04.曰く付きのタガー

 ***


「そうですか、分かりました」


 結果的に言えば、分からないという事だけが分かった。予想の範囲内だったのか、特に落胆した様子も見せないイアンがタガーの入ったホルスターを手で弄んでいる。


「あ? 結局、何も分からなかったのか? 分かった事が何一つ無い?」

「ゼロですね。珍しい素材の短剣である、という見れば分かる事しか分かりませんでした」

「素材は何が使われてんだよ」

「分かりません」


 ブルーノがすかさずフォローを入れたが、火に油だった模様。店を出ながら、イアンがタガーを取り出した。往来でそんな物騒な物を抜くな、とジャックは口を開く。


「通り魔と勘違い――いや、あながち間違いじゃないが、とにかく勘違いされると面倒だ。部屋に帰ってから見るなら見ろよ」

「あ」


 いきなり声を掛けたからだろうか。刃を検証していたイアンの白い指が刃の部分をつう、と撫でた。人差し指の第一関節程まで滑った刃の痕から赤い液体が流れ出す。


「うわっ、イアン殿何をやっているんだ! これを――」


 自然な動作でリカルデがハンカチを差し出した。真っ白な、恐らくはシルク製の高そうなハンカチを。

 それを丁重に断ったイアンがタガーをジャックに投げ渡し、怪我をしなかった方の手で傷口を覆う。淡い緑色の光が漏れ出た。


「うん? 切れるではありませんか。貴方の腕が相当なナマクラだったのではありませんか、ジャック」

「は、刃物の扱いはあんたよりずっと上手いはずだぞ……」

「事実は事実として受け止めなければ」


 いやさあ、とブルーノがからからと笑いながら言う。


「逆に腕が良いから切れなかったって可能性もあるぜ。名人は斬るものを選べる、って言うだろ」

「斬らなきゃいけないものを斬れないジャックは、どちらにせよポンコツですね」

「あ、あんた等言い過ぎだぞ!」


 治癒の魔法を掛けていたイアンが負傷した指に視線を落とす。一直線に切れていたそれはしかし、塞がっていないどころか新たな血液が漏れ出していた。


「……すいません、リカルデさん。私のローブの左ポケットからガーゼを取り出して貰って良いですか?」

「え? ああ、ポケット? あっ、これか……」


 血流を止めるように押さえていた手を一瞬だけ離し、リカルデからガーゼを受け取った彼女はそれを強く傷口に押し当てる。治癒魔法は使うが、応急手当用の道具も持っているようだ。準備の良い事である。

 リカルデが眉根を寄せ、若干心配そうに訊ねた。


「だ、大丈夫か?」

「ええ。何故か傷が塞がりにくいのですが、このまま治癒を掛け続ければそのうち塞がる事でしょう。もしかして、これはそういう武器だったのかもしれませんね。治癒魔法を阻害する呪いの掛かった魔剣だとか」

「一度止まろう。歩き続けていては、集中も出来ないだろう?」


 最早、周囲の意見を聞くこと無くリカルデがベンチを探す。


「きゃっ!?」

「ああ、ごめんね、大丈夫だったかい?」


 急に進行方向を変えたリカルデと、後ろから歩いて来ていた男が衝突した。存外可愛い悲鳴を上げた彼女はすぐに我に返り、真っ赤な顔で慌ててぶつかった人物に謝罪する。


「あ、ああ、すまない。前を良く見ていなかった」

「いや、良いんだよ。僕もちょっと用事があってね、周りをよく見ていなかったんだ」


「よし、リカルデ。その人からはそーっと離れろ」


 傍観していたブルーノが酷く硬い声で不意にそう言った。驚いた顔のリカルデはしかし、何のことだか分からずにその場に硬直している。そんな彼女に対し、ブルーノがゆっくりと手招きした。今にも飛び掛かって来そうな猛獣を前にしたような、不自然な慎重さで。

 違和感を覚えながらも、ジャックもまた衝突した男性へ視線を移す。


 プラチナブロンドの長髪を一つに束ねている。少し癖毛だ。白い肌、整った顔立ちには無駄な物が一切付いていない。そんな彼の双眸は――今まで二度程見たそのままに、ぞっとするような赤色だった。


「――《旧き者》か!?」

「ああ、そう呼ばれる事もあるね。けど、何ていうか《旧き者》って種族名っぽくなくて僕は好きじゃないなあ。君もそう思うだろう?」

「いや別に、どうでも……」

「そうかな。まあ、何でもいいや。久しぶりだね! 元気にしていたかな?」


 男がにこやかな視線を向ける。それは同族であるブルーノを素通りして、今し方負傷したばかりのイアンへと向けられていた。しかし、イアンはそもそも目の前の《旧き者》については傍観の姿勢を決め込んでいたので、視線に気付いていない。

 おい、と止血に奮闘している彼女の肩を小突く。


「あんた、呼ばれてるみたいだぞ」

「はぁ?」


 イアンが顔を上げたタイミングで、男はもう一度彼女に話し掛けた。


「君本当に僕の話をいつもいつも聞かないよね。絶妙に治癒魔法が苦手なのも相変わらずだ」


 ゆらり、近付いて来た男は短く文言を唱えると、イアンが悪戦苦闘していた人差し指の傷に手を伸ばした。途端、先程までパックリと口を開いていた傷口が、初めから何も無かったかのように消え失せる。

 眉根を寄せたイアンは、にこやかな笑みを浮かべる男を見つめ、そして口を開いた。


「――貴方、どちら様でしたっけ?」

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