第7話 敵の疑問

 暗くだだっ広い石造りの空間に、その人物はうつむくように立っていた。空間を照らす白い光はとても頼りなく不安定にゆれながら、彼を照らしていた。丸いあごラインのかわいらしい横顔、しかしそれに似合わない険しい表情で、彼は瞳を閉じていた。見ればその額にある丸い石は怪しく緑色に光っている。

 額の石が光を弱めると、少年と呼ぶにもまだ早いその人物は、ゆっくりとその瞳を開いた。

「……次はその右側の石だ」

 その言葉に、彼の足元から不機嫌そうな声が返事をした。

「へいへい」

 赤い髪を逆立てた三角の赤い魔鉱石を額と両手の甲にはめた人物、デルタだ。デルタはあからさまに不機嫌な表情でその両手を地面にかざしていた。

『操!』

 デルタの呪文とともに、腹の底に響くような低い音がして、彼の足元の石が左へ流れていく。動いた石は四角いブロック形をしており、上の面には丸い模様がほどこされていた。その丸い模様から、流れる水路のようにいくつもの線が走っており、その線は上の面だけではなく、横にも描かれているようだった。恐らくそのまま下の面にもこのような線の模様が描かれているのだろう。

 そのブロックは、デルタの手の動きに合わせて、左へと動いていく。ブロックの上の面に描かれた丸い模様は、デルタの手の甲の石と同様、赤く光っていた。どうやらデルタの術によって、ブロックに力が与えられて動いているようである。

 ブロックが完全に左に流れて壁のすみまで動くと、デルタはその手をぶらんと垂らし、上を見上げた。彼の背丈の倍はあろう壁が、その視界をさえぎっていた。その壁に四方囲まれて、唯一開いているその天辺には、自分を見下ろす偉そうな子どもの姿――

「おい、オミクロン、終わったぞ。まだこのパズル続くのかよ?」

 名を呼ばれたオミクロンは、その小さな頭を深くうなずかせて言葉を続ける。

「ああ、だが間もなくだぞ。これで八つ目の結界だからな。……見ろ、結界が切れるぞ」

 眼下の四角い空洞に目線を落としながら、オミクロンはその中に突っ立っている赤い人物に声を飛ばす。するとその言葉に続くように、先ほど動かしたブロックが静かに沈みだした。ブロックが完全に沈むと、でこぼこの無い真っ平らな床になる。

 すると彼の立っているその床は、ゆっくりと光りだした。デルタもその光につられて足元に目線を戻す。彼の足元の床は、先ほどのブロックで埋め尽くされていた。合計九つのブロックは、やはりそれぞれに丸い模様とそこから流れる線の模様が描かれており、光はその線から発せられているのだった。

 光が消えると同時にその床は徐々に透明になり、最後には消えてしまった。足場がなくなると、デルタはひょいとそのまま下に落ちるが、すぐにその足元には先ほどと似たような黒い床が広がっていた。

「これで最後の結界だな。頼むぞ、デルタ」

 偉そうな声がまた頭上から響いて、デルタはむすっとした表情でため息をつく。

「……聞こえているのか、デルタ?」

「聞こえてるっての!!」

 返事のない彼に、思わずオミクロンが声を飛ばすと、デルタはいら立ちげに声を荒げて返事をした。その返事にオミクロンはあきれるようにため息をつく。

「返事くらい、すぐ返してほしいものだな。こちらの指示が届いていないのかと思ってしまうだろう」

「うるせーな! いちいち返事しなくったっていーだろ、聞こえねぇような距離じゃないだろうが」

 み付くように反発すると、またも頭上からため息が聞こえて、それがまたデルタには気に入らないらしい。こめかみ辺りをぴくっとさせて、上の人物をにらんだ。

 自分より明らかに年下な外見のコイツが、なんでオレの上官みたいな位置合いなんだよ――などと内心毒づくが、そもそも実力が彼より上なのだからどうしようもない。もっとも、その事実からしてデルタは気に入らないのだが。

「ていうかさ、なんでこの作業がオレなんだよ? 石動かすなんて、オミクロンの力なら余裕じゃねえのかよ?」

 心底この作業が――いや、オミクロンの指示で働くのは嫌らしいデルタが、腰に手を当てて挑発的にオミクロンに言う。案の定、またも頭上からため息がこぼれる。

「この石はただの石ではない。大地の力が込められた魔鉱石のブロックなのだ。その配置で侵入者を防ぐ結界になっているからな。力技では壊せんから、こうしてお前に動かしてもらっている」

