第7話 追手の正体
「シン、こっちもまた出たよ~!!」
「おう! 任せるだ!!」
道の先に出てくる魔物は見つけ次第、シンが魔法で消しちらし、本を持ち道案内するヨウサを守りながら、シンジが敵の足止めとシンに応援を頼むという作戦で、四人は走るスピードを落とさずに進んでいった。現れるセキュリティの魔物は暗がりから伸びるように現れる影の姿をした魔物だった。黒く平面状の長い魔物には白くくるくる回る目が付いており、その目が敵の目印だった。目印が見つかると、シンは片っ端から魔法をお見舞いする。
『
呪文と共に狙いを定めて魔物に炎を投げつけると、魔物はその光に蒸発するように消えていく。炎系が使えないシンジはヨウサの手を引きながら階段を登っていき、片手には氷の剣をもって構える。まさに見た目はナイトである。見つけ次第片手の氷の剣から氷の魔法を発射し、敵の動きを封じるわけだ。
警備の魔物はこれならさほど心配はない。唯一の心配は、あのデュオがいつ追いつくかということだ。大人の足と子どもの足ではどう考えても、大人の方が速い。少しでも早く闇の石の在り処まで辿り着く必要があった。
「間もなく四階だべ! 追っ手は来てるだか!?」
先頭を走るシンが振り返って叫ぶ。シンジはヨウサの手を引き、シンに続いて四階のフロアに到達する。最後尾を走っていたガイが振り返りながら叫ぶ。
「大丈夫~! 今のところ見えないよ~!」
ガイのその言葉に、シンもシンジも、ヨウサもほっと胸をなでおろす。散々セキュリティの魔物を追い払ってきたので、大分魔物の数は減っており、少しは落ち着いて周りを見る余裕も出てきた。薄暗い館内を、三人は再び見渡した。一階のそれとは大分様子が違う。魔石がキラキラと輝いてはいるが、それよりも金属製の武器が、外からの外灯を反射して光っている。彫刻の女性が言っていた通り、この階は武器だらけだった。魔鉱石のはめられた弓矢、魔導師が使うような杖、異様に長い槍、魔法陣の描かれた盾、刀身が紫色に輝く刀など……。見るからに怪しげな武具の数々が並んでいた。
「……ここに闇の石があるんだべな……。ヨウサ、石の方向はどこだべ?」
シンはしばらく周りに見とれていたが、すぐにヨウサの方向に向き直ると本をのぞき込んだ。ヨウサもシンの問いに、両手の上に開かれた本を見て答えた。
「右の方みたい……。絵の闇の石がすごい光ってる……。すぐそこなんだわ」
ヨウサの言葉にシンは石の示す方向に向かって、今度は飛ぶのをやめて駆け出した。それにヨウサも続く。ようやく三人に追いついたガイが、肩で息をしながら階段の登りきったその場所で四つんばいになっているが、それに構っている暇はない。シンとヨウサは本にしたがって走り出した。
「ええ~! 待ってよ~!」
ガイが情けない声でぜいぜいい言いながら訴えると、見かねたシンジがガイの手をひっぱり笑顔で立ち上がらせる。
「もぉ~、のんびりしてらんないったら! ガイ、ガンバレ~!!」
そしてそのままガイを引きずるように彼らもシン達の後を追った。確かにのんびりはしていられない。四階の警備も作動しているのだから、どこから魔物が襲ってくるか分からない。攻撃魔法の術を持たないガイを一人で放置しておくのは危険なのだ。一見非情に見えるシンジの行動も理にかなってはいるようだ。……もっとも、それがそこまで考えての行動なのか、はたまた単純に、へろへろなガイを動かすのが楽しいがための行動なのかは分からないが。
