第47話 グリュック3姉妹




「えっ...... エルフ?」

「? そう。私はエルフ」


俺は手を握ったまま、マリア・グリュックと名乗った女の子の耳から目が離せなくなった。

マリアは不思議そうに首を傾げながら、淡々と自分がエルフだと認めた。エルフ族を初めて見たのだろうセシルも驚いている。


以前、俺達が住んでいるこの中央大陸、別名人間大陸には他の大陸から連れ去られて来た多種多様な種族...... 所謂多種族人は奴隷として、全人口の内30%も居る事を俺はダンさんから教えられていた。


このマリアもその不幸な30%の内の1人だろう......


「マリア! そんな奴に触れるな! てめぇ、離れろ!」

「うおっ!? なっ...... 」

「ミカド!?」


俺がマリアの手を握り、マリアの特徴的な耳に見惚れていると、黒と金色のツートンカラーの髪色をした子が勢い良く立ち上がり、俺の胸ぐらを掴んで来た。

セシルは驚きの声を上げ、HK416Dの安全装置を素早く解除していた。


俺は胸ぐらを掴まれた拍子で、マリアと繋いだ手を離してしまう。


いきなり胸ぐらを掴まれイラッとしてしまった俺は、胸ぐらを掴む女の子の方に目をやると、マリア同様このツートンカラーの女の子に目を奪われてしまった。


この女性らしい身体つきをしたツートンカラーの女の子の頭の上に、ピコピコと動く金色の獣耳と、腰から膝裏まで伸びる黒と金が入り混じったモフモフな尻尾が生えていたからだ。


今は興奮状態にあるのか、この獣耳と尻尾が真上に逆立っている。


この特徴的な獣耳と尻尾は...... 確か、獣人と言われる種族の子か......?

見た感じだと、虎や獅子の様な耳と尻尾だ。


「こら! レーヴェ! 助けてくれた人に失礼でしょ!」

「ってぇな!? 何するんだよ!」

「レーヴェこそ! 命の恩人の胸ぐらを掴むとか何を考えているの!」


今度は紫髪の一部を三つ編みに編み込んだ女の子が立ち上がり、俺の胸ぐらを掴む女の子の手を振り払ってくれた。

紫髪の子がツートンカラーの子に向かいレーヴェと言った。という事は、この獣耳っ娘の名前はレーヴェと言うのか......


そして、俺は更にこの紫髪の子を見てまた驚く事になる。


この紫髪の女の子もツートンカラーの子に負けず劣らずの女性らしい身体つきをしていたが、問題はそこじゃない。


この子の背中には黒いゴツゴツとした羽根が生えていたのだ。

そしてレーヴェと同じ様な、腰から足首まで伸びる太く、長い尻尾も生えていた。


この女の子から生える羽根と尻尾は、レーヴェと呼ばれた女の子のフカフカした尻尾とは違い、トカゲの様な光沢のある黒い鱗に覆われている。

龍の様な羽根は狭い荷台の中で邪魔にならない様に小さく折りたたまれていた。


この子は...... 龍の様な羽根と尻尾から判断するに、龍人族って言う種族か?


さて...... 俺の頭の処理能力が追いつかなくなって来たぞ......


「レーヴェ...... ドラル...... 喧嘩はダメ」

「ちっ...... 」

「マリアがそう言うなら...... 少々頭に血が上ってしまいました。ごめんなさい」

「みっともない所を見せた...... 謝る」


頭の中で色々な情報を整理していると、サイドテールエルフのマリアが、今にも取っ組み合いの喧嘩に発展しそうな獣人娘と龍人娘を宥めてくれた。

獣人娘は不貞腐れた様に顔を背け、龍人娘とエルフ娘は俺に向け頭をぺこりと下げた。


消去法で、この龍の様な羽根と尻尾を持った子の名前はドラルという事になるな......


このやり取りで、このエルフの子がこの3人組のリーダー...... というかまとめ役だと分かった。


「あ、あぁ。別に気にしなくて良いよ」

「あ、そうだ。ミカド! あっちの馬車に鍵が有ったよ!

