№38

 転職活動をしてると気がおかしくなりますよ、本当に。あの時俺はそういう状況でした。何回履歴書を書いても、何回面接を受けてもいい返事が貰えず、追い詰められていき、ブラック会社から逃げるために退職したことも忘れて「もうどこでもいいや」と自暴自棄になっていました。

 そんな時に入社試験を受けたのがその会社でした。事務室の端のパイプ椅子にすでにスーツを着た男女が9人座っていました。私は残った最後の椅子に座りました。事務室は誰もおらず静かでした。社長室と書かれたドアから中年の男性が顔を出し「では、一人目の方から」とよく通る溌剌とした声でいいました。一人目の俺より若そうな茶髪の男が緊張した顔で入っていきました。そいつだけじゃなく、みんな緊張しています。しばらくして一人目の男が出て来たとき、俺は驚きました。面接が終わった時って、普通はほっとした顔をしているもんですが、そいつは幸せを掴み取ったかのような明るい笑顔で出てきたんです。俺だけじゃなく他のやつも驚いていましたね。そいつは元の席に座りました。そしてドアの向こうから「次の方」と声がかかりました。二人目は髪が短い女の子で、慌てて社長室に入っていきました。そして5分ほどして出てきたときには、その女の子も頬を赤らめ幸せそうな顔で出てきたんです。そして元の席に戻りました。一人、一人と入っては笑顔で出てき、緊張した集団はどんどん笑顔になっていきました。そして最後、俺の番になりました。……実は社長室に入ったことは覚えているんですが、そこで何を話したのか覚えてないんです。ただ人生最高に幸せな気分だったことは覚えてます。私がすべての苦しみから解放されたような気持で社長室を出ると他の9人が立ち上がって待っていました。そこで出てきた社長が「いきましょう」と言ったので俺達はそれに従って会社の出入り口に向かいました。

 その時ふと思いだしたんですよ。前の会社の入社面接の時、社長は溌剌とした声で俺に会社の未来予想図を話してくれたこと。それを聞いたときはいい会社だと思ったんですよね。でも……。俺の足はそこで止まってしまいました。それまでの幸せな気分が嘘のようにしぼんでいきました。そして帰ろうと外に出た瞬間俺はその場に座り込みました。そこはビルの屋上でした。そのギリギリ端っこに俺はいました。さっきまでのオフィスも他の人も居ません。俺は訳が分からず逃げました。まったく知らない場所だったんで帰るのに苦労しました。

 俺はその後何もせずにぼーっと過ごしました。そしてあのニュースを見ました。あなたも知っているでしょ? 無関係の9人が廃墟で集団自殺したあの事件。あのニュースで9人の顔写真が出たときびっくりしました。俺と一緒に面接を受けたあの9人です。なんか意味わかんなかったけど、俺が普通に生きていることが申し訳なくなってきて……。だから今はこれしてるんだ。

――弓削さんは坊主頭をなでて見せた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る