第5話 出会い





結論から言えば、2階にもお宝と呼べそうな物は無かった。


俺がひとまず残しておいた価値がありそうな物は多数あったが、所詮【価値がありそう】程度で【お宝】と呼べそうな物は無かった。


「はぁ‥‥‥」


疲労感と落胆から深い溜息が出た。

俺は身体を休める為、壁に軽く寄りかかる。


ギィ‥‥‥


「うおっ!?」


壁に寄りかかった瞬間、軋む音と同時に世界が回った。見事に転び、頭を床にぶつけた俺は壁があった方を見た。


どうやら寄りかかった壁はよく観察しなければわからないくらい、巧妙に細工された押し戸になっていたみたいだ。


「痛ってぇ‥‥‥ 何でこんな所が開くようになってんだ?」


ボヤキながら俺はぶつけた頭をかばうようにして立ち上がる。

ふと、押し戸の奥を見る。そこが異様な空気に包まれていると感じた。


押し戸の奥に広がる空間は広さ10畳ほどあり、その一番奥には神棚と呼ばれる物があった。 その神棚の中央には埃を被った丸い鏡のような物が祭られている。


「な、なんだここ‥‥‥」


滅多な事では驚かない自信がある俺だが、動揺している。この空間に満ちている異様な空気がそれに拍車をかける。

俺は恐る恐るだが、惹きつけられるかの様に神棚に向った。


「鏡‥‥‥か?」


俺は神棚に祭られている鏡らしき物をソッと手に取り、神棚から持ち上げた。


「何でこんな所に神棚や鏡なんてあるんだ‥‥‥」


良く分からない状況に軽く混乱し、誰に言う訳でも無く呟いた俺は、持っていたタオルで鏡らしき物に着いた埃を拭き取った。


ポゥ‥‥‥


次の瞬間、俺は眩い光に包まれていた。

突然の事過ぎて、俺は声をあげる暇さえなかった。


そして俺は10畳程の隠し部屋から消えていた。



▼▼▼▼▼▼▼



「うっ‥‥‥ 」


眩い光に包まれてから数秒後。

徐々にはっきりしてきた意識の中、俺はここが先程居た隠し部屋より数百倍異様な空気に包まれているのを感じた。


その異様な空間の中に、更に異様な【そいつ】はいた。


「最近の昼ドラはどれも似たり寄ったりの内容じゃな~」


よし、落ち着け。

クールになるんだ俺‥‥‥

慌てた時は冷静に状況を整理しろって爺ちゃんが言っていたし‥‥‥


まず周りの状況を確認しよう。


ふむ。見渡す限りの畳、畳、畳。

辺り一面畳を敷き詰めた異様な空間に俺は立っている。上を見上げると、上には白い靄もやの様な物がかかっている。なのに何故かこの空間は明るい。


訳わかんねぇ‥‥‥


思考放棄したくなる気持ちを抑え、俺はこの空間以上に訳がわからない【そいつ】に目を向けた。


【そいつ】は今、みかんや煎餅そして湯飲みが置かれている炬燵に入っていた。

身長は座っているせいでよく分からないが、小学校高学年‥‥‥ よくて中学生くらいの背丈だ。


髪色は真っ黒で綺麗な光沢を放っている。その真っ黒な髪は肩で綺麗に切り揃えられていた。前髪は見えないが、恐らくおかっぱだろうな。似合いそうだし。


服装は白と赤を基調とした紅白の着物を着ている。まるで巫女さんみたいな配色の着物だ。目出度い配色ですこと‥‥‥


ある程度【そいつ】の観察が終わると、不意にその観察していた【そいつ】が振り向いた。


「うにゃ!? なんじゃお主! なぜこの空間にいるのじゃ!?」


なんか凄く慌ててた。


「俺が聞きてぇよ‥‥‥ どこだよ此処」


近くに慌てている人がいるとその近くにいる人は逆に冷静になる。 こう言う話を聞いた事があるが、今まさに俺はそれを実感していた。


あと、こいつの髪型はやっぱりおかっぱだった。付け加えれば綺麗な目鼻立ちをしている。猫の目の様にキリッと、それでいてクリクリした目が特徴的で、生意気そうな雰囲気を醸し出す。


