第3話 小さな鬼

「それはこっちのセリフだべ! おめー、一体何者だべ!?」

 小人の質問に、逆にシンがビックリしたままの大声で問いかける。シンジも一緒になってシンの言葉に同意してうなずいていると、その小人はそんな双子を交互に見、そのまゆをひそめたままの表情でため息をついた。

「ガキ二人か……。フツーは名乗るときは自分から名乗るってのが筋じゃねぇのか」

 見た目の割りにその小人は生意気だった。自分より小さな小人にそんな言われ方をされて、少なからず双子は気分を悪くしたようだ。口をとんがらせてシンジが意地悪に言う。

「そんな言い方していいのかな~? 君、でかい鳥に連れ去られるところだったんじゃないの?」

 その言葉に、小人は一瞬目を丸くして動きを止める。

「……そうだよ……オレ、なんでこんなガキにつかまってんだ?……確かあのバカ鳥につかまって……」

「そこをオラ達が助けてやったんだべよ!」

 小人の言葉に、シンが偉そうに胸を張る。正確には助けたと言うよりは、勝手に鳥がこの小人を落としてしまい、それをたまたま拾い上げただけなのだが、どうにもシンはその辺りを都合よく解釈するくせがあるらしい。

 内心、それは違うよとシンジは言いかけたが、今回は言わない方が得策とくさくだと思ったらしい。一瞬口をはさみかけたが、言葉を飲み込むように黙り込んだ。

「……ち、こんなガキにまで助けられるとは……オレも落ちたもんだ……」

 そんな双子の真実を知らない小人は、心底悔しそうにつぶやいた。そして深く一つため息をつくと、まっすぐに双子の方を見て口を開いた。

「オレの名はキショウだ。助けてもらったなら礼は言うぜ。しかし、てめーらみたいなガキがよくあの怪鳥を倒せたな」

 そういってキショウと名乗った小人は、双子のすぐ近くに横たわっている巨大な鳥を横目で見る。小人の言葉にシンがにへらと笑う。

「へへへ、オラが倒しただべよ~。オラ、こう見えて魔法には結構自信あるだべよ!」

 その言葉に、キショウは「ほう」と感心するしぐさを見せた。が、すぐに表情を険しくすると、シンをにらむように言った。

「ところで、お前らの名も聞かせてもらおうか。オレは名乗ったぞ」

「おっと、そうだったべな! オラはシンって言うだ!」

「僕は弟のシンジ! 僕達双子なんだ」

 シンとシンジが笑顔で自己紹介すると、キショウは一瞬ぽかんとした。

「……おまえら……兄弟なのか? どう見ても似てないぞ」

「失礼いうでねーだ!」

「ちょっとは似てるよ!」

 キショウの言葉に予想外だといわんばかりに双子が抗議する。はたから見ると似てないのだが、当の本人達は似ていると感じているらしく、似てないと言われると反発する。その反応になだめるようなしぐさをして、キショウは軽くうなずいた。

「あーあー、似てる似てる。その性格はそっくりだ」

 途端とたん双子は顔を見合わせ、ねー、などと笑う。内心、ガキだ、とキショウは思ったが余計なことは言わない方が利巧りこうと言うものだ。

「ところでキショウ。君なんであんな鳥につかまってたの?」

 シンジが首をかしげて問うと、キショウはシンの手のひらに上って、マントの水を絞りながら言った。

「さあな、オレが聞きたい。えさだとでも思ってんだろ」

「変なの食うだべな」

「誰が『変なの』だ!」

 とっさにシンの口から出た言葉にキショウが鋭くつっこむ。

「でも魔物って精霊族を襲ってくることあるからね。食べちゃうこともあるんじゃないかな? 想像したくもないけど」

 シンジがうんざりしたように言うと、キショウは絞り終わったマントを広げ、シンの手のひらに偉そうに座り込む。

「オレはおまえらのような精霊族じゃないぞ」

「え?」

 突然の発言に、思わず双子が目を丸くする。

「なんだべ、キショウ。マテリアル族だべか?」

 シンの問いかけに、キショウは軽く口をゆがめて笑う。

「お前ら、魔法を使うって事は、魔導師か魔術師の端くれだろ? このオレの波動をなんとも感じないのか?」

 その発言に、思わず双子は顔を見合わせる。そして二人は敵を探るように気を張ってキショウの気配をうかがう。二人の気の先にふれるキショウのそれは、微弱ながら魔物と同じ黒い波動だった。それを感じ取った途端とたん、双子に緊張が走る。

