異能審判
平井昂太
第一章
第1話「超能力」
『超能力』という言葉が、バラエティ番組や娯楽作品から消えたのは数年前からだ。
今となっては、もっぱら犯罪報道で見るものである。
その要因は本物の『超能力者』の出現にあった。
かつては、エセ超能力者がテレビをにぎわしたものだが、正真正銘の超能力を持つ者が置かれた境遇は恵まれたものではなかったのだ。
常人からすると、自らが持つ能力と比べて明らかに異質なその力は、不気味で恐ろしいものだったのだろう。
人類の中に、ごく少数存在する超能力者は、異端の者として迫害されることになった。
超能力が持つ効果の大半は対象を攻撃するものだったが、現代の法治国家においてそれらは何の役にも立たなかった。それどころか、超能力者は野蛮、戦うしか能のない化物と揶揄され、それが公然とまかり通っている。
彼らを差別から守る為の法律は存在せず、明確に傷害罪・殺人罪などが立証されない限り差別行為が咎められる機会すらない。
戦う力が必要とされない非情な平和が続くこの国に、新たな春がやってきた。
都心部からやや外れた閑静な町にある市立第七高等学校。
この学校では入学式が終わり、各教室でホームルームが行われている。
「よーし、お前ら順番に自己紹介していけー」
一年生の教室にて、担任教師の中年男性が生徒たちに自己紹介を促す。
(じ、自己紹介……、どうしよう何も考えてなかった……。名前言うだけでいいかな……?)
教室の最前列右端で頭を抱えているショートカットの少女・
実際に放ったことはないに等しい。あくまで自分の内に秘められた力がそのような性質を持っていると知覚しているに過ぎない。
万が一にも誰かに見られたらと考えると、どんな場面であれ使いたくなかった。
陽菜が小学生の頃――超能力者が出現し始めたのと同時期――、掌から不思議な光が出せるようになっていることに気付いていた彼女は、停電が起こった学校で明かりを提供しようと能力を発動してみせた。
その時は驚かれただけだったが、だんだんと周囲が陽菜を見る目は変わっていった。自分たちとは違う怪しげなものを見るような目だ。特に、力を暴発させて人を傷付けた者がいるなどのニュースが広まって以降は、怪物退治の名目でひどいいじめが行われ今でもトラウマになっている。
あれ以来超能力は使っていない。学校もなるべく小学校時代のクラスメイトがいなさそうなところを選んだ。
幸い能力の発現に伴う外見変化はなかった為、当時の知り合いさえいなければ超能力者だという事実は隠すことができた。中には能力の影響で肌や髪の色が変わり、どこに行っても差別と偏見にさらされている者もいるらしい。それに比べればまだ恵まれているともいえるだろう。
陽菜は髪も黒く、外見的になんら目立ったところのないごく普通の少女に見える。おかげで超能力者だからという理由で嫌がらせを受けることはない。ただ、幼い頃に負った心の傷は深く対人恐怖症といわれるような状態になっていた。
(と、とにかく……、変に目立たないように普通にできれば……)
出席番号は後半なので、他の人を参考にしつつ心の準備をする時間はある。
「名前と趣味と、あとなんか言いたいことあったら適当に言っとけ。まずは――出席番号一番、
教師に呼ばれて最前列左端の席から男子生徒が立ち上がった。
陽菜はまず自己紹介がどのような流れになるか確認しようと、雨宮という生徒の方に注目する。そこですぐさま衝撃を受けた。
(……! す、すごく綺麗な人……)
俗世から切り離されたかのような、神秘的かつ儚げな雰囲気を纏った美少年。しなやかな銀髪に、透き通るような白い肌、端正で優しげな顔立ち、どこを取っても非の打ちどころがない。
席が離れているので遠目にしか見えなかったが、それでもなお美形だと見なすに十分過ぎるほどだった。
「……あ、雨宮
声も期待に違わぬ美しさで思わず聞き惚れる。涼しげで川のせせらぎを思わせる癒し系だ。しかし、緊張気味にも感じられた。
「以前患った病気の影響で髪は白いですが……今はもう体調も良くなっているので、よろしくお願いします」
せっかくの美声なのでもうしばらく聞いていたい気もしたが、ひとまず面白いことまで言わなくて良さそうだと安心した。
「じゃ、二番以降も続けてくれ」
残りの生徒も順番に自己紹介をしていく。蓮はかなり真面目だったが、他はむしろノリが良く気の利いた一言など織り交ぜながら話している人が多く、陽菜のプレッシャーが強まっていった。
ふと、他の生徒たちの服装を見て気が付く。
(あれ……? わたし以外の女子ってみんなスカート……?)
