現在3

 はらり、と。


 上から何かが降って来て、俺は落ち葉を掃く手を止める。

 竹ぼうきを支えにし、顔を上げた。晴れ上がった空に眼を細めて、校舎を見る。


 はらり、と。

 校舎の3階からまた何かが落ちてきた。

 落ちてくる、というより、舞い降りてくる、と言った方が正解かも知れない。

 風を孕み、ふわりふわりと漂うそれに手を伸ばし、掴む。


「何、それ」

 同じように竹ぼうきで落ち葉を掃除していた篠原しのはらが、俺の手元を覗き込んだ。


「紙吹雪……」

 呟いて、苦笑した。


「に、しては大きすぎだな。なんだ、これ」

 自分の手の中にある紙片に視線を落とした。薄桃色のコピー用紙を乱雑に千切っただけのように見える。


「3階だから、2年生か」


 篠原も眼を細めて校舎を見上げた。途端に、大音量の曲が流れる。CMにも使われている、アメリカのポップスターが歌っている曲だ。「やばいやばい」。「音がでかいよ」。そんな慌てた声と、「紙吹雪、何枚か外に落ちちゃった」という声が続けて聞こえてきた。


「文化祭の練習じゃないかな。2年生は舞台発表をする、っていうから」

 篠原はため息交じりにそう言った。最早興味はない。そう言いたげに、再び掃除に戻る。


「ごみを増やすなよな」

 俺は3階に向けてそう言い、それから手に持っていた紙を、落ち葉の中に紛れ込ませた。


「桜も、咲いている時は綺麗んだけどなぁ」


 誰に言うとでもなくそう口にする。

 クラスの掃除当番で「校舎周りの落ち葉掃き」が当たった時、「ラッキー」と思った自分が馬鹿に思える。その時は、「雨の日は休み」ということしか頭になかった。


 だけど。

 桜が、こんなに葉を落とすとは思わなかった……。


「あ……」

 篠原が声を上げる。竹ぼうきを動かしながら、視線だけ移動させた。

 彼女は顎を上げ、空気の匂いを嗅ぐようにすんすん、と鼻を鳴らしている。


「どうした?」

 声をかけると、彼女は黒目がちな目を俺に向け、にっこりと笑った。


「桜の落ち葉って、桜餅の匂いがする」

 その言葉に、噴き出した。


「そういえば、昔、若葉を食べたら桜餅の味がするかな、って言ってたっけ」

 俺は笑いながら落ち葉を掃き続ける。


「あの後、本当に若葉を食べようとするもんだから、おかしくて……」

 そこまでしゃべって、動きを止めた。


 今。

 俺は。

 なんの話をしているんだ。


「……夢の中で」


 茫然と俺は、目の前の篠原を見る。

 篠原も、俺を見ていた。


 真剣に。力強く。揺るぎない意志を宿した目で、俺を見ていた。

 そんな彼女に問いたかった。尋ねたかった。聞きたかった。


「俺は……。あの夢の中で俺は……」


 俺は、どっちなんだ。


 あの、侍なのか。病気の女なのか。

 だけど、言葉は喉の奥で潰えた。ごくり、と喉は動くのに、言葉が出ない。


 知っているからだ。

 気づいているからだ。


 俺は、病気の女の方だ、と。


 あの侍に恋い焦がれ、慕い、来世でも結ばれたいと願った、あの女の方だ、と知っているからだ。


「……行峯ゆきみね

 何か言いたげに篠原が名を呼ぶ。「いや、ちょっと待って」。俺は遮る。


 頭が混乱してきた。

 混乱の原因は、篠原だ。

 俺の目の前で。

 不安そうに。困ったように。身を竦めて立つこいつは。


 知っていたんじゃないか?


 俺が、あの女なのだ、ということを。


 なら。

 あの侍は。


 篠原。お前なんじゃないか。


「お前、知ってて黙ってたのか?」

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