「……これ……陰の気だ……」

「おめー魔物だったべか!?」

 双子の声に、キショウはそのゆがめたままの口元で静かに微笑んだ。

「魔物じゃねぇよ。お前ら精霊族がもっとも嫌う一族……闇族の一部族、鬼の民さ」


 この世界で対立しているのは魔物と精霊族だけではない。陽の気をもつ精霊族とは反して、陰の気をもつ一族がいる。それが『闇族』と言われる魔物に近い力を持つ一族だった。魔物は基本的に獣で文明はない。しかし闇族は精霊族と同じ、独自の文明を持つ邪悪な一族とされていた。気性が荒く、野蛮やばんで暴力的。己の欲のまま全てを貪る貪欲な一族なのだと――。精霊族と闇族は反発しあう間柄で、当然交流もなかった。


「オレはお前らの敵ってわけさ。助けてもらったのに、残念だったな」

 キショウがあざ笑うように言うと、双子はぽかんとしてキショウを見た。

「……なんで?」

「なんでキショウが敵なんだべ?」

 今度はキショウがぽかんとする番だった。双子はまたも顔を見合わせ、ちょっと首をかしげる。

「なんか、僕らキショウにされたっけ?」

「というか何が残念なのかわからねぇだべ」

「な……おまえら、闇族をちゃんと知ってるんだろうな!?」

 予想外な双子の反応に、思わずキショウが声を荒げた。通常の精霊族なら、まず警戒して、この小さな鬼を投げ捨ててもおかしくない。それほど一般的にはいがみ合う仲なのだ。

 ところがこの双子は、何の警戒もなく首をかしげている。この双子が相当バカだとでも思ったのか、キショウはむきになって声を荒げて説明する。

「闇族ってのは、おまえら精霊族が嫌っている一族だぞ! 過去何度か戦争が起こりそうになっていたのを、お前ら知らないのか?」

 その言葉に双子は困ったように首をひねる。

「そんなこと言われてもだべな……」

「確かにそういうことはあるらしいけど、国の誰かのお話でしょ? 僕ら、あんまりそういうふうに思ってないからなぁ……」

 シンジがそういって、キショウを見ながら首をまたひねる。

「それに、闇族の鬼だったら、僕らの実家にいるもん」

「……はぁ!?」

 またしても予想外の発言に、キショウはまぬけな声を上げる。そんなキショウを無視して、シンが嬉しそうに口をはさんだ。

「そうだったべ! ロウキは鬼の一族だって言ってただべな!」

「僕らのお兄ちゃんみたいな人なんだけど、ロウキも鬼の一族だよ! わぁ、なんかロウキの親戚しんせきみたいなもんなんだね! 僕、びっくり~!」

 シンもシンジもそういって、キショウを見て警戒するどころか逆に親近感を持ったようだ。シンの手のひらでぽかんと開いた口がふさがらない小鬼の手を取り、きゃっきゃとはしゃぎだした。あまりに読めない双子の行動に、キショウはがっくりとうなだれた。

「……おまえら……ホンッとに変わり者だな……。よく周りのヤツに変人扱いされやしないか?」

「あ~、シンがされてるかも。なまりもあるから余計に」

 キショウの言葉にシンジがあははと笑ってそんな返しをする。

「でも不思議だべな。闇族ってこっちの大陸にいることは少ないんでねぇか? こんなところでキショウは何してるだ?」

 シンが手のひらのキショウを目線まで持ち上げて問いかけると、キショウは犬のように身体を震わせ水気を切ると、降り続く雨空を見上げた。

「まぁ、いろいろあってな。それよりまずは雨の当たらない所にいかないか」

 彼の提案で、双子は森の中に入った。雨でしっとりとした空気はひんやりと冷たく、双子は身につけたレインコートのボタンを閉める。森の中、一際大きな木の下に来ると、キショウもシンの手を離れ、ふわふわと空中に飛び上がった。

「すごーい! キショウも風の使い手?」

 シンジがはしゃぐとキショウは口の端をゆがめてまた笑う。

「そんなんじゃないが……。訳あってこの身体だと飛べるらしい。本来、鬼族は飛ばんだろ」

「そっか、確かに」

 言われてシンジは実家の鬼族を思い出したのだろう。納得いったという表情でそれ以上は口をはさまなかった。

「それより、キショウはどうしてここにいるだ? 闇族の国からこのセイランの大陸までって結構遠いんでねぇべか」

 シンはそこが気になって仕方がないらしい。先ほどの話の続きを投げかける。キショウは双子の目線まで浮かび上がると、真面目な表情で二人を見た。

「せっかくの命の恩人だしな。せっかくだ、話してやる。オレはいろいろと訳ありでな。闇族の国から追放されちまった。気が付いたらこの国にいてな。行く当てもなくうろうろしていたところだったのさ」

