異世界
第9話 始まる物語
俺は【転移転生の門】を潜ると眩い光に包まれた。 そして気がつけば、暗闇の中を落ちていた。
慣性の法則に従い、ただただ真っ直ぐ暗闇の底に吸い込まれる様に落ちていく。
俺が暗闇の底へ落ちていると認識してから何十分経過したのだろう。
もしかしたら数分かもしれないが、暗闇の中にいる所為で時間の感覚が曖昧になってきている。
「と言うか、このまま【別の世界】に行って大丈夫なのか?
今の俺、結構な速度で落下してるぞ‥‥‥【別の世界】に行けたとしても、出たのが空中だったら‥‥‥」
不吉な事を考えながら落下していると、目の前が段々明るくなってきた。
俺はその明かりの向こう側が【別の世界】なのだと悟る。
徐々に明るくなっていく景色を尻目に、俺は「頼むから上空数百メートルとかの場所には出るなよ‥‥‥」と、呟く。
刹那。俺の身体は光に包まれた。
〜そして物語はプロローグに繋がる〜
小鳥の囀りが響く静かな森の中、俺は暫く咲耶姫と罵詈雑言、醜い言い争いをしていた。
端から見れば良い年した男が【お守り】に向かい、怒鳴り声をあげながら話しかけている‥‥‥ この状況を第三者に見られたら通報されても文句は言えない珍妙な光景が広がっていた。
「それにしても‥‥‥ なんだこのお守りは?」
ある程度鬱憤を晴らし、気が晴れた俺は手に持っているお守りに目を落とす。
改めてじっくりお守りを見てみると「安全祈願」と綺麗な字が書かれている布の上部は白い紐で結ばれ、お守り全体は綺麗な金色の糸で幾何学的な文様が縫われている。
それとは別に、お守りの裏には白銀の糸で菊の紋章が刺繍されていた。
このお守りは丁寧に気持ちを込めて作られているのだと感じた。
【元居た世界】で同じ物を持っていたら、さぞかしご利益が凄かったろうな‥‥‥ そう思わせる神々しさがお守りから溢れている。
だが、このお守りの事を咲耶姫は全く説明しなかった。 だから、なぜ俺がこのコレを持っているか少し疑問に思ったのだ。
「にゅふふ‥‥‥ 【この空間】を離れ、【転移転生の門】を潜る時のお主の顔が余りにも名残惜しそうだったのでな。
その名残惜しさを少しでも紛らわしてやろうと、わらわの着ている着物と同じ素材を使って特別に拵えてやったのじゃ! 世に2つとない逸品。中々の出来じゃろう?」
顔は見えないが咲耶姫がドヤ顔しているのはわかった。
と言うかあの場所から離れるのが名残惜しいって感じてたのバレてたのかよ‥‥‥
そう言えばこいつ読心術使えたんだった‥‥‥ クソ恥ずかしい。いつの間にお守りなんか作ってたんだ?
「はいはい、ありがとうございます。大変嬉しゅう御座いますよ」
恥ずかしいという感情があったが、読心術でバレているだろう。
もう俺は深く考えない事にした。
だが、微かに残った照れが出て素直に礼を言うのが悔しく、少し捻くれた物言いで咲耶姫の好意に礼を言った。 誰も知らない世界に居る俺にとって、この心遣いは本当に有り難かった。
「でも何でお守りからお前の声が聞こえるんだ?」
「それはそのお守りがわらわの霊力を少し宿しておるからじゃよ。
ちなみに、そのお守りの名は【
お主以外の者が持てばだだご利益があるお守りじゃが、お主が持つ事で【馗護袋】に宿るわらわの霊力とお主の霊力が共鳴し、神器を使わぬ簡易的な【道】を作り出しておる。
この簡易的な【道】は
ふむ、【元居た世界】で言う携帯電話みたいな感じか?
お守りが携帯電話とは罰当たりな気がするぞ。
「ちなみに、この世界にも神器に宿る神が居り、この世界を見守っておる。
わらわとしては管轄外のこの世界に干渉する事は極力避けたい。
じゃからお主が本当に窮地に陥った時か、わらわの助言が必要と判断した時以外は、わらわと話す事は出来ぬのでよろしく頼むぞ」
「了解‥‥‥ んで、ちょっと質問なんだが、俺がお前に話しかけたら俺の声はお前に届くのか?」
「恐らく届かんの。【馗護袋】を用いた通話は、全知全能の女神たるわらわの霊力を介して行っておる。
人の身のお主がわらわに話しかけたとしても、その声は届かんじゃろう」
全知全能とか言ってるが、例によって重要な所以外は無視だ。
つまりこの【馗護袋】はもっぱら受信専用ということになるのか。
機能的には微妙な感じだな‥‥‥
「わかった。本当にヤバくなったらよろしく頼む」
「うむ、頼まれた。それで、お主は今後どうするつもりじゃ?」
「そうだな‥‥‥ とりあえずこの世界の情報を集めるよ。 で、この世界の事を知る。
欲を言えば、人が集まってる所に行けたら最高なんだけどな」
「まぁ、それが賢明じゃろうな」
「兎に角適当に歩き回ってみるさ」
咲耶姫と話しながら俺は一先ず辺りを軽く歩いてみた。
今は考えるよりまず行動だ。
▼▼▼▼▼▼▼▼
暫く周囲を散策したが、人が居そうな気配は皆無だった。
その代わりに野生動物が多数生息している形跡をいくつも発見した。
至る所に食物連鎖に敗れた者たちの亡骸も発見してしまったが‥‥‥
っていうか、普通に人間の頭蓋骨もあったぞ‥‥‥ こうはなりたくねぇ‥‥‥ いや、なってたまるか!
