。


この村に来た当初の事を思い出した俺は、そこである事に気が付いた。


この村で人間以外の種族を見た事が無かった事を。


今日、ノースラント村に着いた時は明朝だったお陰で余り村の人とはすれ違わなかったから気にしていなかったが、今は辺りに人が溢れている。


当然すれ違う何人かの村人は自分達とは姿の違う龍の羽根や尻尾を持ったドラル、ピコピコと尻尾と獣耳を動かすレーヴェ、ピンッと真上を向く尖った耳のマリアを横目で見ていた......


以前俺も、同じ様な視線にさらされた事があるから分かるけど、ジロジロ見られるのは精神衛生上良い訳がない。


マリア達への配慮が足りなかったな...... 当の本人達は余り気にしていない様だが......


「あ〜。なぁ皆...... 」


3人への配慮が足りなかったと反省し、後日日を改めて買い物に出掛けようとマリア達に提案しようとした時......


「あら、セシルにミカドちゃんじゃない。皆でお買い物かい?」


不意に背後から声を掛けられた。


声のする方に振り向けば、そこには大量の食材が入った籠を持った大衆食堂【満腹食堂】の女将さんが微笑みを浮かべ、佇んでいた。


満腹食堂とは、ノースラント村の名物女将が居る大衆食堂で安い、美味い、多いの三拍子揃った人気の飯屋だ。


この女将さんとは、以前セシルに満腹食堂に案内されて以降、料理の質と量に魅力され常連になっていたお陰で、今では......


「セシルが私達の娘の様な存在なら、ミカドちゃんは私達の息子の様な存在さね!」


と言ってもらえる位には仲良くなってた。


女将さんは面倒見が良く、この世界では珍しい黒髪黒目の俺にも分け隔てなく接してくれた。

今は亡きダンさんがこの世界での父親的存在なら、女将さんはこの世界での母親的存在だ。


「あ、おばちゃん! うん。そうだよ〜」

「相変わらず仲が良くて羨ましいわね〜。で、ミカドちゃんの後ろにいる可愛い子達が、噂の子達だね?」

「あはは...... えぇ。エルフ族のマリアに、獅子の獣人レーヴェ、そして黒龍人族のドラルです」

「マリアちゃんにレーヴェちゃんにドラルちゃんね。私はここで大衆食堂【満腹食堂】を営んでる女将さ。よろしくね」

「「「よ、よろしくお願いします」」」


いつもと変わらない女将さんの言葉に苦笑いを浮かべながら、俺はマリア達に代わり女将さんに3人の自己紹介をする。自己紹介をされたマリア達は順番に女将さんに向かって、ぺこりと頭を下げた。


「それより噂って......?」

「あら、知らないのかい? ミカドちゃんが今度は捕らわれた女の子達を助け出したって噂になってるわよ?

前から色々とやってたみたいたがら、噂になりやすいのかもねぇ」

「そうなの...... ?」


マリア達が女将さんに挨拶をするのを確認した俺は、女将さんが言った噂という部分に反応した。

そして女将さんの言葉を聞いて、マリアが可愛らしく小首を傾げる。


「そうさね! まずは1人でナイト級の依頼に指定されたヴァイスヴォルフの討伐から始まって、次はなんとユリアナ王女を救ったんだよ!

そしてお次はお前さん達の救出さ!

まだ子供に毛が生えた程度の歳なのに勇敢な子だって、この村では有名なんだよ!

村の若い子達なんさ、ミカドちゃんの事を【黒い王子様】って呼んでるらしいよ」

「黒い王子様って...... 」


黒い王子様ね...... 言われて悪い気はしないが、そのネーミングセンスはどうかと思うぞ...... 村の若い子達よ。


「ミカド...... お前実はスゲェ奴だったんだな...... 」

「それより、お前さん達大丈夫だったかい? 聞き齧った話じゃ、お前さん達奴隷商人に捕まってたんだろう? 酷い事されなかったかい?