本を持ったヨウサとシンは、本の指し示す方向に走り続けていた。本の中の闇の石の点滅は最高値まで達している。輝きも増し、本がまるでライトのように明るかった。しばらく走っていた二人だったが、唐突に本の光が激しくなった。今まで見たこのない本の反応だった。光は本をのぞいていられない程の輝きを放ち、二人は思わず立ち止まる。
「何、なんでいきなりこんなに光るの……!?」
ヨウサが眩しさのあまり、片目を閉じてうっすらと右目を開けて本を見ながら叫ぶ。
「これは……いよいよ闇の石のそばに来ているんでねーべか!?」
そういってシンは本から目をそらす。それと同時に思わずシンの口から感嘆の声がもれた。その声にヨウサもシンの目線の先を見た。
彼らの視線の先にあるのは、一つの古びた短剣だった。それはガラス張りの箱の中に一個だけ個別に飾られていた。特別な見ものと言うほどでもないが、その姿は通常の魔法武具とは異なると言う点で、個別に飾られているのだろう。その短剣は色の暗い黄色の柄に、薄く黄色に光る刀身をしていた。特別呪文が刀身に描かれているわけでもなく、魔法陣もそこにはない。
「見て、シンくん……。あの剣……本の光と一緒になってる!」
剣に見とれていたシンの袖を引っ張り、ヨウサが本に視線を戻させる。シンがのぞき込むと、本の闇の石の光り方が変わっている。まるで鼓動のように光が脈打っているのだ。それに呼応するように、剣の光り方も変わり始めた。シンとヨウサは静かに短剣の方へ近づいていった。
ドクンと光るそれは、本当に心臓の鼓動のようだった。二つの光は近づくにつれ、その呼応をより強いものにしていった。脈打つのは光だけではない。剣の方からは、光の動脈に合わせ、強い魔力を感じさせた。この魔力をシンは以前にも感じたことがあった。そう、学校の時計台の時計から、ペルソナが闇の石を取り出したあの時だ。あの時もペルソナの手中にあった石からは、
「……間違いねーだ! この剣に闇の石が入っているだよ!」
シンが確信を持ったようにうなずき、剣の目の前に立ったときだ。シンはぎょっとして一瞬立ち止まった。その様子にヨウサが首をかしげてシンの隣に歩み寄った。
「どうしたの、シンくん?」
「止まるだ、ヨウサ!」
先ほどまでの様子と違い、緊迫した口調でシンが叫ぶ。思わず立ち止まるヨウサを制するように、シンは片手をヨウサの前に出した。しかし、視線は彼女の方を向かず、ただ一点をにらみつけている。ヨウサもその視線を追うと――。
「へへっ、ようやく追いついたな」
ガラスの箱越しに人影がぼんやりと見えた。ガラス棚から離れた所にその人物はいた。灰色の服装の男、デュオだった。
「なっ……! もうこの人来ちゃったの!?」
ヨウサが思わず後じさる。シンは相手をにらみつけたまま、微動だにせず口を開いた。
「まさかもう来てたとは、オラも思わなかっただべよ……。よくここの警備を
シンの言葉にデュオは舌打ちして吐き捨てるように言った。
「けっ! まったくてめーらには散々手を焼いたな……。まさかこんなトラップまで仕掛けてくるとはな! 甘く見てたぜ!」
「……」
「……いや……あれは私達じゃなくて、この建物自体の防犯対策なんだけど……」
ちょっと誤解しているお兄さんにヨウサは小声でつっこむ。それに自ら引っかかってくれたのは、こちらが仕組んだのではなく、彼の自業自得なのだが。
「そうだべな、よくこのトラップを潜り抜けてきただな! それは褒めてやるだ!」
「……んだとコラ……!!」
狙っているのか素なのか、シンは表情を変えず、いかにもトラップが自分の仕掛けたものだと言わんばかりの口ぶりである。思わずヨウサは絶句、デュオは再び怒りでこめかみ辺りをぴくぴくさせている。わざと怒らせたいのか、自然な振る舞いがそうさせているのか、とても理解できないわとヨウサは内心嘆く。
