私のオークさま

多田七究

第一話 勇者の旅立ち

魔道係数まどうけいすう、ほぼ1」

「こっちの杖は?」

「2以上だけど、もとの威力いりょくが低いから」

「右手と左手に持てばいいだろ」

「さすが勇者ゆうしゃ。頭いいな」

 魔導士まどうしの少女は、二本の杖を左右それぞれの手に持つ。早口言葉のような呪文じゅもんとなえた。

 モンスターがはびこる世界。平原の討伐対象とうばつたいしょうは、空を飛ぶ魚のような見た目。

 その群れに、次々と雷が降り注いでいく。あっという間に全滅ぜんめつさせた。

 ついでに、通りすがりのオークに命中。

「あっ。制御無理、これ」

「オークだから、大丈夫」

 少年は、手に光のけんを発生させ、決めポーズを取る。意味はなかった。

 勇者一行ゆうしゃいっこうは去っていった。


 誰かの声を聞いた。

 誰なのか分からない。

 自分が何をしていたのか、何をしようとしていたのか。

 自分が何者なのかも、分からなくなっている。

「雷で、上着が焼けてしまったのですね」

「オークだから、ダイジョウブ」

 記憶の片隅かたすみに残る言葉をつぶやいた。

 ブタのような顔の大柄おおがらな男は、立ち上がれなかった。

「無理しないでください。村で手当てします」

 細身の少女は、オークを軽々と片手で持ち上げた。村に着くまで休憩もせず、微笑ほほえんでいた。


「ついてないな。勇者ゆうしゃが旅立った、っていうのに」

「いや。生きているから、ついていると言える」

「お。気が付いたようだぜ」

 大柄おおがらな男は目を覚ました。柔らかな布が下にある。

 簡素かんそな建物の中。天井も壁も茶色。

 身体からだが動く。上半身を起こすと、三人の姿が見える。

「大丈夫か? あんた」

「オークだから、ダイジョウブ」

「そうか。名前はオークというのか」

「ん? 様子が変だぜ」

 彼には記憶がなかった。

 ブタのような顔に傷はない。治療ちりょうされていた。

 建物に誰かが入ってくる。ビスチェ風のブラウス姿。

 オークは、細身の少女と再会した。


「よかった。気が付いたのですね」

「ミウナ、先生は?」

「すぐ戻ってくるはずです」

 十代半ばの少女は、オークを見て嬉しそうな表情をした。

 首をかしげるオーク。

「悪いね。その顔は治せなかった」

 髪の長い女性がやってきた。大柄おおがらな男につられて、首をかしげている。

「先生。こいつ、記憶がないんじゃないか?」

「わたしの魔法まほうで、記憶を戻すのは無理。参ったね」

「マイった?」

 オークが口を開いた。

「やめとけ。先生はお前に脈ないぜ」

「なんだ? ゾンビと戦っているのかい?」

「そう言える。ナウラー先生、脈が――」

 その言葉を最後まで聞くことはできなかった。

「そんなわけないでしょ!」

 突然口を開いた、おさげのミウナ。鋭いツッコミを入れた。

 開いている入り口から、外まで吹き飛ばされた男性。かろうじて息をしている。

 魔力まりょくで強化したツッコミには、想像を絶する威力いりょくがあった。


「ついていたな。ここが診療所しんりょうじょで」

「ああ。生きているから、ついていると言える。いたた」

「おれもそう思う。もう大丈夫だぜ」

 去っていく三人の男性。おさげの少女は、頭を下げている。

「ほんの少し、加減してほしいものだね」

「ごめんなさい。難しいです。加減」

 医者の女性に言われ、ミウナは落ち込んでいた。

「ダイジョウブ」

 大柄おおがらの若い男が言った。ぎこちない笑顔を作っている。

「ありがとう。私、ミウナ。わかる? ミウナ」

「ミウナ? オレ、オーク」

「すごいじゃないか。才能ってやつかね」

 医者のナウラーは少女を褒めて、大笑いした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る