第12話 水鏡の術

 ガイは三人の先頭に立って、大浴場にやってきた。寮の中にある設備のひとつだ。昼間の今は入浴の準備もされておらず、人影は全くなかった。光が降り注ぎ、真っ白な壁やクリーム色の床が、きらきらと光を反射していた。その広い大浴場の奥三分の一が浴槽になっており、今は冷たい浴槽の水が、降り注ぐ光を反射してゆらめいていた。四人が入ると、音を反響して、たちまちにぎやかになる。一応ガイたちが男の子なので、男子用の浴場に入ったわけなのだが……。

「ホントに大丈夫!? 私、変態扱いされるのヤだからね!」

 と紅一点、ヨウサが恥ずかしそうに最後に入ってきた。歩みの遅いヨウサの手をつかみ、シンは無遠慮に勧めてくる。

「なにも気にすることねーべ。オラたちだって服着てるだべさ」

「そーゆー問題じゃない!!」

 ヨウサはシンの手を振り払って怒ると、前方のシンジが後ろの二人に振り向いて笑う。

「大丈夫だよ、ヨウサちゃん。この時間はだれもお風呂に入れないし、入っていい時間はあと二時間くらい先だから」

「そ、立ち入り禁止って書いてあるのを跳び越えてきちゃったからね~」

 シンジに続いてガイもつぶやく。ばっちり校則違反なのだが、ちっとも悪びれた様子はない。そんな堂々とした男三人をよそに、ヨウサは一人、気まずそうにぶつぶつと文句を言う。

「大体なんで男湯なのよ。私がいる時点でそのあたり気を使ってくれたっていいじゃない……デリカシーないんだから……」

「でも確かに、なんでガイ、風呂場なんだべ? ほかの所だって人が居ないところはあるだべよ?」

 ヨウサの発言を聞いて、ふと疑問に思ったらしい。シンがガイに問いかける。ガイはフッフと笑って、まだ水の冷たい大浴槽に手をつっこみながら答えた。

「ボクがこれからやろうとすることには、でっかい水面がいるんだよ~。ウリュウ家に伝わる秘儀を披露しちゃうよ~!!」

 ガイはテンション高く叫ぶ。その様子に、三人とも興味津々だ。

「ウリュウ家って……ガイの家族に代々伝わる魔法でもあるの?」

 シンジがガイに近づき隣に立つと、続けてシンもガイの隣に歩み寄る。

「そーいや、ガイの家族ってすげー術を使う一族だって、昔言ってただべな」

「へぇ、初耳!」

 シンの紹介とシンジの反応にちょっと気を良くしたのか、ガイが得意げに笑う。

「フフフ、こう見えてもボクの家は呪術には優れているんだよ~。魔術はからきしだけど」

「自覚はしてるのね……」

 ガイの発言に、ヨウサがため息混じりに答え、シンの隣に立つ。

「で、ガイくん、一体何するつもりなの?」

 ヨウサの問いに、ガイは説明を始める。

「さっきの説明で、探している人の仮の名前だけでもわかったでしょ~? 名前さえわかれば大分手がかりになるのが、呪術のよいところ。名前には力があるからね~」

「そうだっただべか……。それであの時、名前に反応してただな?」

 シンが感心して言うと、ガイはうんうんとうなずいて答える。

「いや~、あれは関係ない」

 ずるっ、と思わず三人とも肩が落ちる。ガイの行動は時折無意味なものが含まれているらしい。

「で、ガイは一体何するの?」

 気を取り直してシンジが問うと、ガイは首にかけているものをはずしながら答えた。

「ボクの一番得意とする術を使うんだ~。ボクは呪術に鏡を使うんだ~」

 そういって、ガイが外したものは、古びた紐に繋がれた、首飾り状の小さな鏡だった。見れば少し曇っていて、いかにも使い古された品物だ。ガイはその鏡を水面に浮かべるようにそっと置いた。すると、浮くはずもない小さな丸い鏡は波紋はもんを浮かべながらしっかり水面上に浮かんだではないか。

