第5話 血技競技団

 いくらリラがバイクに変身しているとはいえ、女性に跨るというのは如何なものだろうか?


 さらに、自分が乗っている箇所は、果たして股間部分なのか臀部なのかわからない。


 彼女の身体構造はどうなっているのだろうか?

 感覚や痛み等はどうなっているのか?


 疑問が次から次へと湧いて出て来る。


 ハンドルにブレーキ、エンジンやメーター、マフラーにライトといった基本的なパーツは揃っているから、機械になっているのは確かだ。しかし、この世界は肉体が電子化されている。余計に理解し難い。だからこそ有機物である人間が無機物のバイクに変身してしまうという無茶がまかり通る世界なのかもしれない。


 先程から険しい道のりを彼女バイクで駆けあがっている。この山道に辿り着くまでにレインボーブリッジのような道路や長距離サイクリングロードを通過したがかなりハードだった。

 リラの身体構造は悪路にも対応しているらしく、彼女のタイヤは難なく岩肌を走行しており、アッシュはハンドルグリップを動かしながら車体を上手く持ち上げつつリラを操縦する。その度に衝撃が伝わってくるのだが、彼女は特に苦にならないようだ。


「上手いぞ少年。初めてにしては上出来だな」

「そりゃあ、どうもっす……!」


 リラから称賛の言葉を送られるが、アッシュは空返事を返す。彼女の車体を操っていて気付く。バイクだからと言うとかなり語弊が生まれるし、女性である彼女に対し大変失礼だが、かなり重いのだ。

 アッシュは女性を抱えるといった経験はまだ無い。だが、少なくとも人間の重さではないことだけは理解できた。これは果たしてバイクに変身して鉄の装甲や機械がくっついているから重くなっているのか、元からリラ自体が筋肉質で重いのか、それとも子供である自分が非力なだけなのか自問自答を繰り返す。


「初戦でアタシをここまで乗りこなすとは大した坊やだ。だがまだまだ甘いな」


「マジでどうなってるんですか?」


「半機械生物ってことでいいんじゃないか? ぶっちゃけアタシもよくわからん」


「は、はあ……じゃあ俺が今握ってるハンドルは何処部分なんです?」


「頭か……? こめかみか耳辺りを掴まれてる感じ?」


「俺は一体何処に跨ってるんです?」


「背中とケツ辺り。お前のケツがアタシのケツに乗っかてる感じ」


「あのさり気なく卑猥なこと言わないでくれます?」


「いいだろ別に。実際お前は女に乗っかってるわけだし」


「貴方かなりぶっとんでますね!?」


 リラの言葉に、改めて女性の身体に跨っているのだという事実を認識してしまい、思わず頬を赤らめるアッシュ。素っ気ない態度でこちらをおちょくるリラに対し、アッシュは当初抱いていた淡く煌めく感情に反発したくなった。少しでも彼女にときめいた自分がアホらしく思えたのだ。この人はいわゆる残念な美人に分類される女子である、と。しかし、それでも何処か惹かれるものがあるのも実感しており、そんな感覚が増々歯がゆく思えた。


「君のお姉さんっていつもあんな感じ?」


「うん、リラねーちゃんはいつもあんな感じ」


「相手すんの大変じゃねえか、よお?」


「昔からなんあんなんだし馴れてるよ」


 シューティーとブルームはもう打ち解けたのか、マウンテンバイクを漕ぎながら横に並び合い、自然と言葉のキャッチボールを交している。やはり明るい性格同士気が合ったのだろう。アッシュは彼らのやり取りを少しだけ羨んだ。傍から見れば仲良くサイクリングしているようにしか見えないのだから。


 ブルームが用意したマウンテンバイクは、かなり頑丈な作りになっているようだ。彼女のテクニックも相当なようで、先程から岩肌や屈折した道を難なく車体を操縦している。姉はモトクロスに対し、妹である彼女はBMXを得意としているのだろう。シューティーもボードを操る要領で何とか彼女に付いてきているから大したものだ。


「さあて、そろそろアタシらの根城に到着だ」


 リラが顔のライトで指し示した方向には、近代的デザインの建物が見えた。スポーツジムと競技場を上手く組み合わせた洗練された外見となっているのが理解できた。


「あれが血技選手団のジムですか……」

「ここまでくれば後は楽だな」


 そうして、正門の入り口まで辿り着く。正面入り口に続く道筋はきちんと整備されており、ジムを中心に街が立ち並んでおり、まるでこのエリア周辺だけが都会に変貌したかのような錯覚に捕らわれる。


「副団長様とトレーナーが帰ったぞ~、さっさと開けてくれ」

「ただいま~開けてく~ださ~い」


 リラとブルームがジムのインターホンに向かい声を掛けると、向こう側から返事が聞こえてロックが解除され自動扉が瞬時に開く。アッシュは取りあえずリラから降りると、普通にバイクを押す要領で彼女のハンドルを握りながら押し進もうとしたが……。


