第二十三話◆一ヶ月遅れの賞金

今日は7月31日。二つの話題で持ち切りだった。

一つは、三学年次の模擬戦の話題。

そしてもう一つは、二学年次最強の学生トール・ヨシュア、そして決勝の相手ガブリエル・グラスプールと、レメディオス・デイモンの三名が、昨日の夜意識を取り戻して、何とか登校し始めた。という話題だ。


ただ、二つ目の話題は、事実とは少し違った。

何とか登校したのではなく、三人とも二学年次の模擬戦が始まる前よりもメチャクチャ元気になったから登校したのだ。無論、青いリンゴのお陰である。


好矢はガブリエルが元気になった後、レメディオスにも食べさせた。

その後三人で、医師に青いリンゴの話はしないでおこうと決めた。医師に知らせると街全体どころか国全体に広まって、青いリンゴを手に入れるためにゴブリンが大量虐殺されてしまう。

彼らだって生きているし、元々人間には手を出さない温厚な性格の魔物だったのだ。それを人間の欲の為に一方的に命を奪ってきた。

決してやってはいけないことだし、欲の為に殺されるのはかわいそうだ…という三人の意見が固まった。

元の世界でもそういう発言をする保護団体があったが、彼らが発言する気持ちが少しは分かった気がした。


三学年の生徒が使う控室の準備が出来るまで、各々は教室で談笑していた。


「大丈夫なのか?」「ヨシュア!優勝おめでとう!!」

教室に入るなり、色んな奴から声を掛けられた。


そして、仲間内で真っ先に声を掛けたのは、ソフィナでもアデラでもなく、エリシアだった。ちょっと寂しい。

「好矢くん!元気になったのね!!」

好矢は、ちょっとした違いを聞き逃さなかった。


「エリシア、今好矢って……」


「ヨシュアヨシュアって名前を呼んでたけど、ソフィナだけ好矢って呼んでたでしょ?聞いてみたらそれが本当の名前だって言うから、頑張って私も呼べるようになったの!最初は好矢って聞き分けられたのも偶然だったんだよ。」


「すごい努力だな……お前を悪く言ったことを改めて申し訳ないと感じたよ。」


「いいのよ、もう許してるから。でも、今回の三学年の模擬戦が終わったら約束お願いね!」


「一騎打ちのことか?いいぞ。ところで、ソフィナはどこだ?」


「あぁ、ソフィナは――」


エリシアが言おうとした瞬間、司会の声が学内に響く。


「三学年の皆さん、戦闘フィールドの控室の準備が整いました。AチームからJチームまでの10チームは、控室へどうぞ。」

ソフィナの声が聞こえた。


「何でソフィナが喋ってるんだ?」


「戦闘フィールドの実戦教官がミスしたから、補助教官としてアナウンスしてた教官が呼ばれたのよ。それで、三学年の学生長は試合だし、他の学生長は、シルビオ学長とご一緒したいらしいから、

ソフィナは、私がやりますって、学生長定例会議で進言したらしいのよ。」


「なんでまた……」好矢はソフィナと一緒に観戦したかったのだ。


「たぶん、貴方が目を覚まさないから、別の事で気分を紛らわせたかったんじゃないの?まさか前日に突然元気になるなんて思わないし。」


「まぁ、そうなるよな……。」


二学年の生徒たちも観戦席に集まる。

好矢、ガブリエル、アデラ、ファティマ、エリシア、レメディオスの六人は一つのグループとして移動していた。

ガブリエルの横には、ファティマとアデラがくっついている。アデラは別にガブリエルが好きというわけではないらしいが、ファティマに取られるのが気に食わないらしい。

エリシア、レメディオスは元々仲が良かったらしく、談笑しながら歩いていた。

俺もガブリエルたちと歩いているが、他の生徒同士で話が弾んでいるようで、何故か一人でいる気分になった。あぁ、寂しい……。


観戦席に着くと、二学年用の客席があった。

自分のカバンを座りたい場所に置いておくと、俺はガブリエルとレメディオスを呼んで、学長がいる、五学年の学生の観戦席の上にある、学長席へ向かった。


学長席には、一、四、五学年の学生長がおり、その奥にシルビオ学長がいた。

二学年の模擬戦の時とは違い、他の学生達と同じ観戦席には座らず、学長や学生長用の観戦席に座ることにしたようだ。


一番戦闘フィールドとは離れているが、戦闘フィールドに向かう分には一番早く戦闘フィールドに到達出来るのが、学長用の観戦席なのだ。奥に特殊な転移魔法陣があるため、そういうことが出来るらしい。

