第4話 遊園地の風景

一学期最後の日クラスはにわかに騒がしくてこれから、何かが始まる予感すらも感じさせる。


長々しい校長先生の話がようやく終わって

教頭先生から夏休みの諸注意と夏休み中に地区予選を迎える各部活動へ激励の言葉が掛けられる。

無論それは、運動部が殆どでその中に文化部として吹奏楽部があるくらいで、写真部への言葉は無かったのに軽い落胆を覚えながら、全校集会が終わった。


教室で、担任から色々と釘を刺されながら、短いホームルームが終わる

「ねぇ、ハルト、遊園地いつ行こうか~花火大会が地方予選の直後くらいだから、出来れば近いうちに行きたいなぁ~?それに、他に人を誘うなら早い方が良いじゃん?」

そうせがまれて、来週に行くことを約束して

誰を誘うかはお互い任せることにした。

軽くクラスで駄弁ったあとに部室へと向かう入口での写真部の夏の名物へ軽い嘆息をしつつ中へ入り、パソコンのスイッチは入れずに席へ腰を落ち着ける。


「先輩、もし良かったら来週遊園地へ行きませんか?」

「ほう?なんだい?美月くんに振られたのかな?よし、それならば私が君の彼女へ立候補しよう!」

「......先輩、それ本気で行ってます?」

「無論本気だが、どうかしたか?」

「いえ、なんでもありません。それに振られた訳でもないのでご安心ください、ただ単なる遊びませんか?というお誘いです。」

「ふむ、そうかそれは残念だ。しかしまぁ、その遊びへのお誘いはお受けしようかな?時に、もしかしてそこには美月君も居るのかね?」

「えぇ、居ますけど?」

「そうかい、そうかい......。」

なにか、意味ありげに微笑みながら笑顔で頷く先輩が、あくどい参謀役に見えたのはここだけの秘密だったりする。


来週の約束を先輩と結んで、どこか浮ついた空気が流れる廊下を歩いてゆく、部室に使われている教室からたまに流れてくる涼しい空気は窓から入ってくる爽やかではあるけど熱せられた風を暑く感じさせるだけの威力がある。


今まで、ワンフレーズしか聞こえてこなかった吹奏楽部の曲は珍しく全編通して聞こえてきて改めて聞くことで、こんな曲だったんだなぁと感動を覚えた


終業式からはや数日、朝からSMSは空港のチャイムの音を繰り返し鳴らしている、結構喧しいのだけど自分で決めた通知音なので誰にも文句は言えない。

「ミツキからは友達は二人誘った」だの、先輩からは『君を落としてみせる!』だの一部意味のわからない宣誓も含んでたりするメッセージがロック画面にずらりと並んでいる。

 

時刻はまだ、集合時刻よりも早く今日も今日とて会社へと向かう人の波が駅の改札口へと流れてく、


時折、ピンポーンと改札に拒否される音が聞こえるのは同じように夏休みに入った学生がIC乗車券へのチャージ忘れで弾かれる音だろうか?


待ち合わせの場所の駅の改札正面の壁にもたれながら携帯で今日これから行くルートを再確認する。

すると、突然誰かに抱きつかれて驚いて顔を上げてみると先輩だった。

「やぁ、ハルトくん!おはようさん、メッセージでも送ったろ?私は今日、君を絶対に落としてみせる!」

「先輩、どこまでが本気か分からないですし暑いので離れてくださいませんか?」


まぁ、いつもながらに分からない先輩の行動に溜息をつきながら、美月とその友達の到着を待つ

「そう言えば先輩、進路どうするんですか?」

「そうさなぁ、進路か。実の所まだ決めかねているのだよ、自分が何をしたいのか将来何になりたいのかがまだはっきりと見えていなくてね。」

いつものおちゃらけた雰囲気から、少しばかり真面目な顔で遠くを見つめる先輩は、その目線の先を探しているようでもあった。


「お待たせーって、ハルト以外全員女子じゃん!てっきり、ハルトは男子を誘ってくると思ってたからなぁ」

「ほぅ、本当だなぁ。ハルト君のハーレム完成だ」

「......先輩、いい加減にしてくださいよ?」

全員が揃ったところで、目的地へと向かう。

通勤ラッシュも一段落したようで、中間の車両は混雑しているものの、先頭や後方の車両には空席も見られた。


遮るものは何も無い、広い遊園地の空の下にミツキの白のワンピースが眩しく輝く、ツバの広い帽子についているワンポイントの花の飾りも雰囲気を添えている、どこか深淵のご令嬢の様な雰囲気さえ纏うのは夏休みの浮ついた気持ちが、そうさせているのだろうか。