第七高校では女子の制服でもスラックスの着用が認められているのだったが、陽菜以外にその制度を利用している者はいないようだ。血の気が引いていくのを感じる。
(そもそも服装からおかしかった……? わたしにスカートなんて合わないと思ってズボンにしたけど、これじゃかえって変に思われる……?)
何を話すにせよ変な女だと思われるのは既に確定。不安で考えがまとまらないまま順番が回ってきてしまった。前の席の生徒が座った後、震えながらも立ち上がった。
「み……水無月……陽菜……です……」
名乗ったところで周囲から声が上がり始める。
「ハルナ……? 名前からするとあれって女なのか?」
「えー、じゃあ、なんで男子の制服着てんの?」
「兄貴のおさがりとかじゃね?」
「まさかそんな女子いないでしょー?」
「聞き違いかもな、声小せえし」
明らかに失笑を買っている。ちなみに陽菜の制服は一応女子用であり男子の制服とはブレザーの合わせが逆でネクタイの色も異なるのだが、そこまで真剣に見ている者もいない。
「趣味は……」
言葉に詰まってしまった。自分の趣味はなんなのか。漫画やゲームを趣味に含めて大丈夫かどうかも分からない。
沈黙が続く、お前なんかが人様の時間を無駄にするな、といわんばかりの空気が伝わってくる。今はとにかくこの状況を終わらせたかった。
「……読書……です……よろしくお願いします……」
消え入りそうな声で言って着席する。嘘を吐くことにはどうしても抵抗があった為、漫画は分類上書籍にあるということで読書にしておいた。
その後は今年度の授業や行事日程などの説明が行われていたが、ずっと上の空で気付いたらホームルームは終わっていた。
人前で話すとなると毎度こんな調子で、疲れと気分の落ち込みでぐったりして机に突っ伏してしまう。
「あの――」
背後で声が聞こえる。つい先ほどの美声、これを聞きながら眠れたら気持ちいいだろうと思っていたので、どうせならたくさん喋っていてほしい。
「……水無月さん」
「……!」
不意に名前を呼ばれ発作的に肩が震えた。まさか自分に声をかけているとは思わなかったので何かまずいことをしてしまったかと心配になる。
身体を起こし振り返ると目の前に蓮の姿。
(あ、雨宮さんが好き好んでわたしなんかに声をかけるはずない……、何か迷惑なことを……)
持ち前のマイナス思考で不安になってしまうが、蓮の表情はとても柔らかいものだった。
「少し、話させてもらってもいいかな……?」
「え……あ……、は、はい……」
一体何の話が始まるのか想像もできず、緊張で身体がこわばる。
「さっきの自己紹介を見てて思ったんだけど……、ひょっとしたら……水無月さんも人前で話すのは……、得意じゃなかったりするのかなって……思って。どう……かな? ち、違ったらごめん……!」
かなり遠慮がちに尋ねてくる。少しか弱そうな外見も相まってとても愛らしい姿だ。ひょっとしても、違ったらもなく、誰がどう見ても話すのが苦手なのは明白だっただろうとは思ったが。
「は、はい、大勢の前でなくても会話全般が苦手で――」
答えている途中だったが重大な問題――あるいは過失――に気が付いた。蓮を立たせたまま自分は座って話してしまっている。
陽菜はあわてて立ち上がり席を譲る。
「す、すみません……! どうぞ座ってください」
「え、いや、そこまで……、う、うん……」
畏まり過ぎだと感じながらも、陽菜の様子があまりに深刻そうだったからか素直に席に座ることにしたようだった。
「それで、話の続きなんだけど……、もし僕らが同じようなことで悩んでるんだったら――、友達になれないかな?」
一瞬何を言われたか分からなかった。言われた言葉をもう一度思い出してみてようやく意味が理解できた。