「追放? 追放って……」

 キショウの話に、シンジが神妙しんみょうな面持ちで尋ねると、

「ツイホウってなんだべ??」

 隣で言葉の意味が分かっていないシンが真面目な顔でキショウに問う。

「国から追い出されたってことさ。闇族の王様の怒りに触れたから、なんだがな」

 キショウはシンジとシンの二人の問いにもそう答えた。納得いった、という表情のシンとは逆に、シンジの顔はまだ険しい。

「王様って、闇族の王様? なんで王様を怒らせちゃったの?」

「すんごい悪さでもしただべか? あ、でも闇族は悪いこと平気でする民って言われるくらいだから……いいことしたら、悪いことなのかもしれないだな?」

 シンも話に混じるが、闇族との文化の違いに首をひねり、そんなことを言う。聞いていたキショウは軽く噴出し、シンジも一緒になって首をひねる。

「さすがにいいことしたら怒られる! って事はないんじゃないかな? ロウキだって、よいこと悪いことはちゃんと僕らに教えてくれてたじゃない。……たしかにちょっとワガママだって、コウアは言ってたけど……」

 双子のそんなやり取りに、キショウはくっくと笑う。

「闇族って、精霊族には一体、どう思われてんだろうな……。一応善悪の判断はあるやつはあるぜ。王族は特にそうだ。今はな」

 そう説明すると、双子は感心したようにうなずく。そして双子の質問が来る前に、キショウは手を前にかざし、制するように言った。

「オレがどんな悪さをしたかは、あえて聞かないでくれよ。今はこれでも反省してるんだ。そのために今この地で、国に帰る方法を探しているってわけさ」

 そこまで言うと、今度はキショウは腕組みして、あごでシンを差す。

「さて、今度はオレからも質問させてもらおうか。シンと……シンジとかいったな。お前ら魔術師の端くれだろ? 魔術学校に通ってないか?」

 唐突とうとつに何を質問するんだろう……と、双子は一瞬ぽかんとするが、すぐにこくりとうなずく。

「そうだべよ、セイラン魔術学校の生徒だべ」

「じゃあ、オレからの頼みなんだが……。そのセイラン学校までオレを連れてってくれないか?」

「え、なんで? なんで学校に用があるの?」

 話が見えない、とばかりにシンジがキショウに問いかける。それはシンも同様のようで思いっきりまゆを寄せている。その双子の顔を見て、キショウは深くため息をついた。そしてガシガシと頭をかくと、観念したように口を開いた。こういう好奇心旺盛な年頃のガキに、中途半端に説明するのは余計ややこしくなる、とでも思ったのだろう。

「話すと長くなるが……。今オレは鬼だって事を秘密にしてこの地にいる。この姿では、分かるヤツは鬼だとすぐ分かる。闇族だってだけで、オレを殺そうとするヤツだっていなくはない。だが、言っておくがな、オレは別に悪さをするわけじゃないし、この地に来てやった悪さは全くない。いや! むしろ闇族の国にいた時だってやってないぞ!……追放の原因になったヤツ以外は」

 と、ちょっとバツが悪そうにキショウはまくし立てる。双子がそれをぽかんと見ていると、キショウはまた大きく息を吸い込んで続ける。

「つまりオレは今、闇族ってだけで命の危険にさらされているわけさ。唯一オレの味方をしてくれるヤツがセイラン学校にいてな。今はそこにかくまってもらっているわけさ」

 そこまで説明すると、キショウはゆっくりとその飛ぶ高度を下げた。

「ふーん……。闇族って、ホントに大変だべな……。キショウは何も悪いことしてないだべ?」

「そうだよね。なのに悪者扱いだなんて……。考え方の違いってやつかなぁ……。ロウキもそうだったのかなぁ……」

 キショウの話を聞いて、双子の空気が重くなる。キショウはそれを見てぎょっとする。

「……ってなんでお前らが落ち込むんだよッ!? オレの話でお前らには関係ないだろ!?」

と、あわてて弁解するが、シンはぶんぶんと首を振る。

「そんなことねーべさ!キショウがそんな大変な目に遭っているなら、オラ達だって協力するべさ!」

 シンの言葉に隣のシンジもこくこくと首を振って同意する。

「ちゃんと連れてってあげるよ! 鬼だって他の人にばれないようにしていくからね!」

 双子のあまりの協力的な態度に、キショウは軽く苦笑するが、すぐにまたその飛ぶ高度を上げると、今までにない明るい声で応えた。

「ホンットおまえら、面白いヤツだな! シン、シンジ、これから頼むぜ!」

 双子と小鬼は顔を見合わせ、笑いあった。



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