№65
――手川さんは友人と小旅行に行ったそうだ。
お互い仕事があるから、あんまり休みを合わせられなくて、簡単に温泉に入るだけの一泊二日の旅行ならと二人で車に乗っていきました。私の車です。私たちが泊まった旅館はネットで調べたところ、好評価でリピート率も高いということだったのでとても楽しみにしていました。旅館につくととても見晴らしのいい部屋に通されました。仲居さんも愛想の良いおばさんで、お土産物のおすすめや、晩酌をするならおつまみはサービスするなど押しつけがましくない程度にアピールをしてニコニコと去っていきました。その時点で友人と「いいところを見つけた」とすでに満足していました。名物の温泉や地域の特産品を使った懐石料理を楽しみ、適当に館内の土産物コーナーで酒を見繕って、さあ部屋でのもうと言うときに、ふと友人が「この旅館は申し分ないが、少々廊下が暗いな」と言いだしました。私はそうは思わなかったので少し不思議に思ったのを覚えています。
そして晩酌も終わり、布団に入ったのは夜中すぎだったと覚えています。私は夢を見ました。私はその旅館の廊下にいて「確かに少し暗いかもしれない」と考えていました。その時廊下の向こうから黒い影が走ってきました。それはあの愛想の良い仲居さんでした。彼女は般若のような形相で私に迫ってきたのです。私は思わず逃げ出しました。旅館は入り組んでいて、すぐにまくことが出来ましたが、今度はカウンターで受付をしてきた男が、これもまた恐ろしい顔で遅いかかってくるのです。私は旅館の中を逃げ回り、何故か最後に自分の部屋に戻りました。そしてほっと胸をなでおろしたところで目が覚めました。すりガラスの窓からは朝のすがすがしい光が差し込んでいました。隣で友人が起き上がるのが見えました。
「おはよう、よく眠れたか?」 と私が訊くと友人は
「いや、変な夢を見た。この旅館中を追いかけまわされる夢だ」と目をこすりながら答えました。
私はぞっとして「それでどうなった?」 と聞き返すと友人は
「俺は鬼ごっこが苦手なんだ」と笑いながら洗面所に向かいました。捕まったということだと思います。実は私も同じ夢を見たと言いながら友人の後を追って洗面所に向かうと、そこには誰も居ませんでした。蛇口から水が出ているだけです。水を止めて友人を呼びましたが返事もなく、忽然と消えたように思えました。しかし、先ほどまでいたし、会話もしていたのです。でもいつの間にか友人の荷物もなくなっていました。私は呆然としながら受付で友人を知らないかと聞きました。昨日とは違う受付係は「お客様はお一人で来られましたよ」と微笑みました。その受付係は友人ととても似ていました。
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