16.気紛れ同行者

 詮索して良いものかどうか、一瞬だけ逡巡したブルーノは警戒を滲ませながら用心深く口を開く。


「残ったって事は、俺が仕事の関係上、聞きたい事を聞いても良いって事だな?」

「そうなるな。我々、種の潔白を証明する為にも」


 ――かなり大事な話になって来ている。

 表面上は話をする気のあるチェスターだが、態度は高圧的。仲良しこよしするつもりは無いと主張している。


 珍しくサングラスを外したブルーノは目を細め、吸血鬼の様子を伺う。サングラスを外した瞬間は例の如く誰だこいつ、とうっかりそう思ってしまったがブルーノ本人で間違い無い。

 漂う緊張感。堪えられず、同じく蚊帳の外にいるイアンをチラと見る。彼女は心底退屈そうに、人外2人の睨み合いを眺めていた。あまりにも緊張感の無い様子に、やや脱力する。


「……じゃあ、取り敢えず、何で帝国に荷担していたのか聞こうか」

「見ての通り、吸血鬼は人間と共存しているのでね。勢力を広げつつある人間の国とパイプを繋ぐのは当然と言うものだ」

「盟約、つってたな。内容は?」

「伝承種の詮索をしない事。我々の数はそう多い訳では無い。他の連中とぶつかるのも嫌だったので、代表で私が帝国勤務となった。代わりに種の詮索をしない事を盟約とした訳だ」


 何だか、お偉いさま界隈も色々と七面倒臭いらしい。チェスターの気怠そうな顔を見て妙に納得してしまった。それに、その盟約とやらを破ればすぐにでもお約束を破棄してしまうあたり、仲もそんなに良いわけじゃないらしいし。

 しかし、それならつまり――


「おや、チェスター殿……帝国勤務をお辞めになるのですか?」


 心なしか愉快そうにイアンがそう尋ねた。先程までつまらなそうにしていたが、今ではニヤニヤと底意地の悪い笑みを浮かべている。明らかにチェスターが良しとしないような顔だ。

 案の定、目を眇めた吸血鬼は舌打ちでも聞こえてきそうな不機嫌さで、半ば投げやりに首を縦に振った。


「そうなる。私の裏をかいてまで研究を続けていたとはな。その執着心には痛み入る」

「もうその話はいいか? で、何でお前はヴァレンディアの『真夜中の館』に居たんだ? 魔道国は既に帝国の一部って事なのか?」

「まさか。あれは個人的な関係性の一端に過ぎん。というか、ただ単に叔父から譲られた、私の館なのでね。お前達が来たと聞いたので、利用したに過ぎない」

「叔父ねえ……」

「私の所有物に国境など関係は無い。人間が勝手に引いた大陸上の線と線などに興味は無いな」


 酷い暴論だが、彼がそう言うと確かにそうである気もする。人間が引いた国境という線は自然的なそれではなく、不自然的なものであるのは事実だ。


 ブルーノは難しげな顔をしている。彼等にとってどれだけ重要な問題なのかは測りかねるが、チェスターは恐らくシロだ。端的に言ってしまえば、これ以上突いて何かが出てくるとは思えない。

 話が不自然に途切れたからか、少しだけ機嫌を良くしたイアンが再び口を開く。これは、そう。何かとんでもない事を言い出す時の表情だ。


 何故か慌ててジャックはイアンの言葉を遮ろうとしたが、全体的に手遅れだった。


「チェスター殿、どうでしょう? 私達と一緒に旅をすると言うのは」

「あれは本気で言っていたのか、貴様……」

「あの時点ではただ煽っていただけです」

「煽っていただけ? 何故、意味も無く煽ってきた?」

「それはいいのですよ。ですが、あの時の冗談がかなり現実味を帯びてきましたからね。勧誘しない手はないか、と」


 ――流石に無理だろ!

 リカルデはなぜか「ナイスアイディア!」、みたいな顔をしている。が、ブルーノはやはり眉間に皺を寄せていた。顔の造形がなまじ整っているばかりに、感情が分かりやすい。これは確実に困惑した顔だ。

 というか、ブルーノ以前にチェスターがイアンの申し出を受け入れるとは考えられない。彼女には悪いが、この話はお流れに――


「ふむ、まあ、突拍子も無い提案ではあるが……。一理あると言えば、あるな」

「いやいやいや! おいアンタ、正気か? 止めておけって」

「127号か。心配する事は無い。帝国を抜けた今、お前を捕獲するつもりなど無いからな。飽きるまでは世話になるとしようか」


 そういう意味での止めておけ、という言葉ではない。ないが、吸血鬼の気紛れな返答によって彼も永遠と呼べる時間を持て余しているのだと知る。


「ブルーノ、チェスター殿はああ言っているが、良いのか? というか、このまま私達の逃避行に付き合うのか?」


 リカルデの懸念は尤もだった。何せ、ブルーノのやるべき仕事と言うのは帝国に潜り込んでいるかもしれない情報提供者の割り出しだとかなんとかだ。帝国から逃げている自分達と行動を共にするメリットは無い。

 それに、チェスターは帝国から手を引き、バルバラは撤退。ゲーアハルトも単体では役に立たない。実質、軍の頭はほぼほぼ潰れたも同然だ。しかし、ブルーノその人はきょとんとした顔をした。


「え? いや俺はここに残るが。帝国だって一枚岩じゃねぇ。チェスターの代わりくらい、ごまんといるだろ」

「そうだな。というか、私は客将に過ぎない。他の戦力も当然帝国は持っている」

「つか、帝国の内部に《旧き者》の裏切り者がいるな。それを洗い出すまでは仕事上がれねぇわ」

「盛大な超過労働だな、貴様」

「いやいや。わざわざ帝国勤務とか言って転職させられる吸血鬼程じゃねぇよ」


 何だか意気投合、というか話自体は合うようだ。


「ところで、次はどこへ向かいましょうか?」

「イアン、それだが研究所にもう一度寄りたい」

「何故急に……。分かっているとは思いますが、飛んで火にいる夏の何とやらですよ。それ」

「いや、何だか調子が悪いような気がして」

「メンテナンスがどうだとか言っていましたね、そういえば。良いでしょう。ブルーノさんの目的と合わせても最適なタイミングでしょうし、次はもう一度シルフィア村へ戻る、という事で」


 反対してくるのならばチェスターしかいない。そう言わんばかりに、イアンの視線は吸血鬼へと向けられていた。彼は涼しげな顔をすると、一言だけコメントする。


「ゲーアハルトは負傷している。シルフィアの研究施設は、今は手隙状態だろうよ」


 次の目的地、シルフィア村で決定らしい。

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