「あ、押さなくていいぞ少年。ブルーム、腕輪押してくれ」


「え~? ねーちゃん自分で出来るんじゃなかったっけ?」


「めんどくさいから押してくれ」


「も~しょうがないな~」


 リラにお願いされ、ブルームは前輪を支えるフレーム部分に嵌められた腕輪に近付き、中央の結晶をぽんっと押し込む。そこが腕なのかと思っていると、リラは前輪を持ちあげてウィーリー状態になったあとに発光し、一瞬で白き上衣を纏った人の姿へと戻った。同じ体勢だったと捉えればいいのか、リラは肩や首を動かしている。


「じゃあ着いて来な少年達。団長様の所に行くぞ」


 リラとブルームに連れられ、アッシュとシューティーはジム内へと案内される。

 内部は無機質なコンクリートと清潔感のある白い意匠が融合しており、設備もかなり充実している。これらの備品は所属する団員達が頑張って集めて来たのだろう。途中で団員達とすれ違い、何度か会釈と挨拶を交わすが、気軽に返してくれる者、怪訝そうな目線を送りつつ返してくれる者と反応は様々だ。


「君達を招き入れんのを気に食わない連中もいるが、めんどさいからそこらへんは気にするな」


「もしかして内部派閥とかあったりするのか、よお?」


「そういうこと。やっぱ一般プレーヤー組とじゃ、どうしても考えに差が出て来るんだ~」


「そういうもんなんですか?」


「使命感と持つプロ選手と、遊びの延長だった連中とじゃそうもなるだろ? 逆もまた然りだけどな」


 大体の事情が垣間見えた気がした。そりゃあ、使命感と責任感を持ち、巻き込まれた一般プレーヤーを引率して守ろうとするプロ選手プレーヤーと、あくまで遊びの延長でプレイしていたの過ぎない上級の一般プレーヤー。または逆の考え持つプレーヤーなど、多種多様な者達が集まればおのずと考え方や志も違ってくるわけだ。


「アタシとブルームは一般プレーヤー側だけどな、プロの人達の考えに同調してここにいるんだ。これでもモトクロスでは腕を鳴らしてたからな」


「あたしもサイクリング部で活動してたんだ」


「でもまあ、他の連中からしたら気に食わねえ奴も当然いるわけだ」


「リラねーちゃんこんな性格だしね~? でも人気者なんだよ~?」


「うっせえ! ほら、着いたぞ。詳しい話は団長から聞け」


 内部事情に耳を傾けている内に、団長室の前へと到着。自動ドアではあるが、他とは異なる若干豪華な装飾が施されている。いざ団長の部屋の前に着くと、アッシュとシューティはー少しだけ緊張してきた。


「そんなに緊張しなくてもいいぞ。所詮は電脳空間、ネトゲーの中のことだぞ」


「いやそれでも一応、マナーや敬意は持たないと駄目でしょう?」


「ああもうめんどくさい! ほら開けんぞ!」


 リラはしびれを切らして、声掛けもノックもせずに自動ドアのパネルを操作して開閉してしまった。

 部屋の中で待っていたのは、デスクに座り込み窓を静かに眺めていた、スポーツウェアの上からでもわかる、かなり鍛えられた肉体を持つ中年の男性……。彼はリラが確認もせずにドアを開いたことに気付くと、おどけた様子で微笑みかける。


「おやま~、いつも通りいきなり入って来るね~リラくん。逆に安心したよ」


「そりゃどうもですクルツテイル様」


「相変わらず淡白だね君は~」


「アンタは相変わらず軽いですな~団長様」


 両手を広げながら自分が座っている回転椅子を回す、クルツテイルと呼ばれる男性は、リラに対しさらりと皮肉を飛ばす。リラも負けじと軽口を叩いている。思ったよりも砕けた性格の男性らしく、アッシュとシューティーは思わず拍子抜ける。


「やあようこそ。アッシュ君。シューティー君。私が血技選手団の団長を務めているクルツテイルだ。よろしく頼む」


「はい。アッシュです。よろしくお願いします……」


「シューティーです。どうぞよろしくです……」


 若干もじゃ毛気味の頭を軽く掻いた後、クルツテイルは悠然と立ち上がり、自己紹介を始めた。先程よりも少し威厳を垣間見せている。2人は緊張から思わず唾を飲み込む。


「君達を招いたのは他でもない。是非ともクエスト攻略を手伝ってほしいのだ。その規格外のレアアイテムを持つ君達「腕輪の2人組」にね。同じ腕輪を持つ我が団の副団長、リラ・アリアンロッドと力を合わせれば、より攻略が容易くなるはずだ」

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