№226

 大学の時の後輩が連絡してきたんです。彼氏が怖いって。

――――その時加田さんは大学を卒業してから10年経っていたそうだ。

 私が4年生の時に1年生だったので、仲良しでしたがそれほど深い付き合いはありません。卒業後はずっと年賀状のやりとりだけでしたし。久しぶりに会って相談されるとは思いませんでした。

 後輩はげっそり痩せていて、見る影もありません。話し方も覇気が無く、整理されているような内容ではありませんでした。それでも根気よく話を聞くと、彼女が結婚を前提に付き合っている彼氏の執着が酷いという事でした。ずっとスマホが鳴っていたので、見せてもらうと何度も時間を置かず、彼氏から電話が来ていました。その他、彼氏からのメールやラインも酷く、内容は「どこにいるの?」「誰といるの?」「逃げられないよ」という短い文章でしたが束縛していることがよく分かる物でした。連絡はすぐに返さないと職場にも現れるし、誰かと会っていたらすぐに見つけて連れ戻すか、後で罵詈雑言を朝まで浴びせられるそうです。

 家族や友達、警察、弁護士にも相談したのに誰も相手にしてくれないと、後輩は泣きながら訴えました。最終的に私のような縁の薄い人に頼ることになってい待ったようです。

 幸い私は独り身で、仕事は順調だしお金には困っていません。また、親からもらったマンションを住居とは別に一部屋持っていました。後輩はとりあえず身を隠し、スマホは私が預かり、後輩の体調が戻ったら私が間に入って彼氏を説得することにしました。

 後輩は上記のことにすべて同意し、泣きながら感謝してきましたが、何故かずっと不安そうな表情でした。実際逃げ切れたとしても、トラウマは尾を引くかもしれないなと私は考えていました。

 私たちは私の運転でマンションに向かいました。助手席に座っている後輩は終始バックミラーを気にしているようでした。そして交差点で信号に引っかかった瞬間、「あ!」と声を上げました。

「彼氏が、来ました!」

 びっくりして振り返りましたが、後続車もないし歩道に人影もありません。後輩は下を向いて震えていました。

「誰もいないよ。見間違えだよ。大丈夫」

 安心させようと後輩の手を取ろうとしたとき、男の手が目に入りました。後輩の手ではありません。彼女のスカートから伸び、彼女の膝を爪が食い込むまで強く掴んでいる手があるんです。私が呆然としていると、後ろから

「殺すぞ」

 と男の低い声がしました。後部座席を見ても、誰もいません。でもそれを確認した瞬間、うなじにゾワッと鳥肌が立ち、大きな手に捕まれました。

「・・・・・・ります。降ります。だから・・・・・・先輩のことは、許して・・・・・・」

 後輩が絞り出すようにそう言うと、転がるように降車し、走って行ってしまいました。私の首を掴んでいた手もなくなりました。

 その後、預かっていたスマホを調べようとしましたが、充電しても電源が入らなくなっていました。今でも後輩は行方不明です。

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