「だから、その石動かすのだって、オミクロン様の術なら余裕なんじゃねぇの? オレよりも力上なんだろ~?」

 わざと意地悪に言ってみるが、オミクロンの反応は全く非感情的である。まゆ一つ動かさずさらりと返事をする。

「お前に頼んだ方が楽だからな」

「楽……って、おめー!! 人使って楽しようって、ちょっ……! オレはお前のためになんか働かねーぞッ!!」

 オミクロンの発言にデルタが切れるが、怒りの矛先である幼子はどこ吹く風。

「いいではないか、こうしてお前にも活躍の出番があることは、なかなかありがたいことではないか。失敗ばかりでは情けなかろう」

と、相手の方が返しも上手のようである。

「あらあら、またケンカ?」

 半分あきれたような声色で、オミクロンの背後から女性の声が響いた。オミクロンが声のする方に首を向けると、ゆらめく空間から浮かび上がるようにエプシロンが現れた。

「ケンカばかりで、また進みが遅れてしまいそうね?」

「全くだ。少しは仕事に集中してほしいものだな」

 エプシロンの言葉にオミクロンがため息混じりに返すと、二人の足元からまた怒りの声が響く。

「なんだよ!? オレのせいで仕事が遅れてるって言いたいのかよ!?」

「当たり前でしょ? 予定日より二日ほど遅れているんだから!」

 間髪入れずエプシロンがつっこむと、またもはるか足元からぎゃいぎゃい文句を言う声が響くが、今度はそれを無視してオミクロンがエプシロンに向き直る。

「ところで、今回の迷い人は眠らせてきたのか?」

 オミクロンの言葉に、水色の結った髪をゆらしながらエプシロンは首を振る。

「それが、それどころじゃないのよ……またきちゃったの、あの子たち」

 その言葉に、オミクロンの大きな緑色の瞳が鋭く光った。

「……また……?」

「そう、しかも牢を抜け出してたのよ? 一応眠りの術は発してみたけど、やっぱりダメ。打ち消されちゃったからひとまず戻ってきたの」

 そう説明しながらエプシロンが肩をすぼめると、オミクロンは考え込むようにそのあごを押さえた。

「こうも連続してくるとはな……。ペルソナ様が最初に集められた闇の大地の石は学校だったし、闇の風の石はあの本の使い方を奴らが見てしまったと聞くから分かるが……。闇の水の石の時といい、今回といい……いくらなんでも怪しいな……」

「でしょ? まさかとは思うけど、あの本を使いこなせるようになったのかしら?」

「まてまて、何の話だよ? オレも混ぜろ!!」

 いくら怒りの抗議をしても、上の二人が相手をしない事にようやく気がついたらしいデルタが、話に混ざろうと声を大にする。

 ――が、残念ながらその声ですら二人は完全無視である。

「あんな子どもに超古代文字が読めるとは思えんな……。やはりペルソナ様が危惧きぐしていたとおり……」

「……ありえるわねぇ……」

「だからオレも混ぜろって!!!!」

 またもデルタのうったえを無視して、二人は真剣な表情でうなずきあう。

「わたくし、一応ペルソナ様に今回の件を伝えてみるわ」

「ああ、頼む」

「おい!!」

「あ、それと、あの子達が牢屋の階を抜けるのも時間の問題だわ。時間稼ぎしないとすぐここに来ちゃうわよ」

「そうか……ならば私が手を打とう」

「だからオレも混ぜろっ!!」

「じゃあ、わたくし、一旦ペルソナ様のところへ戻るわね」

「わかった」

「だから無視するなーーーッ!!!!」

 叫ぶデルタを無視して二人は話を進めると、エプシロンはすぐにまた転送魔法を使ってその空間から消え去った。それを見送っていたオミクロンは、彼女の姿が消えると、静かに息を吸って一旦瞳を閉じる。が、すぐにそれを開くと、足元でまだぎゃいぎゃい騒いでいる赤い男にようやく気がついた。

「――どうした、デルタ? 何を一人で騒いでいる?」

 その直後、怒りのあまり何をしゃべっているのか分からない奇声が響いたのは言うまでもない。




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