 その様子に三人が見入っていると、ガイがブツブツと呪文を唱え始めた。

『世界を映す傍観者、異界の扉を持つ者よ……。古の血の下に命ず……その窓を開き給え……。探しモノ……『ペルソナ』……。……えーい!! 水鏡の術!!』

 ガイの呪文が終わった途端とたん、その鏡から一際大きな波紋が現れ、その鏡を中心に水面がゆらゆらと光りだした。

「な、何事なの……!?」

 ヨウサがその水面の様子に声を上げると、ガイがシッとそれを制した。

「静かに〜……!今開いてる……」

 四人が息をのんで見守る中、水面の光が徐々に治まってきた。すると……

 ……表れてきた。

 その水面はまるで映画のように、その表面をスクリーンにして、何かを映し出していた。うっすらと薄暗く、背の短い木々の間から白みを帯びたきれいな壁が見える。

「……これ……どこを映しているんだろう?」

 画面の様子にシンジが首をかしげる。シンもうーんとうなって水面をにらむ。

「どこかの建物だべな」

「そりゃ、見ればわかるよ。そーじゃなくて、どこのなんていう建物かなって」

 シンの発言に手厳しくつっこんだシンジは、そのまま目線を水面に戻し、きょろきょろと画面を見渡す。同様にのぞき込んでいたヨウサが、はっと息をのんだ。

「見て! 水面の上のほう!! 誰か映ってる!」

 ヨウサが指差したのは、水面の上の方、建物の二階部分だった。窓からちらちらと人影が見え隠れする。三人がそれに注目すると、ガイが水面に手をかざし、画面調整をする。二階部分がクローズアップされ、画面はそのまま二階の内部を映し出した。白い外の壁と違い、中は落ち着きある木目調の造りになっていた。赤いじゅうたんが見え、廊下には等間隔に小さな机がおかれ、その上には白い花瓶に花が添えてあった。

 その廊下を、ひとつの黒い影が歩いているのが見て取れた。じっと四人が見つめる中、画面中央の小さな黒い影は徐々に大きく映り、その人物の姿がだんだんハッキリしてきた。

 黒く見えるその姿は、黒いマントだった。歩くたび左右にゆれるその裾は、まるで影がゆらゆらとゆらめくかのようだ。立てたマントの襟から見えるのは白銀の髪――。

 双子にはこの後ろ姿に見覚えがあった。

「……こいつだべ!!」

「うん、『ペルソナ』だ!」

 その後ろ姿を確認して、シンとシンジが低く声を上げた。四人が見守る中、その男は静かに廊下を歩いていく。廊下は薄暗く、窓からうっすらと光が差し込んで見えた。どうやら差し込む光は月明かりのようだ。その様子を見て、ヨウサが不思議そうにつぶやく。

「なんだか、この映像変ね。今はまだ昼間なのに、もうこっちの世界では夜みたい……」

「そうだべな、この廊下も薄暗くて、まるで夜だべ」

 二人の言葉に、今まで口を開かなかったガイが答えた。

「この術は必ずしも、今の時間を映すとは限らないよ~。あくまでこの探し物が現れると思われる場所を映すんだ~。だから、もしこの近くに今居ないのだとしたら、一番最近現れる時間を映しているんだろうね~。あんまり先のことは映らないから、多分今日とか明日の映像じゃないかな~?」

「ふうん……つまり、未来を占っているようなものだね」

 ガイの発言にシンジがふんふんとうなずいて言う。

「って事は、夜……下手したら今日の夜、ペルソナはこの建物に現れるんだね」

 シンジの予測にガイもうなずく。

「そういうことになるね~」

「と、なると、問題はこの建物がどこかって事よね」

 続けてヨウサがつぶやいて、あごに手を当てて考え込む。

「でも、ここ……見覚えある気がするのよね……。あんまり遠くじゃないような……」

 そんな会話を続けている間も、ペルソナは無音の画面をずっと移動し続けている。黒い後ろ姿だけが映し出される中、男の歩く廊下には突き当たりが見えてきた。大きな構えの門は古びた厳かな造りで、豪華だけれども威圧感も与えた。つたをつかさどった模様が施された木製の本体に、金属製の少しさびた枠。それを見たとき、ヨウサが声を上げた。

「あ!! この扉……!!」

 その時だ。

 まるで、こちらの様子に気がついたかのように、男が立ち止まった。そして勢いよく振り向くと――。

 四人が予測した通りだった。

 顔を向けたその男には真っ白い仮面がはめられ、真っ暗な空洞の瞳が不気味にこちらをにらみつけていた。そしてその口元も同様に闇の空洞で歪んでいた。

 四人がはっとする間もなく、ペルソナはその左手を、画面の四人に向けて大きく開いた。その途端とたん、画面が激しく光り、水面が勢いよくゆらめいた。

「わぁ!!」

 ガイの声に、三人は跳び上がった。ガイが叫ぶと同時に水面の光は急速に収まり、その水面は、いつものようにきらきらと外の光を反射するだけだった。術が切れたのだ。

「あーあ、鏡が沈んじゃったよ……」

 そういって、ガイは浴槽の底に沈んだ鏡を拾い上げた。その一方で緊張の糸が切れた三人は床に座り込んだ。まるで白昼夢を見ていたかのようだ。急に現実に引き戻されたような面持ちで、しばらく三人は沈黙していたが、唐突にため息をついてシンジがつぶやいた。