暫く薄暗い森を歩いていた俺はある事を思い出した。咲耶姫から授けてもらった加護の事だ。
「なぁ咲耶姫。俺ってもうお前の授けてくれた加護は使えるのか?」
辺りを散策しつつ、咲耶姫に馗護袋の通話範囲や通話する為の条件を聞いていた為、すっかり頭から抜け落ちていた加護の事を聞いた。
ちなみに咲耶姫からの通話を聞くには馗護袋を持っている事が前提らしい。
この【持っている】と言うのは、例えばズボンのポケットに入れている状態だと可能だが、手提げ鞄等に入れてある状態だとダメ‥‥‥ みたいな感じだ。
簡単に言えば、【俺の体にある程度密着していないと使えない】って具合だ。
通話範囲は特になく、咲耶姫曰く俺が馗護袋を持ってさえいれば、例えこの世界のどこにいても通話は出来るみたいだ。
「お主が此処に転移して目覚めた際、頭痛やら何やらの異常を感じたはずじゃ。
そしてそれが治ったと言う事は、加護が正常にお主に読み込まれたと言う事になる。使おうと頭の中で念じれば、問題なく使えるはずじゃ」
ここへ来た時襲った、あの耐え難い頭痛‥‥‥ あれが加護を読み込んだ際に発生する副作用だったらしい。
咲耶姫の霊力を余り使わない加護‥‥‥ 【想像した物を形にする能力】なのにあのレベルの頭痛だ。
もし選んだ加護が咲耶姫の持つ霊力の半分を使う【元居た世界の軍事兵器を自由に呼び出す能力】だったらと思うとゾッとする。
間違いなく死ぬ。
あと今更だがこいつの会話は妙に回りくどい。もっと簡潔にスッパリ言えば言いものを‥‥‥
「回りくどくて悪かったの」
咲耶姫がそんな事を言っていたが俺は無視を決め込み、授かった【想像した物を形にする能力】を使おうと念じた。
すると頭の中に、ゲームなどよく見る【メニュー画面】の様なものが出てきた。
なんか【レベル】や【装備品】等の項目があったが、取り敢えず関係なさそうだから無視。
そして恐らく想像した物を形にするだろう【召喚】と書かれた項目を見つけ、開くよう心の中で念じた。
ピロン♪
と間抜けな音がして【召喚】の項目が開いた。
すると‥‥‥
【どのような物を召喚しますか?】
という文と
【注意点:生命体は召喚出来ません】
という警告文が出た。
これが咲耶姫の言っていた【ある程度の決まり事】か?
今の所生命体を召喚するつもりは無いから関係無いけど‥‥‥
俺は試しにサバイバルゲームで愛用した電動ガン、H&K社のHK416Dを実銃でタイプで召喚しようと、頭の中にHK416Dを思い描いた。
ピピッー
ところが、頭の中に警告音の様なものが鳴り響き、そして‥‥‥
「【HK416D】を召喚するには【レベル】が足りません! 【HK416D】を召喚するには【レベル:23】まで上げてください!」
と言う文が出た。
は?【レベル】だと?
つまりこの、【レベル】を上げなければHK416Dは召喚出来ないと?
これも【ある程度の決まり事】なのか?
って言うか決まり事って複数あるのかよ!?
「あ、あの〜咲耶姫さん‥‥‥ レベルを上げなきゃ、想像した物を召喚出来ないって書いてあるんですけど‥‥‥」
「なんと! お主、レベルがある世界に転生したのか!
レベルがある世界は其々の国同士が争う群雄割拠の戦国の世界や、魔獣や魔王が居る世界の可能性大じゃな。
敵国の人間を倒したり、魔獣を倒したりすれば経験値が貰えるはずじゃ。その経験値が一定数貯まれば、レベルが上がっていくぞ」
「マジで?」
「マジじゃ」
こちらに来るに当たり、自衛の為にある程度戦う事になるかもと予想してたし、【レベル】と言う単語を見て予感はしたが、実際に現実を突きつけられると背中に冷たい物を感じた。
「はぁ‥‥‥」
少し‥‥‥ いや、この世界で生き抜けるのか、だいぶ不安になってきた。
だがもう後には引けない。
俺は深い森の中で大きな溜息をついた。
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