(わ、わたしが雨宮さんと友達に……!? 今まで普通の友達もいなかったのにいきなりこんな綺麗な人と……)
蓮に何のメリットがあるのか分からなかったが、本当にそんなことが叶うなら――そう考えていると話はさらに続く。
「駄目……かな? もちろん、頼んでなってもらうのが本当の友達じゃないのは分かってるけど、一緒にいたらちゃんと心から友達だって思えるようにもなるんじゃないかって……」
蓮の瞳がまっすぐ見据えてくる。そこで自分が一人で昂ぶって返事をしていないことに気付く。
「わ、わたしなんかで良かったらぜひ……!」
取り急ぎ申し出に対する返答をした。
すると蓮はほっとしたように息を吐き、穏やかな微笑みを浮かべる。
「で、でも……雨宮さんに迷惑がかかってしまうかもしれないというか……、その……」
自分が友達になりたいという気持ちは伝えたが、蓮自身が本当にそれでいいのかは確認しておかなければと思った。その為の言葉を紡ごうとするも、どう言っていいのか悩んで何度も口ごもってしまう。
だが、蓮が終始全てを許してくれそうな優しいまなざしを向けてくれていたおかげで、言葉を発することや、逆に沈黙してしまうことに対する恐怖が和らぎ、少しずつ落ち着いて話せるようになってきた。
「わたしは多分……雨宮さんの友達に相応しいような人間じゃなくて、友達として頑張っても、結局はお世話になってしまうことばかりだと思うのですが――、それでもいいですか?」
「うん、不安なのはお互い一緒だと思うし、きっと本当の友達だったらどっちがどっちのお世話になってるとかそんなに重要じゃないんじゃないかな」
最終的には図々しいお願いをすることになってしまったが、蓮が望んでくれるならばその気持ちに応えようと思えた。
晴れて友達ということになったので、早速お互いを知る為に雑談を始めることに。
陽菜の隣の席は空いていたのでそこに座らせてもらう。ただ、新しいクラスということもあってか教室内で話し込んでいるグループはいくつか残っていた。
「そういえば水無月さんも本読むの好きなんだっけ? 何かお気に入りとかってある?」
「う……」
自己紹介の場は乗り切ったが、ここにきて蒸し返されることに。自分で言ったのだから仕方ないのだが。
「その……あの時は頭が真っ白で、適当なことを……」
せっかくできた初めての友達だ。本音を包み隠さず話したい。もっとも超能力のことだけは、皆が不幸になるだけだと思うのでこの先も伏せておく。
「ああ分かるよ、緊張してたら無難に終わらせたくなるよね」
誰もが認めるような美少年が自分の話に共感してくれる、夢見心地とはまさにこのことだった。気分は昂揚しているにも関わらず、蓮の声が、言葉が、瞳が、優しく包み込んでくれて安心できた。
「趣味じゃなくても好きなこととか、好きなものとかって何かある? 水無月さんのこと知りたいんだ」
普段人と話さなければいけない時に感じる、怒られたらという不安を蓮は与えてこない。豊かな包容力で自分を受け入れてくれる。この人になら素を見せても大丈夫そうだ。
「漫画とか、ゲームとか……、普段家からあまり出ないので……」
「最近は図書館にも漫画置いてあるよね、ゲームも色々すごいのが出てるみたいだし、良かったらおすすめを教えてほしいな」
口ぶりから察するに詳しくはないようだが、偏見は全くなさそうだった。その上、教えてほしい、とこちらを立てるような言い方をしてくれる。
「はい……! わたしもそういうお話ができる相手がいたらってずっと思っていたので……!」
「僕もおすすめの本紹介するね」
和気あいあいとした会話を続けられていたのだが――。
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