ロサリオ事件と呼ばれた、戦闘後の攻撃行為や、その他にも色んな事件がいつ起こっても良いように、学長は本来いるべき場所で観戦をすることにした。

ちなみに、学生と共に観戦をしていた理由は、五学年や四学年の学生の進路を、実際に話して知っておきたいということがあり、皆で集まれる場所は模擬戦くらいしかないからだそうだ。

成績や素行も良い、目を付けていた学生には、第一志望の王宮への就職まで叶えたという、実績のあるシルビオ学長。

元々は進路相談の教官だったらしいが、王宮から直々に学長に任命するという辞令が出され、去年度から学長へ昇格したらしい。ちなみに、前学長は王宮でもっと良いポストに就いている。


「「おはようございます。シルビオ学長。」」ガブリエルとレメディオスは一番最初に挨拶する。「おはようございます。シルビオさん。」さん付けで呼んだのは好矢だった。


一緒にいた学生長達が予想外の呼び方にビクッとした。


「おはよう。ガブリエルくんに、レメディオスさんと、ヨシュアくんだね。元気になって良かった。」シルビオ学長は笑顔で答えてくれた。


「お前、さん付けはマズイだろ!」ガブリエルが好矢に言う。


「いやいや、構わんよ。」シルビオ学長は、ワイングラスに注いである血のような赤さの飲料を一口飲んだ。

遠目で見るとワインだが、どうやら違うようだ。そういえば、二学年の模擬戦でも飲んでいたな……

「ところで、三人共こちらで観戦しないか?特にヨシュアくん。キミとは話をしておきたい。」


「はい、ご一緒させていただきます。」ガブリエルはハキハキと答え、三人は荷物を取りに行って、学長席へ戻って来た。


「ヨシュアくん、まずこれを受け取ってくれ。優勝おめでとう。」


そう言うと、ジャラジャラと音の鳴る革袋を渡してくれた。革袋の膨らみから、すごい枚数のコインが入っている事が分かった。


「合計27800コインが入っているはずだ。確認してみてくれ。」


「「「「「「!?」」」」」」その場にいた学長以外の全員がビックリしていた。


シルビオ学長が内訳を話してくれた。まず、優勝賞金が5000コイン(銀貨50枚)。これは優勝チーム全員に支払われる。

次に、2800コイン(銀貨28枚)が、優秀学生賞。これは模擬戦の優秀な働きに応じて、支払われるものであり、全員にあまり多くはないが支払われるお金らしく、

この優秀学生賞はガブリエルも2600コイン受け取っていた。レメディオスはそれほど多くはないようだった。


そして残りの20000コイン(ミスリル貨2枚)は、ロサリオの家から支払われた、三名への慰謝料らしい。

もちろん、ガブリエル、レメディオスの二人にも同額の慰謝料が支払われたようだ。


革袋を三人に渡してから、学長は続けた。


「ロサリオのご両親は、大変申し訳なかった。どうかこれを収めてくれ……と言っていた。何か伝えるべきことはあるか?」


「ロサリオはどうなったんですか?」好矢が聞く。


「ロサリオは、あの後逮捕され、バルトロの街の刑務所へ連行された。彼はもうトーミヨの学生ではない。」


「なるほど……出所したら挨拶しに行ってやる。と伝えて頂いてもよろしいですか?」


「……構わないが、命は狙うなよ?ヨシュアくんは良い人材になる可能性が高い。未来を潰すことはしなくても良いだろう。」


「もちろんです。挨拶をしに行くだけですから。」

これは牽制のつもりだった。本来は挨拶する気はないが、出所しても報復という恐怖が待っている…と思わせて、二度とトーミヨの人間に手出しをさせないようにするつもりだったのだ。


「とにかく、ヨシュアくん。君に話していた賞金というのは、そのお金のことだ。結果的に事件に巻き込まれて本来より多いが、問題はないだろう。」


「はい。ありがとうございます。」


「ところで――三人はどうして突然傷が完治した上に元気になったんだ?」


来てしまった。誰かからされるだろうと思っていた質問が……。




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