皆口には出さないけど、お前さん達の事心配してるんだよ?」


女将さんの言葉を聞いて俺は辺りを見回した。


いつの間にか、俺達や女将さんを中心に村人達の円が出来ていた。

そして集まった皆の目からは、3人への同情や境遇への悲しみ、そして奴隷商人達への怒りの感情が感じ取る事が出来た。


「大変だったねぇ...... 」

「っ...... 」


女将さんがマリアの前に歩み寄り、悲しそうな表情をうかべながら ぽふっ...... とマリアの小さな頭に手を置いた。

マリアは一瞬驚き、目を見開いたが直ぐに俯く。


マリアの肩は、小さく震えていた......


すると、その様子を見ていた5歳くらいの村の子供がトテトテと、ドラルの元に歩み寄り.....


「大丈夫だった......? 龍のお姉ちゃん」


そう言ったのだ。


「っ......大丈夫よ...... ありがとう...... 」


ドラルは目に薄っすらと涙を浮かべながら、目の前に立つ子供に優しく微笑みかけ、その頭を慈しむ様にゆっくりと撫でた。

そしてその子を皮切りに、周りにいた村人達が次々にマリア達の元に近づいて行く。


「大変だったんだな..... 」

「私達は貴女の味方よ.... 」


マリア、ドラル、レーヴェの元に歩み寄った村人はそれぞれ、3人を気遣った言葉をかける。


そっか...... 村の皆がマリア達をチラチラ見ていたのは違う種族だからと言う点もあるのだろうが、それ以上に俺に助け出されたと噂になっていた3人の事を、案じてくれていたからか......


暫し買い物の事を忘れた俺は、マリア達の周りを囲む村人皆を見て、改めてノースラント村の皆の温かさを感じ、目頭が熱くなるのを感じた。



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満腹食堂の女将さんや村の皆の温かさを改めて感じた俺達はその後、予定通りにマリア達の衣服を買いに村の中心部の衣服店に足を運んだ。


この移動中も、何人もの村人がマリア達を気遣う声をかけて来てくれた。


村の皆は黒髪黒目の俺の存在に慣れていたお陰で、殆どの人が初めて見るだろうエルフや獣人、龍人のマリア達を見ても余り驚かず、すんなり村の一員として認めてくれているように感じる。


むしろエルフ等はこの世界で見た事が無い人が居たとしても、その存在が多くの人に知られている分、どちらかと言えば俺の方が異端児な気さえしてくるな......


閑話休題それはさておき


女将さん達に声をかけられて以降終始涙目だったマリア達だが、それは目的の衣服店に行っても変わらなかった。


俺達がセシルに案内されて連れて来られた衣服屋はこのノースラント村の中心部にあり、老若男女全てのニーズに対応出来るよう豊富な品揃えが自慢の店らしい。


この衣服店の店長さんもマリア達の事を知っていたらしく、気遣う言葉を掛けてくれて更に服の代金は要らないとまで言ってきた。


店長さん曰く


「こんな可愛い子達が俺の服を着て、少しでも嫌な思い出を忘れてくれるなら裁縫職人冥利につきる。

この服を着て、皆と一緒に出かけて楽しい思い出を一杯作りな!」


との事だったが、流石に3人分の服をタダで貰うのは気が引けたので、なんとか交渉して合計金額の半分を支払う事で話を付けた。


って言うか、客の俺が支払いをするのに交渉するなんておかしな話だな......

後の方になると、店長さんもヒートアップして無理矢理にでもタダで持って行かせようとしてたし......


と、まぁそんなやり取りがありつつも、俺はマリア達が欲しいと言った外出用の衣服を購入してあげたのだった。


さて。ここで何故、俺の加護【想像した物を形にする能力】で服を召喚せず、衣服屋で買うのかというと、この加護は文字通り俺の想像した物を形にするのだが、そうなると想像する物は無意識下に俺の趣味嗜好に沿った物になってしまう。


