魔女は劇薬を飲ませたがる

雪片月灯

魔王使いのちょこれーと

人間界では恋人達のイベントであるバレンタインデー。

男が女にプレゼントを渡したり、女が男にチョコレートを渡して想いを伝えあったりするらしい。

魔界でも恋人同士で何かを渡しあったりするのがいつの間にか定着していた。



そんな訳で僕も愛してやまない恋人にチョコレートを渡してみようとチョコレートを作ることにした。

だが作るからには普通のチョコレートでは面白くない。

僕の恋人は吸血鬼という種族柄綺麗な顔をしているし、男でも女でも誑し込むフェロモンのようなものを垂れ流しているのでそれに釣られて寄ってくる害虫が耐えない。

男なら簡単に呪殺出来るけれど、女だとバレた時に恋人が怒るから色々と始末するのが面倒なんだよな。

まあ、それは置いておいて。

本意ではないと分かっているがどんな魔物でも引き寄せる恋人はきっと今年も沢山のプレゼントを渡されるのだろう。

そんな中でやはり恋人である自分のモノを目立たせたい。

インパクトは大切だと思う。



「だから今年は血液を混入してみたんだ」


「どうしてそんな思考に思い至ったのか凄い疑問なんだけど、その前にちょっと良い?」


「うん。何かな」


「混入した血液って、誰の?」


「? 勿論僕のモノに決まってるじゃない」



恋人の口に入り体内で消化されるモノに他人の血液を入れる筈がない。

吸血鬼は人間の血がないと生きていけないから食事はしょうがないにしてもだ。

本当はソレすらも嫌なのだけど、だって彼女の体内に僕以外の男の体液が巡って彼女を生かしているとか……人間を一人残らず消したくなる。

常識的にそんな事は早々できないので、自分の血液を人間のモノと同じ成分に出来ないだろうかと研究しているが今の所変化はない。

このままでは何れ彼女が食事を摂る事に耐えられなくなって嫉妬に狂って彼女を殺してしまうかも知れないな。まあ勿論僕も後を追うけど、まだ彼女に死んで欲しいわけではないのでそんな事態になるのは大変困る。

そんなことを考えていたら、恋人が「あのさ」と声を発した。



「一ついい?アンタの血液って何になるんだっけ?」


「もう。今更何言ってるの?勿論、毒だけど」


「……うん。そうだよね。毒だよね」



本当に今更何を言っているんだろう?

魔女――僕は男だから魔法使いだけど――の血液は魔王すら苦しめると云われている魔女の一族にしか扱えないS級危険物だ。

人間と契約をする時は主に呪殺や暗殺に使われる。

それくらい魔界に生きている者は誰でも知っているだろうに。

一体急にどうしたんだと首を傾げながら恋人を見やる。



「そこまで分かっていて私にそのチョコを食べろと」


「僕気付いたんだよね。キミが今日という日に大勢の魔物からプレゼントを渡されるくらいなら家から出られない状況にしてしまえば良いんだって」


「それは普通に家に魔法でも呪術でも使って閉じ込めれば良かったんじゃないのかな?」


「ああ、それも考えたんだけどね」


「……考えたんだ」


「うん。考えたんだよ。でも、やっぱり何か特別なものを渡したいじゃない?それで色々考えて、一度くらいはキミに僕の血液も食べて欲しいなって意見に纏まったんだ」


「なんでそうなったんだろう」


「キミは不老不死の吸血鬼だから死んでも生き返るし大丈夫でしょ?それに最悪本当に死んじゃっても僕もすぐに側に逝くから問題ないよね」


「確かに人間が滅びない限り滅多な事では死なないし生き返るけど、そのチョコは私を殺すことが前提で作られてるんだね」


「これでも妥協したんだよ?最初は僕の家に餓えのギリギリまで監禁して、本気でヤバくなったら人間の男から全身の血液を抜いて与えようとか思ってたんだけど、流石にまだソレは早いかなって思って考え直したんだから」


「考え直した結果が毒殺で一時的な仮死状態……」


「死なないから大丈夫でしょ?」


「ああ、うん。この問答私がソレを食べるまで続くんだね」



諦めたように溜め息を吐いた彼女は「しょうがないなぁ」と呟いて、僕の手に収まっていたチョコの入った箱を受け取ると無言で箱を開ける。

そこにはトリュフと呼ばれるチョコが6個、2列になって並んでいる。色も毒々しいモノが多い魔界では珍しいカカオ色だ。

一見しただけでは何ら可笑しい所のないチョコレート。――実際はS級危険物である魔女の血液が混入されているのだが。

彼女はじぃっと箱の中身を見つめてから、一つ親指と人差し指で挟むと意を決したように口に運んだ。

もぐもぐとチョコレートを咀嚼する彼女をニコニコと見守っていると、彼女は突然、ふつりと糸が切れたように前方に倒れた。



「よっ、と」



彼女の腹に腕を回して支えると、そのまま膝裏にも腕を添えて抱き上げる。



「さて。それじゃあ家に行こうか」



ふふ。と歌うように意識を失った彼女に声を掛け、箒に跨ると住処にしている森の奥の自分の家へと向かう。

彼女が起きるのはいつになるだろうか?

胃から毒を抜かなければ最低でも7日は回復に時間が掛かるだろう。それだけ経てば彼女にプレゼントなんてモノを渡そうとするものも諦める筈だ。



「ふふ。キミが家にいるだなんて嬉しいなぁ。一緒に住めたらもっと良いのに。……起きたら提案してみようかな」



そうしたらもっともっと一緒に居られるもんね?

















「今回は素直に殺されたけどさ。そもそもアンタと付き合ってから一度も他の子から何も貰ってないんだけど。貰うつもりもないし」


「トーゼンだよ!もし僕が知らない所で受け取ってたら本気で監禁するよ?」


「それ多分私本当に死んじゃうね。……はあ。まあいいけど。それよりアンタに用意してたチョコ駄目になっちゃっただろうなぁ」


「あれ?用意してくれてたんだ」


「用意しないと煩いからね」


「ふふ。嬉しいなぁ。今から取りに行こうか」


「だから駄目になってるって」


「キミが用意してくれたものなら例え腐ったものでも残さず食べるよ」


「アンタは私と違って簡単に死んじゃうから止めてください。また作るからそっち食べて」


「うーん。あ、じゃあ一緒に作ろうか?」


「……何も混入しないなら」


「あはは」


「どうして濁したのかな全く。しょうがないなぁ」


「ふふ。もうちょっとしたら材料買いに行こうね」


「はいはい」

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