第35話 セシルの訓練



「まいったな...... こんな事になるなんて予想外だぞ」

「あはは..... 有難く貰っておこう?」


腕時計の時間を見ると、針は17:15分を指していた。


今、俺とセシルは両手で何とか持てるくらいの雑貨や、食料を持ってノースラント村の入り口に向かっている。

まさかこんなに色々貰うとは考えておらず、狼狽える俺にセシルは苦笑いしながら話しかける。


先程、ノースラント村の人達にセシルに付き纏っている変質者に間違われる...... と言うアクシデントがあったが、今日の目的であるギルド登録と報酬金の受け取り、その報酬金とブラウンヴォルフ討伐時に使っていた物資をカルロさんら家族に返し終えた俺達は帰路に就こうとしていた。


それにしても...... この世界に来た直後に野生動物ルディに襲われて、先日はギルドに盗賊に間違われ、そして今日は村人に変質者に間違われた。

本当に此方の世界に来てから散々な目にあっている気がする。


今度は何と間違われるのだろうか......

まぁその時はその時か。


「そうだな...... にしても、セシルはノースラント村の皆に可愛がられてるんだな」

「えへへ〜 皆優しくて良い人達でしょ?

でも【俺達の娘】は流石に言い過ぎだと思うけどね」


俺は考える事をやめて、セシルとの会話に集中する事に決めた。

セシルは頬を赤らめ照れる。


うん、実に可愛らしい。

女の子の照れ笑いは見ていて心が温かくなるし癒される。

こんなセシルだからこそ、ノースラント村の人達はセシルを可愛がってくれんだろうな。


確かにセシルの言う通り、ノースラント村の皆は優しくて良い人が多かった。


初めは俺を珍獣をコソコソ見ているようだった彼等だが、俺がセシルの命を救った事と、「ミカドは遠くの国の生まれだから、私達とはちょっとだけ見た目が違う」と説明してくれたおかげで、まだ多少物珍しさで見てくる人は居るが、今では最初程あからさまにジロジロ見てくる人は減った。


恐らく俺が言っても、誰も聞く耳を持たなかっただろう。


ノースラント村でアイドル的存在のセシルだからこそ、皆が信じてくれたのだ。俺はセシルの人気に改めて感謝した。


「セシルは可愛いし、見てると保護欲が湧くんだろうな。

村の皆が俺達の娘って言いたくなる気持ちも分かる」

「もぉ、ミカドまでそんな事言うの?」

「事実を言ったまでだ」


照れているセシルを見て、ちょっと意地悪をしたくなった俺は、歯が浮くような事を言ってみる。

セシルは更に顔を赤くした。まるでリンゴの様に真っ赤だ。


気恥ずかしい気持ちも少しあったが、更に照れたセシルを見れたから満足だ。


ノースラント村の入り口に行くと、放置していた荷車は手付かずのまま放置されていた。


別に盗まれて困る物でも無かったので鍵も掛けずに放置していたが、ここの村人に悪い心を持った人は居ないみたいだ。

まぁ、あんな大きい荷車を盗んでも目立つだけだな......


「んじゃ、ロルフが腹空かせて待ってるだろうし、帰りますかね」

「そうだね。今日は村の皆から貰った物で豪華なご飯作るからね!」

「マジでか!セシルの飯は全部美味いから楽しみだ」

「えへへありがと!腕によりをかけて作りますよ〜」


俺とセシルは、両手一杯に抱えた村の皆から貰った食材等を荷車に乗せ、家に帰ったのだった。



▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼



時刻は19:06分


日がすっかり落ちた頃、俺とセシルは家に着いた。

荷車を引いていた所為で時間がかかった気がする。


「よっこいしょ...... ただいま」

「よっと、お帰りなさい」

『ワン!』

「ちょ!?」


荷車から荷物を降ろし家のドアを開けると、白い毛玉ロルフが物凄い勢いで俺目掛けて突っ込んできた。


「ろ、ロルフ!今はやめっ......!!」

「ミカド!?」


言葉を言い切る前に、俺はロルフのタックルをモロに喰らい、頭からすっ転んだ。

漫画の様に『ドンガラガッシャーン』と音を立てて倒れた俺を、セシルとロルフが覗き込む。

取り敢えず、食材を持ってなかった事に感謝しておこう。


代わりに薬やら花束やらが散乱したけど......


