11.イアンの性質

 状況が悪くなった事を理解しているドミニクが怯える兵士を一瞥し、その視線をイアンへと戻す。


「おや?どうなさるか決めましたか?」

「ああ……」


 ドミニクが剣の切っ先をイアンへと向けた。途端、魔道士の目が活き活きと輝く。この先の展開が楽しみで愉しみで堪らないというような表情。

 しかし、その顔は次の瞬間には曇る事となった。


「イアン殿――僕と一騎打ちをしよう。僕が勝てば、127号は返して貰う。勿論、騎士兵の1人や2人、どうなろうと構わないからそっちの女性は見逃してもいい」

「……なんでしょう、急速につまらない話しになってきたような。それで、貴方が私に殺害された場合は?どうするのですか?」

「僕の首は渡すし、僕の部隊は貴方達を追うのを止める」

「……ハァ?」


 話しにならない、そう言わんばかりにイアンが肩を竦める。先程までの活き活きとした表情は完全に形を潜め、それどころかまるで虫ケラでも見る様な目だ。


「それ、私には何のメリットもありませんね。貴方が死亡すれば貴方の部隊が私達を追わないのは当然の摂理と言うものです。頭のない生き物が、胴だけで行動出来る訳がありませんしね。

 何より――貴方それ、生存を諦めて私にお願いをしているという事じゃありませんか。つまらない事を言い出すので、一瞬何を言われたのか理解出来ませんでしたけど。自分が死亡しても、取り敢えず部下の命は守れる、とそう思って提案している訳でしょう?貴方は駆け引きをしているのではなく、自身による生贄行動で別の利を獲得しようとしているに過ぎません」


 じゃあどうしろと言うんだ、と半ば自棄になったようにドミニクが叫ぶ。


「今、イアン殿は僕達がこの場から撤退しても追い打ちを――背を叩くと言った!僕は大尉だが、それ以前に騎士でもあるんだぞ!?敵に背を向けて逃げ出すだけでも吐き気を催す程屈辱的であるのに、それさえも赦されない!ならば、兵士の無駄死にを避ける為に僕が執れる唯一の策はこれしかないだろう!?」

「そうは言われましても、やる気の無い相手を叩き殺しても面白く無いでしょう?熱い拳のぶつかり合いと腹の読み合い――対人とはそういうものではありませんか。貴方が死にたいのならば勝手に死ねとしか言いようがありませんし。というか、私をダシにしないでくれますか。貴方、絶対に勝って生き残るという生存意欲が無いのですよ」


 激昂するドミニクに対し、どこまでもイアンは冷静だった。

 というか、冷静過ぎた。取り乱している相手を前に、他人事のように別の思考が出来るくらいには。


「あ、そういえばドミニク大尉。今ちょっと思い出したのですが」

「このタイミングで!?」

「ええ、ええ。そういえばジャックから聞いたのですが、何でも結婚を考えていらっしゃる方がいるとか。我々を片付けて帰ったタイミングがご結婚には丁度良いのではありませんか?」

「あ、ああ……確かに、そうだな……」


 ドミニクの顔色が変わる。怒りから、警戒へと。遠目見ている自分ですら分かった変化に、イアンが気づけないはずもない。その整った唇に薄い笑みの形を張り付けている。

 ――というか、俺の話ちゃんと聞いてたんだな。

 妙な所に納得したジャックだったが、安堵より不安が勝る。何せ、会話の流れが不穏過ぎるし。


「お相手は間違い無くバルバラ少佐ですね?貴方方、とても親密な仲でしたし」

「だから、それが何だって言うんだ!」

「殺しますよ」

「……えっ?」


 ですから、とイアンは勿体振ったように息を吐き出す。興奮しきったような、微かに震える吐息を。


「一騎打ち、するのでしょう?私が貴方に勝てば、私はバルバラ大佐を殺害します。そしてそれは、貴方が私に背を向けて逃げ出した場合も同様です。私を止める為には、私の首を刎ねる他無いでしょうね」

「そんなの……」

「はったりだと?私を前に、本当にそれがタチの悪い冗談だと言えるのですか、ドミニク大尉」


 空気が止まる。止まった空気を振るわせたのはドミニクの怒号だった。


「貴方、本当に人とは思えないな!じゃ、じゃあ僕が貴方を殺したら後ろの2人は血祭りにしても良いのか!?」

「ええ、どうぞ」

「あ、頭可笑しいだろ!?どうにかして、自分以外の誰かに被害が及ばないように配慮するものじゃないのか!?仲間なんだろう!?」

「厳密に言えば我々は仲間ではなく共犯者、という枠組みですね。まあ、そんな事を言っている訳ではないのでしょうけれど。というか、何故貴方はご自身が負けた時のことばかりを口にするのですか?

 ――私は勝つのですから、どんな不条理な条件を突き付けられようと何とも思いませんよ。その分、ベットを積み上げられて良い事ばかりです」


 圧倒的な自信。何の根拠も無いであろうそれは恐らく、ドミニクが冷静であったのならば警戒に値する余裕だっただろう。しかし、残念な事に彼は――彼自身にはイアンの内包する余裕の半分だって無かった。

 激情のままにドミニク大尉――否、騎士は突き付けられた条件に違和感を覚えること無く声を荒げる。


「こ、殺してやる!バルバラに貴方を近付けさせる訳にはいかない!」

「はい、頑張って下さいね。私も後ろの方々に被害が及ばぬよう、尽力します」

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