№172

 家に居たのに家に居ないことにされたことがあります。

 夫の母親、つまり姑なんですが、結婚するまでは良い方だったのに、結婚してからはあたりが強くなって。きっと最初から嫌われてたんでしょうね。「まさか本当に結婚するなんて」と言ってたこともあります。ただ暴力を振るわれたり、あからさまに悪口を言われたことがなかったので夫にはなんとなく言いづらくて、なぁなぁにしていたんです。それが悪かったんでしょう。夫は姑に言いくるめられて家の合鍵を渡してしまったんです。それからちょくちょく姑は家に勝手に上がるようになりました。しかも私が居るのに、合鍵を使ってずかずか入ってくるんです。最初のうちは「あら。居たの?」とすっとぼけていたのが、徐々にそれもなくなり我が物顔で家の掃除や料理を作ったり・・・・・・私が止めようとするとわざと大きな声を出したり、持っている調理器具を振り回してくるんです。さすがにこれは酷いと思いましたが、夫に訴える前に、事件が起きたんです。

 私はその日、家の掃除をして洗濯して、布団を干してと忙しくしてました。昼前くらいでしょうか、「美佳さ~ん」と姑の声で呼ばれたんです。びっくりして周りを見ましたが、誰も居ません。姑を恐れるばかりに幻聴を聞いてしまったんだと思いました。そもそも姑が私を呼ぶことなんてありませんし。でも家事にもどろうとしたらまた、今度はもっと近くから呼ばれました。どこかに隠れているのかとあちこち探しましたが見つかりません。その間も姑の声は続きます。だんだん気持ち悪くなってきて、私は居間のソファに腰を下ろしました。その瞬間生臭い匂いがふわぁと部屋を満たしました。そしてまた私を呼ぶ声がしたんですが、それは夫でした。振り返ると唖然とした夫と目が合いました。仕事は、と聞くと突然泣き出して抱きついてきたんです。夫をなだめながら気がついたんですが、部屋の中が酷く荒れていて、あちこちに赤黒い汚れが付いていました。それは姑の血でした。姑はいつも通り、うちに勝手に上がり込んだとき、後を付けてきた男に入り込まれ、襲われて金品を盗られたそうです。姑は抵抗して、私を呼びながら逃げ回り、大声に焦った強盗に刺されたということです。強盗は家に誰かがいると思い、家中を探し、その間に騒ぎを聞いた近所の人が通報してくれたようです。皆、私が上手く強盗から逃げ隠れることが出来たと思ったようです。「お前だけでも助かって良かった」と夫は泣いて喜んでくれましたが、私はずっと家に居たし、家の中を姑を探してうろうろしていましたし、強盗が私を探していたらかち合っているはずです。私がした炊事洗濯はちゃんとそのままでした。夢を見ていたわけでもないです。誰も私を責めたりしませんが、ふとした瞬間に、あのときの姑が呼ぶ声を思い出して気分が落ち込みます。嫌な人でしたが、さすがに死んでほしいと思ったことは・・・・・・。

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