№201

 2年前に夫が消えました。

 仕事から帰って来ず、携帯電話は通じず、家の中を探しても置き手紙などは見つかりませんでした。会社からは仕事の引き継ぎ関係で何人か訊ねてきましたが、やっぱり何も出てこかったようで気を落として帰って行きました。

 それからしばらくして家に虫がわくようになりました。ハエみたいなんですけど、ふわ~って目の前を通り過ぎて、消えてしまうんです。飛蚊症みたいなものかと思ってたんですけど、見ようと思えば羽とか形とかはっきり見えるんですよね。でも消えてしまう。

 同時に無言電話や、玄関先に生ゴミやペンキを撒かれるような嫌がらせがありました。自宅に対する被害は、防犯カメラを付けるなどセキュリティをあげたらなくなったんですが、固定電話を解約しても携帯の方に嫌がらせがありました。携帯電話は仕事でも使うので番号を変えるのが難しく、また嫌がらせも毎週1回程度なんで我慢していたんです。

 ある日仕事から帰ると夫の職場の人が家に居ました。不法侵入です。その人は、女性だったんですが私が家に入るとすぐにつかみかかってきて、床にたたきつけられました。衝撃で息も出来ないでいると何やらわめいて首を絞めてきました。すごい力で、抵抗できないでいると、女性の方が悲鳴を上げ、何かを振り払う仕草を始めたんです。彼女の周りに数匹のハエが群がっていました。私から離れ、ハエから逃げようと裏口に向かっていきました。そして庭に出て行ってしまいました。

 恐る恐る庭を覗くと、黒い人型の影のようなものが地面にへばりついていました。ざわざわと耳障りな音とともにその影は波打っていましたが、私が庭に出ると同時に霧散しました。それは人一人隠れるくらいのハエの群れでした。人型は不法侵入の女性の死体だったみたいです。後にはボロボロの肉片と骨が残っていました。

 警察ですか? ハエが食べたって信じてくれますかね?

 私はシャベルで土と一緒にまとめて庭に掘った穴に埋めました。しばらく変な匂いがしていましたけど、今は大丈夫です。彼女もそれが本望でしょう。え? いや、そんな気がしただけです。

 私はずっとあの家に住みますよ。いえ、夫を待っているとかそういうのじゃないんです。ええ、判ってくれますよね。あなたなら、きっと判ると思っていました。

 ハエは、今もちらほら見ますよ。気にしません。女性の残した荷物から、夫と親密だった証拠がいっぱい出てきましたけど、全部捨てました。

 ええ、気にしません。

――中平さんは晴れやかに笑っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る