№223

――――江代さんはある記憶に悩まされていたらしい。

 その記憶で私は母に叩かれていました。仰向けの私の顔を恐ろしい形相の母が、平手で何度も叩くんです。痛くて怖かったのを覚えています。そして、母の背景、つまり天井は黄色なんです。黄色い布のような物がひらひらとしていました。

 いつの記憶か、どこの記憶か分かりません。思い出したのは高校生の時です。幼なじみと昔のあやふやな記憶について話しているときに、唐突に思い出したんです。あまりに衝撃的な記憶だったので、ショックで母に相談できませんでした。幼なじみは真剣に私の話を聞いてくれて、一緒に悩んでくれました。

 母は甘いくらいの性格で、それまでほとんど叱られたことはありません。この記憶は夢じゃないかと何度も思いましたが思い出すたび、顔に手が当たる感覚や母の息づかい、自分の感情の動きなんかもどんどん補填されていくんです。多分、余り言葉をうまく話せないくらい幼いときだと思います。そんな子供になぜ母が・・・・・・結局何も聞けないまま私は大学に進学し、家を出ました。

 大学卒業後、私は幼なじみと結婚し、地元に戻り、互いの両親の住居と近いところのマンションを借りました。高校卒業まではちょっとギクシャクした関係だった母とも、大人になって普通に接することができるようになりました。あの記憶がなんであれ、母は実際に私に優しくここまで育ててくれたのだから、あんな断片的な記憶だけで疎遠になることはできません。

 そして結婚して10年、子供もようやく生まれ、幼稚園に入ってすぐのことです。娘が高熱を出しました。病院に連れて行って解熱剤を処方してもらいましたが効果は無く、なぜか一層苦しそうにします。そこに母がやってきました。母は険しい表情で娘を直す方法があるからと私と娘を車に乗せ山に向かいました。

 山は祖母の物でしたが、私はほとんど入ったことはありません。車を降りてしばらく獣道を歩くと小屋が見えてきました。中に入って電気を付けたとき、ゾッと背中に悪寒が走りました。その小屋の天井から黄色い布のような物が垂れ下がっていたんです。よく見ると墨で何やら書かれています。

 そのとき娘がわめき始めました。目から、口から、耳から、白い蛆のような蟲が這い出てきたんです。

「払いなさい!」

 と母に怒鳴られ私は必死に娘の顔から蟲を払いのけました。どんどんわいてくる蟲に、私は気がおかしくなりそうでした。

 しばらくすると娘は正常に泣き始めました。謝りながら娘を抱きしめる私の背を、母が優しく撫でました。娘の熱は下がり数日の記憶がなくなっているようでした。

 あの蟲が何なのかは母も知りません。ただずっと女児が一人生まれ、その女児から蟲が這い出るので、その母が払わないといけない。母親にしか払えない。そしてその女児が大人になったらまた女児を一人産む。その繰り返しなんだそうです。受け継がれているのは払う方法と、これが末代まで続く呪いと言うことだけです。

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