もしかしたら、この子達の首輪の鍵じゃないかな?」

「本当か! 良くやった!」


セシルから差し出された鍵を受け取り、マリアと呼ばれた少女の首に付けられた重々しい首輪の鍵穴に差し込む。


カチリ。


小さな音が聞こえた次の瞬間、大きな首輪は地面に落ちた。

セシルが見つけてくれた鍵はこの首輪の鍵で正解だった様だな。


「ありがと......」

「ありがとうございます。本当に助かりました...... 」

「ちっ...... 助かったよ...... 」

「いや、当たり前の事をしただけさ」


クゥゥゥ......


「っ!!」


残った獣人の子と、龍人の子の首輪を外す。

俺が苦笑いしながら、気にするなと手を振ると、誰かのお腹が小さく鳴った。


まぁ、レーヴェと呼ばれた獣耳っ娘が顔を真っ赤にしているから、この音はレーヴェの腹の虫が鳴ったと一目瞭然だが......


「えっと、今は干し肉とかの携帯食料しかないけど...... 皆食べる?」


レーヴェのものと思われるお腹の音を聞いたセシルは優しく微笑みながら、そう提案した。

マリア、ドラルは静かに頷く。

レーヴェは恥ずかしかったのか顔を下に向けていたので、食べるかどうか意思表示はハッキリと分からなかったが、この2人が頷いたのだから、恐らくレーヴェもお腹が空いているだろう......



▼▼▼▼▼▼▼▼



今俺とセシル、そしてロルフは奴隷商人に囚われていたマリア、レーヴェ、ドラルの3人の首輪を外して、今回の依頼の為に作った拠点まで戻っていた。


携帯食料を渡して食べさせるなら、彼女達が囚われていた馬車の近くでも良かったが、あの場所は狩場のど真ん中近くにあり、魔獣が出てくるかもしれない。

何より血の臭いが立ち込め、死体が転がっている場所では食事をする気にもなれないだろうと思い、わざわざ拠点まで戻っているのだ。


「あの、後ろから白い獣が付いてきてますけど...... 」

「あぁ、あれはロルフって言うんだ。俺とセシルの家族だよ。

大きくて怖いかもしれないけど、人を襲ったりしないから安心してくれ」


俺の1歩後ろを歩くドラルが、チラチラ後ろを歩くロルフを見ながら話しかけてきた。


そう言えば、マリア達と話している間ロルフの姿を見かけなかったが、どうやらロルフは俺とセシルがマリア達と話している時、魔獣達が近づいて来ないか周囲を警戒してくれていた様だ。

今もマリア達を不用意に怖がらせない様にしているのか、俺達の数m後ろを歩いている。


誰に言われるでもなく周囲を警戒したり、この3人組に気を使ってくれたりとロルフは賢い子だよ。本当に。


「さ、ちょっとしか無いけど何も食べないよりはマシだろ?」

「あむっ! ほら、毒とか危険な物は染み込ませて無いから安心して?」


何事もなく拠点まで戻って来た俺達は、一先ず元奴隷の3人組みを地面に敷いてある布に座らせ、携帯食料の干し肉が入った小袋を腰に付けてあるユーティリティーポーチから取り出して差し出した。

セシルは干し肉に毒等の危ないものが染み込ませてない事を3人に見せる為、小さな干し肉を1つ口に放り込んで、干し肉が入ったこの小袋を差し出した。

ロルフは相変わらず、俺達と少し離れた所で座っていた。


「ありがと...... 」

「すみません。大切な食料なのに...... 」

「ふんっ! 僕は食べないからな!」


俺とセシルが差し出した小袋を遠慮がちにマリアとドラルが受け取ってお礼を言ってくれた。

一方のレーヴェは布の隅に座り、そっぽを向いている。まだ完全に俺達の事を信用していない様子だ。


どうでも良いが、一人称は【僕】と男らしいのに、座り方が俗に言う女の子座りなので俺はそのギャップに密かに萌えていた。


「レーヴェ...... 親切で貰った物を無下にするの良くない」

「そうよ。さっきのお腹の音もレーヴェでしょ? ここは有難く頂きましょ」

「なっ! ち、違う! さっきのは僕じゃなくてドラル......」


クゥゥ......