「痛ぇ......」

「だ、大丈夫?」

『クゥーン......』

「ん、ちょっと痛かったけど大丈夫だ。ロルフ、次からいきなり飛び込んでくるのは止めてくれよ?」


セシルに何事もないと微笑みながら、俺が頭を強打した元凶を見つめる。

その元凶はショボンと俯き、いつもピンと立っているフサフサした白い尻尾もペタンと地面に伏せていた。

思えば、今日ほぼ1日ロルフには留守番を任せていた。

つまりロルフは独りぼっちだったのだ。


ロルフはまだ遊び盛りの子犬。きっと寂しかったのだろう......


俺は怒ってないから安心しろと言う気持ちを込め、しょんぼりしているロルフの頭を優しく撫で軽く注意する。

俺の気持ちが通じたのか、撫でられたロルフはいつも通り尻尾をピンと立て左右に振った。


「大丈夫なら良いんだけど...... 」

「あぁ、全然問題ねぇって」

「ん、良かった!それじゃご飯作ってくるね!」

「おう!楽しみにしてるよ!」

「期待しててね〜!」


俺の無事を確認したセシルは、ノースラント村の皆から貰った食材を持って台所へ走って行った。


時刻22:00分


俺はセシルが貰った食材で作ってくれたビーフシチュー、野菜のチーズ焼き、ライ麦パンにトマトとハムを乗せた物、デザートに八百屋のおじさんから貰ったスイカの様な果実という、豪華な晩御飯を綺麗に完食した。


味は勿論、文句の付けようがないくらい完璧だった。


「ねぇミカド」


食事を終えリビングでセシル、ロルフと一緒に寛いでいるとセシルが声をかけてきた。


「ん?」

「ミカドって、いつも朝と夜に武器の訓練してるよね?」

「あぁ、小さい頃から続けてきた習慣なんだけど、この世界だと鍛えておいて損はないからな。それがどうかしたのか?」

「あのね、私も今日から一緒に訓練しても良いかな?」

「えっ」


セシルは俺と一緒に朝、晩の素振りや射撃のイメージトレーニングをしたいと言ってきたのだ。

だが、この言葉を聞いてセシルの考えがわかった。


セシルは今日ギルド登録を終えたばかりで、これまで包丁や、まき割用の斧等しか使った事が無いと今朝方言っていた。

武器と呼べるものは見た事はあれど、無論触った事も無かった。


俺の力になりたいと言ってきたセシルの事だ...... きっと足手纏いにならない様に、少しでも鍛えようと考えているのだろう。

それに自分を鍛えると言う考えは賛成だ。

もし何らかの理由でセシルに危機が訪れた時に備えて、少しでも生存できる可能性を高めて欲しい。


「わかった。ただ無理はするなよ?」

「うん!でも良いの?」

「あぁ、それに鍛えるのが駄目な理由が無い。俺はセシルを守る。

でも、何らかの理由でセシルを守れなくなる時が来るかも知れない。だからその時の為に......」

「ミカド。そんな事言わないで...... もしミカドが危険な目にあったら、私が守るから...... それに私は1度ミカドに助けてもらってる。だから次は私が守る番だよ!」

「ん...... ありがとな......」


あぁ、セシルはやっぱり強いな。

ここまで強い心を持った人はそうは居ない......

俺は前に咲耶姫が言っていた事を思い出した。


『あの女子はお主を信じ力になりたいと言ったのじゃろう?頼るべき時に頼らぬ事こそ、あの女子への裏切りになるぞ』


そうだな...... これからはお互いに助け合って生きていかなきゃだもんな......


