05.第一級フラグ建設士と護身用アイテム

 ***


 室内で暴れたキメラ、という正気を疑う光景。死者3名を出すだけに留めた、凄惨な現場にて。ドミニク・シェードレは茫然と思考を巡らせていた。


 勿論、イアン・ベネットが何故か脱走者に荷担し、帝国を裏切った事についてだ。確かに彼女は少々特殊な趣味というか、性格をしていた。その部分だけは擁護のしようが無い。彼女と仕事をした事がある者ならば誰でも知っている、純然たる事実だからだ。


 ――それでも納得出来ない。


 思い返す限り、イアンが不満を口にしているのは見た事が無い。もっと言えば、不満に思っている素振りすら見せた事が無いのだ。

 そうであるからこそ、今回の一件は酷く唐突で全く予備動作もなく殴り掛かられたような、愕然とした気持ちが拭えない。まるで、帝国で働くよりもっと面白いモノを見つけたから、そちらに乗り換えたような適当さ。深い考えがあるとは到底思えなかった。


 しかし、イアンを取り逃がしてから丸1日が経過し、遅れて到着するはずだった後発の部隊が揃った。昨日の間にシルベリア兵の反乱なぞ起きたら一溜まりも無かったが、杞憂だったようだ。


「こんな所で何をしている」


 ともすれば舌打ちさえ聞こえてきそうな不機嫌極まりない声で我に返る。慌てて振り返れば、そこには初老の男性が立っていた。どことなく気品漂う佇まいだが、彼もまた歴とした軍人である。


「こんにちは、チェスター大佐」


 片手を挙げて応じた彼――チェスター・ベーベルシュタム。彼はアレグロ帝国にとっての重鎮であり、記念兵であり、とあるツテからの親愛の証しでもある。役職を与えられはしているが、ほとんど戦線に出る事は無い。

 客将であるチェスターはドミニクを視界に入れるなり、伝言のようなものを口走った。


「研究所からの要請が貴様に下りている。今、聞くか?」

「ええ、聞きます」


 研究所――即ち、ホムンクルス127号の事だろう。

 案の定、ドミニクの予想は見事に的中した。


「脱走者、特に127号の身柄を拘束し、研究所へ返す事。いいな、絶対に127号を殺害するな。それが貴様の仕事だ。こちらは宰相殿から聞いた話だが、見事脱走兵を捕らえたのならば、昇格を約束するらしいぞ。良かったな」

「昇格!?」

「ふん、脱走者を出した指導者に対し、罰も何も言い渡さないところを見るとイアンの件で大目には見てくれるらしいな。上の連中に感謝した方が良いぞ」


 チェスターの言葉はあまり耳に入らなかった。それよりも、昇格という言葉の方に重みがあったからだ。


「ありがとうございます、チェスター大佐!ちょっと、バルバラを捜して来ます」

「ハァ……」


 盛大な溜息が背後から聞こえて来たが、ドミニクは気にすること無く踵を返した。

 足が急く。ロビーや、或いは部屋で待っていればいつかは彼女も戻って来るだろうが、そんなに待つ気にはなれなかった。

 5分くらい彼女を捜し歩いただろうか。

 見覚えのある後ろ姿を発見し、足を止める。淡いブロンドの長髪。ゆったりと癖があり、柔らかそうだ。

 声を掛けるより早く、彼女が振り返った。エメラルドグリーンの瞳がこちらを向く。バルバラはこちらの姿を見つけると、花が咲いたように微笑んだ。


「捜したわ、ドミニク。どこへ行っていたの?」

「少し、チェスター大佐と話をしていたんだ。僕には新しい任務がある」

「……あの、忌々しい脱走兵達の捕縛ね?このタイミングで新しい任務が差し込まれるなんて、それ以外にはあり得ないもの。127号がいたのが運の尽きだったわね……」


 そう言うとバルバラ・ローゼンメラーは怒りを堪えるようにその目を伏せた。仕事柄、彼女と行動を共にする機会は少ない。今回は久々に共同任務で、任地でも顔を合わせる事が出来ると一緒に喜んだのはつい昨日の話だ。


「確かに、僕達は一緒にいられない運命みたいだ。だけど、何も悪い話ばかりではないよ。任務が終われば、僕は昇格出来る。大尉から少佐に。君と同じ階級になれる」

「私は階級なんて気にしないわ。どうしたの、突然」


 ドミニクはそっとバルバラの手を取った。その手の甲に唇を落とす。


「ずっと、君の隣に並べるようになったら言おうと思っていたんだ。僕が無事、任務を終えて帰った時には、バルバラ。君に指輪を贈ってもいいかい?」


 バルバラの瞳が大きく見開かれる。僅かに色づいた頬、目を逸らした彼女へと追い打ちを掛けるように囁いた。


「駄目かな?」

「いいえ、まさか!私、貴方が帰って来るのを待つわ。ずっと」


 するり、と掴んでいた手が抜けて行った。バルバラは何かを思い出したように軍服のポケットから水晶玉を取り出す。透明な球体の中には金色の魔法式が閉じ込められていた。魔法アイテムである事は一目瞭然だ。


「ドミニク、これを。行きつけの魔法アイテムショップで売られていたものだけれど、効果は本物よ。きっと貴方の事を守ってくれるだろうから、持っていて?」

「え、だけど……君も通常任務なんだろう?僕ではなく、君が持っているべきじゃないのか」

「私には軍の皆がいるわ。けれど、貴方は一人きり。相手は127号だけではないのだから、貴方が持っていた方が良いと思うの。無事を祈っているわ、ドミニク」


 半ば無理矢理、水晶玉を握らされた。水晶玉は光を受けて光を撒き散らしている。


「――ありがとう、必ず任務を終えて帰るよ、バルバラ」


 貰った護身用魔法アイテムをポケットに仕舞う。

 不確かな高揚感。任務を終えて帰れば、彼女と婚姻を結ぶ事が出来る。

 そう思えば、何だって出来るような気がした。

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