第11話 スタイル
祐介はリードギターのレコーディングを淡々とこなした。
セピアを三テイク、シルエットの方はギターソロ以外を三テイク、そしてギターソロは二パターンを三テイクずつ録った。
バッキングのときと同様、家でゆっくりとベストテイクを選ぶと言い、ギターをケースにしまった。
「ついに来たね、真樹。ユーのボーカルが乗ってこそ曲になるんだからね」
「頼むぞ。後三時間も残ってるんだから、しっかり終わらせてくれよ」
リズム隊は壁際であぐらをかきまったりとしていた。
祐介がアフロマンを呼びに行き、ボーカルレコーディングの準備が始まった。
マイクスタンドを立て、その横に譜面台を立て歌詞を書いた紙を置いた。
「それじゃ、ちょっと簡単に歌ってみて。シルエットのサビでいこう」
僕は祐介からヘッドフォンを受け取り、シルエットのサビを歌った。
「どうだ? 自分の声聞こえる?」
「もうちょっとだけ大きく出来る?」
「おう。了解。じゃあ、大きくするんじゃなくて、周りを下げてと。で、リバーブも気持ちかけてやるか。じゃあ、これでもう一回」
僕はもう一度歌った。
さっきよりも声がよく聞こえた分、体の力を抜いて声を出すことが出来た。
「おっけー」
「おっし。それじゃ録るか。行くぞ」
僕は右手を上にあげオーケーのサインを送った。
とにかく歌は録りまくろう。それが祐介からの提案であり、彼のアイデアだった。
良い部分だけを集めて繋ぎ合わせて最高の歌を作る。祐介はこの方法をインターネットで見つけたらしい。それは有名なボーカリストの人達もやっている方法だという。
僕は休憩を三回挟み歌えるだけ歌った。
声が掠れてしまったところもあったけれど、「これもまた良いかも」と祐介は僕の声の劣化を嬉しそうに記録した。
「終了! お疲れ!」
祐介は大声で言った。
――――お疲れ~~!
悟史と学は跳びはね抱き合った。
僕はのど飴をなめながら、そんな二人の様子を眺めていた。
初めてのレコーディングだったけれど、考えていたよりもあっさりと終わった。
それはメンバーみんなの努力と集中力と、たぶん、……うん。たぶん、才能だろう。
僕らはスタジオを出ると、カウンターのアフロマンのところに直行し、歌録りが終わったことを報告した。
「おお。ということは、レコーディング終わったってことだよな?」
はい!
僕らは一斉に答えた。
「お疲れ。順調過ぎたんじゃねえの? 予定よりも随分早く上がったな。んじゃ、後はミックスダウンとマスタリングか。録り終わったからってまだ終わりじゃねえからな。こっからがまた大変だからな」
曲の雰囲気はこの作業で決まる。バランスを録るのはもちろん大切だけれど強調するということも忘れない。アフロマンはそう付け加えた。
このレコーディングでアフロマンは僕らのアドバイザー的良き先輩となった。こんなにスムーズにレコーディングが終了したのも、彼のお陰といっても過言ではない。アフロマンがいなかったらきっと、もっとバタバタして、もっと荒い音での自己満足的なサウンド収集作業になっていたのに違いない。
感謝、感謝、感謝だらけだ。
スタジオが混み始め、アフロマンはいつものアフロマンに戻っていった。
気怠そうに挨拶をし、面倒くさそうにスタジオの片付けをしていた。
僕らはテーブルを囲み、これからのスケジュールを立てていた。
ミックスダウン、マスタリング、ダビング、ジャケット作成、ライブまでのリハーサル。
ミックスダウンとマスタリングは祐介に一任することになった。祐介はそういった作業が好きだったし、僕も祐介が作る音に間違いはないと信じていた。悟史と学もその気持ちは同じだった。
ジャケットは悟史が引き受けることになり、CDRに焼く作業は僕の担当になった。
「俺は何もなしか。まあ、それもいいな」
学は、担当無しに任命された。
「おっ?」
ライブに向けてのリハーサルをどうしようか、と話しをしていたとき祐介のスマホが鳴った。
「マスターだ」
お疲れ様です、祐介は電話を耳にあて言った。
そしてその後、「ああぁっ! 忘れてましたっ! やばっ!」と叫んだ。
僕は驚いて祐介を見た。
左手で頭を抱え、困ったような顔をしていた。
「え~っと。ちょっと待ってて下さい。すぐ折り返しますから!」
スマホを置くと、祐介は両手を頭に乗せ「ジーザス……」と呟いた。
「なになに、どうしたの? なんかあったの?」
悟史が聞いた。
「……イベント名のこと、俺らすっかり忘れてただろ? チケットそろそろ刷らないとやばいから、早く決めろって」
!?