「んじゃ!早速今から訓練するぞ!」


前に咲耶姫が言った助言を噛み締めながら、湿っぽくなった空気を変えるため声を上げた。


それに善は急げと言う諺があるし、時間は有限だ。有効活用しないと!と思い、俺はセシルの手を掴み立ち上がった。


「は、はぃ!」


いきなり手を掴まれたセシルは、驚いた様な声を出しながら立ち上がった。


庭に出た俺は、ほぼ武器初心者のセシルが素振りで使う用の脇差サイズの木刀を、想像した物を形にする能力で召喚した。

そして俺は太刀サイズの木刀を召喚した。


木刀を召喚した理由はいきなり真剣を振らせるのは危ないからだ。

それに俺としては教えるにあたり、型が体に染みついて扱い慣れた木刀の方が教え易いと思ったからだ。


召喚した脇差サイズの木刀をセシルに渡すと、俺はセシルの前に立ち基本的な構えを取る。

セシルも見よう見まねで構える。

構え終わったセシルを見て、直した方がいい所を見つけアドバイスする。


構えがある程度安定したら、再びセシルの前に立ち構え、数回木刀を振り下ろす。

そしてセシルにも同じ事をやらせ、悪い点を見つけアドバイスする。


こうしてセシル初めての木刀訓練は進んでいった。



▼▼▼▼▼▼▼▼



セシルと一緒に訓練を始めてから早くも2時間。腕時計は日付も変わり、1時を指そうとしていた。


この数時間で俺が感じた事は、セシルは筋が良いという事だ。

正確に言えば筋が良いと言うより、飲み込みが早いと言った方が正しいか。


先日ベレッタを撃たせた時にも思ったが、セシルは1度注意されたら、2度と同じ事を繰り返さなかった。

おかげで今は危なげもなく木刀を振っているし、安心して見ていられる。

これならもう俺が監督しなくても、普通の素振りなら1人でも出来そうだな。


「はぁ...... はぁ......」

「お疲れ。ほらゆっくり飲むんだぞ」

「ありがとぉ...... ん...... ん...... ぷぁ」


時刻が1時20分を指す頃、セシルの太刀筋が怪しくなってきたので俺はセシルに素振りをやめる様に言い、休憩をさせた。

俺は台所から汲んできた水が入っているコップをセシルに差し出す。

セシルは両手で受け取りゆっくり、コクコクと水を喉に流し込んだ。


ん〜...... やっぱり筋は良くても体力は人並みか...... これは素振りと並行して、体力強化もする必要があるかも知れないな......


「さて、さっき教えたのが俺がいつもやっている基本的な型の素振りの方法だ。

初めのうちは筋肉痛になるかも知れないけど、大丈夫か?」

「ま、任せて......!足手纏いにならない様に頑張る...... から......」


セシルはまだ荒い呼吸をしたまま俺に微笑みかける。


「わかった。頼りにさせてもらうよ。でも今日はもう休もう。初日から無理は良くないからな」

「わ、分かったよ。はひぃ〜...... ミカド、こんな疲れる事毎日してたんだね?」

「まぁ、慣れればセシルでもこなせるさ」

「だと良いんだけど...... 」

「さ、そんな事よりもう寝ようぜ?体調管理も強くなるには必須だからな」

「は〜い」


頑張って素振りをしたセシルの頭をポンポンと叩きながら、手を差し伸べ立つ様に促す。

差し伸べた手にセシルの手が被さる。


今日の訓練は終わりだ。

ゆっくり、ゆっくり力を付ければ良い。無理をして怪我をしたら目も当てられない。

体調の自己管理も、強くなる為には必要な事だから。


立ち上がったセシルと並んで俺達は家に入り、それぞれの部屋で夢の中へ意識を手放した。



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