レーヴェが全て言い切る前に、再び小さな腹音が聞こえた。


「ほら、やっぱりレーヴェじゃない」

「レーヴェの変な所での強がり...... いつもの癖」

「ちっ...... わかったよ! 僕も食べるよ...... 」


マリアとドラルに諭され、強がっていたレーヴェも空腹に耐え兼ねたのか、顔を真っ赤にしながら静かに布の隅から俺達が座る中心に移動してきた。


「「いただきます」」

「いただきます...... 」


マリアとドラルは行儀良く手を合わせ、レーヴェはボソッと呟く様にいただきますをすると俺とセシルが差し出した干し肉が入った小袋を交互に回しながら食べ始めた。

そして......


「「ご馳走様でした」」

「ご馳走様でした...... 」

「はい、お粗末様でした」


ものの数分で、差し出した小袋に入っている干し肉を綺麗に完食したマリア、ドラル、レーヴェはしっかり手を合わせてご馳走様をした。

今回はレーヴェもしっかりと手を合わせてご馳走様をした。お腹が多少膨れて落ち着いたのだろう。


「んじゃ、改めて自己紹介だ。俺は西園寺 帝。ここからちょっと離れた始源の森の近くに住んでいる。今日はギルドの依頼でここに居るフェルスベアの討伐に来たんだ。それでこっちが...... 」

「セシル・イェーガーです。ミカドと同じ始源の森に住んでて、ここにはフェルスベアを狩りに来ました。よろしくね?」

「良ければ君達の名前を教えてくれないか?」


簡単な自己紹介を終えた俺は目の前に座る3人組を見つめた。

3人の名前は今までの会話で大体分かってはいるが、特に俺達を信用しきっていないレーヴェの信用を得るにはまず会話だ。コミュニケーションだ。


「マリア...... マリア・グリュック。エルフ族。14歳」

「ドラル・グリュックです。歳は今年で16歳。見ての通り龍人族で空も飛ぶ事が出来ます。助けてくれてありがとうございました」

「レーヴェ・グリュック......15歳。獅子の獣人だ」


俺の目の前に座るマリア、ドラル、レーヴェが順番に自己紹介をしてくれた。


マリアは俺達を警戒しているという訳では無さそうだが、感情の起伏が余りないクールな性格の子らしい。


ドラルは微笑みながら丁寧な自己紹介をして頭を下げた。

この3人の中で1番年上な所為か、話し方も態度も怖い目にあった後だと言うのに比較的落ち着いている。

ドラルも別段俺達を警戒している様子はない。


問題はこのレーヴェだ。

レーヴェはムスッとしているが、フルネームと歳をしっかり教えてくれた。

が、まだ完全に俺達の事を信用してくれた様子はない。


そして皆俺より歳下だった。

痩せこけているせいで、言われた年齢より幼く見える......


「あれ? グリュック? 種族が違うのに3人とも同じ名字なの?」


セシルが3人の自己紹介を聞いて疑問の声を上げた。

確かに、この3人は皆種族が違うのに、名字が同じだ。どういう事だ?


「...... 私達、【幸福の鐘グリュック・グロッケン】って言う孤児院で育った家族。だから名字が同じ」

「孤児院...... 」


マリアがポツポツと名字が同じ理由を説明してくれた。そのマリアの表情が少し曇った様な気がしたが、俺は気が付かないフリをした。


セシルが悲しそうにボソッと呟いた。


成る程。合点がいった。

3人とも同じ孤児院で育ったから、種族は違うが3人とも名字が同じだったのか......