そうなると、マリア達にプレゼントする服は俺の趣味に合った服になってしまうので、今回は3人の好みに合った服を購入するという選択肢を選んだ訳だ。


そして今俺とセシルの目の前には、マリア、ドラル、レーヴェがそれぞれ選んだ服を着て立っている。


先程まで着ていた味気ない服からドレスアップしたマリア達を見て、俺やセシルを始め店長さんや店員さんも目を見張っていた。


「おぉ〜良くお似合いですよ!」

「あぁ。店長さんの言う通りだな。3人とも良く似合ってるぞ」

「うん! 皆可愛いよ!」

「そうですか......? ちょっと恥ずかしいですね...... 」

「ミカド、セシルありがと...... 」

「こんな良い服を着たの初めてだ!」


俺は嬉しそうに微笑むマリア達を見て、其々コーディネートした服を見比べた。


まずマリアの服は、緑を基調とした長袖の上着に、白いマフラー。スラッとした足が映える細身の白いパンツだ。

大人しく儚げな印象のあるマリアに、落ち着いた配色の白や緑の服が良く映えている。


レーヴェが選んだ服は、デニム地の様な素材で出来だホットパンツに真っ赤な7部丈のシャツ。そしてその上から襟元に銀色のファーの付いたライダースジャケットのような黒い上着を羽織っている。

良い意味で男っぽいレーヴェがよりカッコよく、かつ可愛さも醸し出されるコーディネートになっていた。


ドラルは髪の毛と同系色の薄い紫色をした膝上のワンピースに、その下に履く黒いタイツ、そして濃い青色のストールを選んだ様だ。

ドラルは背中に大きな羽根がある為、自ずと服の選択肢が限られてしまったが、それでもドラルが選んだ服はこれ以上ない組み合わせに見える。

まるで良いところのお嬢さんみたいだ。


「それじゃ店長さん。これ、代金の30000ミルです」


俺は更に魅力的になった3人に見惚れつつも、店長さんに3人分の衣服代を支払った。

本来は合計で6万ミル程の値段だが、今回は店長さんのご好意で半額の3万ミルになっている。


店長さんありがとう。


「はい、確かに...... でも本当に良いのかい?」

「むしろ俺達の方が半額で良いのか? って感じですよ」

「ははっ! 若いのに遠慮しなくても良いんだがな...... 今後ともウチをよろしく頼むよ!」

「えぇ勿論です。ありがとうございました」

「「「ありがとうございました!」」」

「さぁ帰ろう?」

「あぁ!」


店長さんに衣服代を支払った俺達は店を後にし、ついでに食料品等の購入して帰路についた。


マリア、ドラル、レーヴェは買った服をそのまま着ていたいと言ったので、購入した服をそのまま着ている。


数日前までは3人とも薄汚れ、綺麗な顔が台無しだったが、今では購入した服の相乗効果もあってか、すれ違う皆がマリア達に目を奪われていた。


何故かレーヴェだけ、やたら女性に見られている様な気がするが......



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「はい。と言う訳で、今日はマリア達にギルドの依頼を受けて貰おうと思う」


明る日、朝食を食べ終えて食器の片付けがひと段落するのを見計らい、俺は皆に声をかけた。


「何が『と、言う訳で』なのか知らねぇけど...... 依頼を受けに行くのか!? くぅ〜! ワクワクしてきたぞ!」

「い、依頼ですか? 緊張します...... 」

「ん......わかった」


チュンチュンと小鳥の囀りをBGMに、俺の言葉を聞いたレーヴェは白い歯をキラリと輝かせ、楽しそうな笑みを浮かべる。

マリア達3人の中で一番ギルドの仕事に興味を持っていたレーヴェなら、当然の反応だろう。


ドラルは緊張からか微かに震えている..... だが、弓を手に集中すれば、以前の模擬戦の時の様に歴戦の狙撃手の如き目付きになる筈だ......


