02.人魚の伝説とロマン

 人魚村という華々しい愛称が付いている割に、村は寂れて見えた。生活感が薄く、さぞや貧しい村である事が窺える。

 ――村だけを見れば。


「あれ、こんにちは! こんな辺鄙な村に観光ですか? いやあ、何だか最近、観光目的の人がたまに来るんですけどまた話題とかになってます?」


 村の入り口で出会った若者はそう言って笑った。明らかに寂れた村を前に悲壮感は欠片も無い。どことなく楽しげで、歪に幸せそうだ。

 そう、何というか、若々しい。

 あらゆる恐怖心を知らない子供のような人物だと言えるだろう。それを前に、イアンがうっそりと微笑んだのをジャックは見逃さなかった。


「貴方はこの村の住人ですか?」

「うん? ええ、そうですよ。いやあ、最近は本当にお客さんが来るなあ」

「最近はあまり観光客も来られないのですか」

「そうですねえ、あんまり見かけなくなりましたけど。これでも前はちょっとした観光地だったんですけどねえ。いやまあ、何だかここ数日は人が来るので僕が立ってた訳なんですけどね、入り口に」


 どうやらこの男は観光客が来た時の為に立っている、案内人か何かのようなポジションらしかった。人手とかその他諸々、あらゆる面で足りなさそうだが一人ぷらんと遊ばせておいて良いのだろうか。

 自分達をまじまじと見ていた若者は何かを思い出すように宙を見る。


「何だか昨日来た人は綺麗な男の人だったなあ。そっちの魔道士っぽいお姉さんと似た空気だった気がしますけど。お知り合いですか?」

「さあ……。その方のお名前を伺わない事にはなんとも言えませんね」

「名前かあ、残念だけど聞きませんでしたよ。あ、そうだ。ところで僕は観光案内の為に立っているんですけど、どうです? 村の中とか、案内しましょうか?」

「いえ、結構です。我々は休養の為に静かな村に立ち寄ったのですから、人が居ては気が休まりません」

「そういう感じで来られたんですねえ。まあ、危ないので裏の森とかに入らなければ何でも良いですよ。良い休養を」


 ええ、と怪しげに微笑んだイアンが男の横を通って村の中へ入る。あっさり中へ入れて貰えたが、セキュリティ面は大丈夫なのだろうか。不審者も簡単に招き入れてしまいそうだが。


 村の内部はやはり閑散としていた。

 チラホラと村人達が行き交う姿は見られるが、決して人口が多い場所でない事は明白だ。何か言いたそうなイアンが不意に立ち止まった。


「さて、これからどうしますか? 別れて適当に過ごすもよし、固まって行動するもよし……」


 おう、と一番に名乗りを上げたのはブルーノだ。明確な目的があるようで、周囲を見回している。


「ちょっと俺は村の内情を探ってくるぜ。ここ、何かきな臭いんだよな」

「そうか。では私は適当な店にでも入って日が沈むのを待つとしよう。暑くてかなわん」

「おや……。そうですね、私は少し森にでも行ってみましょうか」


 ――全員バラバラかよ!!

 怪物3人組は全く別の行動パターンに入るようだ。まとまりの無さにリカルデでさえ困惑しているのが分かる。ちら、と騎士兵を見ると、彼女もまたこちらを見ていた。


「あー、ジャック。私と村の散策でもするか?」

「おう、そうだな。それが一番平和的に見えるぜ」


 こうして、三者三様、皆思い思いの方向へと散って行った。前からそうだったが、チェスターが加わって以降は更に個人行動が目立つようになったと思われる。自由奔放な強者が加わった事で自由意志に目覚めたのかもしれない。


 ***


 リカルデと散策を始めて数分。村の半分くらいを見て回った上で、彼女はポツリと言葉を溢した。


「それで、結局どの辺が人魚伝説と絡んでいるんだ? 普通に人口の少ない村に見えるが」

「チェスターやブルーノは人魚が実在する、って言ってただろ。なら、昔は居たんじゃないのか? 人魚」

「それもそうだが……」

「あんたは一体、どんな人魚伝説をイメージしてるんだ」


 ふ、とリカルデが笑った。何だかとんでもない事を言い出しそうな空気に思わず身構える。


「いや、笑われてしまうかもしれないけれど、実は人魚関係のお伽噺が割と好きでね。切なくも美しいストーリーに惹かれる」

「そういう感じなのか、リカルデ。俺は不老不死とか、そっちの話題ばっかりだな」


 紛れもなく最初に情報を持って来たイアンのせいだが、彼女の名誉の為にも伏せておいた。四六時中、そういった妄想をしていると吹聴するのは信用を損なう恐れがある。

 しかし、リカルデは半眼で首を横に振った。


「イアン殿の入れ知恵か。残念だが、私はあまり不老不死なんかに興味はないよ」

「そうだろうな。まあ、どちらかと言うと夢見がちなお伽噺より、イアンの血生臭い話の方が信憑性があるとは思うが……」

「あーあー、それはいい。聞きたくない」


 抱いているロマンを破壊される事を恐れたのだろう。リカルデは目を閉じ、耳を塞いだ。しかし、イアンに血生臭い話を強請れば十中八九、本当の意味で生臭い話が聞けそうなので突かないのが吉であるとは思う。

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