はっ! そうだ、すっかり忘れていた…。
レコーディングのことで一杯になって完全に忘れていた。
ということで、僕らは急遽イベント名を決める話し合いに移った。
ぱっと聞いてわかりやすく、印象に残り、僕ららしいネーミング。
三分間の緊急ミーティングの結果、その三つを頭に入れてそれぞれ一つ案を出し、自分以外の気に入ったネーミングを一つ選び、その結果一番良かったものに決めようということになった。
「じゃあ、今から二分で考えて一人ずつ言ってこう」
祐介はそう言うと、携帯電話をテーブルの上に置き、腕を組み目を閉じた。
一つの英単語。
僕はそれに絞った。分かり易いこと間違いなしだ。
印象に残る僕ららしい……。
う~~ん。
僕ららしいスタイルの。
!!!
閃いた!
二分後、僕らは一人ずつ考えたタイトルを言った。
「じゃあ、俺から。イマジネーション」
初めは祐介だった。
続いて、学が言った。
「次、俺。ワンスター」
「靴?」
悟史が聞いた。
「違う」
学の表情は真剣だった。
…。
……。
「っと、俺はね、あえて英語にしなかったんだよね。カタカナでキミソラキオク」
「カタコトか?」
学が突っ込んだ。
「違う」
悟史はきっぱりと言った。
そして僕の番。
「最後に俺ね。ぱっと閃いたんだ。ええとね。スタイル」
『Style』
シンプルだから印象にも残りそうだし、自分達のスタイルという意味が前面に出てるし。うん。悪くはないと思う。うん。
「揃ったな。それじゃ、これから自分以外で良いと思う奴を指さそう。良いか。じゃあ、行くぞ。せーのっ!」
僕は悟史を指した。
祐介は僕を指した。
悟史も僕を指した。
そして学も僕を指した。
「決まり。スタイル。文句ないよな?」
リズム隊は頷いた。
僕もなんとなく頷いてみた。
祐介はすぐにマスターに電話をした。そしてイベント名を伝え、レコーディングが終わったことを伝えた。
「チケット三日後には出来るって。で、対バン三つ見つかって、今あと一つ声かけてるとこだってよ。俺らを目立たせるために他のバンドはコピーバンドばっかにしたって。あっ、もちろん。高校生バンドだってよ」
祐介はスマホを握りしめて言った。
「おおお! なんかさらにやる気出ちゃうね! コピーバンドの中にこの爽やか戦士の僕を含むオリジナルバンドが出て、しかも! しかも! なんとその日に初のCDを出すっていう。かっこいい~~」
「爽やか戦士? 爽やかペテン師とかそっちじゃねえの? でも、燃えるよな! おっしゃああ! 最高のライブ見せてやる」
「むさ苦しく燃え上がらないでよ。女の子は熱いのは許せても、暑苦しいのは嫌いだからね」
「言ってろ、言ってろ」
――ははははは!
なんかこのまますごいことになっていくような、そんな全く根拠のない気持ちが溢れ出していた。
そしてその気持ちは僕のやる気ゲージをマックスまで持ち上げた。
やってやる。
どんな壁だって突き抜けてやる。絶対に。
僕は笑いながら、握った拳に力を込めた。
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