「おい! マリア。此奴等にそこまで教えて良いのかよ!」

「良い...... この人達から悪い気、感じない。だからこの2人良い人達」

「マリアが悪い気を感じないと言う事は、少なくとも、さっきのあいつ等の様な人達じゃないって事よ」

「っ...... 分かったよ。マリアの言う事だ。信じるよ」


どうやらマリアは【気】というものを感じ取れるらしい。

エルフ族は五感が鋭いと聞いた事があるが、まさか人が発する気...... (気配と言った方が正しいか... )まで読めるとは......


ドラル、レーヴェもこのマリアが感じ取れる気の事を信用しているみたいだった。

この俺達が出す気配を察する事が出来る能力のお陰で、マリアは俺達を警戒する事もなく付いて来てくれたのだろう。


「あ、あのミカドさん。1つ質問しても良いですか?」

「ん? 質問? 良いよ」

「ミカドさんとセシルさんが持っている【それ】は何でしょうか...... 」


ドラルが遠慮がちに言葉を発し、俺の体に目を向けた。その視線の先には......


肩から剥き出しになってぶら下がっているHK416Dがあった。


マズい。

色々な事態が重なってすっかりHK416Dの存在を忘れていた。

上手く誤魔化さないとティナの二の舞になる!


「あ、あぁ! これね...... これは特殊な魔法具だよ! ただ、これは希少な物だから誰にも言っちゃダメだぞ?」


何とか平然を装いつつHK416Dは特殊な魔法具という事にした。

冷や汗が滝の様に背中を伝うのが分かった。


「それより、さっき手を差し伸べた時にマリアは神様って呟いたけど...... 何で神様って呟いたんだ?」


俺は会話の矛先をHK416Dから逸らす為、さっきマリアが神様と呟いた意味を聞いた。


「ミカドは私達を助けてくれた...... だから神様」


なんと。

俺はいつの間にかマリアの神様になっていたみたいだ。


「そんな大袈裟な...... 」

「大袈裟じゃないです! 奴隷商人に捕まった人はほぼ逃げる事は出来ません......

私達の首に付けられていた首輪は、【奴隷の首輪スクラーヴェ・リング】と呼ばれ、魔力と体の力を抑える為の物です。

それを付けられていたのに助かったのは本当に奇跡です...... 2人は私達にとって神様の様な存在です...... 」

「ん...... 確かに、助けてくれたのは感謝してるよ...... 」


謙遜ではなく、本気で大袈裟だと思っているとドラルが詰め寄る様にして抗議の声を上げた。その目には奴隷商人達に捕まった時の恐怖を思い出したのか、うっすら涙を浮かべている。


レーヴェも先程マリアの気の話を聞いて、多少心を開いてくれたのか、感謝の言葉を言ってくれた。


この3人に付けられていたあの首輪にそんな力があったのか......

だが、何より恐ろしいのはドラルの話を聞く限り、あの首輪を付けられると体の力を抑えられるみたいだが、その首輪を付けられていたのに、まるで首輪なんて関係ないかの如く俺の胸ぐらを掴んだレーヴェの力だ。


首輪を付けられていても常人以上の力なら、首輪が無い今の力はとんでも無い事になっているだろう......

その事を知らされ、軽く身震いしてしまった。


「えっと...... どういたしまして。あのさ...... 言いにくい事だと思うんだけど、3人が何で捕まったのか話してくれないかな?」


俺はマリア、ドラル、レーヴェが警戒心を解いてくれたと判断して、なぜ3人が奴隷商人に捕まってしまったのか質問した。

3人にとっては思い出したく無い記憶なのは重々承知しているが、後でギルドに報告する必要が有ると判断したからだ。


「助けて貰ったのに話さない訳にはいかないですよね...... ちょっと長くなりますけど...... 」

「あ、言いたくなければ無理に言わなくても....... 」

「いえ、大丈夫です。私達が奴隷商人に捕まってしまったのは...... 」


風が渓谷を吹き抜ける音が響く中、3人組の最年長のアドルがゆっくりと捕らわれてしまった経緯を説明し始めた。




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