そんなこちらの思いを知るはずのないデュオは、まあいい、とちょっと怒りを抑えたようである。ちょっとは大人な対応だ。
「とにかく、その本の反応のおかげで、たまたま四階に来ていたオレでも石の在り処は分かったしな……。感謝するぜ!」
「どういたしましてだべ! どうせおめーなんかに渡すつもりはないだべよ!」
デュオの言葉にシンが叫んだ直後、シンジとガイも二人に追いついた。
「あ! あの時の!!」
姿を確認するや否や、シンジも声を上げる。
「気をつけるだ、シンジ! あいつ、やっぱり石を狙っていただべよ!」
シンは視線を敵からずらさぬまま、弟に忠告する。それを聞いて、シンジの表情も険しくなる。片手の氷の剣を構え、戦闘態勢をとる。
「やっぱりね! 怪しいと思ってたんだ!!」
そんな双子の様子に、デュオは不敵な笑みを浮かべて彼らをにらむ。
「氷の剣士に炎の使い手……だったな。ペルソナ様の言っていた通りだぜ。お前達、確かに邪魔者のようだな」
ディオの発言に四人ははっとする。思わずシンが問いかけた。
「……! ペルソナ……様!? 一体お前、何者なんだべ!?」
「そうだな、てめーらには知っておいてもらう必要がありそうだな!!」
唐突にデュオは大きく声を上げ、両手を手の甲が見えるように額の辺りで交差させた。その瞬間、デュオの手の甲が赤く輝いた。そしてその光が全身を包んだかと思うと、その光が急速に弱まり、それと同時にデュオの姿が変わっていた。
灰色のサラサラだった髪は真っ赤な赤髪にかわり燃えるように逆立っていた。服装も灰色のフードから簡易な上着に、動きやすそうな布のパンツ姿、体格の良さとその目の色は変わらないままだったが、何より大きな特徴は、その両腕と額だった。両手の甲には、その甲を覆うくらい大きな赤い三角の宝石がはめられていた。その三角の宝石は上下逆さまに額にも埋められ、それはまるで魔鉱石のようにゆらゆらと怪しく燃えていた。
両腕を下ろし、シン達の前に立つ男は、もはや先ほどまでいたデュオという男とは、まったくの別人だった。その表情と目だけが、かろうじて先ほどまでの面影を残す程度だ。男は自信ありげに胸を張り、またその不敵な笑みを浮かべた。動くたび、両耳の赤いピアスがゆれる。
「……変身した……!?」
驚くヨウサが思わず声を上げると、男はにやりと笑って答えた。
「いや、違うな……。さっきまでの「デュオ」が、変身していた姿なんだよ……。これがオレの本来の姿――ペルソナ様の部下、『闇の操作者・デルタ』様だぜ!」
「ペルソナの手先だべか!」
「ペルソナの部下だって!?」
デルタと名乗った男の発言に、シンとシンジが思わず同時に叫ぶ。まさかあの厄介な敵に手下の者がいたなんて! しかも変化の術を使い、ここの警備も(強引ではあったが)潜り抜けてくる男だ。こいつもそれなりの力の使い手に違いない。
四人が思わず
『シスマ・ニュクス!』
この呪文には聞き覚えがあった。ペルソナが闇の石を取り出したときの呪文だ。呪文発動と同時に、ガシャンと目の前のガラス棚がくだけ散る。そして短剣が黒く光り、そのまま空中に浮かび上がった。攻撃呪文ではないと悟り、ほっとしたのもつかの間、今度はデルタがちょっと動揺した。
「ち、分離しねえか……。闇の石の力をそのまま変化させたアイテムだな……。まあいい。このまま頂いていくぜ!」
と、その右手を自分の方に引き寄せるようなそぶりをすると、宙に浮かんだ短剣はそのままデルタの方向に飛んでいく。
――が、しかし!
