02.井戸端会議
――畜生……。
心中で悪態を吐きながら、かなり遅い速度で歩く。情報収集はかなり得意な部類だった。何せ、ホムンクルスである自分は五感が普通の人間より鋭く、そして力も強い。もしかしたら魔力量も多いのかも知れないが、その辺は未検証なので不明だ。
そんなわけで、ゆっくりと歩きながら周囲の情報を耳で拾う魂胆である。
歩き出してすぐに中年女性3人が固まって話しているのを発見した。ああいう手合いは噂話が大好きだ。信憑性は低いかもしれないが、聞いておいて損は無いだろう。
適当なショーウィンドウの前に立ち、例の3人組の話に耳を傾ける。あくまで自然に、不審な行動を取らないようにだ。
「聞いた?ドミニク様の話。何でも、裏切り者を逃がして、今追っているそうよ!」
「本当に?あの方はうちの村の管轄になってから、一度も不祥事は起こしていないのに……。世の中、本当に出来る子の方が要らないトラブルに巻き込まれるものよねぇ」
「困るわぁ、管轄変わったらどうしましょうか。路上販売禁止、なんてなったらあたし達、冬が越せないわぁ」
「本当、可哀相よね。だってドミニク様、婚約者がいらっしゃるんでしょう?」
――婚約者……?
ドミニク・シェードレ。一度対峙した時はガチガチの軍人、といった体だったがしっかり青春しているらしい。とはいえ、青春などという歳でもないだろうが。
あまりこの先、役に立つ情報だとは思えなかったが純粋な好奇心から更に耳を傾ける。後ろを通り掛かった母子に「ねぇ、あの人、ずっとお洋服見てるよー、子供のやつなのに、変なの!」「コラッ、見ちゃ駄目よ!」、と言われたが落ち込むだけに留めた。
「それって、婚約者と言うより恋人って話じゃなかった?」
「あら、そうだったかしら」
「そうそう。もっとフランクな感じの。でも、結婚を考えてるって噂は少し前にあったわねぇ」
それでさ、と話が急に切り替わる。軍関係の話から、どこの食べ物が美味しいだの、新しい店が出来ただの、という話に。
これ以上の収穫は無さそうなので、ジャックは踵を返した。
めぼしい情報も何も無く、歩き始めて20分が経った頃だ。かなり寂れてはいるが、武器屋の看板を発見した。黒く煤けており、経営に対する熱意が伝わって来ない看板が目印である。
店内に入ってみた。
「これは……」
取り扱っている武器が少なすぎる。しかも、業物や高級品を取り扱っている訳ではない。無難に量産品を無難な値段で売っている、それだけだ。売る気があるのが甚だ疑問である。
しかもカウンターに陣取っている店主らしき人物は新聞を読むのに夢中で、客が来た事すら気付いていない様子。おいおい、店内にある物根刮ぎ盗って行くぞと思ったが、良心が咎めたので止めた。
「すまない、今良いだろうか」
「あっ、お客さん!?いらっしゃい」
――あっ、じゃねぇんだよ……!
お前は何でやる気も無いのに店を経営しているんだ、と小一時間程問い詰めたくなったが必死で抑える。そう、今はそれどころではない。
「おい、あんた、ここにはこれだけしか置いていないのか?銃弾とかも?」
「無いねぇ……。いや、昔は置いてたんだけどね、帝国内部にいると比較的平和だからね。武器なんて買っていくお客さんがあまりいなくて」
「平和なのは良いが……困ったな」
「ああ、お客さん、もしかして旅人?戦争中だってのにあまり国から出て彷徨かない方が良いんじゃないのかね。ま、余計な世話ってもんだけど」
まずい。女性陣の様子からして、イアンは武器の補充は不要だろう。武器屋に対しても特に反応らしい反応を寄越さなかった。
しかし、問題は自分とリカルデだ。特にジャックの方は銃弾を持ち出せなかったので、銃だけを所持するという訳の分からない状態に加え、愛用のタガーはドミニクに弾かれた際、天井に刺さったまま逃走して来てしまった。
リカルデもそうだ。彼女の腰に差している騎士剣は帝国印。である以上、服を着替えた所で剣を持っていれば軍人が変装している、と思われかねない。
「――この辺りに、他の武器屋は無いのか?」
「無いねぇ。隣街にまで行かなきゃ……あ、そうだ。確か今、ブルーノ坊が帰ってるはずだ!」
「ブルーノ?誰だ、それは」
「おう、冒険者のあんちゃんでよ、村に帰ってくる度に旅先の品を売ってくれるんだ!俺の店よりは品があると思うぞ!」
「あんた、それでいいのか……?」
しかし、良い情報を手に入れた。冒険者ブルーノが営む期間限定の店。そちらに品があるのならば、そちらへ行くしかないだろう。幸い、まだ昼だ。リカルデ達の買い物が終わった後でも十分に時間はあるはず。
――ブルーノの店へ行ってみよう。
「分かった、そちらの店に行ってみる」
「おう、またきなよ」
時計を見る。単独行動を始めてから40分が経過していた。そろそろ、集合場所へ行ってみるとしよう。
***
ジャックが戻る頃には意外にもイアンとリカルデが手近なベンチに腰掛けて雑談していた。服が変わっていたので一度通り過ぎてしまったが。
「遅かったですね。それで、武器屋はありましたか?」
イアンの問いに対し、ジャックは首を曖昧に捻った。あったと言えばあったが、無いのと同じようなものだったからだ。
「いや、武器屋自体はあったが、俺の扱う銃弾もタガーも無かった。リカルデ、あんたの扱うような騎士剣らしきものはあったが、量産品の類だったぞ。具体的に言うと、今あんたが持っているその剣よりグレードが低い。それでもいいのなら案内するが……」
「そうか、なら私は遠慮しよう。魔石加工されていない騎士剣を今更使う気にはならないな」
「武器屋の件も含めて、報告があるが、今聞くか?」
「聞きましょうか」
イアンの肯定の意に押され、ジャックは今日あった事を一通り説明する。ブルーノの話題に食いついて来たのはやはりリカルデだった。
「冒険者の店、か。そこへ行ってみよう。純粋に興味がある」
「分かった。ただ、どこに店を構えているのか分からない」
「そんなもの、村人に聞けばいいだろう」
言うや否や、リカルデは井戸端会議をしている中年女性達の群れへ突っ込んで行った。何て逞しいのだろうか。
というか、ドミニクの情報について皆無言だったけど、話はちゃんと聞いていたのか不安になってきた。
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