「……でも、びっくりした~! まるでアイツがこっちに気付いて魔法使ったみたいだったね!」

「全くだべ! ガイ、術の切れるタイミング悪いだべよ!!」

 シンがちょっと怒ったようにガイをにらんで言うと、ガイがぶんぶんと首を振った。

「タイミングが悪いんじゃないよ~! ホントにアイツの仕業だよ~!」

「ええ!? じゃあアイツ、ガイの術に気がついてホントに魔法使ったの!?」

 ガイの予想外の返答に、シンジが驚嘆の声を上げる。シンもヨウサもそれは同様だったらしく、その視線を勢いよくガイに向けた。ガイはそんな三人の様子をちっとも気にかけていない様子で、濡れた鏡の水を切りながら言葉を続ける。

「そうだよ、腹立つなぁ〜……。普通の術者じゃボクの術なんて見抜けないのに~……。術返しにあったのは同族以外では初めてだよ!!」

 鏡を服の裾で拭きながら、ガイはお怒り気味のようだ。そんなガイの様子にヨウサは不安そうにシンを見る。

「一体、ペルソナって何者なの……? ガイ君の術だって相当珍しいのに、それを返しちゃうなんて……」

「ま、相当の術者ってことだべな」

 シンは、ヨウサの方向は向かず、床を見つめながら答えた。その目には珍しく真剣な表情が見て取れたが、ヨウサが思ったよりも冷静だった。その隣でシンジはガイと会話を始めていた。

「ガイの使う術って、魔法の法則を使う魔術とちょっと違うよね?」

 シンジの問いにガイは首に鏡をかけながら答えた。

「うん、呪術って言うんだ〜。普通の魔法と違って、魔法の法則や契約によるものというよりは、術者の意思によって操る、呪いと言った方がいいかな~? どっちにしても、普通の魔法使いじゃ返せない術ではあるよ~。呪術師なら話は別だけど~」

「それを返したって事は……確かに只者ではなさそうだね……」

 ガイの先ほどの発言や術返しの事実から、双子は不安になる様子はない。それどころか、敵の情報を掘り下げて真剣に考え込んでいる。双子のみならず、術を返されたというガイまで、案外冷静に会話を続けている。ヨウサはそんな三人を見て内心感心した。さすがは男の子、こういうときは頼りになるのかもしれない。

 ヨウサがそんなことを考えている間にも、三人の会話は続く。

「さておき、相手は相当の術者であることもわかったね~。何しろこのボクの術を返すくらいだから、魔法には相当詳しいと思っていいと思うよ~」

 ガイが自信たっぷりに言うと、立ち上がったシンがあきれ気味に返す。

「ガイの術で、相手の力を量らなきゃいけないのは、ちょっとしゃくだべが……。まぁ、一応信用するべさ」

「でもさ、問題は僕たちが盗み見ていたことをペルソナに気付かれてないかって事じゃない? ばれてたらちょっと危険だよ」

「それは大丈夫」

 シンジが心配そうに問うと、ガイが首を振った。

「あくまでもあの術は探し物を映し出すだけの術だもん〜。術の気配に気付いても、呪いの気だけだから、こちらの様子は相手には伝わらないよ~。もしありえるとしたら、ボクの魔力を術から感じて、万が一、ボクがアイツと直接あったとき、『あの術はボクの仕業か!!』ってなるくらいかなぁ」

 それを聞いて、双子は胸をなでおろした。

「それなら安心だべ。ガイはアイツに会わないほうがいいだべな」

「まぁ、ボクもできるだけ会いたくはないけどね~」

「じゃあ、途中で術が切れちゃったけど、ペルソナは一体どこに居たのか突き止めないとだね! あれ、一体どこの建物だったんだろう? ヨウサちゃん、知ってるの?」

 シンジから不意に話題を振られ、ぽかんとやり取りを聞いていたヨウサが我に返って立ち上がった。

「あ、う、うん!」

「大丈夫だべか? ヨウサ、なんかぼーっとしてただべよ?」

 ヨウサの様子にシンが問いかけると、ヨウサはぶんぶんと首を振って答えた。

「ちょっと、あまりの出来事にびっくりしてただけ……。それより! アイツの居た場所よね!」

 ヨウサも気を取り直したらしく、勢いよく息を吐くと三人を見て言葉を続けた。

「あの場所は見覚えがあるわ。あそこは……町の中央図書館よ!」

 その言葉を聴いて、四人は顔を見合わせうなずいた。

「ということは、次の作戦会議をすぐしないとだべな! どうやって待ち伏せするか、考えるだべよ!」

 言うが早いが、シンは勢いよく大浴場を飛び出した。

「シン早いよ~! 待ってってば!!」

 あわててシンジ、ヨウサ、ガイも続けて浴室を出て行った。


 そんな四人の後ろ姿を、浴場の棚の裏からこっそりと盗み見ている影がいた……。四人が立ち去ると、その影は静かに棚の陰から姿を現した。真っ白い白衣姿の男は、四人が居なくなったことを確認すると、そのまま遅れて浴室を出て行った……。



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