マリアはテンションが上がるレーヴェや、緊張するドラルとは別に、いつも通り眠たそうな目をしながら、ロルフを撫でている。

なんだかんだでマリアが1番度胸がある気がする...... 将来大物になりそうだ。


「でも大丈夫かな...... ?」

「マリア達は戦闘の素質は有るから心配しなくても良いと思うぞ。

それに受ける依頼は危険度の低いポーン級。ドラルは回復魔法も使えるみたいだし、油断しなければ問題ない筈さ」

「おう! 僕達なら大丈夫だって!」

「もうレーヴェったら...... 」

「うん...... 私達なら大丈夫...... 」

「よし、それじゃ用意を整えたらギルドに行こうか! ポーン級の依頼なら今日中に終わらせられるだろう。

念の為、俺とセシルも付いて行くからな!」

「「「はい!」」」

「頑張ろうね皆!」


俺は笑顔を見せながら、頼もしく返事をする3人を見て安心した。この3人ならお互いに力を合わせて困難な依頼にも立ち向かっていけるだろう......


空はこの3人の新たな門出を祝うかの様に、何処までも青く澄み渡っていた。



▼▼▼▼▼▼▼▼



「ミカドさん。ミカドさんは今までどんな依頼を受けてきたんですか? 今後の参考にしたいので、良ければ教えてください」


ノースラント村のギルドに向かう道すがら、矢筒と弓を肩からぶら下げ、レザーアーマーを身に纏ったドラルが、上目遣いでそんな事を聞いてきた。


「そうだな...... 俺とセシルは魔獣の討伐を主に受けてきたぞ。大量発生した茶狼ブラウンヴォルフの討伐とか、繁殖期になって気性が荒くなっている黒隼シュバルツファルク、冬眠期に入って穀物を荒らす岩熊フェルスベアとかだな。ドラル達と初めて会った時は、このフェルスベアを討伐してた時だ」

「そう言えば、今日はあの時持ってた【棒】は持って来てないんだな」


俺や並んで歩くセシルの数歩前を歩いていたレーヴェが、肩に担いだ戦斧を担ぎ直しながら後ろを振り返りながら言う。


レーヴェが言った棒とは3人と初めて会った時に持っていたHK416Dの事だろう......


俺とセシルは今日、討伐依頼の際に必ず持ち歩くようにしていたベレッタとHK416Dを持って来ていない。


代わりに俺は腰に太刀と脇差、セシルはレイピアを持っている。

何故今日はこれらの銃火器を持って来ていないかというと ......


「あれは特殊な魔法具だからな。出来るだけ人目につく様な場所に持って行きたくないんだ。

それにポーン級程度の依頼なら、あの魔法具の威力はオーバーキルだ」

「オーバーキル?」

「強過ぎるって事さ」

「な、なるほど?」


俺達は今から多くの人が行き交う場所に向かうのだ。


持ち運び程度ならガンケースに入れれば問題ないが、万が一の事を考えれば初めから持ってこない方が良い。


このベレッタやHK416Dなどは弓や攻撃魔法以上の威力を持っている。

と、なればこれらが悪しき心を持った人に見つかれば、奪われない可能性もゼロではない......


だから、家から直接依頼場所に行く時以外は出来るだけ持ち歩かない様にしたのだ。


後、この銃火器の事をマリア達には特殊な魔法具と説明している。


詳しく銃火器の説明をしても意味が分からないだろうし、この世界の科学力からすれば銃火器はまさに未知の科学の結晶だ。

だから、この世界の住人のマリア達が理解しやすい様に特殊な魔法具という事で誤魔化している訳だ。


『ウォン!』

「村が見えてきた...... 」


1番先頭をロルフの背にしがみ付き、のんびり進んでいたマリアがボソッと呟く。


「着いたな。そんじゃ! 今日は頑張りますか!」

「「「「おぉ〜!」」」」


俺達が気合を入れてそう叫んだ時。


「退いてくれ!」

「えっ!? な、なに!?」


俺達の横を、何者かが馬に乗って走り抜けた。


あの制服は...... ギルドの職員か?

あの急ぎ様...... 嫌な予感がする!


「皆、何かあったみたいだ! 急ごう!」

「う、うん!」

「はい!」

「おう!」

「ん...... 」

『ワゥ!!』


何か嫌なものが身体に纏わりつく様な...... 形容し難い寒気を感じた俺達は、走り去ったギルド職員の後を追い全力で追いかけた。


家を出る直前までは青く澄み渡っていた空がいつの間にか、重く暗い雲に覆われていた。



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