「こら、ハルト君?ミツキ君ばかり見過ぎた私も今日の為に一生懸命選んのだぞ?」

と呼ばれて、そちらに目をやれば涼しげな水色の半袖に黒いジーパンを履いた人がビシッとポーズを決めている。


うん、ミツキとは真逆の方向だわ。かなり、男らしいという意味ではポイント高いわ


なんて下らないことを考えつつ、ジェットコースターの列へと並ぶ。

さすが夏休みと言うべきか、30分待ちの長蛇の列「で、どうだ私の服装は?」と聞いてくる先輩を軽く流しつつ、他愛もない会話をしているうちに列が進んでゆく。

ついに次という順番が回ってきて、一番先頭にミツキとともに立つ、先輩と美月が連れてきた子は僕達の後ろに座る乗る寸前に、後ろの2人からチャンスじゃん?などと小声で言われたのは多分気の迷いのせいだと信じている。


カタッ、カタッ、カタッっとコースターはその高度を徐々に上げていく気の迷いと言いながら、耳に残った「チャンスじゃん?」に 突き動かされるように口が動き始めた。

「...なぁ、ミツキ。落ちる前に言おうと思うんだけれども前から、どうしてもタイミングが、悪くて.....『キャァァァァァアーーーーーーーーー』」

 

彼女との15cmの距離が重力に引っ張られて速度を増しながら落ちてゆく。今回は惜しい所までも行かず、前置きで落下か。果たして、これは諦めろと神様が言っているのかな?

落下していくコースターの上、その気持ちはすぐに体の落ちる速度に追いつかず上書きされていった。


「やぁー、やっぱりジェットコースターは怖いけど楽しいね!よし、次あれ乗ろうよ!」

と無邪気にはしゃぐミツキに袖を引っ張られながらジェットコースターの疲労と、またもや失敗した告白に魂が半分抜けた状態になるのであった。


「ハルト君、君はいつもこうなのかい?」

少しグロッキーが消えた頃合いに先輩が呆れた顔をしながら話しかけてきた。


いつも......。うん、いつもだねぇ。

駅のホームで告白しようとすれば、車掌さんの笛に掻き消されて。

授業中に告白しようとすれば、チャイムに掻き消されて。

屋上で告白しようとすれば、またもやチャイムに邪魔されて。


相合傘で告白しようとすれば、雷に掻き消されて....。

自分でこうやって思い出しているうちに唖然とするほど運がないのを再確認して、泣けてくる。


「なるほど、確かになんと言うか......という感じだな。ふむ、どうだろう。私に告白してみないか?」

「先輩.....、また何を言い出すのですかぁ?告白ってかなり、神経使うんですよ!?」

「まぁ、そういうな。物は試しというやつだ!これで成功すれば、いつかは成功するさ。」

 なにか、軽く手の上で転がされている様な気がしなくも無いけれど、納得をしてしまったので乗ってみることにする。


「ふむ、しかしだハルト君。やはり、雰囲気は大事だよな?」

「はぁ、まぁそうですね。」

「ならば、分かるよな?」

「分かりたくはないですけども、わかりました。」


 ミツキに先輩と飲み物を買ってくると伝えて二人で連れ立って離れる。

 手を繋いで歩いて、着いたのはさっきのジェットコースターの前

「先輩?あの、伝えたいことがあるんですけど。」

「なんだい?ぜひとも聞こうではないか。」

「実は、先輩の事がずっと前からっ『キャアーーーー』」

「フハハハハ、どうやら君は随分と運がないらしいねまぁ、こんな調子だいつかはきっと成功するさだからそうまで、気を落ち込ませるな」

 そう豪快に笑った後に、ちょっとだけ真面目な顔をして

「なぁ、後輩くん。私は君の事が『ダンダンダンダン』」

 ジェットコースターの止まる音にかき消されたその声は果たしてなんと言っていたのだろうか?


 楽しい時間というものは早々と過ぎるものであり、気づけばもう夕暮れ時。

遊園地はの風景はその色彩を橙の夕陽色に染めらて各アトラクションのライトアップが施されてゆく。

昼間の熱を吸収した地面からは、熱気が立ち上ってそれを夜の風が時たま、さらって行く。

 時折漂ってくる、ポップコーンの美味しい香りに吊られみんなで、園内のレストランに入ることにした。

それぞれ、楽しそうにニコニコとしていてもう夜というのが少しもったいない気がする。


 まぁ、そんなふうには言ってもどうにもならないのだけど。

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