「させないだべ!」
『
デルタのそのそぶりを察知した双子が、同時に行動に出た。動き出そうとする短剣を思わず両手で押さえ込み、シンが短剣を押さえ込むと、その一方でシンジが氷の剣の刃先からデルタに向かって氷魔法を放つ。突然の魔法攻撃に、デルタはそれを半身傾けるように紙一重で交わすが、おかげで術も途中で途切れたらしい。シンの手中にある剣の動きも止まった。短剣を掴むと同時に床に倒れこんだシンは、一瞬ほっとしてそのまま勢いよく立ち上がる。のんびりしている暇はない。シンの様子に気が付いたデルタがこちらに向けて駆け出してきた。
「なッ!? きさまっ!! まてっ!!」
「やっただべっ!」
「シン急いで!」
はしゃぐシンを急かし、シンジは階段に向けて駆け出す。ヨウサとガイは一足先に駆け出していた。先頭を走るガイがへろへろになりながらぼやく。
「もぉ……今日は走ってばっかり……」
「捕まりたくなかったら急がないと!!」
そんなガイの隣を追い越すようにヨウサが走る。
「だってもぉ無理だよぉ~!」
そういうガイの足はすでにまともに走れていない。へなへなと倒れそうな走りぶりだ。
「まったくもぉ!!」
見かねたシンジが逃げる足を止めて回れ後ろして、突然魔法を発動した。
『
すさまじい水流がシンジの足元から突然沸き起こり、シンの背後に迫っていたデルタに直撃する。デルタの短い悲鳴と共に、彼は水流の不意打ちに勢いよく後方へ吹っ飛んだ。
「あっぶなかっただべ~! 助かっただべ!シンジ!」
危機一髪、シンがふーと安堵のため息をついてシンジの隣に立つ。シンジの行動に、ヨウサとガイが思わず立ち止まる。ガイを抜いて先頭に立ったヨウサが思わず叫ぶ。
「ええッ!? シンジくん、まさかアイツと戦うつもり!?」
「ちょっとだけだよ! 足止めしないと、ヨウサちゃんも、何よりガイが追いつかれる!」
「まったくだ~!!」
などと偉そうにガイが叫ぶが、戦わざるを得ない状況に追いやられた原因は正直言って彼である。とはいえ大人の足と子どもの足では、結局、追いつかれるのは時間の問題だ。
「それにヤツの狙いはペルソナと一緒、闇の石だよ! 今は狙われるものが二つある! 二手に分かれた方が得策だよ!」
シンジの発言にヨウサが今自分の手にある黒い本を見る。そうだ、この本も狙われているのだ。
「さすが、オラの弟だべ! ナイスアイディアだべな!! そうとなったら、ここは足止めして、あわよくば捕まえてやるだべ!!」
シンの発言は基本、楽天的発言ではあるが、こういうときは頼もしいものだ。シンの言葉にシンジもニヤリと笑ってお互い視線で合図しあう。
「そうとなれば、ヨウサは早く逃げるだ! 今なら外に出れば警備隊の人も着てるかもしれないだべよ!」
シンの言葉にヨウサがはっとする。そうだ、博物館のセキュリティが作動してすでに十分以上は経っただろう。そろそろ町の安全を守る警備隊も動き出しているに違いない。そう思うと頼れる大人がいることは安心と希望がもてる。
先ほどまでの不安そうな表情をぱっと明るくして、ヨウサが力強くうなずいた。
「わかった! 早く外に出て助けを呼んでくるわ!」
「うん、ボクに任せといて~!!」
先ほどまでの泣きそうな顔立ちはどこへやら。ガイもたちまち自信あふれる表情になって立ち上がった。
「さぁ、ヨウサちゃん! 気合を入れていくよ~!!」
と、ガイは勢いよく階段を駆け降りていった。疲れなんてどこへやらだ。その様子を見てヨウサは苦笑して後を追うが、一番微妙に思ったのは間違いなくシンジだろう。
「まったく、誰のためにこういう決断になったと思っているんだか……」
ぼやくシンジに、シンがちょっと笑顔を浮かべてなだめる。
「まぁまぁ、そのうちこいつとも戦わなきゃいけない状況になるだべ! それが早まっただけだと思ってやるだべよ! それにオラ達二人なら、こいつ相手ならなんとかなるかもしれないだべよ!」
そんな会話をしているその数メートル先で、デルタが立ち上がった。
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