正直一瞬可愛いなと思ってしまった。

俺の尊厳のために言っておくが、俺はロリコンじゃない。


「お主、此処がどこだか分からんのか?」


俺の言葉を聴いたおかっぱ幼女は、多少冷静さを取り戻した声でそう言った。


「あ、あぁ。爺ちゃんの家の蔵の掃除をしてたら、隠し部屋を見つけて‥‥‥ その隠し部屋に飾られてた鏡? に触れたらここに居た」

「そうか‥‥‥ 何も知らぬようじゃな‥‥‥ なら順を追って簡単に説明してやろう。

まず、お主が触れた物はわらわが宿っている七豫咫鏡しちよのかがみと言う神器じゃ。」

七豫咫鏡しちよのかがみ? 神器?」

「そうじゃ。この七豫咫鏡は古の日ノ本で全てを見通し、日ノ本を人ならざるモノ達から守る為に作られた由緒正しき鏡じゃ。

何の因果か、今はこの西園寺家で祀られておるがの。

そして七豫咫鏡を作る時に宿ったのが、才色兼備で見目麗しいわらわ! 女神の卯華乃咲耶姫うかのさくやひめじゃ」


自分の事を才色兼備やら、見目麗しいやらぬかす偉そうなしゃべり方をする幼女は、自分の名前を言うと「えっへん」と無い胸を張った。


うん、貧乳が胸を張ってる光景を見ると悲しい気持ちになるな。


「お主今失礼な事を考えておらんかったか?」

「そんな事ありませんよ」


殺気の篭った声でそう言われ、つい棒読みになってしまった。

この幼女意外と鋭い所があるみたいだ。


「待て、その七豫咫鏡と俺がここに居る事に何の関係があるんだ?」

「まぁ落ち着け。今から説明してやる‥‥‥ お主やわらわが居る此処は、七豫咫鏡の中の世界‥‥‥ 七豫咫鏡の聖域じゃ。

普通の人間では触れた程度ではここに来る事は無いのじゃが‥‥‥ お主、もしかして幼き頃より人ならざるモノや異形のモノを見て生きてきたのか?」


この幼女の言葉に俺は首をかしげた。


「人ならざるモノ? 幽霊とかか? あぁ。 人魂や地縛霊、数えだしたらキリが無いくらい見てきたぞ」

「なるほどのぅ‥‥‥ お主は霊力、霊感が強い人間のようじゃ。

お主の霊力と七豫咫鏡の‥‥‥ と言うか、わらわの霊力が互いに引き付け合い、お主をここに連れてきてしまったようじゃな」


一瞬、俺は思考停止状態に陥った。


待て待て待て、理解出来ねぇ‥‥‥

さっきまでは夢でも見てるんじゃね? と思ったが、どうやら夢ではないらしい。

冷静に状況の整理なんてできねぇぞ。


そんな俺を他所に、幼女は構わず話し続ける。


「察するに、七豫咫鏡に埃が被さっていて、お主はそれを掃ったのじゃろう?

それがこちらに来てしまった最大の原因じゃな。 恐らく埃が被さっていた事で、わらわの持つ霊力が外に出る事無く押さえ込まれていた。 神器は常に清潔にしておらんと、霊力が外界に出なくなるからの‥‥‥

そこへそこそこの霊力を持ち、かつわらわの霊力と似た霊力を持ったお主が来て、七豫咫鏡を手に取り埃を掃ってしまった。

この時霊力を外に出さない役割をしていた埃が無くなった事で、わらわの霊力とお主の霊力が共鳴したのじゃろう。

これがお主がここに来てしまった理由じゃな」


話し疲れたのか、咲耶姫と名乗った幼女は炬燵の上に置かれている湯飲みを手に取り、ズズッと啜った。


「全く‥‥‥【霊力の強い者はこの鏡に触れてはならぬ】という言いつけ位、ちゃんと孫達に伝えぬか‥‥‥」


などとぼやいていたが俺の耳には入らなかった。


それにさっきこいつが言った状況は、まるで実際に見ていたと言われたら信じてしまいそうな程、俺はその通りの行動をしていたのだ。


「ここに来ちまった理由はどうでもいい‥‥‥ 俺は元居た世界に‥‥‥ 爺ちゃんや親父の所に帰れるのか?」


俺は動揺を隠すように、大きな声で炬燵に入りみかんを剥き始めている咲耶姫に聞いた。


咲耶姫はみかんの筋まで綺麗に取ると、1粒ポイッと口の中に放り込んだ。


「無理じゃな」


見渡す限りの畳が敷き詰められた空間に、咲耶姫の独特な声色が響いた。



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